表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の十五年戦争  ~転生先は戦前の日本?! このままじゃあ破滅フラグを回避しても駄目じゃない!!~  作者: 扶桑かつみ
物語本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

576/750

567 「浦賀水道にて」

「え? 何これ? 戦争の前触れとかじゃあないわよね?」


「特に危急の事態が起きた、という報せは届いておりませんな」


「事前に届いている情報だと、この前後に演習予定があります。恐らく、その関連の行動でしょう。偶然、居合わせただけかと」


 半ば呆然と前を見る私に、時田とセバスチャンが答えてくれる。


 報告を受けて船のブリッジに行ったら、目の前から何隻もの船の群れが一列に並んで進んでくるところだった。

 一列に行儀よく進んでくる船の群れなんて、海軍の艦隊に決まっている。例え狭い場所であっても、商船が完全な隊列を組むような事はない。


 こちらの船の位置は、相模灘と浦賀水道の辺り。右に房総半島の南部、左ななめ前方に三浦半島が遠望できる。

 海軍の艦隊は、横須賀から出てきたところだろう。

 複数の煙の報告を聞いて急ぎ駆けつけたら、時田とセバスチャンも報告を受けて同じブリッジに来たところだった。


「帰国を出迎えてくれたとでも思えば宜しいかと」


 そんな時田の諧謔みを感じる言葉に、笑みを浮かべつつ深く頷き返す。


「それもそうね。あ、そうだ、すれ違うのよね?」


「そうですな、海軍相手だと道を譲るのが筋でしょうが、すでに浦賀水道に入りつつありますので譲る場所もなし。すれ違っても問題ないかと」


「それじゃあ、みんなで観艦式と洒落込みましょう。向こうからも見える場所に集合ね。女子は、全員急いでおめかしする事。同行している人達にも、声をお掛けして。他になにかある?」


「日の丸を振るのはどうでしょうか?」


「良いわね。あれば用意して。あとは……フォトやムービーは軍機とか大丈夫かな?」


「狭く往来の多い浦賀水道です。見られたくないなら、暗いうちに通り抜けるでしょう。それに海軍としては、国民に姿を見せるのも務めの一つです」


「じゃあ大丈夫ね。旅の最後に、良いもの見れるわね」



 その後は、大急ぎで可愛い服に着替え、向こうからも見やすい場所を中心に陣取り、すれ違う側に鈴なりとなる。

 同行した乗客達の一部は、この偶然を日本到着の粋な計らいと思った人もいたようだ。


 そうして見えてきた艦隊は、煙の数でもある程度予測はついたけど、かなりの数だった。大規模な洋上訓練をするらしい。

 石油に不自由しないから、洋上訓練が随分増えたという話を聞くようになって久しい。けど最近は、すべての戦艦の大改装が済んだので、訓練する頻度が増えたという話を聞いていた。


 また、海軍全体としては、大きな泊地のある廣島の呉近辺にいる事が多く、ついで大陸方面への緊急出動と、大型艦の日本海出動に備えた佐世保が多いらしい。

 日本海なら舞鶴と思いがちだけど、舞鶴は軍港施設の規模が限られている事と、大陸の有事にも備える意味もあって、戦艦や空母などの大型艦は佐世保やその近辺に居ることが多いらしい。

 同様の理由で、青森の大湊も軍艦の数は限られている。大湊は、樺太の油田とその航路をソ連軍から守る小型の船が多いと聞いている。


 そして横須賀だけど、アメリカとの関係が良好な事もあって、首都から近い海軍の拠点の割には常駐する艦艇が年々減っていると聞いている。

 だから通り過ぎつつある艦隊は、演習の為に横須賀にやってきていた艦隊かもしれなかった。



「玲子ちゃんって、海軍に厳しいのに軍艦は好きなの?」


 派手めな洋服に着替えてデッキでかぶりついていると、少し遅れたマイさんが長い髪を押さえつつ私の横へ並ぶ。


「軍艦にも水兵さんにも他意はありませんよ。国防ってやつも、一般程度には理解しているつもりです。海軍が、普段は紳士ぶるくせに約束守らないから厳しいだけ。あと、組織の都合でアメリカを仮想敵にしすぎたり、手前勝手な作戦プラン立てたりとかもありますけどね」


