541 「昭和12年度鳳凰会(3)」
「また席順が少し変わったわね」
「そうだね。会社の規模拡大が大きいところ、業績向上の大きいところは、好景気の中であっても偏っているからね」
「鳳グループは、浅野財閥以上の重工業偏重と言われますし、実際そうですからな。ですので、軽工業中心の鈴木系列の企業は、徐々に不満が溜まりつつあります」
前菜の皿を空けたあたりで、同じテーブルのハルトさん、セバスチャンと目の前を見つつ話す。
社長会での食事会は、食事をとりながら目の前の情景をネタに会話をするというのが定番だけど、目の前の景色は毎年少し変化している。
何しろ社長会での席順は、鳳グループ内での序列を可視化したものだからだ。
鳳ホールディングスを将軍家として、御三家の鳳商事、鳳石油、鳳重工。そしてその下は、気がつくと四天王などと言われるようになっていた。
その四天王は、鳳不動産、鳳自動車、播磨造船、鳳建設の4つ。どれもが、鳳グループの拡大の中でも異常拡大している会社だ。
何せ鳳グループの親藩は、紅家直系の企業で、譜代は意外に沢山あるけど小さい会社もある。だから、大きくなった会社の格付けが何か欲しかったらしい。
一番巨大化している鳳製鉄が四天王に入らないのは、神戸製鋼が鳳製鉄とのグループ会社で別会社扱いされているから。それでも、製鉄という規模の大きな業種なので、この二つとも四天王に含めても良いくらいだ。
ただ鳳製鉄は、鳳一族の肝入り事業なので、天領と呼ばれている。
また連動して、海外の鉱山採掘をする鳳鉱業の巨大化も無視できない。豪州の鉄鉱石とボーキサイト、満州の熱河のフーシン炭田、それに豪州の炭田の一部採掘権も持っている。
採掘企業なので、商事の管轄にも置けないし大きいので独立させていたけど、そのうち単独でも世界規模の会社になる事だろう。
それ以外の企業だと、鳳貨物は鳳が関わるあらゆる物の運搬に関わるので、嫌でも規模の拡大が続いている。私としては宅配事業もして欲しいから、少しずつさせている。
鳳の船が属する国際汽船との関係も深く、カーフェリーと連動した輸送や一部ではコンテナ輸送も始めていた。
ただしコンテナ輸送は、まだまだ試験段階。コンテナ自体の量産、港湾施設の整備、地上での輸送手段の確保、そしてコンテナ船の建造、それら諸々の有機的な運用などやるべき事が沢山ある。
そして日本には、何もかもが足りなかった。
何年も前から研究と開発、実験が繰り返されているけど、ようやく少し始められるようになったばかりだった。
話をして10年経ってもまだ形になっていない。分析などでは、日本ではあと10年はかかるだろうとの事。
日本にはまだまだ早い輸送システムらしく、アメリカで広く実用化されるだろうから、せっせと海外特許を取れるだけ取らせている。
そして特許を売ったアメリカでの方が、先に進んでいた。
次の戦争を見越して、今はイギリスにも話を持って行っているところだ。
紅家関連の製薬、病院、学園は親藩扱いだけど、規模拡大が容易な製薬の存在が大きくなっていた。まるで、紅家の紅一さん、祥二郎さん、そして瑞穂さんの関係みたいだ。
この人達とは、学園に通っている頃はたまに学校帰りに会っていたけど、これからは正月や鳳のパーティー、それにこの社長会くらいになるかもしれない。
外様とされる鈴木系列は、軽工業部門が多いので躍進とはいかないけど、他の鳳グループ企業との連携、好景気と日本経済の拡大により、業績は大きく上がっている。かつての勢いを取り戻したと言われる程になった。
金子さんとも軽く話したけど、今年も上機嫌だった。
そうした中で、日本製粉はインスタントラーメンの販売が軌道に乗り始めている。兵食として採算割れで納入していたお陰で、徴兵されていた兵士を中心に噂で広がった影響だった。
また帝人では、私が上辺のヒントだけ言った合成繊維の開発に成功していた。そしてアメリカのデュポンが開発したのと少し違うので、その分野で特許を取ることができたと聞いている。
もっとも、製品化、量産にはまだこぎ着けてはいない。
また、外様に当たる鳳グループの系列や、傍系、関係会社も年々増えていたけど、やはり最初の頃に関係を結んだ会社が目立っていた。
一番の出世頭は小松製作所。建設機械、農業トラクターなど重機の製造から、さらには陸軍の戦車、装甲車、牽引車を生産していた。
もはや日本一、東洋一、そして世界の列強の企業の中でも、屈指の重機製造企業に規模を拡大させていた。
日本の農業は経営規模が小規模なので、農業トラクターの普及は収穫に使うコンバイン共々今ひとつだけど、東北、北海道、満州での大規模農業には大量投入されて活躍している。
それに中型、小型のトラクター、コンバインは、長年トラクターを使って省力化というより、労働集約から資本集約へと向かった日本各地の大規模農家、中規模農家の購買意欲が盛んだ。
特に畑作では田植えのようなマンパワーが必要ないから、資本集約が早く進んでいた。
この影響で、ほぼ平野限定だけど、日本の田畑で角ばった形が随分と増えた。角ばった区割りじゃないと、農業機械が使いにくいからだ。
ただ、田植え機の開発・量産は未だに苦戦している。鳳はもちろん他社も、満足できる製品を送り出せていない。この点が、日本の農業で未だ人が必要な分野になっている。
この為、かつての小作農の多くは、田植え以外は建設業や工場労働して、田植えなど人手のいる時期だけ農村に「逆出稼ぎ」する景色が増えている。
