607 「合格パーティー」
日本の3月は年度終わり。それは学生も同じだけど、節目にあたる学生にとっては生涯を決める時期でもある。
そして鳳の17歳の少年達にとって、学生時代で最大の難関突破の年度末だった。
本来は18歳だけど、みんな特進生だから普通より早いのに、試験当日に病気で倒れでもしない限り突破自体は簡単だ。それだけで十分以上にチートなのに、さらにその1年早い集団の中でトップを競っていた。
「合格おめでと〜っ!」
「「合格おめでと〜っ!!」」
最後の合格発表を待っての日曜日、子供達だけで集まってこうして杯を掲げる。
もっとも、東京帝国大学、陸軍士官学校、鳳大学と3つの学校の合格発表日が違うので、既にそれぞれの合格祝いは家族や一族で行なっている。だから今日は、同世代の子供達だけの気楽な集まりだ。
また合格を祝うと同時に、新たな門出も祝う意味もある。
そして私は妊娠状況から、みんなの入学を祝ってあげるのが難しいので入学祝いも兼ねていた。
「とにかく、全員合格でこの日を迎えられて良かったわね」
「合格どころか首席や次席だものね。私、来年大丈夫かしら」
合格者達がさらに互いを称え合うのを見つつな私のしみじみな言葉に、瑤子ちゃんが半ば本気でそんな感想を口にする。そしてそれだけの結果を、目の前の少年達は出していた。
「そうしていると、本当に女帝じみているな」
「まあ、このお腹だから、今日は座ったままで失礼するわよ」
大きくなったお腹を軽く撫でながら返すと、玄太郎くんが苦笑してしまった。
「むしろ座っていてくれ」
「お小言言われたくないものね。それより、改めて首席合格おめでとう」
「うん。ありがとう。こればかりは、素直に嬉しいよ」
「だからって、気を抜かないでね。日本は入学試験が一番の関門だけど、欧米は卒業まで日々勉強だもの」
「分かってる。ただ、色々と資格も取りたいし、経営の事も勉強したいんだけどな」
「そんな事言うと、次席が何か言いたそうにしているわよ」
私の言葉に玄太郎くんが振り向くと、勝次郎くんが軽く肩を竦める。
「別に。ただ、俺に勝った男には、このまま学業を極めて欲しいだけだよ。俺は結局二足わらじで、首席は取れなかったからな」
「二足わらじで僅差の次席という点で、僕としては焦りを感じるよ」
「俺など大した事はない。目の前には、不戦勝の奴がいるからな」
「せめて不戦敗と言って。何もしてないのに」
「しているだろ。論文を何本も書いて、欧米の雑誌にも投稿しているじゃないか」
「ああ、あれ。仕事みたいなものよ」
「だから何本も書いたのか?」
「何本って、2、いや3本書いただけでしょう。暇なら、もっと書くけど」
「もっと……。相変わらず、呆れるな。玲子の言うところの斜め上すぎるぞ」
「仕方ないでしょう。私の考える経済や市場と現状が噛み合ってないから、書いて捻じ曲げるより他ないじゃない」
「せめて先取りとか啓蒙とか、言葉を取り繕え」
「勝次郎くん達相手に、今更取り繕ってどうするのよ。けど、よく知っているわね。流石、勉強熱心ね」
「褒めてもらって光栄だが、話の出所は別だ。鳳大学の教授らが、博士号を贈るかで悩んでいたという話を、輝男達から聞いたんだ」
「そういえば、校正や論文としての基本を間違ってないかとかで、先生達に見てもらったっけ。あと、翻訳チェックも。けど、博士号とか別にいらないんだけど。世の中が私のやりやすいように仕組みが変わってくれたら、それで十分」
「……僕もその話は聞いたが、かなり話題になっているらしい。下手をすれば、玲子が以前話していた何十年か先のノーベル経済学賞ものだ。自覚を持った方がいいぞ」
「え? そんな面倒臭いもの、いらないわよ。それに私、学者じゃないし」
前世の知識をもとにしたから、博士とかには興味がないと言うより申し訳ないからこその素直な言葉だったのに、二人に「ハァ」と深めのため息を返されてしまった。
「世の中の学者全員を敵に回す発言だな」
「なんというか、俺達の帝大合格が霞んでしまうな」
「何言ってんだ! お前らは凄い! 俺も凄い! 玲子はいつも通り! それだけだぞ!」
かなりの大声と共に、少し凹んでしまった勝次郎くんと玄太郎くんの間に入り、両者の肩をがっしりと抱いたのは、私たちの中でのムードメーカーポジな龍一くんだ。
そして自分で凄いと言う通り、陸軍士官学校の首席合格を見事達成した。これで三冠。あとは陸軍大学を残すのみとなった。
そして、だからこそのこのテンションである、って感じの上機嫌ぶりだ。
「ほんと、龍一くん凄いわよね。改めて、陸士の首席合格おめでとう」
「ああっ、ありがとう! 予科では勉強漬けだったが、その甲斐あったぜ。それと玲子は、仕事せずに体を気遣えよ」
「今は殆ど何もしてないわよ。もうすぐだしね」
「そうか。ところで、子供の名前はもう決めたのか?」
「ううん。お爺様が決めてくださると思うし。それに二人目は、紅龍先生に頼んであるの」
