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悪役令嬢の十五年戦争  ~転生先は戦前の日本?! このままじゃあ破滅フラグを回避しても駄目じゃない!!~  作者: 扶桑かつみ
物語本編

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608 「昭和13年度予算編成(1)」

「なんで、玲子がこの場にいる?」


 一見いつもの昼行灯な顔だけど、お爺様の目が少し厳しい。

 3月半ばの鳳の本邸の本館の大広間に、一族の大人達と一族に近い財閥の一部幹部が集まり、日本政府の来年度予算を検証する話し合いの場での状況。

 毎年私も顔を出しているから、普通ならこんな言葉は飛んでこない。


 けど、出席者のほぼ全員が、あまり好意的に見てくれない。悪い目線じゃないけど、こんな時くらい休んどけと、ほぼ全員が目で語っている。

 お爺様は、その代表というわけだ。


「長子の務めよ。それに、小さな頃から同席させておいて、今更お腹が大きいくらいで除け者にしないでちょうだい」


 少し強めの視線を込め、この場に居座る為に言い切ったら、流石に多くの人がバツの悪い表情を浮かべる。

 それに少しだけ満足して、こっちも表情を緩める。


「今回は聞くだけにして、余計な口は挟まないようにするから。それに4月から向こうは、しばらく何もできないだろうからね」


「ハァ。じゃあ、聞くだけだぞ。だが、晴虎に任せれば良いだろう。何の為に結婚したんだ」


「ハルトとも話して承知済みよ」


 その私の言葉に、隣のハルトが少し強めに頷いてくれる。

 実際、半ば喧嘩腰で話し合った末に決めた事だ。

 それに私が押し通さないと、オブザーバー席にいる同じくお腹の大きなマイさんも立場もなくなってしまう。


「そうか。じゃあ貪狼、始めてくれ」


「畏まりました」


 お爺様の半ば諦め声で、来年度予算についての情報共有の話し合いが始まった。

 メンツは、だいたいいつもと同じ。

 珍しく虎三郎が来ているのが違うくらい。それと今回から、龍也叔父様も上座のテーブルに来た。だから上座の人数は増えている。


 そしてさらに珍しく、紅家の人達が顔を出している。この後で、簡単な一族会議をする為だ。

 とはいえ、重要な話があるわけじゃない。私とマイさんが、4月の社長会、5月の鳳の懇親会は欠席確定だろうから、その埋め合わせみたいなものだと聞いている。


 

 そんな大賑わいの中で始まるけど、最初は貪狼司令がいつもの移動式黒板の前に来て、すでに書き込んであったものを指し示す。


「こちらが現状把握できている、来年度予算案になります。こちらが本年度。そしてこちらが、本年度の国民所得と経済成長率の推定値となります。

 軍事的なものは裏側に書いてあり、後ほどお見せします。また、気になる方は、お手元の資料をご覧ください」


 いつもより手順を端折っているのは、この後があるから。それに、世界情勢、大陸情勢は大変な事になってきたけど、日本自体は半ば無風状態なので話す事が少ない為だ。

 何せ、2年を超えた宇垣内閣は順風満帆。


 成長がやや鈍化し始めた経済は、大陸での大規模な内戦による戦争特需で持ち直した。

 外交は、親英米路線を貫き、反共産主義、反全体主義が堅持されている。治安維持法がらみで、刑務所の左右双方の政治犯はますます増えているとの事だ。

 30年台前半までに共産主義者は目に付く限りは一掃され、特高の暇潰しじゃないかとすら思える新興宗教叩きもひと段落したので、最近はファッショがらみの右巻きが多い。


 それはともかく、必然的にソ連、蒋介石らの陣営、ドイツ、イタリアあたりと対立がさらに深まったけど、もう今更だ。宇垣内閣は、英米仏など『自由と平和を愛する国々』とのさらなる関係強化を急いでいた。

