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悪役令嬢の十五年戦争  ~転生先は戦前の日本?! このままじゃあ破滅フラグを回避しても駄目じゃない!!~  作者: 扶桑かつみ
物語本編

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562 「ゲームクリアなのかも?」

 ニューヨーク郊外のロックフェラー一族の邸宅の庭での園遊会、私の為にアメリカの主に経済界の人々が集まったパーティーは、一通り私に対する言葉をかけ終わると、和やかな談笑タイムとなった。


 けど、私以外のもう一人の主役は、館の元主人でロックフェラー財閥の創始者のジョン・ロックフェラーだった。

 私が必死で人の顔とこの日の姿、交わした言葉を覚えつつ回っていく別の場所では、多くの人がジョン・ロックフェラーの思い出話に花を咲かせていた。


 私も枕詞のように故人を偲ぶ言葉を口にはするけど、誰と何を話したか、話した相手が誰でどんな人か、その日どんな服やアクセサリーかなどのプロファイリングしていく。

 さらに、私もしくは鳳グループとの関係は、相手と話すべき事は、などなどを頭の中でフル回転しているので、心から故人を偲んでいられたのは、正直なところ最初のスピーチの時だけだった。


 けど、私の斜め後ろにはマイさんが付いていて、必要な会話を全部覚えた上で、移動中や飲み物を飲むちょっとした休憩中などにメモ帳に記録する。けど途中でメモが尽きそうになったので、急ぎリズに持って来させるという一幕もあった。

 少し見せてもらった書ききった小さなメモ帳は、びっしりと何かがのたくったような文字で埋め尽くされていた。


 お芳ちゃんも連れ回れば、少なくともマイさんの負担は大きく減るけど、お天道様の下なので完全武装で帽子にサングラスな状態でも、お芳ちゃんは木陰か屋根のある場所で過ごすしかなかった。ニューヨークは北緯41度付近といえど、5月末の日差しは彼女にとって甘くはない。


 けどお芳ちゃんは、こういう場合は大抵人間ウォッチングをしている。鳳パーティーや社長会、誕生日会などでも、後で誰がどこで何をしていたのかの報告をまとめてくれていた。

 今回も、周りを何人かに囲ませて誰も近寄らせないようにした上で、同じような事をしているだろう。

 そして頭脳担当の2人も、お芳ちゃんと同じような作業に集中してくれていた。


 そして頼りになるといえば私の3人の執事だけど、それぞれ忙しそうにしている。

 出席者の中には、私はあくまで神輿で本体は時田達だと思っている人も少なくないので、真剣な話も多い事だろう。


 時田は、フェニックス・ファンドの事実上のトップで私の金庫番。だから日本よりアメリカでの方が、格段に重要性が高まる。

 セバスチャンは鳳商事の重役だから、こっちはこっちで私とは出来ないビジネスの話で忙しい。

 一方エドワードは、サラさんとの関係があるから、ビジネスよりも血縁外交に精を出していた。


 もっとも、一番哀れというかいつも通りなのが、紅龍先生。

 なにせノーベル賞3度受賞という前人未到の偉業を成し遂げた、生ける伝説、生ける特異点。しかもまだ今年でようやく40歳という、人として脂の乗り切った時期だ。

 だから私以上の人だかりに囲まれている。ある意味、私の負担を軽くする役目を負ってもらっているようなものだった。

 そんな中、私は旧知と再会していた。


「ご無沙汰しております、お嬢様」


「もう、あなたのお嬢様じゃないわよ。ところで、今のお名前は?」


「ヴィクトリアは、親から頂いた名前です、玲子様」


「うん、それは知ってた。今の家もね、トリア。ところで何ヶ月?」


「7ヶ月です。今日お知らせしようと思い、手紙には書いておりませんでした」


「お知らせじゃなくて、驚かせようとした、でしょう。けど、これで2人目ね。おめでとう」


「ありがとうございます。玲子様も、改めて婚約、そして来月のご結婚おめでとうございます。また、式に参加できず、申し訳ありません」


「その体で無理するよりずっと良いわよ。それに私も、トリアの式には出てないもの。おあいこ」


「そう言って頂けると助かります。それと、エドワードの式には参加したいと思っております」


「エドワードかあ。二人と話した?」


「はい。あんなに角の取れたエドワードを見ることになるとは、思いもしませんでした。流石は沙羅様ですね」


「エドワードが、勝手に尻に敷かれているだけに思えるけどね。それであの二人の式だけど、サラさんの兄貴のリョウさん達が先だから、多分2年後ね。私は、半年間隔でも構わないと思っているんだけど」


