614 「ローテーション」
出産祝い、手紙、祝電、祝いの電話。
4月の鳳一族は、私達の双子誕生、マイさん達の長女誕生、ベルタさん達の次男誕生、という立て続けのおめでたで、その手のものが山のようにきた。
私達と紅龍先生達の出産については、自前の皇国新聞だけでなく各新聞でも報じられた。
もっとも私は、入院中は余程特別な方、重要な方のもの以外は知らせるのもシャットアウトされていた。けど、退院して一通り聞いて驚かされた。
そして何より、鳳一族の影響力が大きくなっている事を痛感させられる。
さらに個人的には、国内外のネームドなどから祝電などで、軽く目眩を起こしそうだった。
お爺様は「大臣どころか、下手な総理以上の祝いだな」と笑っていたけど、笑い事じゃない。
もっとも、紅龍先生の方が、ある意味でもっと大変だったそうだ。すでに生ける世界の偉人な上に、私と違いライトサイドの人だから、祝い事はどうしても派手目になる。
一方で、光あれば影がある。快く思わない者も当然いる。
まあ、私は悪役であるから、いてくれないと張り合いがないけど、こっちはお祝いと違って可視化されるものでもない。
そして、これが仲の悪い商売敵なら、まだ可愛いものだ。せいぜい、鳳の耳が届かないところで文句を言うだけで終わる。逆に祝電などくれる事も多い。そういう相手の方が、実はやり辛い。
身分や貧富の差に文句を言う人々、それに乗っかる輩も、まだ許容範囲。
何せこっちは大金持ちだから、お祝いでお金や物をばら撒くのも忘れてはいない。
一番クソ野郎なのは、「極」が頭に付く共産主義者と国粋主義者。左右関係なく、主義ってものをガンギマリで信奉する輩は、とにかく話が通じない。キメてしまうと、あれはイズムというよりカルトだ。
それでも、共産主義者は華族と財閥の敵だから、何かあればいつものように叩き潰せばいい。
それに私達が何もしなくても、特高とかが目を光らせている。
ご時世的に面倒臭いのが、国粋主義者。
この時代だと日本独自に近く、一応は国家主義や民族主義の上位職。全体主義とも似ているけど、日本の場合はドイツ、イタリアを既に半ば敵視していて全体主義はもうノーセンキュー状態なので、右巻きの精神主義的な連中はだいたい国粋主義者をキメている。
そしてその中でも今回面倒なのが、さらに純度を高めた民族主義傾向の強い連中になる。極右とかにカテゴライズできる連中だ。
何せ、鳳の新しい子供達は、全員日本人もしくは日本民族以外の血が流れている。紅龍先生とベルタさんの紅輝くんは、2分の1。私とハルトの麟太郎と麟華、マイさんと涼太さんの翔子ちゃんは、3人ともクォーター、4分の1が日本人以外。さらに鳳一族には、虎三郎一家もいる。
右巻きをキメている連中は、それが気に入らないのだ。
そして鳳グループが海外との付き合いが深く、社員にも外国人が多いので、そこを問答無用で叩きにくる。これには、ライバル社、ライバル財閥も裏にいるので、色々と面倒臭い。小さい雑誌ばかりか、たまに大手じゃない新聞も叩いてくる。堂々とお手紙を出してくるなど朝飯前だ。
後ろには、うちが敵視しているナチ党やソ連共産党、コミンテルンなんかもいたりする。
それでも文句を言っているだけなら、まだ可愛いもの。
こっちとしては、万が一の実力行使に備えて警戒態勢を高めざるを得なかった。
そしてさらに、下らない風評が広がるのを防ぐために、いらぬ労力と金を使わないといけなかった。
さらに言えば、今年の夏の入りにはリョウさんとジャンヌの式が、来年の夏の入りにはサラさんとエドワードの式が控えている。
この2組のカップルの子供となると、日本人の血は逆に4分の1しか入っていなくなる。
連中にとっては、格好の攻撃対象だ。
今のうちに火消しどころか、火種を潰しておかないと、面倒になる可能性が十分にあった。
だから私も詳しくは知らされていないところで、色々と動いている。
もっとも、新しい子供の姿を見ることになるのは、早くても1年くらい先の話。今は私達の子供だ。
