543 「昭和12年度鳳凰会(5)」
「それで、鳳が気にしているのはそれだけか? こないだ、豪州から大量のボーキサイトを積んで戻ってきたと聞いているが」
「しばらくは備蓄用よ。まだ工場建ててる途中だから。住友や昭和電工とかが作ってくれないから、こっちが苦労するのよ」
「だが、日本中でダムと水力発電所を作らせているだろ。電力の大親分が、かなり血圧を上げていると聞くぞ」
「うちは、たくさん電気を作ってくれるなら、会社でも国でも構わないわよ。だからダム建設に、大量の重機を提供しただけ。何を作るにしても、これからは電気が重要なの」
私は適当に流そうと思いつつ話すけど、勝次郎くんは続けたいらしい。うちはともかく、他にとっては深刻な話題だったようだ。
頷きつつ、さらに踏み込んでくる。
「それは重々承知している。しかし、少し勇み足じゃないか?」
「それくらいで良いのよ。現に前のめりの事業推進のおかげで、右肩上がりの電力需要が賄えているじゃない」
ちょっと深刻だから、他の子達は私と勝次郎くんに半ば呆れて、スイーツの攻略と他愛のない雑談に入っていた。真剣に聞いているのは、玄太郎くんくらいだ。
私もスイーツは次は食べる暇ないので、シズに目配せして持ってきてもらい、頬張りつつ勝次郎くんを迎え撃つ。
「その通りだが、鳳はアルミを作りたいんじゃないのか?」
「もっと電気が安く沢山あればね。住友も同じだと思うけど、日本国内で見るとアルミくらい輸入で構わないって雰囲気が強いのよね」
「陸海軍はそうでもないがな。うちを含めた飛行機会社も」
「そうよね。そろそろ大量生産の体制構築を始めないと。勝次郎くんの所も、飛行機沢山作るんだから工場も合わせて作ってよ。うちじゃあ、アルミを作っても建材やアルミ箔にしか使わないのよね。川西はまだ小さいから」
「そのくせダムと水力発電は熱心だし、火力発電もしているじゃないか」
声色が少し変わった。ここからが本題らしい。
「……どこのおつかいかは聞かないけど、別に裏はないわよ。他がしないから、うちがするだけ。火力発電は、製油で出る廃棄物の使い道を作っただけ。その電気で、アルミや肥料とか電気が沢山いる物を作るだけ。しかも火力は、クズ油を使っても採算は今一つなのよ。
だからダムと水力発電を国にしてもらっているの。民間主導だと、今の日本で日本中に作るのは補償問題とかあって無理だし、ダムは電気以外に洪水対策と水の供給の一石三鳥。
それに水と電気は、経済活動と生活の命綱。損得で動く民間企業が握らない方が良いわよ」
私的には面倒臭い話は長引かせたくないので一気に話きったら、勝次郎くんが少し納得げな表情を浮かべる。けどすぐに、少しだけ額に眉を寄せた。
「それが玲子の持論か。だが陸軍と一部官僚が結託して、電力から経済統制を強める動きがある。うちもそうだが、鳳も軍からの注文が多くなったから、そちら側だと取られかねないぞ」
「それもあるから、自前の大きな火力発電所を用意したのよ。水島のあれだけで30万kWあるわよ」
「そんなにか? その話は聞いてないな」
「でしょうね。まだ全力出してないし、作った電気の大半は水島とその周りで使い切るから影響力が低いのよね」
「岡山県は、鳳に足を向けて眠れないと聞くぞ」
「兵庫、愛媛、香川、広島、一応山口でも、似たようなこと言われてる。最近は千葉や長野でも。東北はまた少し違うけど」
「神奈川は? 半ば地盤だろ」
「神奈川は他も色々いるからね。そっちはどうなの?」
「さあな。うちは日本中にあるからな。だが鳳は、新たな電力確保のダム工事を日本中でしているだろう」
「それも非難される理由だって? それじゃあ、うちの重機とアメリカから教わった技術抜きで、巨大ダムを作ってみろっての」
派手めなポーズ付きでドヤってやると、さすがの勝次郎くんも苦笑した。
「そこまで言い切るのが玲子らしいな。だが他に教えないのか?」