「そうですか。何にせよ、おめでたい話が続くのは良いことです」


「そうね」


 その後もしばらく話したけど、トリアとばかり話すわけにもいかないので適当なところで切り上げ、王様達や上流階級の皆さんとの歓談に戻った。

 そうして日も傾いてきた頃、最後に挨拶をもう一度して、そこでこの催しを主催した故人に再び黙祷して締めとした。




「園遊会は昼間だけで済むから、その点だけは助かるわね」


 そうして主賓退場となり、屋敷の一室でようやく緊張を解いてグッタリとする。

 部屋は大きくないので、来た時の4人しかいない。


「会話した相手、内容の確認は後でされますか?」


「うん。あー、でも、この後も少人数での晩餐があるのよね。お芳ちゃん達のウォッチング結果とも擦り合わせたいけど、合わせて今晩かなあ。明日も予定ギッシリでしたよね」


「はい。時間が空いているのは、朝の10時までと、夜の9時以降でしょうか」


「今日みたいなサプライズはもう無いわよね?」


「私の把握している限りは」


 マイさんが少し済まなさそうな表情を見せる。

 私としては、小さくため息をつくしかなかった。


「念の為、時田かセバスチャンを問い詰めるわ。まあ、今日と同じくらいと言われたら、もう大統領主催の国を挙げてのパーティーくらいじゃないと無理だろうけど」


「玲子様が、ルーズベルト大統領、ハル国務長官、他、ニューディーラーとは会う気がない、とおっしゃられていたので、動向は確認済みです。把握している限り誰もニューヨーク入りはしていませんし、予定の空いている時間に来るのは難しいと考えられます」


「ありがとう、マイさん。それを聞いただけでも、心から安心するわ」


 するとそこで、ノックが鳴った。

 少し笑顔になったマイさんが扉の方に視線を向けると、すぐにもリズが応対に出る。シズじゃないのは、応対するのが白人の方が相手の心象が違うからだ。

 そして今の館の主人かと思ったけど、違う人だった。


「流石のエンプレスも、あのお歴々をまとめて相手にするとグロッキーらしいな」


「これはハースト様。色々とサポート助かりました」


「その年でまだ取り繕えるとは、やはり大したもんだ」


 そう言いつつ、私の前の椅子に座ったのは、新聞王ウィリアム・ハーストだ。手紙は毎年数回やりとしている一番関係の深いアメリカの取引相手だけど、最初に会った時から約8年、今年で74歳になるだけあって、さらに老けていた。


「さて、また後日会うからすぐに退散させてもらうが、そこで言うべき言葉ではないので、ここで言わせてもらいたくてね」


「はい。お伺い致します」


 私が言葉と共にもう少し居住まいを正すと、目の前の精力溢れた老人が、深々と日本人みたいに頭を下げた。

 そしてたっぷり10秒ほどしてから顔を上げる。


「日本人は、心からの感謝を伝える時も深く頭を下げると聞く。エンプレスが寄越してくれた日本の資料にそうあったからな」


「そうですね。それで、改まって私に頭をお下げになられる理由をお伺いしても?」


「勿論だ。園遊会では言わなかったが、心からの感謝を。私は、エンプレス、いや鳳玲子と会って支援までしてもらった」


「はい。ですがそれは、あくまでビジネスですよね?」


「ああ、そうだ。だがお陰で私は、イエロー・ジャーナリズムの王から、今やアンチ・コミュニズムの王となった」


「あれは、私どもが依頼した事ではありますが、ハースト様の努力の賜物です」


「だが金と情報をくれた。特に世界恐慌で苦しい時の金は助かったし、極東の共産主義者の情報はアメリカではダントツに正確で大量だった。ワシントン・ポストやタイムの連中の悔しそうな顔は、あんたにも見せてやりたかった」


「そのお話は、手紙にも何度か書かれていましたね」


「うん。話の方は、後日もっと聞かせよう。それとだ」


「はい。日本の情報伝達も助かりました」


「いや、あれは我ながら失敗だったと、今では思っている。それよりも、あんたは常に正しかった。大恐慌での忠告は無視したが、1932年の夏はあんたの動きに合わせて一口乗せてもらった。ここで動かすための金をプールしておくのに、随分と苦労はしたがね」


