598 「戦争は間近?」
12月。師走。私的にはクリスマス・シーズンに入った。
日本では、本年度に入って超好景気に少し陰りが見え始めたと言われていたけど、夏に大陸で大規模な内戦が発生したので、秋ぐらいからは戦争特需だと湧いている。
実際、日本の借款と支援で、今年だけで数千万円の特需が発生した。中華民国からの代金は資源のバーター取引しかなく、一部は日本の税金か国債だけど、その点は誰も気にしてない。
何せ中華民国からは、支援と共に何でも良いから武器・弾薬を寄越せと、矢のような催促。1937年度予算で大きく上向いた軍需関連株と重工業関連株は、さらに右肩上がりだ。
私としては、日本が戦争当事者でない事に、大きく胸を撫で下ろすだけだった。
その私は、個人的には幸せ一色だった。
新婚生活は順風満帆。妊娠の方は、11月初旬で16週目の安定期に入ったので、その頃から特に人と会うときは体の線が分かりにくい服を着るようになった。
「ねえ、お嬢のお腹大きくない?」
仕事の合間の休憩中、私とマイさんを比べつつお芳ちゃんが指摘してきた。
「お芳ちゃん、気づくの遅すぎ。私とマイさんは、11月には気づいてたのに」
そう、私のお腹の中には、同時に2人エントリーしているらしかった。この時代、まだエコー検査とか技術そのものがないので詳しくは分からないけど、すぐ側に同時期妊娠の人がいれば、違いは分かろうと言うものだ。
ついでに言えば二人の体格は似ているし、私もマイさんも日々の努力でスタイルには自信があったから、無駄なお肉による勘違いという可能性も低い。
それに少し前に定期検診した近所にある鳳の病院でも、心音検査などから双子だとの診断してもらっていた。
「そりゃあ二人は、一緒にお風呂も入っているからでしょ。今何週目だっけ?」
「7月初旬に妊娠したとして」
「もう20週越えてるのか」
「ちょうど折り返しくらいね。それとジェニーが私のお腹は1人だろうって言ってたから、玲子ちゃんは双子でしょうね」
「そうなんだ。鳳一族としては、とても良い事だね。でも、何だかお嬢らしい」
「ん? 何が? 双子なら雪子叔母様がいるし、初めてでもないでしょう」
「でもお嬢は、後で効率的って言いそう」
「はいはい、どうせ私は変ですよ」
「と言うより、効率重視なところ。妊娠まで一度に2人ってのが、お嬢らしい気がするって事」
「えぇー。それ、なんか酷くない? 子供は天からの授かりものなのに」
「まあそうなんだけど、日本人の双子って1%くらいだよ」
「一卵性だったら、さらに3分の1の確率だっけ?」
「それくらいだね。でもお嬢は、来年も再来年も産む予定なんだよね」
「うん。今後結婚する、みんなの第一子に合わせたいしね。それに、平和なうちに子作りは片付けておきたいから」
「……あの、今が平和なんでしょうか?」
私のある種不用意な発言に、そう言ったマイさんだけでなく、お芳ちゃんも別のテーブルでお菓子を攻略中だった他の2名も、疑問を浮かべた表情だ。
けど、私の考えは違う。
「日本が戦争当事国じゃない限り、私的には平和よ」
「お嬢、それって徴兵や兵役が基準?」
「え? いや、別に。ハルトは、幹部候補生で1年ほど軍にご奉公しているから、あとはコネとカネで何とかする予定だけど」
「涼太も大学本科に入る前に1年幹部候補生してきたし、それに鳳の一族に入ったから似た感じね」
「あれ? 涼太さんって舞さんより年上?」
「私、特進してるから2歳差ね」
お芳ちゃんの質問に、ウィンク付きでマイさんが返す。
徴兵とかの話は、この時代は避けて通れない。華族と言えど例外ではない。というか、皇族男子は全員が軍人になるのに、帝国の藩屏たる華族が特権や金で逃げたら、世間体的にバレたらシャレにならない。
財閥でも似たようなものだけど、戦時でない限り徴兵自体が厳しくもないから、コネとカネで実質的な兵役逃れをする人は少なくない。
戦時で総動員になったとしても、軍属とかにして前線配置は絶対させないという感じになるそうだ。
特権社会万歳。
といってもまだ平時。そして平時の軍に徴兵可能な男子全員を徴兵するキャパシティーはない。というか、食わせるカネがない。
徴兵検査で甲乙丙丁と体の状態などで分類するけど、軍の規模が限られているから、そもそも甲判定の人を全員徴兵する必要がない。
満州事変以後は徴兵される人も少し増えたけど、それでも数は知れていた。人口増加の方が上回っている。
