582 「内戦勃発(2)」
(正直、色々説明されても、誰がどこの何なのか目が滑るし、右から左に抜けていくなあ)
・中華民国
・主席:張作霖
・総理兼外相:顧維鈞
・陸軍総長:張景恵
・徐州方面指揮官:張宗昌
・鄭州方面指揮官:張自忠
・四川軍閥:楊森
・南京臨時政府:
・主席:蒋介石
・総理:蒋作賓
・総司令部参謀長:何応欽 (総司令は蒋介石)
・徐州方面指揮官:孫伝芳
・軍事顧問:アレクサンダー・フォン・ファルケンハウゼン
・広州臨時政府:
・主席:汪精衛(汪兆銘)
・総理:李宗仁
・鄭州方面指揮官:白崇禧
・中華ソビエト:
・主席:秦邦憲(博古)
・総理:周恩来
・徐州方面指揮官:毛沢東、朱徳 など
・軍事顧問:オットー・ブラウン
話し合いというか説明会が始まる前に配られた紙面をみんなが見ている中で、時田の解説が始まる。
正直なところ、大陸情勢は分かりにくい。私が前世で歴女として認識できる人は、ごく一部の主要人物だけだ。
張作霖、蒋介石、汪兆銘、毛沢東、周恩来。だいたいこんなもの。後、満州の溥儀くらい。他は、必要な人はこっちで覚えた人もいたけど、いまだに良く分からないというのが本音。
お隣さんの私達ですらそんな状況だから、アメリカから見た大陸情勢は本当に訳が分からない事だろう。
そんな、説明会でどう説明するかを考えつつ、時田の話を聞く。
そして取り敢えず、各政府のトップや政府と、現地軍を分けて考える方がまだ分かりやすいと言う事だけは分かった。
・徐州方面
・中華民国
・徐州方面指揮官:張宗昌
・南京臨時政府:
・徐州方面指揮官:孫伝芳
・中華ソビエト:
・徐州方面指揮官:毛沢東、朱徳
・鄭州方面
・中華民国
・鄭州方面指揮官:張自忠
・広州臨時政府:
・鄭州方面指揮官:白崇禧
前線にいる主な将軍は、これだけだ。政治家はまだ分かるので、そう私自身の頭の中で整理する。
なお本来なら、大陸情勢を語るなら満州臨時政府の要人も挙げるべきだろうけど、今は関係ないから別紙の資料にしか書かれていない。
ただ、さらに面倒くさいのが軍隊の名前。中華民国は中華民国軍で分かりやすいけど、国民党は南京も広州もどっちも国民革命軍。
共産党は紅軍。私的には人民解放軍だけど、この名前はどこを見ても見当たらなかった。
軍隊や為政者の性格を見ると、張作霖の中華民国が当たり前と言うべきか、一番穏当になっていた。
何しろ国軍だ。それに政府は通貨を安定させ、外資によってとはいえ経済も多少は何とかしたので、民衆の支持もそれなりに得られるようになっていた。
軍隊も地方軍閥はともかく、中央の軍は士官学校ができて10年ほど経つし、ある程度規律もできて軍隊らしくなっていた。
蒋介石と汪精衛の国民革命軍だけど、ドイツ軍事顧問団によって訓練された兵士は、かなり軍隊らしくなったと見られていた。
ただ訓練された大半は蒋介石の配下で、汪精衛の方は軍閥の寄り合い所帯の向きがまだまだ強い。それ以外の軍閥は問題外。だから、蒋介石の精鋭以外は、軍隊としてあまり役には立たない。
張作霖の軍隊にも言えるけど、大陸の兵隊は食い詰め者、ゴロツキなど社会のはみ出し者がすごーく多いから、勝ったら勝ったで略奪などがセット。そして不利になると簡単に逃げる。
しかも軍閥の兵士は、自分の属する軍閥や自分の一族の為に動く。時には頑張る事はあるけど、とにかく国や政府への忠誠心が低い。
と言うか、忠誠心はカケラもない。忠誠って言葉が辞書に書かれているのか疑うレベル。
だから蒋介石は、事実上の秘密警察なんてものを持っているし、軍隊にも督戦部隊と言って、味方の後ろにいて味方が逃げたら攻撃して、逃げないようにする酷い連中がいる。
似たような事をソ連がしていた筈だけど、この事だけでも蒋介石が独裁者だと分かる。
