561 「サプライズ・パーティー」
「本日は、ようこそおいで下さいました。鳳玲子様。お付きの皆様」
定冠詞の「ザ」を付けたくなるくらい、時田よりも執事っぽいこの家の家令の言葉を受けた。
そしてこちらも「本日はお招き頂き感謝の念に堪えません」といった挨拶を返し、それがしばらく続いてから「先に皆様方が野外にてお集まりです。どうぞこちらに」と案内を受け、徒歩で移動を開始する。
そして良く整えられた広くて立派で、そして優雅な庭を通り開いた空間へと出る。そこは本来、ゴルフ場だろう。見事な芝生が一面に広がっている。
けど今日は、上流階級の野外パーティーの景色が一面に広がっていた。
(10人、100人じゃないよね。何人いるんだ? ここに爆弾放り込んだら、アメリカの上流階層が半身不随になるんじゃね?)
半ば現実逃避するしかない状況だけど、この十数年で鍛え上げたお嬢様としての能力をフル動員して、優雅に落ち着いて衆目に晒される。
私にとっては特大級の針の筵だけど、みんな和やかで笑顔だ。そして全員をゆっくり見渡すと、何人か見知った顔がいた。
主に前回のアメリカ旅行で実際に会った人もいるし、手紙を交わしている人もいる。けど、大半は写真で見た人。間違いなく、アメリカの王様達。相方、伴侶同伴も少なくない。そしてその側近や重臣たち。これは王達の集いなのだ。
そんな片隅、と言うか相応に重要な場所には、もっと見知った人達もいた。今回の旅の連れ達だ。時田もセバスチャンも、紅龍先生とご家族も全員集合していた。側近達や八神のおっちゃん達まで片隅にいる。
それどころか、今朝から見かけなくなっていたシャネルまでチャッカリといた。
それに片隅には、今は違う名字になってしまっている、トリアもいた。フンワリした体の線の分かりにくいドレスを着ているので、多分妊娠中だ。
アメリカに来たのに顔を出さないと思った理由については納得だ。けど、目があった時に恭しく黙礼される前に悪戯っぽく微笑まれたので、仕掛け主の一人はトリアで確定だろう。
そして全員が、私に何も知らせなかったか、もしくは直前に知らされたかのどちらかだ。どちらにせよ、私にこの集まりの情報が伝わらないようにしたのは間違いない。
そしてこれは、私に対する一種のサプライズ・パーティーと理解するしかなかった。
しかも故人となったばかりの、アメリカの王の中の王、ジョン・D・ロックフェラー主催のパーティーだ。
こういう茶目っ気は、王の中の王だろうとアメリカ人だったんだと、ちょっと感慨深くなる。
失礼なやつなので何か言ってやろうと思っていたけど、これでは文句の言いようもない。
「紳士淑女の皆さん、主賓が登場しましたので盛大な拍手をお願い致します」
マイクを持った老齢の紳士がそう仕切って、野外パーティー会場に拍手が響き渡る。仕切った老齢の紳士は、新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストその人だった。
ハーストさんとは、西海岸の彼の邸宅を訪問する予定だったのに、この人も悪巧みと言っては失礼すぎるけど、今回のパーティーに加担しているらしい。
目が合うと、めっちゃ楽しそうに私に笑みを向けてきた。
そして私はミスタ・スミスに導かれるまま、場の中心のマイクの前に先導される。
もうここまできたら腹を括るのを通り越え、「なるようになれ」という気持ちになる。だから、心の赴くままの言葉を口にした。
「皆様、挨拶の前に、少しだけ祈る時間をお与え下さい。私は旅路の船の上で、ここの主人だった恩人が高みへと旅立たれた事を知りました。
そして今、その恩人が今日の宴を企画されていたと聞き、彼が長年過ごした場所にやって参りました。ですので、まずは祈らせて下さい。お願い致します」
言葉の最後に、深く頭を下げる。衣装はシャネルに作ってもらったばかりの、どちらかといえば地味な色合いのフォーマルな感じの落ち着いたドレス。
シャネルらしい黒に近い濃いブルー系は私のイメージと合わないと思っていたけど、シャネルは作る段階から今回の件を知っていたのかもしれない。
まあ、そんな服装も相まってか、特に反論は聞こえてこないので、その場で静かに黙祷を捧げた。