「やっぱり、思ったよりジェニファーさんの遺伝子が頑張っているわね」
「どうだろう? 玲子も肌は白いし、それにまだ小さいから見た目の印象も変わるだろうし、もう少し様子見じゃないかな?」
二人で寝ている子供達のゆりかごを覗き込みつつ、そんな事を言い合う。端から見れば微笑ましい光景だけど、内心では少しばかり深刻にならざるを得ない状態だった。
もちろん、それを表に出すことはしない。
「そうかなあ? けど、髪と目は真っ黒じゃないと思うけど?」
「うん。僕も少し薄めだけど、この子たちもそうだよね。でも髪の毛は、もう少し成長したらもっと濃くなるかもしれない。僕や舞もそうだったから」
「へーっ。じゃあ、まだ産毛みたいなものなのかな?」
「多分そうだと思うよ」
「けど、目は濃いめの緑だから、ハルト似よね」
「だね。でも、麟華は玲子に似ているよ」
「麟太郎は、どっちだろ? ハルト似かな?」
「今はどっちも取れそうだね。鼻筋や目元は僕かな?」
「そうね。けどお医者さんが、骨格自体は二人とも白人寄りじゃないかって。何となくの感想らしいけど」
「ベテランの産科医だと、そういうのも分かるんだね。ベルタさん達や舞達も同じなのかな?」
「紅輝くんは、全体的にベルタさんよね」
「うん。でも、顔立ちは紅龍先生似だと思うけどね」
紅龍先生とベルタさんのお子さんは、前の2人とも色素面でベルタさんの色が濃い如何にもなハーフばかりだ。紅輝くんも、今のところ似た感じ。
ノーベル賞3回の偉人相手に馬鹿な連中も何も言わないけど、悪目立ちさせないように気をつけていると聞いている。
「翔子ちゃんの見た目は、この子達より日本人寄りよね」
「うん。見た目は、全体的に舞に似ているかな?」
「うん。あれはマイさんの遺伝子頑張りすぎって感じ」
「でも、目元は少し涼太に似ていた気がしたな」
「僕がどうかしましたか?」
私達の寝室で話していたら、涼太さんが入ってきた。後ろからは翔子ちゃんを抱いたマイさんも続く。
「翔子ちゃんの目元が涼太さんに似ているなって」
「そうですか?」
疑問形で頭を軽く掻いているけど、ちょっと嬉しそう。それにマイさんがすかさずツッコミを入れる。
「全体は私似だけどね」
「そうかもしれないけど、目元が涼太に似れば、穏やかな顔立ちになるんじゃないかな。舞は少しつり目だし」
「あっ、ひっどーい」
(まあ、そうだけど)
相変わらずのイチャイチャぶりなマイさん達に内心苦笑いだけど、鳳一族は目元がつり目気味なのは、創業者の遺伝子が頑張っている影響だろう。美形だけどつり目が、うちの基本だ。
ハルトとマイさんは、中でも穏やかな目元の方だ。私なんか、意識してないとかなり厳しい。
「それより、終わりましたか?」
「オムツだった。まだ何で泣いているのか、分からないわね」
「1ヶ月経ってませんからね。私もです。ベルタさんは、流石ベテランって感じですけど」
そのベルタさんは、今は寝室でお休み中。私達3人は、4人の子供を子育て専属の使用人達と一緒に、ローテーションを組んでいる。
3交代で、張り付き、プライベート優先、そして就寝に分かれるので、1日のうち3人が揃う事は珍しい。
そして生まれたばかりの赤ちゃん達は深夜だろうとお構い無しなので、1オペで双子を育てていたら目が回るほど大変だっただろうと、ローテーションを組んでいても思い知らされる事が多々ある。
それでも私、いや私達は世の中の女性と比べると格段に楽なご身分だ。周りには使用人達が専門職を含めて何人もいるし、何かあれば医者も薬剤師も何でもすぐに来てくれる。
超ウルトラセレブだからと言ってしまえばそれまでだけど、それなら他に出来る事に力を入れようと考えさせられる。
そして相応の影響力と金がある私に出来る事は、お上に法制度を整備させ、環境を整えさせる事になるだろう。
もっとも、やるのは少子化対策じゃない。
