542 「昭和12年度鳳凰会(4)」
日本の船に関する情報思い出しつつ、私は話を続ける。
「今年3月の統計で、鳳以外だと700万総トンの大台に乗りました。うち、鳳抜きの国際汽船は10%の約70万総トンなので、他は630万総トンです」
「そして日本の総量が鳳を足して950万総トン、国際汽船が320万総トンか。ちなみに、今後の増加予定は? 確か超大型船が毎月就役するんだよね」
「はい。播磨造船などでは、向こう3年は毎年75万総トン程度の建造量を予定しています。工員を増やして操業時間を伸ばせば、さらに多く建造出来ますけど、採算を考えると有事じゃないと出来ないんです。
それにそこまで増やせば、ようやくほんの少し余裕が出る筈です。ここ数年の日本経済の拡大は、私にとっても予想以上でした」
「確かにそうだね。それで日本の他は、年産50万総トン程度?」
「増加傾向にありますが、一部の大型造船所で海軍の艦艇を建造するので、40万総トン程度に落ちます。このまま順調に拡大すれば、2年後には日本全体の船舶保有量でアメリカを超え、英国に次いで世界第2位になります」
私の後を継いだセバスチャンが、ドヤ顔でそう結んだ。
「凄いね。僕がアメリカに渡った頃は、確か英国以外の欧州諸国と並ぶ程度だったと思うけど、それでもさらに10年前の世界大戦の特需で大躍進して、欧州諸国と並んだと言っていたのに」
「うちが規格外の大きな船ばかり作っていますからね」
「そうだね」と返してくれたけど、「うち」ではなく「私」だとその目が語っていた。セバスチャンも同じだけど、意味合いがまるで違っているのがちょっと面白かった。セバスチャンの場合は、私への礼賛に近い。
なお、鳳が作った港だけで運用できる、世界基準を大きく超えた巨大な船を多数建造する事から、鳳は世界の造船と海運業界からは異端児だと見られている。
そして私の指示だという事が暗に知れ渡っているらしく、私は「シービースト・マスター」と呼ばれていた。私としては、ようやく本番って感じなのに、この程度でモンスター呼ばわりは片腹痛い。
これからも日本の臨海部を改造するし、毎月巨大な船は就役していく。戦争が起きるまでに、少しでも日本の生産力、国力を拡大しておく事は、私にとっては全ての意味における保険であり安心材料となるからだ。
そんな事を思いつつハルトさんを伺うけど、まだ聞きたそうにしている。ただこれ以上話すと、もう少し専門的になりそうなので、セバスチャンに軽く目配せしてから会話を再開した。
「そう言えば、話が少し外れていたわね。国際汽船から鳳を追い出す話だっけ?」
「左様ですな。年々強まっております」
さっきから話していたのは、膨大な船腹量を有するようになったので、国際汽船から鳳の船を切り離して独立させる、と言うより10年前の鳳商船を復活させろという話だ。
もっとも、鳳一族が使う船など一部特殊な船は、国際汽船から切り離して運用している。だから鳳商船自体は今も存在している。それを元に戻せと言っている形になる。
そして数年前から独立や分離の話は出ていたけど、鳳としては国際汽船のブランド名を使う方が有利と考えて独立させないでいた。
「日本の船腹総量の約3分の1が国際汽船。鳳だけで見ても、日本の4分の1以上か。しかも向こう3年は、他は年産40万トン程度なのに対して75万総トンずつ増え続ける。比率で見ても、ますます鳳が増える。独立しろという話が強まるのも無理ないね」
「けど、分離するより、国際汽船のままの方が優位です。それにそのままの方が、数はともかく総トン数なら今でも日本郵船に並ぶ規模」
私は持論展開となるけど、日本の海運、特に外洋航路は一部の船会社が牛耳っていた。
一番は日本郵船で、次は大阪商船。だいたいこの2社が海外航路を牛耳り、特に貨客船という形での客船運行はこの2社しかしていない。
それ以外にも外航貨物船を有する会社は多く、有名どころだと船舶三井、川崎汽船、東洋汽船などある。国際汽船は、規模以外は大手2社以外の最大手って感じだ。
そして5年ほど前までは、国際汽船がその次に位置していた。けど造船大手の川崎財閥が、先の大戦で作りすぎた貨物船をまとめたのが国際汽船の始まりで、貨物船一辺倒で華がない。
しかも27年に合流した鳳も、昔からタンカーしか持っていなかった。
そして川崎造船の建造がそうであるように、無骨で実用一辺倒な船が多いので、質の面で日本郵船、大阪商船には敵わないともされている。
それに変化が訪れたのは、突然載貨重量7万トンのモンスターが登場してからだった。しかもさらに2年後には10万トンの化け物が姿を現し、臨海工業地帯の成長に合わせて凄まじい勢いで量産され始めた。