そして「逆出稼ぎ」というように、労働者側が優位となり人件費が高騰。各種農業機械の一層の普及が進み、田植え機の登場が渇望されていた。
虎三郎曰く、もうすぐ満足できるものが登場するだろうとの事だから、次の世界大戦までに間に合わせてほしい。
何せ戦争が起きたら、男手がいなくなってしまう。
その他では、東洋工業もオート三輪の生産シェアで日本一となり、大きく躍進している。最近では4輪型の小型トラック、乗用車型のオート三輪、そして四輪自動車の開発もしている。
川西飛行機は、先行投資という半ば趣味状態での開発と、鳳飛行機で運行する飛行艇などの開発以外は、殆どすべて海軍の発注で生きていた。
日本では、民間がマジで売れない。しかも川西は飛行艇、水上機の製造会社だから、さらに売れない。
しかも、アメリカでDC3とか言う超優れものの生産が開始され、日本でも生産するとか言っているから、飛行艇は軍用以外は姿を消しそうな気配だ。
そして系列ではなく他者との合弁状態の会社も少なくないけど、その最大級の存在である国際汽船は、若干の問題を抱えていた。
「いい加減、鳳は国際汽船から分離しろって?」
「はい。鳳グループ内からの声も大きく、また国際汽船の大株主の浅野財閥、川崎財閥もあまり良い顔はしておりません」
「ホールディングスの方にも、そんな話は聞こえてきているね。この5年ほどで船舶保有率が変わりすぎたから、株式保有率を何らかの形で変更するか、鳳が分離するべきだって」
ハルトさんがそう相槌を打つけど、問題はお金の方じゃないから、私はそのままセバスチャンへと噛み付く。
「その代わり、うちは政府の助成金を一切受けて無いじゃない。うちの枠は、全部国際汽船の他の船に回したのに、それでイーブンでしょう」
「理屈ではそうなのですが、脅威と映るようです。播磨造船の建造能力は、現状で各地に大型建造ドックが4箇所から6箇所になり、1万総トン級が建造可能な相生の船台も2箇所あります。
各大型建造ドックでは、半年に1隻の間隔で載貨重量10万トンの船を作っています。つまり、月平均1隻。もはや、日本どころか世界からも注目の的です」
「それでも全然足りないのになあ。石油、鉄鉱石、石炭、石灰石、一応ボーキサイト、それにその他諸々。他の会社への発注も、大型建造施設は全部海軍に取られたし、自前でもっと増やしたいわね」
「とはいえ、鳳以外の日本での建造量は、大きく伸びた昨年度で約50万総トン。しかし、そのうち2割の12万トンは鳳の発注。他社が超大型船を作りたくても、鳳の港湾施設でしかほぼ運用できない。一人勝ちし過ぎとも言えるでしょう」
私的には、船は全然足りてない。セバスチャンも、他がどう見ているのかを言っているだけだ。
そして日本にとって船は生命線だから、話し出すとどうしても力が入ってしまう。
だからこそ鳳グループも頑張って沢山作っているけど、出る杭は打たれるって言う日本的な問題がこの話題の大元だ。だから私は少し不機嫌になってしまい、その間左右の二人が話を続ける。
そんな気持ちが伝わったのか、ハルトさんも話の流れに乗る。
「昨年度の鳳の建造は?」
「播磨造船での建造が、超大型船8隻を中心として52万総トンですな」
「外での建造を合わせると64万総トンか」
「載貨重量計算で100万トンの大台にやっと乗りました。けど、全然足りません」
日々、日本に資源を運び込んで加工する事ばかりしているから、この辺りは資料を見なくても色々と頭に浮かんでくる。
「そうなのかい?」
「はい。原材料運搬はともかく、作ったものの運搬で他の船会社はもちろん、他国の船にも運んでもらっている状態です」
「ちなみに原材料運搬は、どれくらいの数字になるんだい?」
「石油が年間1500万トン、鉄鉱石が1000万トン、石炭や石灰石なんかが300万トン。これを運ぶのに、各船が年間平均7航海をするとして、必要な載貨重量は400万トン分。総トン数だと、250万総トン分程度の船が必要になります。
そして鳳の有する船は、この春の段階で旧式の中型船を含めても245万総トンなんです」
「お嬢様、今月1隻就役したので250万トン台に乗りました」
「やっとか」
セバスチャンの言葉に頷くけど、10年前どころか5年前では考えられない数字だ。
そらんじた数字からだと、10万トン級タンカーが19隻、10万トン級鉄鉱石ばら積み船が17隻必要で、長期の整備など全体での運用のゆとりを考えると、さらに1割り増しの船は欲しい。
それなのに7万トン級は鉱石運搬船が8隻、タンカーが6隻、10万トン級は鉱石運搬船が7隻、タンカーが9、じゃなくて10隻しかない。足りない分は、従来型の精々1万総トン級の船でせっせと運んでいる。
しかも石油も鉄鋼石も、運ばないといけない量はまだまだ増える予定だ。
「聞いての通りギリギリです。そして1300万トンの各種石油生成物と、600万トンの銑鉄から生まれる400万トン以上の鉄鋼を、必要とする場所に運ばないといけません。一部は鉄道運搬しますが、船で一度に運ぶ方が安いので船で運びます。
けどうちは急速に膨張しているから、大型船の乗組員確保以外に手が回らず、他社に運んでもらうしかないんです」
「ちなみに、鳳以外の日本の船舶量は?」
そうハルトさんが問い返してきた。
あまり一つの話題はあれかと思ったけど、意外に深刻なのか話はしばらく続きそうだった。
合成繊維:
日本では、1941年にで東洋レーヨン(現・東レ)が初めて合成に成功。
各船が年間平均7航海:
満州や北樺太航路が年8往復、豪州は新型の高速船で頑張っても、年6往復できればいい方。




