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悪役令嬢の十五年戦争  ~転生先は戦前の日本?! このままじゃあ破滅フラグを回避しても駄目じゃない!!~  作者: 扶桑かつみ
物語本編

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605 「試写会」

 2月、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ製作で、世界初の長編アニメーション映画の『白雪姫』が、ようやく海を渡ってきた。


 去年、1937年12月21日にアメリカで封切りされたばかりのもので、字幕付きってやつだ。

 子供に見せるには、吹き替え版を作った方がいいけど、それはまた今度という事になってしまっていた。


 そもそも洋画の吹き替え自体も、まだ始まってもいない。声優自体は、ラジオドラマの役者がいるけど、吹き替えが出来る役者ではない。

 それはともかく、作品自体は私は前世に何度も見た事があるけど、映画館で見た事がないし、みんなとのライブだからめっちゃ楽しみにしていた。



「有楽町の日本劇場での特別試写会だから良いでしょう」


「ですが、試写会の日だと、もう30週を越えておられます」


 いつものようにといった感じで、シズが私を止める。けど、これだけは引くわけにはいかない。


「あそこはロイヤルボックスがあるし、そこで見るから。……本当は、真ん中で見たいけど」


「そこは問題ありません。問題はお体です」


「そ、それこそ、お腹の子の情操教育じゃない」


「音は聞こえるのかもしれませんが、見ることは無理ですよね」


「私の情緒も子供に影響するのよ。見られない事で私が情緒不安定になって、早産はまだしも万が一があったらダメでしょう」


「それは勿論ですが……」


 お前そんなに楽しみにしてたのかよって表情を一瞬見せたけど、その通りだから仕方ない。ダメだったら、一晩泣く自信がある。

 けど、もうひと押しだ。


「それに適度な運動は、母子共に良いのよ。紅龍先生も言っていたでしょう」


「そちらは、屋敷の庭の散歩で十分でしょう。それに、移動の大半は車ではないですか」


「だったら余計問題ないでしょう。歩くのは建物の中だけで、それは屋敷の中と変わらないじゃない」


「……ハァ、分かりました。お付きは十分付けます。宜しいですね」


「宜しい宜しい。そんなのいつもの事じゃない。シズも一緒に見ましょうね」


「ボックス席は、大勢は無理でしょう。私は出入り口で待機致します。日曜日なのですから、晴虎様とご鑑賞下さい」


「それは当然だけど、もう何人かいけるのに」


「それでは他の方をお誘いしますか?」


「みんなは二階の指定席で見るって。あ、紅龍先生も、一家で観に来るって」


「それでしたら、なおのことお二人でご鑑賞下さい。そうした時間も必要でしょうに」


「うっ」


 思わず言葉に詰まる。最近はマタニティ・パーティーで、私とマイさんがベルタさん、それにジェニファーさんあたりから色々と教えてもらったり、子供の為に何か作ったりとしているので、夫婦の時間は確かに少し減っている。

 お腹もあって、ホテルで食事とか軽いドライブデートが精一杯。

 その代わり、向こうも男同士で飲んだり騒いだりしているとはいえ、負い目を感じているのも確かだ。


 そして今回の試写会は、他の夫婦やカップルからはデートの機会として認識されていた。

 だから勝次郎くんと瑤子ちゃんは観に来るけど、他の男子どもは来ない。身内だけの上映会も予定してあるとはいえ、絶対後悔するに違いない。

 けど、鳳の一族がかなり映画館に集まるので、警備の方は厳重にせざるを得ないなど、周辺各位にご迷惑もおかけしている。


 けど、『白雪姫』の上映権をディズニーから買ったのは鳳商事で、それを格安で東宝で上映してもらう。当然、鳳グループがメインスポンサーであり、映画前のニュース映画の時間に広告もかなり流す。

 私の個人的欲求で始まった事だけど、それなりにビジネスとしても動いていた。


 けど私としては、日本中が『白雪姫』に度胆を抜かれてくれれば、それでオーケーだ。

 半ば私のポケットマネーで色々としてきた、日本でのアニメーション制作も本格的に世に広める切っ掛けにする予定だからだ。


 日本でも1930年くらいから始めさせたけど、まだまだ私の『神』には及ぶべくもなく、技術と経験蓄積で短編作品を作っている。

 それに別の問題もある。物語や絵の人材と作品だ。

 私も日本で最初はこれだろうと目星をつけていた『のらくろ』は、私が声をかけるより早く別の人の手で1933年に先にアニメ化されていた。


 そこで私は、当時雑誌『少年倶楽部』で『のらくろ』と人気を二分していた『冒険ダン吉』のプロデュースをさせた。

 ただ、他の原作と言われると、これといった人気作品に乏しい。私的には、すでに少女漫画的な絵もあるのでその路線を推したいけど、原作漫画となると、それがまだない。


 また、この時代の子供の娯楽としては、他に紙芝居がある。そして『黄金バット』が大人気だった。だからこれの映像化ができないものかと考えたけど、今のところ実現していない。

