559 「王様からの招待状」
「大変ご無沙汰しております、エンプレス」
「こちらこそ、ミスタ・スミス。このところ毎年お会いできているので、尚のこと嬉しく思います」
そんな感じで、なんだかお馴染みになったアメリカの王様達の私向けの代理人ロバート・スミス(仮名)と向き合う。
見た目はスマートながらガタイの良いスーツを着こなしたイケメン紳士だけど、相変わらずのオーバーリアクションだ。
そして内輪が出迎えた船着場で挨拶するような無粋な事はせず、私達が一服するのを見計らって滞在先へとやって来た。
「それで、今回はどちらの方向からお出でですか?」
「そうですね。今回は、このままエンプレスと日本に赴かせて頂きますので、皆様の引率係、と言った役回りになるかと」
「ミスタ・スミスも、出席頂けますのよね?」
「勿論です。ですが、多くの方がエンプレスの式に参列されるご様子ですので、行うべきお話については、ステイツに居る間か、道中の船の上でと考えております」
「そうですね。帰るとすぐに式の準備で忙しくなります。同行される方々も、そうして頂けると旅をして来た甲斐があります」
「全くもって痛み入ります。ただ、てっきり婚前旅行をされると考えておりました」
「フィアンセも一緒に旅をしたがっていましたが、常務から専務に昇格したばかりで、仕事に専念したいと断念しました。ですが本当のところは、日本では婚前旅行という習慣がありませんし、結婚までは貞淑である事が望ましいので、泣く泣く断念したのです」
「ハハハっ、それは同じ男性として同情を禁じ得ませんな。では、同じご兄弟のマイ様とサラ様がエドワード様と同行されているのは、こちらのご家族に会うのは勿論でしょうが、ステイツでのお披露目も兼ねていると考えて宜しいでしょうか?」
まずはその辺が、本題の一つという事らしい。
何せ今年、来年、再来年と鳳の中枢近くでの結婚が続く。しかも相手は、私以外はアメリカの然るべき筋がお相手だから、アメリカから日本に人を寄越す口実が作りやすい。
「エドワードからは何も?」
「ご家族と過ごされており、お話する機会はまだ。時田様からは、エンプレスがお答えするとだけ」
(別に勿体ぶる話でもないでしょうに、時田はどういう意図だろ?)
「鳳舞は私の秘書ですから、同伴しただけです。沙羅とエドワードは、皆様と親睦を深めて頂ければという意図もあります。ですが具体的なお話は、もう少し先になるかと。
エドワードの親族の方々も私どもの式に招待しておりますので、日本滞在中に正式な話が決まるものと存じます」
「分かりました。余計なお話はしないように致しましょう」
「お手数おかけします。それで、引率以外のお話はないと思って宜しいのでしょうか? 数日は東海岸での日程を取っておりますが、何もないようでしたら観光を楽しみたいと思っております」
「その件ですが、我々と致しましてもエンプレスへのご負担は最小限にしたく考えております。また、大半の要件に付いては、既に時田様が応対されました。エンプレス滞在中に関しても、時田様とスチュワート様が対処されると聞いております。
ですが、1箇所だけ招待を受けて頂きたく存じます」
「喜んでご招待をお受けさせて頂きます。それで招待頂いた方は、どなた様でしょうか?」
「招待主より、当日まで伏せておきたいとの言葉を受けております。日時については、明日の朝に移動して頂きたく存じます」
「分かりました。どなたか、楽しみにしています」
その言葉に静かに一礼だけしたミスタ・スミスとは、その後は雑談としての世相について少し話した。
そこで私は、歴女知識で『ルーズベルト不況』という言葉と、その内容をある程度知っていたから、具体的になりすぎない程度に伝えておいた。
新年度の9月に財政緊縮政策をして、その影響でルーズベルト政権に巣食っている本来は緊縮財政大好きな左巻きの連中の思惑通り、公共投資、ニューディール政策は終了。そして株価が再び大暴落すると言うやつだ。
ただ、それだけしか伝えないのは少し可哀想なので、その後ルーズベルト政権が慌ててニューディール政策を再開して、なんとか持ち直すところまで伝えておいた。
そして教える対価として、株が落ちた段階での、買い支えという名目での買い増しを認めさせる事も忘れていない。
悪党としては、この程度はしないと失格だろう。それにこのまま何事もなければ、悪役令嬢としての最後の悪役ぶりという事になる。
だから多少は派手にしておかないと、私というキャラが立たないと言うものだ。
対するミスタ・スミスは、もはや私の言葉を疑うそぶりすら見せなかった。そしてさらに聞いてきたけど、このまま世界大戦へと雪崩れ込んでどこかでアメリカが全面参戦すれば、アメリカ経済は史実に近い流れになるんだろう。
日本と戦争しなくても、戦後の経済自体は大した違いは出ないという分析も私は既に見ていた。
そしてアメリカの株価は、今年の秋以降を最後に半世紀ほどは暴落する事はない筈だ。
(戦後に暴落するのって、オイルショックが最初だっけ? ITバブルとかリーマン・ショックは随分先だし、確かその10年か20年前にダウがめっちゃ上がるのよね。あの辺りも、念のため記録残しとかないとなあ。あー、そんな事考えたら、まだやる事多すぎじゃない)
「あの、どうかされましたか。これ以上、心臓に悪い話は聞きたくはないのですが?」
「……え、ああ。経済に関する話については、特には。ただ」