そして1分ほどして静かに顔を上げると、周囲ではまだ祈っている人が大勢いた。少しずつ周りの気配で黙祷や、さらにはキリスト教的な祈りを捧げている人もいたけど、さらに2、30秒したら全員が終えていた。
そしてそれを確認して、再びマイクへと近づく。
「共に故人への祈りを捧げて頂き、誠にありがとうございます。さて皆様、私は最初にお伝えしなければならない事があります」
視線を周囲に巡らせつつの、ちょっとしたサプライズ返しの気持ちを込めた一言に、場が再び静まり返る。
どうせ型通りのお礼とか困惑の言葉か、何かの弱音とでも思ったんだろう。それとも、「今更結婚しますって報告か?」などと思った人もいるかもしれない。
けど、どれも私のキャラじゃない。いや、悪役令嬢のキャラじゃないだろう。かといって、大勢の百戦錬磨のアメリカン相手に、気の利いたジョークの一つも言える自信はなかった。
だから続けて、正直に告げる事にした。
「ありがとうございます。私は、今日の宴に何故呼ばれたのか全く存じ上げません。ですが、これだけ大勢の方が集まって下さったのなら、言うべき事はお礼の言葉しか思い浮かびません。本当に、ありがとうございます。そして願わくば、何故私が本日この場に立っているのかお教え下さると、とても助かります」
言い終えると、数秒沈黙があった。
まだ続きがあると思ったのか、しょーもない事聞くやつだと思われたのか、そんなところだろう。
そんな事を思いつつ、軽く全員をもう一度見渡す。
すると次の瞬間って感じで、大きな拍手が起きた。人々の表情も和やかで、笑っている人も少なくない。悪印象はなかったらしい。
そして口々に、本物すぎる紳士淑女の人達が言い始めた。
「こちらこそありがとう!」「そんな疑問なら、幾らでも答えてあげるわ!」「ようこそアメリカへ!」。言い始めた人の言葉は、アメリカ人らしい答え。
続いて、「婚約おめでとう!」「いや、結婚おめでとうだろ!」「フィアンセも一緒だったら良かったのに!」「それだと、フィアンセが脇役になっちまうぞ!」「今日の主人公は、エンプレスだからな!」。
まあ、この辺りもアメリカ人らしい。「HAHAHAHA!」な笑いが続く。
けどそこからは、ちゃんと私の疑問に答える声が、次々に私にかけられた。
要するに今回のパーティーは、私の今までアメリカに対して行ってきた事を労る為のもの。しかも、高みへと旅立った人が主催した、最後のパーティーという名誉なものだった。
また主催者の誕生日が近いので、その延長戦のような意味もあったみたいだ。
何せ金持ちは暇人が多い。
東洋から珍獣が一匹くるとなれば、顔の一つも見てやろうと思う事だろう。
ただ私の印象としては、主要な何人かはペンフレンドに当たるから、盛大な「オフ会」だった。
何より、(なんだか違うゲームをクリアした心境)って感じでしかなかった。
加えて、(お話とかだと、この後から奈落とか破滅が始まるのよね)とか(そもそも私は乙女ゲーム世界に来た筈なのに、もうゲーム関係なくない?)というのも、偽らざる気持ちだった。
乙女ゲームの破滅を避ける為、小さい頃から色々のたうち回ってきた自覚はあるけど、行き着いた場所の一つが今の目の前の景色だった。
今後この関係が私や一族、財閥にとって、日米関係でトラブルの種になる可能性も十分にある。私は、アメリカ財界の側に立たないといけない事も増えるだろう。
けどそれらは、破滅回避の為に自分から身を投げ出してきた結果なのだから、望むべき状況だ。
だから今は喜ぶべきだった。
そして話した人々は、多くの人が上っ面ではない言葉や態度を見せてくれた。
そして中でも、一族の方が読まれた半ば遺言となってしまった主催者が私に残したメッセージが、全てを雄弁に現していた。
『ようこそ、アメリカへ。そして我々のクラブへ』
ただ最後あたりに、ハーストさんがなんともハーストさんらしい言葉を、私のいる場所で親しい友人相手に聞く事になった。
「だから言っただろ。エンプレスは、自分自身の事は何も知らないって。これで賭けは私の勝ちだ」と。
頑張ってきて良かった、日米友好万歳とか思って少しウルっときたのに、私の感動を返せって感じだ。




