611 「出産入院」
新年度に変わった。
けど、私はそれどころじゃあなかった。
人生の一大事の一つが、ついに到来したからだ。
(乙女ゲームで出産って、ゲームクリア後の最後のイベントカードで出てくるくらいよね。やっぱりこの世界って、『黄昏の一族』の再現世界じゃないんだ。きっと、誰かの夢にでも出てきたゲームのモチーフになった並行世界、パラレルワールドに違いない!)
頭がさっぱり回らなくなってからは、そんなどうでも良い事ばかりが頭をよぎっては消えていった。
そう私は、2度の人生で初めての出産を迎えようとしていた。
話は少し遡るけど、3月は何事もなく過ぎた。
ただ、順調にお腹は大きくなり続ける以外は。けどこれも、まだ30週後半。3月後半から臨月に入ったから、普通といえば普通の状態。むしろ喜ぶべき状態。
多少の問題は、同時に2人エントリーしている事。けどこれも、日本人なら100人に1人、世界平均だと40から50人に1人いるので、極端に珍しい事じゃない。
もしかしたら、旦那がハーフだから確率が上がったのかもとか思った事もあったけど、母体の方にしか関係ないらしいので、私が100分の1を当てただけだ。
そして超音波検査の技術はまだないので、心音を聞いてもらった限りでは、2人エントリーは間違いなかった。逆に3人、4人という事はない。
それに、臨月前の35週未満で出産じゃなかったので、好ましい状態だ。
毎週の診断でも「全く問題は見られません。健康そのもの」と産婦人科のベテランのお医者さんも太鼓判。
ハイスペックな体だけど、頭脳以外でこれほどこの体に感謝する事になるとは思わなかった。
そして3月最後の週になると、鳳の本邸の隣接エリア内にある鳳病院改め鳳大学病院となった六本木支店と言える場所に入院した。
この時代の日本では、お産は自宅でするのが普通だけど、鳳は病院など諸々を抱えている事もあって、病院で出産するのが明治の末頃から一般的になっている。
そして私の場合は、何より周りが入院を求めた。私と私が生む子供に、一族全体として大き過ぎる価値があるからだ。
だから私もワガママ言ったりしなかった。
そして私の場合、私が過ごす部屋はVIP用の豪華な個室で、マイさんが隣に入院予定で確保されていたのだけど、大きな鉄筋コンクリートが数棟ある大病院の一角を丸々占領した。
勿論、私の警護のためだ。そして廊下、エレベータ、部屋の前には私の側近達の護衛担当と使用人、それに鳳警備保障の選り抜き達がいた。
病院自体の出入り、病院の周辺も十分に警備され、まさに厳戒態勢で私は出産の為に入院となった。
それというのも、結婚式の時に暗殺者が入り込んだ例があるからと説明された。
なお、3月末になると、マイさんも入院してきた。ベルタさんの方は、最初は川崎市の生田の紅家の広大な敷地にある鳳大学病院に入院する手筈になっていた。けど、ベルタさんの希望を紅龍先生が押し通して、六本木の方に入院する予定だ。
そして、4回目の出産だし私達より1週ほど臨月は後ろだったのに、初産は不安だろうと心配して、マイさんが入院した翌日には入院してくれる事になっていた。
「本当に、ベルタさんには頭が上がりません。入院前に私が産気づいたらすぐ連絡してとまで言ってくれて、本当に嬉しかったです」
「ジェニーも同じ事言ってたわよ。すぐ連絡寄こせって」
「嬉しいですね。それに潔子叔母さん、幸子叔母さんも、同じように言ってくれました。お腹が大きくなり始めたら、よく本邸に来てもくれましたし」
「玲子ちゃんの場合、蒼家は勿論、鳳一族の一大事だものね。みんな気合も入るわよ」
「アハハハ。みんなに気を使われたり色々言われると、確かに実感が深まってきます」
「でも、気負いすぎないようにね。って、これ言うの晴虎兄さんの役目よね。ちゃんと顔くらい出してる?」
「それはもう。屋敷の近くだから、出社前は必ず。夜も面会時間を過ぎてなければ、必ず来てくれます。涼太さんは?」
「ずっと側にいたいとか甘い事言ってたから、ちゃんと仕事しなさいって言っておいた。まあ、晴虎兄さんと似た感じで来るんじゃないかしら」
