533 「昭和12年度予算編成(3)」
「どこに発注、いや建造するかは分かるかな?」
善吉大叔父さんは、本当は気が小さいわけじゃあないのに、なんだかこういう行動が染み付いてしまっている。
「最初の戦艦2隻は、横須賀と長崎三菱です」
「呉が工事中だからかな?」
「左様です。また、38年1月から建造する大型は、呉でなければ建造できないからだと考えられます。38年からの4隻ならびに一部巡洋艦の建造には、呉の他は横須賀の新型船渠、神戸川崎、泉州川崎の新型船渠、長崎三菱の新型船渠のどれかを使います」
「三菱の船渠と川崎の2つは、今は鳳が発注したタンカーを作っているからね。播磨造船には?」
「今の所の予定では、大きい方の巡洋艦1隻が割り当てられる予定です」
「それなら既存の船台を使うだけで済むか」
そこまで聞いた時点で、建造場所は合計8箇所。
戦艦、空母の大型艦が6隻に巡洋艦が6隻。合わせて12隻。けど巡洋艦のうち4隻は中型。今までは4箇所でしか大型の巡洋艦以上の艦艇は建造していないけど、8箇所あれば何とか建造できる計算になる。
中型の巡洋艦4隻は、佐世保など海軍の中規模の建造施設か、うち以外のそれなりの造船所で建造予定だ。
ただ私的には、三菱と川崎の大型建造ドックが軍艦建造に回るのが惜しかった。海軍や各メーカーとしては予定通りなんだろうけど、これで大型タンカーとか鉱石バラ積船が発注できなくなってしまう。
それと一連の話をしていて、前世の淡い記憶が思い出された。架空戦記ってやつだ。
架空戦記は、妄想の世界でのリターンマッチが基本だから、アメリカに勝つ為にド派手な海軍が建設される事が多い。
史実そのままでは、余程のチート兵器を出すかサイコロの目が常に6じゃないと、アメリカにはまず勝てないからだ。
けど、こうして予算とか建造施設とかその他諸々を少しでも考えると、アメリカに勝ってしまう並行世界の日本は、余程巨大な国力や生産力を持っている計算になる。
国がデカくないと、軍艦は沢山作れない。けれど、国がでかいってことは一人当たり所得も向上していて、人件費の分だけ船1隻のお値段も上がる。
目の前の計画ですら、巡洋艦1隻の値段が戦時でもないのに数年前倒しで3割高だ。
工員やメーカー各社の社員の皆さんのお給金が上がっているって話だから、私としてはその点は万々歳なんだけど、GDPや予算が増えた分だけ船も増やせるわけじゃあない事を示している。
(あー、なんか意味のない事を考えてしまった。うん、気分変えよう)
「お兄様、陸軍の方は、ウチへの発注はどうなりそうですか?」
「同業他社の生産体制が、まだまだだからね。機械化装備の多くは、今回も鳳に発注するよ」
「父が戦車の専門工場を、大きくするかもう一つ作るかで悩んでいました」
私の進路変更をハルトさんが継いでくれる。
「それなら、虎三郎さんには新規で大きいのを一つお願いできるかな。先行投資も含めて」
「伝えておきます。もっとも、そうなるだろうって考えていたみたいですけどね」
「流石は虎三郎さんだ」
ハルトさんにそう返し、お兄様が話を締める。
これは前からあった話で、戦車を作るんだから陸軍指定の戦車専門工場を作れという話が陸軍から来ていた。
そして取り敢えず1つ中くらいの工場を作ったけど、やっつけで中途半端なので、職人気質な虎三郎は欧米に負けない立派なやつを作るかどうかを考えていた。
私もその話は聞いていたけど、他の人にも聞かせて共通認識を持ってもらおうという話でしかない。
そしてこれで終われば良いけど、やっぱりというか気になる事が出来てしまった。けど聞いたのは、お父様な祖父だった。
「戦車と航空機を増やすのは、極東ソ連軍が原因か?」
「はい。昨年いっぱいで確認された限りでは、戦車、航空機ともに1000の大台に乗りました。実情は、恐らくそれ以上です。極東配備の部隊数もさらに増えて、師団数は日本陸軍換算で16個になりました。3年で倍増です」
「日本陸軍換算? 何が違うんですか?」
「現在のソ連赤軍は、治安維持軍みたいな部隊編成で規模が小さいんだよ。師団が連隊か小さな旅団程度の規模しかない。おかげで、戦力判定が面倒だ」
「そういう事だ。それより、こっちの満州政府軍は? ワンからは良い言葉を聞いてないんだが」
「満州政府軍は、騎兵が主力ですからね。重砲など装備は導入して、将校、兵士共に訓練に力は入れていますが、まだまだです。特に機械化戦力が貧弱で、ソ連軍相手には話になりませんね」
「関東軍は話になるのか?」
周りに聞かせるのを含めて、お父様な祖父が質問を重ねる。