日本の出生率は、この10年平均で4・5くらいある。当然、めっちゃ高い。21世紀の日本を知っていると信じられないくらい高いし、まるで発展途上国並みだ。勿論そこまで未発展な国じゃないけど、新興国だから高いのは当たり前。何せ、農業従事者がまだまだ多い国だ。
ただ、ここ数年の数値の下落が大きい。あっという間に0・5くらい下がっている。
理由の一つは、長い好景気で平均所得が向上したおかげ。所得が上がれば、子供1人当たりにかける教育費、養育費が上がるので、子供産む数が減るのは自明だ。
また、農業から他に転職した人が増えたのも理由の一つ。農業自体も、機械力の導入により子供が多くなくても、という考えが広まりつつある。
それに並行して都市化が進めば、出生率が下がるのは自明だ。
そしてもう一つの理由が、乳児、乳幼児の死亡率の大幅な低下にあった。
理由の一つは粉ミルクの普及が進んだことだけど、もう一つは私達が取り組んできた新薬普及のお陰だ。
紅龍基金のお陰もあり、国民健康保険制度がなくても、貧しくても高い薬が多少は手に入りやすくなった。
より高価な薬はそれでも厳しいけど、各種胃腸炎、各種感染症による死亡数の劇的な減少が起きていた。
乳児、乳幼児じゃないけど、この10年で結核による死亡者数は3分の1に激減した。毎年12万人が4万人への減少具合だ。
そして乳児で見ると、私の体の主が生まれた頃だと4分の1は胃腸炎・下痢で死んでいる。けど経口補水液があれば、初期症状ならこのうち9割を救うことができる。
また、死亡原因の全体の約2割を占める髄膜炎・脳炎も感染症の場合が殆どだから、抗生物質、抗菌剤で何とかできる場合が格段に増えた。一部の疾患についても似た感じだ。
乳児死亡率は、1920年台前半までは15%から17%という高い数字だったものが、1935年度で5%を切っていた。しかも数字は、さらに下がる傾向にある。1940年には3%を切ると予測されている。
21世紀のように1%を大きく割り込むのはまだまだ先だけど、急速にかつ劇的に変化しているのは間違いない。
そして死に難くなったので、数を産まなくても大丈夫という考えや感覚が、日本人の間に少しずつ広まり始めている。
そんな状態になりつつあるので、私がするべきは少子化対策ではなく、女性が育児をしやすい環境を整える事だ。
加えて男尊女卑的な、女性は子供を産むものというような価値観の緩やかな是正になるだろう。
これらは、マイさんが子供が出来ても農村以外での女性が働けるようにしたいという考えにも合致する。私としても大賛成だ。
ただ、法制度だけでは無理だし、保育園、幼稚園の整備だけでも無理。啓蒙活動も大いに必要だ。
リョウさんとジャンヌが関わるようになった便利な電化製品も、まだ開発途上の安価な電気洗濯機、保温も出来る電気炊飯ジャーなど必要な便利道具も色々と必要となる。
(何年も前からしているとはいえ、未来の技術より啓蒙活動と法制度よねえ。子供は国の宝って考え方もあるし、通しやすいでしょ)
我が子らを見つつ、そんなことをぼんやりと考えていた。
遺伝子:
主人公は気軽に口にしているが、1930年代では一般的とは言えない。DNAの存在が分かるのは1940年代。
遺伝学自体は、19世紀半ばに登場している。
メンデルのエンドウマメによる遺伝の研究が始まり。
結核による死亡者数:
史実の1930年以後だと、1937年から戦争になった影響もあり大きく上昇している。
劇的に変化するのは戦後、ストレプトマイシンが普及してから。
また、予防接種のBCGも大きな効果を発揮している。
なお、結核など細菌感染には、道の舗装と牛馬の利用も関わる。
馬糞などは乾燥すると飛散し、その中の菌を吸い込むことで感染症や結核などにかかりやすくなる。欧米でもそうだった。
車と舗装道路の普及によりこれらを阻止できる。
そして全ての病気に言えるが、衣食住の充実はとても重要。
特にお腹いっぱい食べる事は、何よりも健康の維持に貢献する。