「やはりまだあるのですね」
軽くトリップしかけていた。それにミスタ・スミスに話すべきことは、まだある。だからその言葉に強めに頷き返す。ただし口調は、軽めを装っておいた。
「ある、というよりも、懸念ですね」
「お伺いしても?」
「勿論です。ですが些細な事です。アメリカ人が、モンロー主義、孤立主義を信奉し続けていたら、いずれ世界から置いていかれる事になるだろうという程度の話です」
「……些細と言うには、我々にとって重すぎる話ですね。しかし、何故今?」
「明日お会いする方に話すような事ではないでしょうし、また数年は私が日本の外に出る事もなくなるでしょうから、話せる機会は少ないと考えました」
「……そうですか。有意義なお言葉を頂き、感謝致します」
「感謝は無用です。行動しなければ、意味のない言葉に過ぎませんから」
「確かに。肝に銘じましょう。それで、我々が信奉するものを捨て去る時期は、まだ遠いのでしょうか?」
(あー、どう答えよう。捨てるのが早い方が、世界が受ける損失は小さく済むけど、真珠湾みたいに直接殴られないと、アメリカ人はガチ切れしないだろうしなあ)
「お答えするのは難しいのでしょうか?」
「そうですね。決めるのはアメリカ市民ですから。ですけれど、これから私どもと日本に向かわれる皆様は、もしかしたら真剣に考えなければならない歴史の岐路を、すぐ近くで体感出来るかもしれません」
「なんと! 何かが起こるのですか? 日本の近くで?」
(マッカーサーに大陸情勢の情報渡したけど、本国にはまだ回って来てない? 時間的には無理ないのかな?)
「心から起きなければ良いとは思いますが、既に様々な兆候は見られます」
「予言だけではないのですね。やはり、赤いロシア人ですか?」
(んー? アメリカは、まだ大粛清の激化を知らないのかな? トゥハチェフスキー元帥、そろそろ逮捕される筈なんだけどなあ)
「ソ連ではありません。むしろソ連は、しばらく身動き出来なくなるでしょう。分析情報では、チャイナで大規模な内乱の可能性が高まっています。そして我が国としては、内乱で収まらず上海などが攻撃される可能性を強く懸念しています。その点で、アメリカなど諸外国と情報を共有し、歩調を揃えて共に対処出来ればと強く考えております。
もっとも、私のような者がする事ではなく、日本政府、軍が適切に対応するでしょう」
「フィリピンから、何か緊急の情報が来たという話はありましたが、その件だったのですね」
「皆様にまで情報が回っていないのですか?」
「はい。重要な情報だとフィリピンの軍事顧問団から報告があるも、政府もしくは大統領が止めるか、もしかしたら握り潰したのではないかという噂はあるのです」
(ルーズベルトーっ! それともハルか?! 何考えてんだよ! それとも下っ端のアカの残党どもかっ?! 真意なんか知りたくもないから、もう王様達に直接情報回すだけにしよう、うん)
「それでしたら、私どもが掴んだ情報、分析した情報を急ぎ回させます。ただ、現時点では起きていない事です。広く流布しないで頂けますでしょうか」
「勿論です。そして大いなる感謝を。我らも、確度と精度の高い情報の価値については十分以上に知っております」
「よろしくお願いします。ただ、一部の情報は、報告を上げたフィリピンの方々にお伝えしたものと同じだと思います。可能なら、足並みを揃えて頂けますでしょうか」
「畏まりました。その程度、お安い御用です。しかしエンプレスの意図とは違うという事ですな」
「正直申し上げると、アメリカの極東地域に対する情報収集能力を、もう少し高く評価しておりました。またフィリピンは、軍事顧問という事もあって他からの情報が回っていないとばかり。情報が回っていない訳ではなかったのですね」
「そのようです。実にお恥ずかしい限りです。ルーズベルト政権は妙に固執しておりますが、正直に申し上げればチャイナでの我々の利益は薄く、あまり見込めないのが実情です。中華民国に対する武器輸出は多少例外ですが、これもステイツが貸した金で武器を買わせているような有様。
しかも少なくない金額が、武器ではなく賄賂や横領で消えているという未確認情報もあります。当然、我々が傾ける努力も小さく、詳細な情報を集める為の労力をかけるほどではないと考えておりました」
大半は、こちらの分析通りのお言葉。けど、実際当事者から言われてしまうと、かなり凹む。本当にアメリカは、口うるさいだけでチャイナ情勢を軽視しすぎている。
私が蒋介石ルートの景気の良い話は嘘か誇張だと伝えているけど、その程度ではアメリカンの嘘だらけのチャイナ・シンドロームは止まないのだろう。
実際、蒋介石がタイムの表紙にならなくても、あの雑誌は願望混じりの情報を垂れ流している。
そしてミスタ・スミスはこう結んだ。
「その辺りの話も、招待主よりお聞きになれるかもしれません」と。
ルーズベルト不況:
史実でも発生。本編に書いた通りになる。
せっかく持ち直した失業率が急降下した。
株価は1937年3月に190ドル台の高値を付けたが、1年後には80ドル台の最安値を記録。慌てて景気対策(ニューディール政策の再開)をしたので、さらに1年後までに150ドル台に持ち直す。
GDPも、37年に約900億ドルだったのが、翌38年には約800億ドルに下落。そしてさらに翌39年は約900億ドルに持ち直した。
(※GDPは資料により違いあり。)