「現状では4個師団と戦車師団が1つ。次の計画で、さらに師団と戦車師団を1つずつ増強。朝鮮軍を足せば、9個師団。航空隊も、現地に400機。緊急増援で内地から200機の体制になります。ソ連の半分ですが、防戦なら十分な戦力です」
「戦車の方は?」
「中戦車、重戦車の生産体制を軌道に乗せ、3年計画で450両生産します。ですが、追加予算さえあれば、増産も行います。だから、大きい工場が欲しいんですよ。また関東軍配備の全師団は、自動車化した上に戦車連隊も増強。砲兵も機械化して機動力を向上。火力全体も強化します。これに1個師団当たり300両の各種戦車を有する戦車師団が2個加わりますので、抑止力としては十分です。
もっとも今の平時編成では、これ以上は積み上げられませんけどね」
そう結んで軽く肩を竦めた。
中戦車、重戦車は、鳳が開発した九五式。けど、虎三郎の話だと、九五式は試作品と違って車体を設計から作り直したので、さらにお値段が上がったそうだ。けど陸軍は、その辺をもう気にしていなかった。ソ連の脅威増大もあり、戦車向けの予算も拡大されたからだ。
しかも新型の試作発注も受けたので、虎三郎の戦車フェチな部下達がせっせと設計、開発していて、早ければ来年には試作車が完成するらしい。
新型は、私がリクエストした形の30トン級との話だ。
そして各師団の戦車隊は平均50両程度と聞いた事があるので、全部合わせれば850両にもなる。
つまり満州には、日本陸軍の持つ戦車の大半を集める形だ。そして重戦車と新型は強力なので、十分互角に戦えるという話だった。
なお日本陸軍全体だと、3年前までは大正軍縮後の17個師団体制。これを各師団を近代化してスリム化。連隊と兵士の数は大幅に減るけど、実質的な戦力は大幅に向上させる。
さらに1個師団当たりの兵員数が減るので、その兵員を回す形で、大正軍縮で減らした4個師団を順次復活させ、さらに戦車師団を3つ作る計画だった。
合わせると24個師団体制。陸軍としてはさらにもう1個師団増やして、大正時代に目指した25師団体制にしたいらしい。
ただし計画が完成するのは、さらに次の3年後の計画が終わる1943年。もちろん、平時のままだったらの仮定での計画だ。
また、アメリカ、イギリスとの関係悪化の可能性が低い以上、政府としてもソ連対策の為に海軍よりも陸軍を重視する意見が強まっていた。
ただ首相が陸軍出身の宇垣さんだから、露骨な動きには出ていない。
それに陸軍の装備の場合、平時に国力、工業力を伸ばして、有事になってから一気に生産する方が効率的で効果的だという認識が陸軍内にも強まっていた。
だから平時の増強は、防戦で極東ソ連軍に対抗できれば十分と考えられていた。
今や小松のトラクター工場を改造すれば、年間1000台の単位で戦車を生産できるのだから、確かにその方が合理的だ。
それに、前世の歴史を知る私から見た場合も、この辺りからの陸海軍の増強に文句はない。来年秋には、軍備拡張を日本も本格化させないといけない筈だからだ。
ただし、大陸での泥沼が起きず、このまま平時の兵力増強が続く事を願うばかりではあった。
戦費や早々の戦時体制への突入ももちろんだけど、今までの外交が全部無駄になる恐れすらある。
(そんなとこまで今考えても仕方ないか。それに来年度は、軍事費が全体の4割以下なら御の字よね。陸海合わせて19億3000万円だから、ギリギリGDP比で6%以下か。5%程度が当たり前なご時世とはいえ、酷い世の中よねえ)
「何か言いたい事があるなら言っとけよ。軍の話ばかりで、他が退屈している。そろそろ普通の金の話にするぞ」
「え? ああ、特には。あと2年は、平和な財政が続いて欲しいわね」
「なんだ、相変わらずさらに先を考えたのか? もう少し足下を見ておけよ。足をすくわれるぞ」
「私の足元は、みんなが見てくれているから大丈夫よ。巫女が先を見ないでどうするのよ」
「ハハッ、そりゃあごもっとも」
お父様な祖父の言葉に、みんなも苦笑した。
呉が工事中だからかな?:
戦艦の1番艦はお手本を示す為もあり、呉工廠で建造するのが慣例。
今回の場合、よりでかい戦艦の建造が控えているので横須賀に譲る。
また横須賀は、空母の1番艦を建造する事が多かった。
大きい方の巡洋艦1隻:
呉海軍工廠第3船台(巡洋艦用)で作るかもしれない。
建造されれば、史実で計画のみで終わった『仁淀』の建造になるだろう。
中型の巡洋艦4隻は、佐世保など:
史実の『阿賀野型』は4隻中3隻が佐世保で建造された。




