581 「内戦勃発(1)」
(お盆の真っ只中に内戦なんて起こすから、やたらと集まったなあ)
部屋に集まった一族を見つつ、少しズレた事を思ってしまう。多分、現実逃避なんだろう。
日本でお盆に入る頃の8月13日、大陸中原ではついに戦火が上がった。
「徐州会戦」の開始だ。
私の前世の歴史だと、「第二次上海事変」や「支那事変」のように「事変」、つまり戦争ではなく紛争だと言って誤魔化した。
誤魔化す理由の一つが、アメリカが中立法なんてものを勝手に作って、戦争当事国とは貿易しないとか言っていたから。
けど、この世界での大陸での争いは、単なる内戦だ。だから戦争自体は、「中華内戦」などと呼ばれる事になるのだろう。
そして嬉しい事に、日本は戦争の蚊帳の外。報告では巻き込まれる危険はゼロじゃないけど、日本人へのアカどものテロ行為も表面上は今のところ全て未遂。
八神のおっちゃん達も、早速活躍したとも聞いている。
あとで大陸の人達には、色々と贈らないといけない。
そして蒋介石は、上海で事を起こして日本を世界の悪者に仕立てるよりも、まずは大陸の覇権を狙いに行ってくれた。
そして今回の内戦は、蒋介石側についたドイツとソ連、張作霖側に付いた日本、イギリス、アメリカ、フランスによる、一種の代理戦争に近い構図も持っていた。
私としては、日本が戦争当事者でなく、しかも限定的とはいえ戦争特需でウハウハになるのなら、何の文句もない。
大陸中原の人達に同情したところで、関係者を支援する以外では無責任な立場でしかないから、今更善人ぶる気もない。
そして私が軍事の細かい話を聞いたところで、何かが出来る訳でもない。
けれども、お爺様やお盆だから顔を出しているお兄様は元軍人と軍人だから、鳳は軍事に関する話を集めて分析し、そして私達はよく聞く事になる。
半ば興味があるから聞いているだけの場合もあるけど、そこから政治や経済の話に進むこともあるから、私もそうした場に足を運ぶ。
それに今回は、お盆明けに私達の結婚式から日本に滞在している客たちへの説明会をまた開くから、話を聞かないわけにはいかなかった。
本日の会議場所は、お盆中という事もあり鳳の本邸。本館の広間に、結構な数が集まっていた。何しろお盆真っ只中。
大陸での戦闘は13日の夕方近くに起きて、14日には南京政府軍が徐州の街を爆撃。多数の死傷者が出た。さらにお互いが陣取る前線と呼ぶべきエリアでは、重砲による砲撃も始まった。
そして15日には、中華民国政府、南京臨時政府の双方が、全国総動員令を発令。
全面抗争へと突入した。
そして私達も、お盆の諸々が終わった15日夕方にこうして集まっていた。15日は日曜だけど、鳳グループは明日までお盆休みだから出席率が妙に高い。
女性の出席者は私とマイさんくらいだけど、蒼家の男子はほぼ全員勢揃い。執事は、家令の芳賀が控えているのを背景くらいに思えば、時田がいるだけ。セバスチャンは情報収集で鳳ビルに張り付いていて、エドワードは海外からの客の接待中だ。
そんな状態なので、話の場の中心は必然的に一族当主のお爺様となる。
「退屈しのぎついでに集まってもらったが、まだ大陸の内戦は始まったばかりで大した事は起きてない。話は早々に切り上げて、飲み直すもよしだ」
「内戦とはいえ大規模な戦争。大した事でしょう」
相変わらず一見呑気な事を口にするから、私がツッコミを入れるしかなかった。いつもの事だけど、私は結婚した事で長子としての格が上がってしまった。何しろお爺様が、お父様な祖父ではなくなっている。
影響力と発言力は、さらに高まっていた。
「だが、事が起きてしまえば、うちが出来る事なんてないぞ」
「現地の兄弟達が危険な場合の支援、情報収集、海外への情報発信、必要なら宣伝工作、それに日本に飛び火しないように、主に共産党と蒋介石の秘密警察の監視と工作阻止。する事は一杯あるでしょう」