 私的に見れば、次の世界大戦のグループ分けは、ほぼ完了したって感じだ。勿論まだ慢心する気は無いけど、まずは順調と胸をなで下ろす状況なのは確かだ。

 そして本年度も、平時編成なのにお大尽な予算編成が記されていた。



 昭和13年度予算 :約56億4000万円


 陸軍費 :約11億1000万円

 海軍費 :約11億4000万円

(軍事費割合は約40%)



「流石に、ここ数年の伸びに比べると落ち着いたな」


「はい。ですが、臨時利得税をやめた影響も小さくございません」


「ああ、うちからも法外な税金を毎年持って行っていたやつか。あれを止めて幾ら下がった?」


「約3億5000万円。来年度もあれば、予算規模は60億円に達していたかもしれません」


「それでも、5年で二倍になったのか。隔世の感ありってやつだな」


 そう言いつつ、お爺様の視線が所得などの方へと向く。つられて私も、そちらへと改めて目を向ける。



 1937年度(予測)

国民所得 :約382・2億円

経済成長率:約17%



「二倍と言っても、名目所得でしょう。実質は7割伸びていたら良い方じゃない?」


「そんなものになるのか。って、聞くだけじゃないのか?」


「まあご当主、構わないではありませんか。俺も玲子がだんまりだと、調子が狂います」


 お爺様のツッコミに、すかさず龍也叔父様がフォローしてくれる。結婚しても、私のお兄様でいてくれるのは、本当に嬉しい。

 お爺様も軽く息を吐いて、それ以上言う事はなかった。


「実質でも、5年で7割も所得が伸びれば十分すぎるだろ。100円の給与が170円になるんだぞ」


「その件で、さらに良い数字が出ております」


「なんだ?」


「貧困層の比率が、4割を切りました」


「貧乏人が減ったわけか。で、その数字は凄い事なのか?」


 お爺様が少し首を傾けている。この手の話は私は常に注意しているけど、華族で財閥という金持ちなんかしていると実感が持ち辛いのは確かだ。

 だから言ってあげた。


「比率で言えば、20年前の半分よ。それにね、明治の前半くらい頃の日本人は、9割が統計数字上での貧困層に当たったの。そんな貧乏国が無理に無理を重ねて大海軍を維持して列強の一角とか、片腹痛いわね」


 皮肉混じりになったけど、5割を切ったのですら3年前の事で、第一次産業従事者が3割を切ったのも最近の事。ただ、そこまで話しても仕方ない。現に、お爺様は今ひとつ実感していない。


「ふむ、そんな統計数字上の話をされてもな。だがまあ、日本人が少しでも豊かになったと言うなら、良い話じゃないか。ところで善吉、うちの社員達も給与は上げているんだよな?」


「勿論です。鳳グループの少なくとも直属は、人材確保の目的もあるから他財閥、他社より高い。それに中核企業だと、中央官僚以上出している。うちから下請けなど他への払いも、高めにしている。成り上がりだから信用問題もあるので、ピンハネ、中抜きも、可能な限りさせていない。お陰で周りからは、色々と嫌味を言われるけどね」


「金出した分だけ働いてくれるなら、それで良いだろ。……確か給与を高くしろとか今の話も、言い出したのは玲子だったか?」


「まあ、そうなるのかな。けど、労働の対価として高い給与を払えば、その分士気も上がって働いてくれるものでしょう。実際、数字は出ているし。勿論、寄生虫に怠け者、勘違いやお馬鹿さん、詐欺師に泥棒。それに地縁血縁、縁故しか考えない人なんかも一定数いるから、監査とかで余計な手間もあるけど。ねえ、善吉大叔父様」


「そうだね。グループの監査部は、冗談交じりに鳳特高や鳳憲兵隊とか言われているけど、良い仕事をしてくれているよ。それに玲子ちゃん、もとい玲子さんの発案だけど、私も大いに賛同したい事だから出来る限りはしているよ」


 その言葉に大きく頷きつつ、心の中でもサムズアップしてしまう。


「今更だが、大丈夫なんだろうな?」


「問題ない。鳳グループの株式の大半は、鳳ホールディングスとフェニックス・ファンドが持っている。日産などの新興財閥のように、金を出した株主が大きな顔をしていないし、文句を言われる事はない。社と社員、それに研究費、開発費、設備投資に存分に儲けを還元できるよ」