 最後にニヤリと言葉を結ぶ。

 私としては、どちらも後日聞いても良い話だし、他の王の城で話して良いものかと少しばかり心配になる。

 けどまあ、それは私の心配する事じゃない。だから私も、笑顔で言葉を受けた。


「後日でも宜しかったのに、わざわざ今おっしゃって下さり、ありがとうございます。ですが私どもも、ハースト様に色々としていただいたので、あまりお気になさらないで下さい」


「まあ、ケジメみたいなもんだ。それに、私の屋敷では、私は王として振る舞わないといけないからな。こうも、殊勝には出られない」


 そしてウィンクである。

 もう立派な爺さんだけど、一代で新聞王にまで上り詰めるだけあって、人としての魅力があった。

 けど、それで終わらないのが実にこの人らしかった。


「それとだ、最後に一つ教えてやろう。勿論無料。それに感謝の礼でもない」


「そこまでおっしゃられると、逆に少し警戒してしまいます」


「ハハハっ。それくらいが良いだろう。だがあんたは、その年にしては今まで十分以上に警戒心が強かった。だからその結果の一つを、この屋敷であえて教えてやろうというだけの話だ。ここは防音がしっかりし過ぎるくらいの応接間の一つだが、どこかで聞き耳立てている奴がいるだろうからな」


 それくらいはこちらも想定内だけど、言いたい事は聞き耳の件じゃないみたいだ。


「今回の結婚、正解クジだ。それどころか、多分大当たりだ。あんたの結婚相手のハルトは、私などよりよっぽどこの国の中枢部の血を引いている。この件の詳細は、恐らくあんたの義理の父は知っているかもしれんが、あんたの祖父、今の父親は知らんかもな。

 そして私が次にあんたと会うまでに、誰かがこの事を告げるだろう。だが私にも『新聞王』としての矜恃ってものがある。情報を掴んだ以上は、有効に使わないとな」


 今度はニヤリと、「これは知らないだろう」という、してやったりな笑み。

 確かに聞いていない。ある程度はそんなイメージはあったけど、新聞王が断定的に言うという事は、相当な情報の確度か、それとも逆に嘘っぱちかだ。


「つまり私の子供は、皆様のお仲間になると言う事ですか?」


「実際どうなるかは、今後次第かもしれんがね。だが、血という奴は案外大事だ。この国で成功しても、こういう血縁を結べないまま一代で没落していく奴は少なくない。

 大当たりを引いたのは、あんたの義理の父になるだろうが、あんたも正解を引いたわけだ。もしかしたら、あんたの祖父にして父親が引かせたのかもしれんがね。……さてと、話はこれで終わりだ。また後日会おうエンプレス。いや、『投資王』」


 そう言って、新聞王は去った。



(それにしても、重い言葉をカミング・アウトしていきやがったなあ……)


 多分、たっぷり数分間は、脱力したようにボーッとしていたと思うけど、他人の家であまりダラダラするわけにもいかないと思い直して顔を上げると、マイさんの目とがっちんこした。

 そしてハーストさんの言葉が蘇る。

 そう、私のお相手と同じ血を、目の前のべっぴんさんも持っているのだ。


「あー、えーっと」


「私も初耳。でも、トラは知っていると思う。ジェニーなら話していると思うから。それとね、玲子ちゃん」


「はい」


「私は、血とか家柄とかよりも、玲子ちゃんが晴虎兄さんと幸せになってくれたら、それで十分だから」


「……うん、ありがとう」


 優しい笑顔に、そう素直に返せた。

 けど、やっぱり、付いて回る事になる筈だ。

 今までも系譜や姻戚関係という点では、虎三郎一家から鳳一族、鳳グループへと繋がっていたけど、これで鳳の本家筋も繋がる事になるからだ。


 そしてそれは、鳳一族は勿論、私の生存確率を飛躍的に高めてくれるだろう。例え日米関係が決定的に悪化しても、私達は可能な限りの手段で助け出される筈だ。


(これって、ある意味でゲームクリア条件の達成よね)


 そう結論が出たけど、私の心はどこか虚しかった。


イエロー・ジャーナリズム:

事実報道よりも扇情的を重視する報道姿勢。

ハーストの行動が、その語源となっている。

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― 新着の感想 ―
[一言] アメリカ中枢の血を引いてるってそれはもしかするとメイフラワー号の末裔かな?
[良い点] お嬢様御一行をこまめに描写しているところ [気になる点] 次の少人数での晩餐と ジェニーさんの御実家 あとやっぱりここからルーズベルト政権関係者が対日関係をどう悪辣な方向にもっていくのか …
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