 なお完全オリジナルも試行錯誤させているけど、こっちがいくら金を積んでも興行主側が首を縦に振らない。せいぜい、短編映画を作って小規模に上映するのが精一杯だった。


 そこでネームドならばと思ったけど、漫画の神様も今はまだ10歳くらい。ゲゲゲの人は戦争に行ったというけど、年齢を逆算したら学生くらいだろう。

 そんな中、私も愛読する『少女倶楽部』にあの日曜夕方の国民的アニメの原作者になる人を見つけたのが、1935年のこと。思わず「まじかよ」って声を上げたほど驚いた。探せばいるものだ。

 ただ、アニメ原作となるには、全然足りていない。



 一方で、私が学生の頃に暇つぶしで描いたものを先生に見られてしまったり、美術の時間の絵とかでこの時代に合わない絵柄にしたりとかで、地味に私の前世の記憶の中の二次元世界の情報は、幾らか世に出ていた。

 ただし、見られたり話を聞かれたりしただけで、そのものが流出したわけじゃない。形としては、虎士郎くんやシャネルと一緒という事になる。


 けどまあ、昭和に入って見るようになった雑誌の絵を見る限り、戦後の少女漫画的な雰囲気の絵は既に見かけたし、そこまで気にしない事にしていた。

 音楽も服も、一部は雰囲気やモチーフとして世に出ているから、似たようなものだと納得させている。

 それに私の描いたものなど、『白雪姫』を見れば全部吹き飛ぶだろうというのが、私の揺るぎない考えだ。




 それはともかく、シズとのそんなやり取りがあった数週間後、『白雪姫』の試写会を迎えた。

 六本木の鳳本邸から有楽町までは歩いて行けなくはない距離だけど、そこをいつものデュースで向かう。そして護衛に守られ、シズ達にエスコートされて席へと着く。


 こういうボックス席は、横並びで2席から4席程度。日本劇場の場合は2席で、前世で見た映画などに出て来るボックス席より狭い。それに、欧米の有名オペラ座のように壁一面という事はなく、2階に左右3つずつ、3階に2つずつの合計10箇所。

 しかも部屋ではなく、ベランダのように壁から突き出した感じになっている。


 けどこのボックス席のお陰で、私も日本劇場に気安く行けて助かっている。

 昔は帝劇にもボックス席があったらしいけど、今の帝劇は松竹の映画館しかないし、今回は東宝と提携したので松竹に行く事もない。


 そして日本劇場に着いてしばらくすると、外で待機していたシズが来客を告げた。


「お久しぶりです、鳳玲子さん、晴虎さん」


「これは大変ご無沙汰しております、小林様」


 私を最初に呼んだので、ハルトはお辞儀をするだけ。そしてその相手は、阪急の創業者にして東宝の創業者でもある小林一三。

 2年前に阪急グループの会長も辞任し、今は日本の財界全体の重鎮といえる立ち位置にいる。


 1935年に近衛文麿が首相となってから、近衛文麿に接近したという話があった。けど、話が進む前に『二・二六事件』で近衛文麿が首相どころか政界からも引退したので、政治には近寄っていないと聞く。


 ただ、自由経済の信奉者なので、政治家の一部、それに中央官僚にも広がっている経済の統制、陸軍が目指す総力戦体制の構築に反対の立場を取っている。近衛文麿に近づいたのも、それを阻止する為だというのが、総研の分析だった。

 

 そして鳳との関係だけど、京阪神というか播磨方面の事業を中心に関係はそこそこ深い。一番最近だと、国、兵庫県、神戸市を動かして鳳が出資する形で山陽電気鉄道と阪急を結ぶ事業が進められている。

 姫路の広畑、神戸と姫路の間の加古川には、鳳(と神戸製鋼)の製鉄所があるからだ。


 ただウィン・ウィンばかりでもない。

 この4月には、新橋駅前に『第一ホテル』が完成する。

 有楽町に近く、帝国ホテルから500メートルと離れていない場所で、新橋や東京駅から送迎バス、有楽町から送迎馬車を出している山王の鳳ホテルにとっては新たなライバル出現だ。


 しかもこの第一ホテルは、完成間際の姿を外から見た限り、イメージはシンプルな昭和のシティホテルだけど、中は鳳ホテル並みの豪華さだ。

 加えて最新技術をふんだん取り入れ、しかもデカイ。鳳ホテルの本館だけなら、負けるくらいデカイ。


 ただし鳳ホテルはすぐ隣に別館があるし、モダンなレストラン街という売りもある。周辺の開発も進み、鳳の城下町として発展もしている。前の道の地下を通るようになった地下鉄も、今年1月についに全線開通した。

