548 「亜欧空路の旅(3)」
「ご覧下さい。なにやら大層なお出迎えですな。ご存知で?」
「ご存知じゃないわね。けど薄暗くて、ちょっと判りにくいなあ」
マニラ湾のほとり、アメリカも使っている水上機の発着施設に到着して、外の様子をみんなで眺めていると、セバスチャンが何かに気づいた。
示されるまま見たけど、飛行場の脇に何台もの車が停車している。中には、かなり立派な車が数台。
でも、偉そうな奴が出迎えるという話は聞いてない。けど他に飛行艇や水上機が離発着している雰囲気も見られないから、私達がお目当だ。
「車にフィリピンの旗が見えます」
どういう視力なのか、遠くの車に付いているらしい旗を見つけたのはみっちゃんだ。昼でも星が見えるという、視力3オーバーは伊達じゃないらしい。
「ホテルの迎えは予約してあったけど、自治領政府の手続きは先に終わっている筈なんだけどなあ。ねえ、セバスチャン?」
「はい。間違いありません。賄賂も十分積みました。あれ以上は、欲が過ぎるというものです。それで、どうされますか? 場合によっては、このまま香港までなら飛べますが?」
「見た限り軍用トラックもないし、銃を持った兵隊もいないし、なるべく友好的にいきましょう」
「畏まりました。ですが、先に八神らを上陸させ、私が話を付けて参ります」
「お任せするわ。お願いね」
「お任せを」
そう言ってセバスチャンが慇懃な一礼を決めると、操縦席の方に向かう。一方の私は、機内のラウンジ辺りでのんびり構えることにする。
機内では護衛担当の側近たちがテキパキと動き、警戒態勢を上昇させている様が見える。けど、こういう時の私は踏ん反り返りつつ、いざという時にすぐに動けるよう心構えを整えるくらいしか出来る事がない。
そうして最初は『大和号』が発着場に乗り上げ、その後で『敷島号』も陸へと上がる。
私はさらにセバスチャンと護衛の一部が降り、そしてみっちゃんが再び機内に戻って来てから、マイさんとシズとリズを連れて降りる。
リズは直前まで機関銃で武装して外の様子を伺っていたのに、そんな素振りは微塵も見せずシレっと私の後に付いてくる。
そうして飛行艇から降りると、八神のおっちゃん達の出迎えの中央に、軍服姿が数名。そのうち指揮官らしい人に、なんとなくデジャビュを感じる。
「フィリピンへようこそ、鳳玲子様、舞様。私はフィリピン軍軍事顧問を務めるダグラス・マッカーサー閣下の副官、ドワイド・アイゼンハワー中佐と申します」
「ご丁寧な出迎えありがとうございます、アイゼンハワー中佐。鳳玲子と申します。ところで、わざわざお出迎えを頂いた理由、お伺いしても宜しいでしょうか?」
内心驚きつつ、鉄面皮の笑顔で問い返す。
名前を言われた時点で前世の記憶にヒットしたけど、彼の未来かもしれない姿を知るのは私一人であり、現時点だと妄想の類でしかない。
「勿論です、ミス鳳。閣下より、是非晩餐にご招待したいとの言葉を預かっております。また、今宵はマニラ最高級のマニラホテルへの滞在をして欲しいとも。勿論、皆様全員で」
「とても嬉しい申し出ですが、私どもはマッカーサー閣下に厚く遇して頂く理由が分かりかねるのですが? それもお伺いしても構いませんか?」
「閣下は、日本の大財閥であり、アメリカ経済界とも深い繋がりを持つ鳳家の方を疎かにするなど出来よう筈がない、と考えております。是非、招待を受けて下さいませんか」
「分かりました。そういう事でしたら、喜んで招待をお受けさせて頂きます。ですが一つだけ宜しいでしょうか」
「何なりと」
「では、お言葉に甘えて。今回マニラに立ち寄ったのは、失礼かもしれませんが、中継という以上ではありませんでした。ですので、予備知識を全く持ち合わせておりません。そこで、車中だけで構いませんので、アイゼンハワー様とお話しさせて頂けないでしょうか」
「了解しました。微力ながら、お力添えさせて頂きます。では、あちらに車をご用意させて頂きましたので、お乗りください」
流石はアイゼンハワー、如才ない。腕で示した車も、キャデラックのリムジンだ。それ以外も、人数分の車が用意されている。
そしてアイゼンハワーの如才なさというか、人柄から能力からはホテルまでの車中でも存分に感じる事が出来た。
(当たり前なんだろうけど、めっちゃ地頭良い。それに気が利く。喋りも上手い。こっちがフィリピン素通りの事も掴んで、与える予備知識も用意してたに違いない。そりゃあ、大統領になるわけだ。