そして蒋介石の基本的な統治方法が、武力によって強圧的に民衆を支配する事。
さらに戦争になると、紙幣の乱発、増税、徴発を際限なく行った。そりゃあ、国共内戦で負けるよね、ってやつだ。民衆が支持する筈がない。
ただ、大陸の為政者の大半の考え方は、蒋介石と五十歩百歩。
だから張作霖には、列強各国が複数の政治顧問、財政顧問も付けている。
どこまで有効かは分からないけど、蒋介石よりマシだと思うしかない。そして今の所は、蒋介石よりマシな政治と統治をしている。
そんなクソな状態の大陸の軍勢で、一応一線を画していると言われるのが紅軍。
早くから軍隊の規律を設け、特に民衆からの搾取をしないのが特徴だった。
ただし共産主義だから、勢力圏内の名主(土豪)は皆殺し。そこまでなら立派だけど、巻き上げたものは党がせしめるという構図を持っている。
それに、兵隊に対する規律や注意というのが、私から見たらドン引きだった。私だけでなく、近代に生きる文明人なら大半がドン引きする凄まじさだ。
何というか、野盗に対する注意書きみたいな感じだ。
けど、注意した事すべては、大陸の兵隊がごく普通に行なっている事なので、それに注意して罰すら与える紅軍は、それだけで画期的という事になる。
もうそれだけで頭痛案件だ。
そして決めたのが、あの毛沢東だという。そして注意書きを見てドン引きすると同時に、毛沢東が大陸の天下を取れた理由が分かる気がした。
何にせよ、もう「えぇ……」というリアクションしかできないくらい超超超低空飛行のモラルしかないのが、大陸の兵隊達だ。
龍也叔父様も、中華民国や満州臨時政府の軍事顧問から、それは大変だという話を聞き、報告を読んだそうだ。
そして、大半がそんな世紀末以下の連中が、何十万、下手したら100万人単位で徐州周辺に集結していた。
気分は「このイカれた時代へようこそ」って感じ。どこかに世紀末覇者と救世主がいるんじゃないかと、妄想してしまいそうになる。
「以上が概要になります。ここまでで何かご質問はございますかな?」
説明を終えた時田が、周囲をゆっくりと見渡す。
無ければ、次は現在の戦況だ。ただ、互いの細かい戦力や配置を説明されたところで、お爺様、龍也叔父様以外は理解できないので、細かい説明は最初からしない。
そして質問がないので、時田が再び話し始めた。
基本的に守る側の中華民国軍は、戦力、総数の双方で約3倍ある。けど、ソ連への防備もあるから、北と西にも多少の戦力を置いている。また四川の軍隊も動かせない。
四川方面は南京臨時政府の武漢方面への牽制にもなるけど、四川自体が山に囲まれた孤立した地形だから、短期的には戦争には関わりがない。
だから前線での実際の戦力差は、二倍程度と言ったところ。
そして主戦線の大陸中原だけど、中華民国軍は沿岸部から、徐州、鄭州を通り四川へと伸びる鉄道線の南側までをテリトリーにしている。事実上の国境線だ。そして国境線だから、広く軍隊を配置している。
南京臨時政府も通常は同様だったけど、今回は徐州に一点賭けしている。と言っても、小さな都市に何十万もの軍隊を集中しているわけじゃない。かなりの広さに分散した軍隊が、相手側の薄いところを突破して、徐州とその一帯を包囲しようという意図だ。
大半が周辺農村を食べ尽くしながら進む軍隊だから、一箇所に集中したくても出来ない。
まさにイナゴの軍隊。
対する中華民国軍は、各個での防衛に専念。後方から到着する主力部隊が、突破を図ろうとする敵主力部隊を撃破する意図だ。
ただし鄭州方面で先に戦闘が起きたので、鄭州の軍隊が動かせなくなった上に、万が一を考えて部隊の一部は徐州ではなく鄭州に向かっていた。