「鳳の次の長子だし、それもそうか。でもまあ、女子にとっては結婚、出産は大学や論文より大事だし、特にお産は大変だろうから気を抜くなよ」
「ハイハイ。いつもお気遣いありがとう。けど今日は、みんなの合格祝いよ」
「そうよお兄ちゃん。他の人達は祝って差し上げたの? お兄ちゃん寄宿舎ばっかりで、全然顔を合わせてないでしょ」
「今まで讃えあってきたところだ」
「僕達もな。それより玲子、側近達はちゃんと祝ってやったのか?」
「勿論。私の命令で大学行かせたようなものだからね。輝男くんは、本当は帝大に行かせてあげたかったけど」
「輝男は優秀だからな。だが、同期の月見里女史も今の鳳大学で首席だから、大したものだな」
「ええ、後援してきたから鼻が高いわね」
そう無難に返したけど、私は知っていた。お芳ちゃんが、いつも通りわざと手を抜いた事を。首席自体は大したものだと私も思うけど、どうしても心から素直な気持ちになるのが難しい。
しかも手を抜いた理由を聞いたら、今の私同様に「面倒臭い」の一言。気持ちも分かるから、お芳ちゃんにはわざとらしい軽いため息で済ませた。
そして話題の人達は、私達から少し離れた場所で輪になって談笑中だった。
もっとも、輪の中心は虎士郎くん。今日もお祝いでピアノの腕を披露してくれたけど、その話をしているみたいだ。
何しろ、私が内心冷や汗をかくような祝いの曲を、連続して披露していた。身内だけとはいえ、油断も隙も無い。
「改めて、みんな合格おめでとう」
「「ありがとうございます!」」
一巡して、今度は私の周りを側近達と姫乃ちゃんが囲んだ。座りっぱなしだから仕方ないとはいえ、これでは私が主賓に思えなくもない。
しかも側近と書生ばかりとなると尚更だ。
姫乃ちゃんが側近達と一緒なのも、今までの予科でも同学年だったのと、同じ大学に通うからだ。姫乃ちゃんは、この2年の間に攻略対象達よりも私の側近達との距離が近くなっていた。
そしてそれなら輝男くんをターゲットにするのかと思いきや、同じ特別奨学生&書生という立ち位置なのに、輝男くんが真面目すぎるのか朴念仁なせいか、距離が縮まったわけでもなかった。
ここが本当にゲーム世界なら、「ゲームクリアする気あんのか!」と怒鳴っているところだ。何しろ乙女ゲームだから、攻略対象の誰かを落とさないと姫乃ちゃんがバッドエンドを迎えてしまう。
イベント回収の為に一通りプレイしたけど、姫乃ちゃんのバッドエンドも結構容赦なかった。
パターンは幾つかあり、大学中退エンドはマイルドな部類。空襲で死んだり、戦後はビンボーになったり、中には輝男くんに暗殺されるエンドまである。
もっとも、ゲーム世界ではないこの世界でどうなるか、私としては酷いバッドエンドはないだろうと思う程度にしか関心はない。
それよりも、最近気付かされたけど、体の主に聞いた話とも違う方向性に姫乃ちゃんが向かっている事の方が気になった。
そしてそんな言葉を私に向けてくる。
「私の事などよりも、玲子様の新しい論文、拝見させて頂きました! いつもながら、目が覚めるような内容で、言葉もありません!」
「あ、ありがとう。けど今日は、姫乃さんをはじめ皆さんの大学合格を祝う席だから、意見とかはまたの機会でいいかな?」
「あっ、そうですね。失礼しました。けれど残念です、あれだけの論文を書かれるのに大学に行かれないなんて」
その言葉に、「そうかもしれないわね」などと適当にはぐらかす答えをする私の斜め前では、お芳ちゃんが横目で「またこいつ、似たような事を口にしてる」といった感じで見ている。
他の二人の銭司、福稲も、苦笑いか愛想笑い以上じゃない。
こういう縮図を目にするだけで、私の側近と姫乃ちゃんの違いを痛感するし、お芳ちゃんのような他に影響されないニュートラルな人の有り難さを痛感する。
そして姫乃ちゃんは、ゲーム上と似て、こうと思うと突進する性格だから、私と合わないのは当然だとも感じる。
そしてそれだけなら問題もないんだけど、言葉はさらに続く。
「はい。ですけど、考えてみれば日本の大学制度が硬直的なんだと思います。優秀な人には、男女などあらゆる制限を設けずに門戸を開いた方が良いと思うんです! それでこそ、日本のより一層の発展に繋がるとは思いませんか?!」
小さく握りこぶしを作って両手を胸の前で「フンッ」と気合を入れてまで、そんな事を話している。
右巻きとも左巻きとも取れる言葉だけど、私としてはたしなめるしかない。
「そうね。けれど、姫乃さんは大学に合格されたばかり。今は、ご自身の勉強の事を一番に考えてね。みんなも」
「あっ、はい!」
言葉とともにフワフワヘアーを大きく揺らしてお辞儀をするけど、ちょっと監視を付けようと思わせた。
博士:
日本では論文だけで博士になれる制度がある。
海外にはないので、余程の事でないとノーベル経済学賞はないだろう。
ノーベル経済学賞:
1968年設立。厳密にはノーベル賞ではない。
だから単に「経済学賞」とだけ表現する場合もある。
受賞者は、アメリカ人(国籍)がやたらと多い。




