583 「招待客の帰国」
日本ではお盆も明けた頃、海の向こう側もしくは万里の長城の南が騒がしくなったので、日本政府、日本陸軍の動きも一気に活発化していた。
世界中も徐々に騒ぎ始めていた。
世界に対しては、ドイツが支援した地方の全体主義政府が中央に反乱を企て、これを日英米仏など自由を愛する国々が中央政府を支援している、という図式でプロパガンダを広めている。
ドイツ軍ヘルメットの蒋介石軍のインパクトもあって、今のところ宣伝合戦は圧勝だ。
スペイン内戦のように、ドイツがチャイナに義勇軍を派遣しているという噂まで勝手に出始めている。
そんな中、鳳グループは、大陸にいる人達に諸々お願いして、可能な限りの情報収集と、日本人が巻き込まれないように動いてもらっているだけだ。
質はどうあれ合わせて100万人以上の軍隊が衝突する戦争が相手では、他に何かが出来るわけもなかった。
それと私は、もう一つするべき事があった。
「本当にチャイナで大きな内乱が起きましたね。しかも、全面戦争規模の。まるでザ・シヴィルウォーだ」
「まだどうなるか、誰にも分かりませんけれどね」
鳳ホテルの一室で、ミスタ・スミスと対面する。
彼ら、私の結婚式に出席したアメリカからの招待客達は、彼らにとっての新年度である9月までに帰らないといけない。だから、最速の豪華客船の事も考えても、アメリカ東海岸に帰るとなると2週間前には日本を離れないといけない。
もちろん離れ業としては、空路がある。
羽田から鳳航空輸送でグァムまで飛び、そこでパンナムが飛ばしているチャイナ・クリッパーに乗り換えるルートだ。
マニラルートはまだこれからだけど、こちらはサイパンからグァムへの乗り継ぎを設ける事で、既に運行が開始されていた。
ただ、大圏航路に近い航路の最速の豪華客船と比べると、そこまで日数に開きはない。うちの最新鋭の高速船でぶっ飛ばせば、丸1週間で横浜=シアトル間を走破出来てしまう。
それに飛行機は万が一の可能性が高いので、みんな船で帰る事になっている。
だから盆明けにはミスタ・スミスとお別れとなので、別れの挨拶の為に会っていた。
「戦いは大きくなるでしょう。そして鳳の分析通り、泥沼化する可能性が最も高いと私も感じました」
「どうなるにせよ、最新情報はこちらから逐一お送りさせて頂きます」
「是非に。我々も多くの特派員や報道員を派遣しましたが、鳳からの情報の方が正確ですので、頼りにさせて頂きます」
「過分な評価痛み入ります。それと、報道向けの情報はハースト様にお送りし、軍事情報は上海とマニラの米軍にもお送りします」
「ありがとうございます。それにしてもマニラですか?」
「はい。アメリカ軍は、上海への増援をマニラから送ると聞いております。マニラに立ち寄った折にも頼まれましたので、最新情報をお伝えするのが筋かと」
私的には、マッカーサーとアイゼンハワーへのコネの確保を兼ねているけど、ミスタ・スミスは関心は薄そうだった。
アメリカにとってのフィリピンは極東の橋頭堡ではあっても、金のなる木じゃないからだろう。
それでも演技がかった仕草が、この人らしい。
「確かに。何から何まで、ご配慮痛み入ります。こちらも、ステイツ内でのコミュニスト、ファッショの横槍が入らぬよう、最大限注意致しましょう。また、万が一、内乱が日本に飛び火した場合は、全力でサポートさせて頂く事を、改めてお約束致します」
「こちらこそ、是非宜しくお願い致します」
「お任せを。と言っても、我々がする事、出来る事など、補助的な事に過ぎません。ですので後は、少し地味でしょうが戦争特需の夏を楽しみたいと思っております」
肩を竦め、さらに表情を緩める。
ルーズベルト政権はどうか分からないけど、大半のアメリカ人にとって大陸での内戦などその程度の事という証拠だ。
「そうですね。それと、こちらはハースト様にお願いするのですが、チャイナでの内戦を利用してコミュニスト、ファッショの危険性を訴えて頂きます」
「蒋介石の後ろにいるのが、ドイツとソ連ですからね。当然と存じます。我々も同調しましょう」