そして登場から僅か4年で、圧倒的な船腹量を持つようになった。けどモンスター達は、接岸できる場所が極めて限られている。だから、大きさや経済効率以外での評価は意外に低い。海軍が機密扱いしている技術があるのも、船自体の評価が低い原因だった。
それでも豪州航路を日本郵船からもらったのは、船舶量で大阪商船を圧倒した証とも言える。
そしてこれは、国際汽船をさらに飛躍させるチャンスになっていた。
「だからセバスチャン、鳳は分離する気がないって押すわよ」
「畏まりました。まあ、あちらも庇を貸して母屋を取られるかもしれないと、心配なだけでしょう」
「そうかもね。じゃあ、一応下手に出ておいて」
「そう致しましょう」
「玲子さんは、船に熱心なんだね」
話がようやく一区切りなので、ハルトさんは軽く雑談って感じだ。だから私も、「船は日本の生命線!」とかガンギマリで返したりはしない。
「製鉄と併せて、私が大きな船を沢山作れって言ったようなものなので、つい気になるんです」
「なるほど。でも、もう少し簡単な話にしようか。これからくる料理は温かいものが続くから、話に夢中だと美味しさを逃してしまう」
「本当ですね」
そう笑みを返し、その後は他愛のない話をしつつの食事に専念した。
そうして食事会と立食パーティーの間の、幕間の時間に入った。男の大人たちの大半にとってはタバコタイムで、一斉に喫煙ルームへと消えていく。
私にとっては、お菓子バイキングな部屋で同世代の子供達や側近達と息抜きをする時間だ。
「玲子ちゃん、食事の途中で何か真剣な話をしてたみたいだけど、食べながら仕事の話?」
そう聞いてくるのは瑤子ちゃん。いつも周りをよく見ていて、特に私には声をかけてくれる。
小さな頃から天使だったけど、こうした気遣いができる得難い近親者だった。
「社長さん達を前にしていると、ついね。毎回、食事中の半分くらいは、仕事に関わる話じゃないかな?」
「名代というより、もはや経営者そのものだな」
「名代はご当主様、経営者は善吉大叔父さんだから、お兄ちゃんの揶揄はちょっとズレてない?」
「一番ズレているのは玲子だ」
いつものように、弦太郎くん、虎士郎くん、龍一くんの順にツッコミが入る。そうして瑤子ちゃんの側のもう一人に目を向けると、軽く肩をすくめられた。
「玲子の事だ、晴虎さんをあんな場でも鍛えているんだろ」
「話を振られない限り、込み入った事は話してないわよ。多分」
「まあ、そういう事にしておこう。それで、聞いてもいいか?」
「ん? 大した事じゃあないわよ。国際汽船から鳳が離れろって話。もう何年も前からだから今更よ」
「数年後には、総トン数量で日本郵船を越えるとすら言われているから、当然だろうな。うちでも良く話題に上っている。鳳の化け物船の話はな」
「化け物なんですか?」
「ああ。商船界の八八艦隊とか言う奴もいて、常軌を逸した大きさだからな。しかも今年に入ってからは、その化け物を毎月1隻浮かべると言うじゃないか。船舶関係者なら誰でも警戒するよ」
瑤子ちゃんに少し柔らかめに応対する勝次郎くんだけど、話している内容が山崎家や三菱、そして三菱の表看板の一つである日本郵船での話だから、私へのちょっとした援護射撃だ。
だから軽くお返しをしておく事にした。
「警戒するくらいだったら、戦艦作らずにうちのタンカー作ってよ。商船こそが、海洋国家には必要なのよ」
「戦艦も必要だろう」
「英米を相手にでもしない限り、戦艦は今あるだけで十分でしょう。一度に4隻も作り替えようなんて、海軍は贅沢よ」
「……鳳は、もうその話を知っているのか。もう一声聞いてもいいか?」
38年解禁の軍縮条約のエスカレーター条項を見越した海軍の軍備計画は、まだ表には出されていない計画だった。
「陸軍にもうちの掴んだ情報は回すから、陸軍からも回ってくるのよ」
「父上を通じてな」
龍一くんがそう継いで、瑤子ちゃんも小さく頷く。この場のみんなも、鳳の中ではもう大人扱いだから、昔と違って会話にも加わる事が出来る。
見れば玄太郎くんは、そこまで話さなくてもという表情が見えるし、虎士郎くんは敢えて我関せずな態度だ。
そして勝次郎くんが、次のボールを投げてくる。
今までは息抜きの時間だったのに、もうあまりそう言う年頃ではなくなっていたらしい。
向こう3年は毎年75万総トン程度:
載貨重量10万トン、重さだけなら4万トン級の戦艦と同じ規模の船を月1隻のペースで量産している影響。
この時代の標準で考えると、オーパーツレベル。
それ以前に1万総トンとしても、それを月1ペースで増やす時点で、平時としてはかなり異常。
日本全体の船舶保有量:
史実の1939年で約560万総トン。
1941年12月時点で約630万総トン。