「玲子は悪夢を見たから警戒しすぎだ。この状況では、蒋介石は他に構っている暇はない。始まった以上、奴さん達は死に物狂いで北京を目指すしかない。そして北京を落とせなければ、下り坂確定だ。最悪破滅が待っているんだぞ。
せっかく升席での大戦の観戦だってのに、何でこんな勝負の分かった戦を始めたんだ。つまらん」
(あーあ。いきなり本音が出た)
私がそう思ったくらいだから、部屋にいる大半もそう思っただろう。お爺様とあまり話さない人は、びっくりしているかもしれないけど、お爺様の本性を知る良い機会だ。
けど、お爺様の感想を聞くために集まったわけじゃない。だからこの中で唯一の現役軍人へと、自然と視線を向けてしまう。
その現役軍人のお兄様は、お爺様の言葉に苦笑を浮かべていた。そして私の視線を受けて、軽く周囲へと視線を巡らせる。
「ご当主がおっしゃられた通り、現時点での戦況は短期的にはどうなるか分からないが、長期的に見て中華民国が有利だ。
ただし大陸情勢は、軍閥の去就によって一気に勢力が塗り替わる可能性がある。だから、しばらくは戦況の推移には注意しないといけない」
「そこら辺は分かった。で、一応聞くが、戦闘自体はどんな感じで、どれくらいに最初のケリがつきそうなんだ? 新聞なんかは特需だ特需だと騒いでるが、その辺もどうなんだ?」
代表したように、虎三郎が疑問を投げかける。一応は、実のある会話をしようというのだろう。
「蒋介石側は、各個撃破の短期決戦を仕掛けています。これに対して張作霖側は、総合的には兵力に大きく勝るので、まずは徐州での守勢を維持しつつ増援の到着を待ち、最終的には周辺の敵兵力の包囲殲滅を目指すでしょう」
「蒋介石が短期間で勝てば、戦争自体は短期。賭けに負けたら、あとはジリ貧でやっぱり短期なのか?」
「蒋介石側が徹底抗戦を図った場合は、ある程度は長期戦になるでしょう。そして国力と兵力に勝る張作霖側も徹底抗戦されたら、揚子江流域はともかく、それ以上進むだけの力がありません。華南の複雑な地形は攻めあぐねるでしょう」
「で、麒一郎は蒋介石に勝ち目なしとみているから、長期戦の可能性があるわけか。じゃあ俺は、休み明けの会議で増産の方向で話を進めるが、いいか?」
「陸軍も長期戦前提で動いています」
誰もが、蒋介石が簡単に手を挙げないと見ている。これは、鳳が大陸との繋がりが深く、蒋介石も知らない人物ではないからだ。
ただ私には、懸念がある。
「あの、長期戦になった場合、瑞金の共産党も本腰入れますよね。共産党ってゲリラ戦が得意だから、単なる長期戦じゃなくて消耗戦になるんじゃないですか?」
「うん。その可能性は十分あるね。ただ、蒋介石側が短期間で勝たない限り、そして一度負けた蒋介石が手を挙げない限り、内戦の泥沼化、消耗戦は必至だろう。共産党は、誤差の範囲だと陸軍内では見ている」
「誤差で済めば良いのですが」
「まあ、まだ全部未知数だ。それより、現状のおさらいといこう。俺もそうだが、今の大陸で誰が為政者で、どんな将軍がいるのか、良く知らないだろ。時田か龍也、その辺もみんなに説明してやってくれ」
お爺様の言葉を受けて二人が視線を交わすが、資料も配っていた時田が軽く頷いた。
「それでは、しばしご説明をさせて頂きます」
そう言って、時田の解説が始まった。
内戦勃発:
念の為。史実の「日中戦争」もしくは「支那事変」の歴史の修正力や因果律による戦争勃発という事になります。
また、この世界の徐州での戦いが「第二次上海事変」に相当。
史実の「第二次上海事変」では、蒋介石は圧倒的大軍を用いて1週間で現地の日本海軍陸戦隊を叩きのめし、紛争を短期間で終わらせるつもりだったとも言われる。
「徐州会戦」:
日付は第二次上海事変の発生日。