「お願いします。これで、少しでもヨーロッパでコミュニスト、ファッショへの関心が高まれば良いのですが」
「何もなかった場合とでは、大きく違うでしょう。それに戦争特需が起きれば、兵器開発と生産体制でもヨーロッパで何かが起きた場合の準備運動としては丁度良いでしょう」
「そうですね。我が国にとっても、それは同じです」
「はい。ところで話を少し戻しますが、チャイナ自体のロビー活動については、ステイツでは二つの勢力を見かけますが?」
「今回の件で、蒋介石の立ち位置ははっきりしました。それに、チャイナの為政者は張作霖です。宋美齢を中心とした雑誌『タイム』へのロビー活動は気がかりですが、以前から対策は取ってまいりました。ハースト様にもご助力頂いております。それでも漏れがあるのでしょうか?」
「いえ、現状では問題ないかと。ですが、ロビー活動は一人の要人を味方に引き入れるだけで逆転する事もあります。くれぐれもお気をつけ下さい」
「ご忠告ありがとうございます。今後の事もありますので、今少し力を入れたいと思います」
これで大陸での内戦については話が一区切りつき、しばらくは互いのビジネスについての話になった。
互いの懸案は、両者の貿易額が減るだろうという事。日本は、アメリカからの各種機械の輸入が減る。アメリカは、合成繊維登場で日本の絹の輸入がさらに減る。
これで前世の歴史のように、日本がアメリカの石油、くず鉄、各種機械の輸入を必要としていたら話も違うけど、この世界ではどれも日本は必要としなくなった。
様々な優れた機械はまだまだ必要だけど、現時点では大量には不要だ。
少し例外は乗用車。今までは、日本がアメリカから輸入するばかりだった。けど自力で生産するようになり、情勢は変化した。けど、日本での国産車生産の伸びが国内需要に追いついてないので、アメリカ車の輸入量はむしろ大きく増えている。
それ以外は、お互いに貿易品目が今までと少し違ってきているので、より緊密な連携が必要になるだろうと軽く話した程度でそれも済むと、話は雑談になった。
「ところで、どこを巡られたのですか?」
「鳳の工業施設は、主に海からしっかりと。そのついでに、宮島という神殿には行きました。海の上にあり、なかなかにアメイジングでしたね。あとは富士山を見る為、箱根あたりにしばらく滞在しました。温泉はなかなか良いものだと、感じ入りました」
「温泉はアメリカにはないのですか?」
「コロラドなど西部に行けば、大きな温泉のあるホテルもありますよ。ただ、東部の者が行くには少し遠いですね」
「アメリカにもあるんですね。知っていたら、訪問しましたのに」
「次の楽しみで宜しいでしょう」
「確かに。ですけど次は、少し先になるでしょう」
「しばらくは子作りと子育てですか? それとも」
少し探るような視線と仕草と言葉。すでに王様達には少し教えているから、ミスタ・スミスも知っているのに聞いてくるのがこの人らしかった。
「それとも、も含めてになるかもしれません。ですが個人的には、子作りと子育ての方が重要です。次の長子を残してこその、私の価値ですから」
「鳳一族にとっては当然でしょう。それにしても、先月の神殿での式は実に素晴らしかった。先に送ったムービーを見た主人達も、たいそう喜んでおられました」
「お恥ずかしいです。ですがあの日、外で暑くはありませんでしたか?」
「いいえ。あの日は小雨もあった曇り空でしたので、問題ありませんでしたよ。それよりも、ツユでしたか? それが過ぎた後の日本の夏には、かなり参りました。共にステイツから来た者の中には、軽井沢などの避暑地に篭りきりだった者もいたほどですよ」
「日本の夏は湿度も高いですからね」
愛想笑いで返しつつも、私も結婚式の天気には感謝した。
結婚式の7月3日は、小雨がぱらつく曇り空。最低気温が21度、最高気温が27度。前後した日も小雨か曇りなので日差しはない代わりに、空気も地面も暑くもなし。
明治神宮での神前式は午前10時前後にしたから、25度もなかった。おかげで私も汗をかかずに済んだ。