 他に聞かせるためのお爺様の言葉に、善吉大叔父さんが少し自慢げに言い切る。

 そして言っている事は事実だった。

 私も、自分で言った事は21世紀の前世でそれなりに見てきたり体感してきた事なので、大株主が実質的に鳳一族である以上は会社と従業員優先で全く問題ない。


 そもそもこの時代の日本の株式会社は、株主優先で株主はかなりうるさい。経済の乱高下が激しい事もあってか、もはやウザいレベル。

 だからこそ大正時代の日本では、大企業が持株会社によって財閥を形成したという経緯がある。もしくは、会社や財閥同士で株を持ち合う。そしてさらに体力のある財閥は機関銀行を持ち、自力での資金調達もできるようにしている。


 そして鳳グループは、善吉大叔父さんの言う通り、財閥家の持株会社ではなく金融会社に集中管理させている。さらに鳳一族とその直轄と言えるところは、フェニックス・ファンドが持っている。

 そしてフェニックス・ファンドは、鳳一族のものだ。


 また給与面は、グループ全体で収益は十分以上に上がっているし、ホールディングスとファンドの金が、日本企業の基準で言えば幾らでも持ってこられる体制になっていた。

 そして株主である鳳一族が配当で文句を言わなければ、鳳グループは儲けた金を資本投下、給与に回す事が出来る。

 そしてその影響は、既に日本全体の約一割に達していた。

 その隆盛ぶりは、日本のクルップなどと言われていると聞いている。


昭和13年度予算:

史実のものは、日中戦争激化による事実上の戦時予算なので、もはや平時状態のこの世界の予算と比較できなくなっている。

経済成長率も同様。



この世界の昨年度:

 昭和12年度予算 :約50億8000万円


 陸軍費 :約9億4000万円

 海軍費 :約9億9000万円

(軍事費割合は約38%)



※史実の1937年度の名目GDP:

国民所得 :234・3億円

経済成長率:31・6%


史実では夏の支那事変勃発により、年度後半に本年度予算とほぼ同じ規模の膨大な戦時予算が組まれた。

これにより軍需、重工業などで戦争特需が発生。

一方で、沢山お金を刷った事になるから、ドルに対する円は一気に大幅下落した。


なお、もし戦争が起きていない場合の史実経済と、この世界の国民所得、経済力の差は2倍を超えている計算になる。



100円の給与が170円:

前にも書いたが、この時代の国民所得の実質が10%伸びる場合、名目は15%くらいの伸びとなる。

給与が2倍になり、物価が3・4割上がったという表現の方が正しいだろうか。



貧困層の比率:

戦前の最高値(1930年台半ば)でも5割を切れなかった。

そして第二次世界大戦の結果、半世紀前の比率(9割が貧困層)に逆戻りとなった。



第一次産業従事者が4割り切った:

揶揄的なものと捉えて下さい。高度経済成長の入り口の段階を示すものです。第二次世界大戦が戦争特需でウハウハで済むなら、さらに大きな経済成長、所得の向上が見込める事でしょう。



第一次産業従事者が3割り切った:

史実だと1960年代序盤のこと。昭和に入るくらいまで5割を超え、1940年時点で44・3%。

この世界では、史実の高度経済成長期の前半くらいの比率に、急速に変化している。



寄生虫に怠け者:

社内ニートはともかく、コネ採用や経歴詐称、収賄の防止、厳しい監査の仕組みと罰則あたりの揶揄。それに最近ではKPI(重要業績評価指標)とかも重要。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 虎三郎に加えて紅家の方々も参加されているところ [気になる点] そういえば、 もし万が一、戦略研究所の予測通りにソ連と開戦していれば、 本邦は冬戦争、泥戦争を越冬出来ていたであろうか? (…
[一言] 泳がせてたゾルゲとか尾崎とかどうなったんかな。
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