「手前勝手なんだ」


 聞いてたお芳ちゃんが、私の言葉に妙に受けている。

 マイさんは苦笑するだけだ。


「それより、あれって『長門』さん? 『陸奥』さん?」


 先導するモダンなスタイルの駆逐艦に続いて、堂々とした戦艦が海を圧するように進んでくる。

 大きなものが動いていると、軍オタじゃなくても心動かされるものがあるし、軍艦は商船と違って放っている雰囲気が独特だ。


「私にも分かりかねます」


「シズでも分からないのかー」


「今の連合艦隊旗艦は『陸奥』だから、旗艦なら廣島の沖合ではないかしら?」


「なるほど。じゃああれは『長門』さんね」


 マイさんの時事情報で、迫ってくる戦艦が『長門』と分かった。さらに戦艦は、その後ろにも2隻続いている。私の少し歪んだ前世知識だと、砲塔の並びから『伊勢』さん『日向』さんと答えが出ている。けど、そっくり姉妹だから素人に見分けはつかない。

 少し離れたところでは、非番の乗組員があっちが『伊勢』だ、こっちが『日向』だと指差しながら言い合っている。一応、外見の違いがあるらしい。


 けど、その後に続く巡洋艦は、素人目には見た目では全く見分けがつかない。

 軽巡洋艦なのは私にも分かる。けど、この時代は殆ど全部同じ形で、煙突の数、艦橋の形、マストの形とか、ほぼ間違い探し状態。駆逐艦のように、平時は名前も書いてないから、海軍軍人か専門家じゃないと分からない。


 だから、大半の人は名前については諦めていた。

 そして何隻目かの軽巡洋艦の後に駆逐艦が沢山続く。

 最初の方は、4隻が似た感じの駆逐艦。大砲が合計5つ付いている。名前も横に白くカタカナで表記されているので分かりやすくて良い。『有明』・『夕暮』・『白露』・『時雨』の順で進む。


「おっ、いっちば〜んと止まない雨はない子だ」


「相変わらず訳が分からない事言うね。意味あるの?」


「気にしないで。それより『白露型』が今の最新鋭?」


「どうだろ? マイさん知ってますか?」


「『白露型』が艦隊に編入され始めたばかりね。改良型の一部は、第二次ロンドン海軍軍縮条約が締結されない可能性を見越した整備をしていたから、完成した船はない筈」


「条約結ばない気満々だったんだ。けど、守っているんですよね?」


 そう聞くと、マイさんが少し渋い顔をした。

 破っているらしい。さすがは、我らが帝国海軍だ。


「えーっと、詳しく知ってますか?」


「別件で龍也様から色々と聞いた事があるから、大凡は」


 そう言って解説が始まった。実質条約破りな子達が通り過ぎるのを見ながら聞くのは、中々に皮肉が効いているシチュエーションだ。

 基本的にロンドン海軍軍縮条約では、駆逐艦の保有量と排水量に制限が課せられた。そして日本は『吹雪型』が大型過ぎるので、それ以上大型の駆逐艦は建造できず。


 だから条約締結以後は、1500トン以下の駆逐艦しか作れなくなった。しかも保有量の総量が規制されたので、無理やり性能を維持したまま頭数を揃える為に、小柄な『初春型』を作った。

 けどこれが頭でっかちの大失敗で、『第四艦隊事件』などで戦闘艦として以前に船として欠陥品だと分かって大わらわで大改装。

 船としての安定性を高める為、排水量が随分と増えて実質条約違反となるけど、そこはだんまりを通した。さすがは、我らが帝国海軍だ。


 続く目の前の『白露型』は、『初春型』の反省を踏まえたものになる。けど、そこは我らが帝国海軍。排水量は1割以上サバを読んでいるらしい。

 海軍関係者は、他国も条約破りしていると水面下で言ったそうだが、鳳グループと陸軍がそれぞれ調べた限りでは英米はかなり真面目に守っている。


 それに対して、目の前の『白露型』の排水量は1700トン。200トンも条約違反だ。それを都合20隻作る訳だから、4000トンも違反する事になる。

 しかも計画上は1400トンなので、300トンもサバを読んでいる。


 それなのに、表向きは条約を守っている事になっている。他国も、少し排水量オーバーじゃないかと疑いはしているけど、1400トンを1500トンに誤魔化している程度だろうと見ているらしい。


 なお、この船あたりから、私達の努力が反映され始めているそうだ。

 良い鉄鉱石を使い最新の製鉄所で良い鉄を作り、石油採掘の為の膨大な量の鋼管造りなどで冶金や製鋼技術を急速に磨き、じゃんじゃん最新技術を使った大型船を作った。

 その技術と経験が海軍にも渡り、能力、性能が向上しているらしい。


 分かりやすいところだと、搭載している蒸気タービンの性能が以前の型より約2割向上したとのこと。その分、機関もパワーアップされている。

 そして最高速度も、その分だけ引き上がっている。性能そのままで軽くする気がないのが、実に帝国海軍らしい。そして実に頭が痛い。

 それはともかく、さらに悪い予感がする。


「大体わかった。それで、もう一つ聞いても良いですか?」


「今年予算通過した計画について?」


 マイさん、まだまだ苦笑い続行中。やっぱりダメだったらしい。


(海軍、条約破るの好きすぎだろ)