 それに鳳ホテルは今年で開業10年になるので、知名度や諸々でも優位なのは間違いない。


 けど、北には帝国ホテル、西には鳳ホテルのある場所に乗り込んできた心意気は、凄いとしか言えない。

 ただし阪急のホテルグループで見ると、京阪神で鳳より前からホテル営業をしているので、第一ホテルが新参ホテルということはない。

 しかもビジネスを展開しているのが、小林一三だ。


「今回は、大きな商いを持ってきてもらって、本当にありがとう。うちも良い宣伝になります」


「とんでもありません。私の小さな頃からの夢の一つを叶えて頂き、こちらこそ大変感謝しています」


「うん。そういう夢は大切だね」


「はい。これを機会に、日本でももっと大きく広げていきたいと思っています」


「うちも全面的に協力しよう。子供に夢を与えるのは、誰にとっても良いことだからね」


 全部が円満な関係とは言えないけど、こういう面で良い関係が続けば問題もないだろう。


 なお、映画の内容については、私から言える言葉はない。ただ、あまりに感動しすぎて、周りが私の早すぎる陣痛が始まったのかと勘違いしたほどだった。

 そして私の神は、やっとこの世界のみんなの神へと大きく羽ばたき始めた。



トリビアだらけになってしまった。

話を分ければよかったかも。


__________________


『白雪姫』:

1937年の作品については、ネットの海で探して下さい。(本編「559」でも少し触れています。)

それにしても、1937年当時だとまさにオーパーツなレベル。



洋画の吹き替え:

日本で吹き替え自体が始まったのは、テレビ放送が始まった1950年代以降と言われている。



『冒険ダン吉』:

南の島で文明社会を打ち立てていく。ある意味「なろう」の元祖(笑)

軍隊生活を題材とした「のらくろ」より、主人公との相性は良いかもしれない。



『黄金バット』:

原作は紙芝居。1930年に登場。戦後すぐに絵物語として連載が始まる。

初期の映像化は実写だった。アニメになったのは1967年。



『少女倶楽部』:

1923年創刊の少女向け雑誌。

1937年の発行部数が49万2000部もある人気雑誌だった。1962年に廃刊。



あの日曜夕方の国民的アニメの人:

『サザエさん』の作者の長谷川町子。デビューは1935年10月。連載を初めて持ったのは1940年。

『サザエさん』の第一巻は1947年。この一家の姿の原型は、1930年代、40年代の日本の家族の縮図でもある。

(サザエは昭和初期の世代。カツオは戦中世代)



日本劇場 (にほんげきじょう):

有楽町に1933年から1981年まであった劇場。

元々は映画館として建設された。

1935年に東京宝塚(1937年からは東宝)が所有。

映画館は地下にも別にあった。

その後、周辺の建物と合わせて再開発され、有楽町センタービル(有楽町マリオン)が建てられた。



ボックス席:

戦前の東京だと、日本劇場と帝国劇場にあった。

ただし帝国劇場は関東大震災で中身が焼けて、その後松竹が買い取って映画館としている。その時にボックス席は無くなった。

劇場に戻るのは1940年に東宝が買い取ってから。



小林一三:

1940年の第二次近衛内閣で、商工大臣を務めている。

そして自由経済の人なので、当時の統制経済の官僚達と強く対立。彼を大臣に推した岸信介をアカ(=共産主義者)だと非難したりもした。



山陽電気鉄道と阪急を結ぶ工事:

戦後に開通した神戸高速鉄道に当たる事になるだろう。



第一ホテル:

最初の新橋の第一ホテルは1938年4月開業。完成当時は、東洋一の客室数と言われた。現在は第一ホテル東京。

企業としては2000年に破綻。今は阪神阪急ホテルズ。



前の道の地下を通るようになった地下鉄:

現在の東京メトロ銀座線。史実では1939年秋に全線開通。

この世界は、好景気と多数の建設重機の存在があるので、史実より1年早い想定。

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― 新着の感想 ―
[一言] 玲子さんが五島慶太さんの東横映画ではなく、関西地盤の小林一三さんの東宝に配給を頼んだのは、宝塚に住んでいる少年や大阪あたりで画家になるべくもがいていた青年にも度胆を抜いてもらうためという理解…
[良い点] 日本で一足早くアニメ文化がヒットする予感? [気になる点] 最近は書籍化後に先ず漫画化して反応見てから売れてるようなら無個性量産アニメ化されるのが多いけど、今程量産アニメが溢れかえるより前…
[気になる点] 東横映画の五島慶太じゃないのかぁ。 東京高速鉄道繋がりで鳳と強盗さんタッグも良かったかも。
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