なお、丼勘定で総人口7000万人として、明治維新の頃のざっくり二倍に増えていた。
人口構造は、老人が少なく子供が多い完全なピラミッド形。とはいえピラミッド形は子供が多い。
ここは、二十歳の男性はざっくり50万人と考えよう。徴兵期間は2年だから、単純に数字だけだと100万人にもなる。
これに対して1920年代の日本軍は、陸軍22万、海軍4万程度。1930年代に入り、満州事変や満州駐留などで徐々に増えたけど、1割5分増えた程度で済んでいる。つまり陸海軍合わせて、ざっくり30万人。
しかも職業軍人としての将校、下士官が何万人もいるから、徴兵人数はさらに少ない。3分の1くらいは職業軍人の将校、下士官だし、海軍は志願制。残り約17、8万人が徴兵される兵隊。つまり平時に徴兵されるのは、多めに見積もっても5人に1人程度という事になる。
「まあ、うちの一族や一族に近い幹部、財閥の中核も、長期雇用する気のある人で学歴ある奴は、うちが雇う前提で大抵は幹部候補生に放り込んでいるでしょう。兵隊と将校だと、将校は大事にされ具合が段違いだからね」
「でも、平時だから幹部候補生に入れたのであって、鳳みたいに華族で大財閥だと戦時は軍の方が何かあったらと考えて志願しても軍隊に入れないそうよ。
もっとも、竜兄さんみたいに理系な上に留学で回避する人もいるけどね」
「戦時の軍隊経験は、出来れば避けたいでしょうね。ハルトも、出来れば招集はされたくないって言ってました」
「そうそう、言ってた。進んで将校になるご当主様や龍也さんは、凄いか変人かって言ってたわ」
「お爺様は間違いなく変人ね。龍也叔父様は、軍人にしかなれないタイプの人だからなあ」
「それ、なんだか分かる。軍人じゃなければ、中央の官僚くらいよね」
一族内の事だから、お芳ちゃん達を置いてけぼりにして、二人で気軽に話してしまった。だから軽く咳払いして、仕切り直す事にした。
「えーっと、話を戻すけど、私の場合は子作りと徴兵は関係なし。それに、私の夢と現状からの推測、総研、戦略研の分析と推測から考えて、日本が戦争になるのは早くて2年先。遅ければ4年先。もしかしたら、大動員はなし」
「それは知ってる。それに鳳の中枢に近い人だと、特に幹部候補生なら内地の無難な場所に配属されておしまいだよね」
「晴虎兄さんの今の立ち位置だと、実戦部隊だったとしても近衛師団よね」
「涼太さんも、鳳だから近衛に入れますよ。こんな時くらい、コネとカネを動員しないと。それ以前に、陸軍省とかの中央勤務だろうけど。それに龍也叔父様からは、軍は俺に任せて他の者は商売で国を支えてくれって、力強い言葉を頂いていますから」
「龍也様なら軍中央で人事すら好きに出来るもんね」
「うん。このままいけば2年後には大佐で、永田さんが陸軍大臣すらあり得るから、利己的で悪いけど一族が簡単に戦争に行く事はないわよ。私達の周りもね」
「鳳一族は、むしろ真面目な方じゃないの? 他の財閥や大企業の一族が幹部候補生になったとか聞かないし、それこそコネとカネだけで逃げるのが普通じゃない」
「うちは伯爵家でもあるからね」
「華族でも、軍人してない人は大勢いるでしょ。明治維新以来、一度も軍人出してない家だって多いし」
「そういうの言い出したらキリないって。ちゃんと軍人するのは、うちのケジメみたいなものらしいから。それに一族に将校がいるのに、肩身が狭いでしょう」
「そう言われると、はいそうですねとしか返せないよ。何にせよ、良い事だとは思うけど」
「何? 大戦争になって根こそぎ動員されるのが怖い? そんなの誰だって怖いって。けど、少しでもそうならないように頑張っているし、取り敢えずだけど今回は日本は大丈夫」
「そうだね。それよりも、お嬢と舞さんは、しばらくは自分の体を心配しなよ。自分だけの体じゃないんだから」
「「はーい」」
幹部候補生:
日本陸軍には、1925年から45年まで予備役将校の制度があった。
それまでは「一年志願兵制度」と呼ばれた。
予備役将校(有事の際の下級将校、下士官)の確保が目的。
配属将校が在職する高校や大学予科の学生もなれた。
日中戦争の勃発で、より実践的な制度に変更された。
なお、作中の鳳晴虎の場合、高校(大学予科)を出て海外留学して、戻ってから幹部候補生という形になるので、旧制度と新制度をまたいでいる事になる。