この春で結婚3周年なのに、相変わらずの惚気具合である。とはいえ、私も人の事は言えない境遇だ。
そうして3月末日には、ベルタさんが堂々の登場。護衛の騎士ならぬ、おまけを連れて。
「玲子に舞、息災か?」
「紅龍先生、息災に決まっているではありませんか。ご機嫌よう、玲子様、舞様」
「「はい、ご無沙汰しております紅龍先生、ベルタさん」」
「舞はともかく、玲子にまでそう畏まられると、少しむず痒いな。だが、大きくなったな。体調はどうだ? ちゃんと飯は食っているか?」
ベルタさんが心配で付き添って来たのは明白な紅龍先生だけど、私とマイさんにも細々と心配りを見せてくれる。
パパとしても私達のパートナーより熟練だし、そもそも関わりある事は何でも短時間で習得しようとする研究馬鹿の医学者だから頼り甲斐もある。
「紅龍先生も毎日来てくれるの?」
「是非そうしたいところだが、そうもいかん。研究があるし、一応、鳳大学で教鞭も取っているからな」
「あ、もうすぐ新学年か」
「そうだ。あ、その件でだが」
「え? 何かあるの? 私、当分は病院で、そのあとも屋敷を動けないわよ」
「そうじゃない。なるべく4月2日以降に産め。子の為にな」
「ん? なんで? 縁起が良いからとか?」
「教鞭をとっていて、色々と資料などを集めて分かったのだが、早生まれの者は自己肯定感が低く、劣等感を抱きやすいという統計結果があるのだ」
「そうなんだ」
「そうだ。理由は色々あるが、同じ年度生まれの中で生まれるのが遅いだけ成長が遅いからだな」
「へーっ。マイさん知ってました?」
「ううん。考えた事なかった。でも私、早生まれに近い12月だけど、そんなの思った事ないわね」
「私の場合、ほぼ一等賞の順番だけど、気にする以前だったからなあ」
「玲子も舞も、そもそも出来が違うから実感が持ちにくいんだ。まあ、二人の子供だし、気にする必要もないと思うが、どうせなら年度始めの方が良かろう」
「紅龍先生もその辺考えていたの?」
「いいや。私とベルタの子だぞ、そんなもの気にする必要もない」
「それなのに私達には言うって、どういう了見よ」
「だから、どうせなら、という話だ」
そう言うと、ベルタさんがクスクスと笑う。
何か理由があったらしい。そして我慢しきれず、ベルタさんが話し始めてしまう。
「あのね、紅龍先生は、玲子ちゃんが双子を身ごもっているから、早産を気にされているのよ」
「ああ。なるほど。けど、もう臨月に入って、お腹も人並み以上に膨らんだから、心配ご無用よ。けど、ありがとう」
「お、おおう。何にせよ、母子ともに健康なら良いな」
ちょっと顔を赤らめて答える紅龍先生は、相変わらず紅龍先生だった。
そして3人となって数日過ぎたが、4月になり2日が過ぎて新年度が到来。さらに3日になり、徐々に痛みが高まりつつ眠れないまま4日に入り、その真夜中の事だった。
「どうされました?」
「シズ、本格的に、来た、かも」
「では、連絡を」
その日の夕方少し前くらいから、予兆というか少しずつ始まっていたので、私もシズも落ち着いていた。こういう時、知識は力だ。無駄に慌てないで済む。
そして3日は日曜日だったから、ハルトさんも病院に来てくれたし、他の人達も見舞いにたくさん来てくれた。そしてそれに応対できる程度に状況は進んだ。
もっとも、この時代は旦那が出産の場に立ち会うという事はない。それに出産は、初産だから明日か遅ければ明後日だろうという事で、その日は帰った。
けど、思ったより短時間で事態は進んで、私は分娩室へと入った。
お産は自宅:
戦前の日本のお産は、産婆が家で取り上げるのが普通。
そもそも戦前の日本は、医師の数が十分ではなかった。支那事変以後に大量に医者を増やし、それが戦後の日本の医療、更には出産を支えた。
また病院での出産は、GHQによる指導の影響も大きい。
潔子叔母さん、幸子叔母さん:
潔子叔母さん =玄二叔父さんの配偶者
幸子叔母さん =龍也叔父さんの配偶者
(※作者も、すぐに名前を思い出せなかった。)