それでも披露宴会場のホテルは、冷房を入れる程度には暑かった。明治神宮でも、暑い人用に最新の冷房バスを何台か出したと聞いている。
そんな中、ミスタ・スミスは王様達への報告もあるので、明治神宮から私達の新婚旅行の船での出発までフルで参加してくれた。
明治神宮では派手な花嫁行列もしたけど、大行列を組んで盛大にした。主に、欧米からの来賓に見せるため。
私は、参列者は親族を中心に最低限としたい気持ちもあったけど、私が派手にしなければ日本の誰が派手にするのか、といった感じで派手にせざるを得なかった。何しろ私は、今や日本一の金持ちだ。
加えてムービー、写真の記録は、セバスチャン指揮の元でカラーと音付きの映画撮影並みかそれ以上にがっつりした。
そしてそこまで見世物にしたけど、参列者はかなり限られたし、荘厳な雰囲気を演出するという名目で、行列からはかなり離された場所での観覧となった。
警備の人も、相当いたように思う。
参列者を限ったのは、希望者が多過ぎたのと純粋に警備の問題からだとも聞いていた。
一方では、新聞など公に知らせることは最低限とした。しかも、明治神宮の一部を貸し切ったり立ち入り禁止にしたりで、参拝する人が不便した筈だった。
一方の披露宴は、絞りに絞っても参列者が多かった。しかもアメリカからの参列者、地方からの参列者の多くが宿泊客という事もあり、ホテル丸ごとが殆ど貸切状態となった。
宿泊場所が足りないから、近在の帝国ホテルにも色々と骨を折ってもらった程だった。
そして私とハルトが客寄せパンダ状態の壮大な披露宴だけど、参列者が多いだけに鳳警備保障の厳戒態勢の中で行われた。
万が一を考えて、参加者も持ち物検査をお願いしたとも聞いている。何しろ私は、共産主義を始め色んなところから随分と嫌われている。
それでも何もなければ良かったけど、そうはいかなかった。
すべて後日に聞いたけれど、披露宴参加者に護身用という事らしいがピストルを服の下に忍ばせている人がいたからだ。
しかも、アメリカ本土に身元など諸々を洗ってもらったら、アカのスパイだと判明した。
ピストル持参の披露宴で何を目的にしていたのかは、問うまでもない。私がアカ退治の原因の一つだから、ヒットマンを送り込んだ人たちは相当ヘイトを溜めているようだ。
それでも、当人が悪いだけで寄越した人は管理責任だけなので、そいつを寄越したとある大企業は、こちらの抗議は未遂ということもあって最低限とした。
けどアメリカでは、かなり悲惨な後日談になったと漏れ伝わってきた。アメリカの財界では、それぞれの企業中枢内でのアカ狩りが盛大に行われたという話も聞いた。
しかもそれで済まず、話はホワイトハウスにまで飛び火。再びアメリカ全土でのコミュニスト狩りへと発展していく。
その中には、ルーズベルトの側近、財務省の幹部もいたりして、大きく世論が揺れる事になる。
1930年から続く「アカ狩り」の総仕上げといった凄まじさだったと、後に見た報告書は語っていた。
ルーズベルトの支持率も、この影響で5%は落ちたとも言われる。
ミスタ・スミスとの会話の最後は、そんな少し物騒な話だった。
そして翌日、アメリカからやってきた人達の多くが、母国へと帰国して行った。
シヴィルウォー:
直訳は内戦だが、アメリカ人が指す場合は「南北戦争」の事。そしてその場合は、「the Civil War」となる。
雑誌『タイム』:
創刊者の一人、ヘンリー・ルースは中国生まれ。
アメリカのチャイナシンドロームの原因の一つ。
アメリカの反日の原因の一つ。
ヘンリー・ルースは、張作霖が中華民国政府の中心にいれば、蒋介石に肩入れする可能性も減るだろう。
それでも何もなければ良かったけど、そうはいかなかった。:
主人公が聞いた話は、テロ未遂のごく一部。
多くは水面下で処理されているとお考えください。
ルーズベルトの側近、財務省の幹部:
第二次世界大戦後の「ヴェノナ文書」で判明した、共産党スパイやその協力者になるだろう。