……ドワイト・D・アイゼンハワー。中佐か。この春中佐になったお兄様より10歳くらい年上だろうに、アメリカ陸軍が将校だらけで出世しにくいといっても、まだ中佐ってのは解せないなあ。マッカーサーにこき使われているのか、それとも今のところ運に恵まれてないのか。……両方だろうなあ)
「如何されましたか、ミス玲子?」
しばらくマイさんと話していたので相手の寸評を弄んでいたら、如才なくこちらにも気を使ってくるのも流石だ。
「いえ、私どもの当主と叔父が軍人ですが、アメリカの軍人の方とお話しするのは初めてですので、つい比べてしまいました。申し訳ありません」
「とんでもない。鳳麒一郎元少将と鳳龍也中佐ですね。元少将は日露戦争、シベリア出兵に従軍して活躍され、中佐は中央でご活躍中とか。同じ軍人として、どちらも羨ましい限りです」
こっちのプロファイルも完全らしい。ただ、羨ましいという言葉には本気と思える感情が見え隠れしていた。
「同じ軍人の方にそう言って頂けると、嬉しく思います。ですがアイゼンハワー中佐も、いずれ中佐が望まれるご活躍をされる機会が訪れますわ」
「ありがとうございます。自分も是非そうありたいと願っております」
そう言って笑みを浮かべるけど、社交的な返事と笑みと思わせないところに人柄を感じる事ができる。
ただ思ったのは、あのマッカーサー相手に忍耐と苦労を強いられているんじゃないかという事だった。
「必ず叶いますでしょう。ところで、マッカーサー閣下の副官はどの程度されているのですか?」
「閣下がステイツで陸軍参謀総長をしていた、1933年からになります」
「それからずっと副官を?」
「ステイツに居た頃は、参謀主任補佐武官という役職になります。副官は、フィリピンに赴任してからです」
「そうですか。では、マッカーサー閣下はどのような方でしょうか。何か注意するべき点などお教え頂けると、今後の参考に出来るのですが」
「閣下は紳士的な方ですので、ご婦人方が気にされるような注意点はございません。ただ、大変名誉を重んじられる方ですので、その点は注意なさって下さい」
内心(知ってた。けど、表現控え目すぎ)とは思うけど、そろそろ目的地っぽいのでそこには突っ込まず質問を急ぐ事にした。
「分かりました。最後に一点、ご招待の真意はご存知ありませんか? もしそうなら、何かしら言葉だけでも準備する事が出来るのですが」
そう聞くと、初めて「そうですね……」と間を置いてから返事があった。
考えるというより、言い難い事があるというサインとこちらも受け取って、小さく頷き返す。
「あくまで私個人の私見としてお聞きください。飛行場でもお答えしたように、閣下は鳳コンツェルンとアメリカ経済界との関係を気にしておられました。また、失礼になるかもしれませんが、鳳玲子様のお噂を気にしておられたご様子です」
「そうですか。お答えにくい事にご返答頂き、ありがとうございます。とても参考になりました。いずれこの礼はさせて頂きたく存じます」
そうして頭を下げつつ。内心で小さくガッツポーズをした。
(今後どうなるか分からないけど、未来の元帥閣下や大統領になるかもしれない人と知り合えた!)
自治領政府:
フィリピンは1934年に、ルーズベルト政権下で将来独立を認める法案が通り、マヌエル・ケソンを大統領とした米自治領政府(独立準備政府)フィリピン・コモンウェルスが成立している。
戦争がなくても、1946年に独立予定だった。
ドワイド・アイゼンハワー:
後の連合軍最高司令官にして、後のアメリカ大統領。
「50でようやく大佐の冴えないおっさんの俺が、5年も経たずに元帥閣下に!」
「なろう」の冴えないおっさんが活躍するどんな話よりも、おっさんになってから凄い活躍をした人。
中佐から元帥への昇進速度で勝てるのは、銀河英雄伝説のキャラくらいだろう。
(1890年生まれで、大佐昇進が1940年、元帥は1944年末。1952年に大統領当選)
長らくマッカーサーの副官を務め、1937年時点でもフィリピンに居た。長らく少佐のまま停滞し、中佐昇進も1936年になってから。当時のアメリカ陸軍全体の規模が小さく、昇進が難しいのも理由。
そして対日関係が良好なままだと、大出世は出来ないかもしれない。
ダグラス・マッカーサー:
経歴は、第一次世界大戦での活躍、陸軍最年少での少将昇進、参謀総長の就任と、とにかく派手。
この頃のマッカーサーは、軍事顧問として赴任していたフィリピン軍の元帥の称号を贈られている。
一方で、1937年12月まではアメリカ陸軍の軍人でもある。
アイゼンハワーは、このフィリピン軍の元帥という称号に否定的だったと言われるので、ここでは「閣下」とだけ呼ばせている。