「結んだばかりの条約を破っているんですね」


「一応は、今年の4月のイタリアの離脱後に計画が通り、来年1月から工事開始という事で、違反にはならないわね」


「けど、設計はその前からしているから、最初から条約自体が意味なくなるのを見越してたんでしょう?」


 もう、愚痴る気にすらならない。

 けど、ついでなので聞いてみる事にした。


「それで、どういう感じなんですか?」


「第二次ロンドン海軍軍縮条約での駆逐艦の制限は、基準排水量1850トン以下。これに対して新型の駆逐艦は、2000トンを超えるという見方が有力。建造する藤永田造船所から、ある程度の話は聞けるかも」


「詳細は今更いいです。それに、他の種類の船も違反しているんでしょう」


「龍也様がおっしゃるには確実。来年1月から建造開始する追加の戦艦と空母も、最低でも1割は排水量制限を超過してくるだろうって」


「そして全部だんまりと。まあ、これから作る大きな船が出来る頃には、英米はせいぜい嫌味しか言わないだろうから、気にしないでおきましょう」


「……やっぱりそうなんだ」


 そう呟いたのは、船ばかり見ているお芳ちゃん。

 何がやっぱりなのかは、問うまでもない。

 海軍の毎度お馴染み条約破りではなく、私が戦争になっているだろうと言った事への言葉に間違いなかった。


 そんなやり取りになったから、今から演習に行く海軍の艦隊も、戦地に出撃するように思えてしまった。


 なお、海軍の大艦隊が横須賀を発った理由は、満州での国境紛争の影響だった。

 ソ連による満州への国境侵犯や越境、さらには満州人の拉致などは、1935年頃から日常化していた。それが激化して、通常より小競り合いの戦闘と対立が加熱。外交問題にまで発展した。

 当然、陸軍だけではらちが明かないので、海軍の艦隊を日本海の奥に入れて軍事力で威嚇する事になったのが出動の理由だった。


 横須賀ですれ違った艦隊は、北上して津軽海峡を越え、日本海に入る予定だった。

 横須賀の艦隊を出したのは、佐世保と呉の艦隊は大陸向けの警戒配置で動かせなかったからだ。


 しかし事件は艦隊が到着するまでに外交的に解決。戦闘もごく小規模なもので済んだ。

 けれども、以後日本政府および軍は、ソ連の横暴に対して強気の姿勢を示すことが増え、ソ連側も慎重に動くようになったのだから、艦隊を動かしたのは無駄ではなかったのだろう。


手前勝手な作戦プラン:

漸減邀撃作戦。アメリカ海軍を迎え撃つ作戦計画。

あくまで主観的な見方と思って下さい。

ただ、アメリカの作戦プランが戦略的なのに対して、日本海軍のものは戦術的でしかない。



『陸奥』さん、『日向』さん:

某ゲームのディーププレイヤーだと「むっちゃん」、「師匠」と呼んでいるかもしれない。そして周囲がさらに困惑した事だろう。



『有明』・『夕暮』・『白露』・『時雨』:

1938年くらいまでの第9駆逐隊。第一水雷戦隊に所属。

「いっちば〜んと止まない雨はない子」も、某ゲームで出てくる言葉。



改良型の一部:

史実の『朝潮型』。史実では条約破棄以後の就役になるので、条約を無視してより大型の駆逐艦として建造された。

この世界では、史実での『改白露型』の『海風型』としてそのまま建造される形になる。だから一応、表向きは軍縮条約は守っている。

海軍は不満いっぱいの事だろう。



第二次ロンドン海軍軍縮条約での駆逐艦:

史実の『陽炎型』駆逐艦に当たる。

機関は『島風』に近い筈。それ以外は、多分次発装填魚雷は積まずに、対潜水艦、対航空機装備が重視されるだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 以前、大陸へ行った時もシズが艦種を判別して みんなで水兵さん達に手を振った事を思い出させてくれた事 [気になる点] 港ではハルトさんが待ち構えているのかな? [一言] 陸奥はなぁ、最期が自…
[一言] 流石は艦内という狭く閉ざされた世界での理不尽なリンチとイジメ・虐待が横行してる海軍さんですよ。精神注入棒から連なる学校教育での物理的・精神的体罰への影響は昭和・平成を超えて令和世代まで未だに…
[気になる点] 海軍の船が条約破りばかりでちょっとハラハラさせられます。政府が手綱をしっかり握れていないのでは無いか、と。 此方の歴史では陸軍の一部がやらかしてしまいましたが、同じような事にならないと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