「お代を出せばって、ちゃんと条件付けてあるわよ。うちだって、大金積んでフーバーダムとかで使った技術や経験、その他諸々をアメリカから買ったんだから。しかも、企業丸ごとの指導技術者込みで。幾らかかったと思ってんのよ? それを、端金やあまつさえタダで教わろうなんて、虫が良すぎよ。
しかも、技術を盗もうと現場に息のかかったやつを送り込んできたり、うちで雇ってる人を高い金で掻っ攫らおうとしたり、あまつさえ鳳建設に潜入してきた奴もいたわよ。全部、警察か裁判所に突き出したけど。本来なら、全員東京湾に沈めているところね」
「鳳は防諜面が強いからな。だが、うちは出す用意があるぞ」
「それが言いたかったわけね。三菱なら大歓迎よ」
合わせてニッコリ笑顔。けど、プライベートで向ける笑みではなく、営業スマイルなのは少し寂しい。
そして勝次郎くんも、合わせて営業スマイルで返してくるので、寂しさ倍増だ。
「それは何より。俺も説得しやすくなる。それにしても大きなダムを作り出すから、うち以外も焦っている。もっと説明しておいた方が良いんじゃないか?」
「その辺は大人達に任せてる。ていうか、政府か陸軍がなんとかするでしょう。うちは技術と製品にお金出してくれたら、文句ないわよ」
「しかし、国家計画規模の大きなダム建設が動いているだろ」
「それどこの事? 阿賀野川水系? 大井川水系? 天竜川水系? 木曽川水系? 他はもう完成したか完成間近が多いから、やっぱり黒部の4つ目? 黒部は難工事確定だから、やめときなさい」
「川の名だけ言われてもな。というかだ、そんなに関わっているのか?!」
「今更何を驚いているのよ。うちが持っている機材と技術じゃないと、どこも作れないのよ。難しいし大きいから」
「確かにそうか。それで幾つくらい、一口乗せてもらえるんだ?」
「お上に話を通してくれたら、半分くらいはいけるんじゃない? 手は足りてないから。ただし、鳳建設の安全基準は絶対に満たす事。口利きする会社には、徹底して。労働者を使い捨てるようなところが多くて、下請けも碌に出せないのよね。お上にも言われているし」
「鳳のドカタは、黄色い鉄兜を被るって有名だったな」
「鉄兜じゃなくて保護帽。危ない場所で作業するのに、頭を守らないとかマジ信じられない。まあ、それより、木曽川の工事は先行してもう進んでいるから、そこはもう無理よ。それと三菱が直接噛むなら、ダムじゃなくて発電所にしておいてね」
「分かっている。うちは鳳と違って、直属の建設会社はないからな」
「建設会社なんて野暮な言葉使わないで、ゼネラル・コントラクター。ゼネコンって言ってね。何でも作る、列島改造の切り札よ」
「列島改造か。言い始めた頃は、誰もが大言壮語とバカにしていたが、もう誰も何も言わなくなったな。それで、改造のお勧め場所は?」
「そうねえ、阿賀野川水系の福島県に作るやつか、天竜川に作るやつね。どっちも大きな水力発電所を作るから。ただし5年以内に完成予定。甘くないわよ」
「5年か。確か他の大きな工事でも、2年や3年で作っていたのもあったな」
「重機の力よ。私からすれば、ツルハシで手掘りとか逆に有り得ないけど」
「玲子ならそうだろうな。だが阿賀野川の方は、確か二つあると聞いたがどちらだ?」
「確か大きな計画は2つあるけど、動いているのは1つだけ。やっぱり、水没する村とかの補償問題とかあるから。今言った天竜川の工事の方なんか、線路の大規模付け替えまであるのよ。民間だけだと、絶対無理」
「それもあるから、お上主導にしたのか」
「ダムはどうしてもね。だからうち単体は、火力発電しかしてないわよ」
「それは当然だろうな。しかし、鳳も政府も急ぎすぎじゃないのか?」
「そうかもね。けど現状は、雪玉が坂道を転がり落ちている状態だから、下手に止めるわけにもいかないのよ。お上も不況が怖いから、安易に止める気ないし」
