613 「君達の名は?」
「よくやった、玲子! これで鳳は安泰だ!」
お爺様から曾お爺様に強制的にジョブチェンジした鳳麒一郎は、なんだか月並みな言葉で私を労ってくれた。
そしてお爺様の言葉に象徴されるように、1938年度の4月はいつもの年と違っていた。
私の誕生日はお産でそれどころじゃなかったし、これからは私よりも子供の誕生日となってしまった。
けどそこは、来年からは一緒に祝えば良いだけの話。
それよりも、4月といえば鳳グループ社長会「鳳凰会」があるけど、私は出禁を食らってしまった。本年度は月半ばの16日からだけど、私は初めての欠席だ。
その代わり、出産発表を社長会でもするそうだ。
出産2日後には、それなりに動けるまでに復活していたけど、問題は私の体じゃなかった。
また、子供の世話の問題でもない。授乳や赤子の世話をするなら当分は大勢の前に出るなと、主に紅龍先生に強く釘を刺されたからだ。
最近の紅龍先生は、うちも随分投資や支援している電子顕微鏡の研究にご執心と聞いているから、私が教えた未来の知識と合わせてウィルスに過敏になっているらしい。
そして、私が誰から病気を移されたり、発症しないまでもキャリアーになって子供に感染させたり、といった事を危惧したからだ。
だから5月の鳳一族の懇親会も出禁とされた。
もっとも私は、しばらく病院から出られなかった。
一気に15キロばかりの荷物を降ろして身軽になった私と違い、生まれたばかりの双子ちゃんが普通よりまだ小さかったからだ。
結局1週間ほど保育器で過ごし、念の為もう2週間病院で過ごした。流石に過保護すぎるので退院しても良かったけど、マイさん、ベルタさんに合わせる為に残った。
そして私と同時期に妊娠したと見られていたマイさんは、私より少し後の4月9日大安吉日に無事出産。女の子が生まれた。
母子ともに健康。鳳一族の女子最高のボディだけあってか、初産なのに安産もいいところで、四半日もしないうちに普通に動いていた。
さらに4月も下旬に入った21日、ベルタさんも無事出産。ベルタさんにとって4人目、紅龍先生との間では3人目のお子さんは、プラチナブロンドに緑の瞳の男の子だった。将来、めっちゃイケメンになるに違いない。
もちろん母子ともに問題なく、4人目の出産から初産の私達より全然早いお産で余裕だった。
そして私の出産から、ベルタさんが出産して3日ほどで一緒に退院するまでに、それなりにやるべき事があった。
もちろん、生まれてきた子供達に対してだ。
そしてその中でも最大の難問が、まだマイさんのお腹も大きいうちに起きていた。
「え? 考えてなかったの?」
「男子なら、瑞獣の一文字が入ってれば良いから、お前らで考えていると思っていた」
お爺様の言葉に半ば絶句すると、結構適当な答えが返ってきた。軽くキレそうだ。
「いやいやいや。一族の次の長子よ。当主が名付け親になるものじゃないの? ひいお爺ちゃんでしょう。なんで考えてないの?」
「怒るな。子供が起きるぞ。晴虎もか?」
「はい。私も、ご当主が名付けて下さるとばかり」
「……」
そこで全員沈黙してしまった。
両親&曾祖父の誰も、新しい子供の名を考えていなかった。私も先入観から聞きもしなかったのは悪いかもしれないけど、誰もが確認を取らなかったのは迂闊過ぎた。
普段遠くを見てばかりいるから、足元が疎かになっていたようだ。
「何を大声出しているんだ?」
とそこへ、助け舟じゃないけど、紅龍先生。病院への用事という言い訳で、ベルタさんへの見舞いに顔を出していた。紅龍先生の大きな体の後ろからは、まだお腹の大きなベルタさんも可愛らしく顔を覗かせている。
「取り敢えず、入って扉閉めて」
「お、おおう。深刻な話なのか?」
「お伺いしても?」
「深刻といえば深刻だけど……あ、そうだ、紅龍先生って二人目は私の名付け親になってくれるって約束だったわよね。名前、考えてくれている?」
「ん? ああ、双子と聞いていたので、どちらが先でもいいように男女1名ずつは一応考えてある。もしかして、長子の名前でもめているのですか、麒一郎様?」
「ああ、そうだ。3人共が、誰かが考えているだろうと思い込み、考えてなかったんだ。まあ、届け出るまで時間もあるし、ゆっくり考えれば良いだろう」
「お七夜があるでしょう。それまでに決めてあげないと」
「そ、それもそうだな。では紅龍、二人目というか女の子の方の名は?」
そこで紅龍先生がベルタさんと顔を合わせる。
そして私達の方を向いて、姿勢を少し正す。そこまで真面目にしなくても良いとは思うけど、お爺様の前だからだろう。
「正嫡の家系の子ですので、創業者の伴侶である麟様にあやかり、二人目が男子の場合は麟次、女子の場合は麟華。
女子の名は、最初は麟子にしようかと思ったのですが、その名は龍也達の子の名前だと思い出し、それならとベルタが私どもの次女の玲華は玲子から一文字もらったので、華の字をこちらは贈ろうと言いまして」
「麟華か。可愛いわね。けど、めでたい字じゃなくて瑞獣なのね」
「女子なら、こだわる事もないだろ。で、名を贈るなら片方だし、どちらにせよ同じ麟の字がよかろうと。まさか、両方聞かれるとは思わなかったがな」
「長子の名に、麒麟のどっちかを当てていた場合は?」
「男子なら龍の字を、女子はそのままでも良かろうと考えていた」
「まあ、無難なところだな。……では、その名をもらおう」
そう言ってお爺様が、少し重めに言葉を口にした。これは決まりのようだ。私も異存はない。
「うん。麟華って良いと思う。ありがとう紅龍先生、ベルタさん」
「う、うむ。約束だったからな」
「いや、両方もらうぞ」
「けど『次』の字だと、次男でしょう」
「だからそこは変える。婆さん、いや麟様にあやかるというのは悪くない。だが、麟太や麟一だと語呂がいまひとつだな。……麟太郎でどうだ」
「うん。けど」
「けども、でももなしだ。と言いたいが、それじゃあ麒太郎ならどうだ? 双子の兄妹合わせて麒麟で中々良いかもしれんぞ」
(二人で一つってどうよ? それよりもキタロウ? 字は違うけど妖怪退治しそう。りんたろうも、勝海舟の幼名だけど……)
「私は麟でお揃いの方が良いかな。それに、お爺様とお父様が麒の字だから、続きすぎでしょう」
「それもそうだな。次も麒だと、麒の字が長子の名で固定してしまいそうだな。では、麟太郎で決まりだ。鳳一族6代目長子の名は、麟太郎とする」
「「「はい」」」
気づけば、マイさん達、手の空いている側近や使用人もいて、何となくその場の全員が答えてしまったけど、名前を決める場に大勢立ち会ったし悪くはないだろう。
その後、マイさんの出産からベルタさんの出産までに、私の双子は長男・麟太郎、長女・麟華として役所にも届けた。
マイさんと涼太さんも、涼太さんが翔子と名付け、同じように届け出。そしてベルタさんと紅龍先生の間の将来のイケメンハーフは、紅輝と名付けられた。
何はともあれ、鳳一族は新たに4人迎え入れ、中でも新たな長子を得たのは大きな僥倖として非常に喜ばれた。