そして戦闘のターニング・ポイント、変わり目、分岐点は、蒋介石の軍隊が各所を突破して徐州の軍隊を、中華民国軍の主力部隊が到着するまでに撃破できるかにかかっていた。
一応蒋介石は、孫子の兵法の派手な部分や戦争芸術ってやつを狙っている事になる。
対する中華民国軍は、出遅れこそしたけど、持てる者の常套手段、正攻法で相手を押し潰す戦略だ。
これがヨーロッパ列強同士の戦争なら、アート・オブ・ウォーとパワー・プレイの戦争になるらしい。
ただ、龍也叔父様から見た現状、実情は、目を覆わんばかりだという。
なお、私が一番関心を持った毛沢東らが率いる紅軍だけど、目立った働きはしていない。
数は数万と限られている上に、紅軍はゲリラ戦と地域もしくは陣地防衛戦しか今までしていない。だから、大軍が大規模に運動する今回のような戦闘には不向きという事だった。
実際の配置も、主戦線からは外れた場所に位置していた。
「こりゃあ、ケリがつくまで2ヶ月くらいかかるだろ」
今後の戦況について時田が言う前に、お爺様が結論してしまった。確かに、兵隊が歩き回るには、両軍共に広く散らばっている。
けど、龍也叔父様は別意見だった。
「南京政府軍が徐州方面の中華民国軍を撃破できれば、1ヶ月で事実上の追撃戦に移行できますよ。参謀本部でも、石原さんがそれを懸念していました」
「石原も作戦が好きだからなあ。だが、大陸だぞ? 参謀本部の演習みたいに、行儀よく軍隊が動けると思うか? そういえば時田、指揮官はどんなやつだ? 戦上手か? それによっては様相が変わるかもな」
「別紙の3つ目をご覧になりながら、お聞きください」
そう言ってまた説明。全員が、紙面を見つつ時田の声を聞く。
そしてロクでもない情報を目と耳で得る事となった。
戦上手はいるには居たけど、どちらの側も内陸の鄭州方面の司令官をしていた。だから先だっての戦闘が、両軍駆け引きが上手かったと、龍也叔父様からの陸軍の情報。
その二人が主戦場で司令官じゃないのは、序列の問題。一番偉い人は、共に徐州方面で司令官をしている。そしてそのどちらもが、10年ほど前の軍閥の頭目上がりの将軍だった。
そしてどちらも、噂が最悪だった。
中華民国側の張宗昌は、苛烈で残忍な二つ名が「狗肉将軍」。そのくせ詩人としても名の知られた人という、両極端な二面性を持つ。
南京臨時政府の孫伝芳は、二つ名が「笑虎将軍」。穏やかな顔なのに非常に残虐な性格だそうだ。こちらは、見た目とのギャップ野郎だ。
(これって、どっちが勝っても大略奪&大虐殺コースなんじゃないの? それに中華民国が勝ったら、その先に南京があるじゃん……)
軽く途方に暮れそうになった。
共産党は紅軍:
史実で紅軍が人民解放軍に名称を変えたのは1947年。
軍隊の規律:
三大規律六項注意と呼ばれる。1928年に制定。その後、三大紀律八項注意となる。
ネットの海で、検索してみてください。20世紀前半の、大陸の兵隊の凄さが実感できると思います。
このイカれた時代へようこそ:
アニメ「北斗の拳2」の主題歌の一節。
アニメは1980年台後半だから、主人公はネットの海で歌詞を知った事になる。
石原莞爾:
史実では、この頃は少将で参謀本部第1部長。
参謀本部第1部長は、参謀本部で3番目くらいに偉い。
ただし石原莞爾は、日中戦争の不拡大方針を唱えて失脚する。さらに都落ちした先の関東軍で司令官の東条英機と対立して、実質的に軍人としての命脈を断たれる。
史実でも参謀本部には永田鉄山が呼び寄せている事もあるし、この世界では違うだろう。
張宗昌:
孫伝芳:
二つ名など諸々は史実通り。
どちらも、史実では北伐で蒋介石に負けた軍閥の頭目。どちらも末路は暗殺というのも一緒。
また史実の北伐では、連合して蒋介石の軍と戦っている。