「それは分からなくはない。世界情勢が良くない方向に進んでいるのも、理解している積りだ。……いや、こんな大きな話はよそう。それより石油に電気、どうする積りだ。そこは商人の子としては、聞いておきたいところなんだが」
「目的? それは日本全体でのエネルギー消費比率を、欧米先進国に並べる事よ」
「エネルギーか。日本では聞き慣れないが、それはどこまで含めるんだ?」
「主なところは、石炭、石油、水力、薪炭。国によっては、天然ガスを使うところもあるわね」
「薪も含めるのか」
「ええ。石炭を使い出すまで、薪炭がエネルギー消費の殆ど全部だったじゃない」
「江戸時代なら当然だな。それを玲子は、石炭すら押しのけて石油と電気の比率を大きく押し上げたいのか」
「うん。5年以内に、石油だけで石炭を上回りたいわね」
「今熱心に話していた水力発電は? 電気といえば、やはり水力だろ」
「今は一番重要ね。だから力を入れているんじゃない」
「いずれ石油が多くを占めるわけか。……それにしても、玲子はどこまで遠くを見ているんだ?」
疑問形だけど、答えが欲しいわけじゃないって表情をする。私としても、彼が鳳の人間にならない限り答える気は無い。
だから軽く肩を竦めるに止める。
「とりあえずは3年先。いや、この夏の結婚かな。この年で結婚なんて、想像もつかないわ」
「それには少し同情するよ。そして、敢えて言わせてもらおう。俺と一緒になるなら、もう5年ほどは遊んではいられたのに、とな」
「お説ごもっとも。降参よ」
そう言って笑いあった。
そして下らない話が終わったと分かったので、鳳の子供達が再び私たちの元へと近づこうとしていた。
トリビアだらけになってしまった(汗)
主人公の頭の中は、実に散文的だ。
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電力の大親分:
松永安左エ門 (まつなが やすざえもん)
日本の「電力王」。民間主導の電力会社普及を進め、電力事業の国家による管理に反対した。
アルミ箔:
欧州発祥。スイスで1911年に最初に大量販売された。
日本では1930年に国産化。以後、様々な製品の包装などに使われるようになる。
電力から経済統制を強める動き:
史実では「電力国家統制法案」が1938年に上奏され、翌39年に成立。日本発送電株式会社が作られ、国による電力統制が行われるようになる。
そして戦後は、今日まで続く地域ごとの電力会社に分割される。
火力発電は、製油で出る廃棄物:
現実に行われるようになったのは最近の話。
1930年代だと、同じ事は技術的に難しいかもしれない。
この話では、重油の中でも質の悪い部分に当たるかもしれない。
30万kW:
史実の1939年の日本発送電が有する発電力は、水力、火力の合計で約225万kW。
1箇所で30万kWだと、史実と同じなら国内最大級の発電所となる。
なお、この時代の日本の火力発電は石炭火力しかない。
フーバーダムとかで使った技術:
この時代の日本から見ればオーパーツレベルの最先端技術。戦後の高度経済成長期に、日本に技術が伝えられた。
保護帽:
佐久間ダム工事(1956年竣工)で多くの人が殉職した影響で、保護帽を被るように国が強く指導するようになる。
それまでは保護帽を被る意識が欠如していた。
ただし、保護帽自体は昭和初期から見られた。(エッジ(ひさし)が広く円形で広がっている。お皿を逆さにしたイメージ。)
木曽川の工事:
丸山ダム。戦後、本格的に大量の重機を工事に投入した先駆け。
計画自体は戦前からあった。
阿賀野川水系の福島県に作るやつか、天竜川に作るやつ:
田子倉ダム。佐久間ダム。どちらも日本有数の規模のダム。水力発電としては、巨大な発電所を共に持つ。
佐久間ダムは、10年はかかるとされた工事をアメリカからの技術導入により3年で完成。
フーバーダムの技術と重機の大量投入で、この時代でも可能。
阿賀野川の方は、確か二つある:
もう片方が、奥只見ダム。計画は戦後。補償も工事も難航した。




