532 「昭和12年度予算編成(2)」
うちらしいと言うか、予算の話になると必ず陸海軍のお金の使い方に注目が集まる。
「計画を二段階に分けるようです。政府としては、英米を刺激したくない。海軍としてはエスカレーター条項発動を待って、来年から沢山作りたい。その思惑の合致です」
「やはりそうきたか。でもそれだと、来年になった途端に船を作り始めるとはいかないよね」
「はい。そこで3カ年計画である事を利用し、本年度分でどうしても他への支払いなどで表に出る数字は、他の船の建造や施設の改修などの予算に紛れ込ませるようです」
「うわっ、小狡い」
「まあそう言ってやるな。それで?」
思わず出た私の言葉に、お父様な祖父が軽くニヤリとしてから先を促す。
「全体計画は、戦艦4隻、空母2隻、軽巡洋艦6隻と変わらず。ですが表向きは、戦艦2隻、軽巡洋艦6隻となります。3カ年計画全体では、本年度は8億円ほどしか計上されません」
「12億円の残り4億円で、戦艦と空母2隻分ずつか」
「はい。ですが、数千万は先に本年度分に含まれるので、実際は建造されない艦艇も出てくる予定です。また、航空隊予算には、新型空母の分は最初から含まれております」
「なるほどね。あ、でも、建造施設は足りるの? うちの播磨造船で軍艦は作りたくないんだけど」
「問題ないかと。三菱と川崎が、それぞれ施設を増やしました。また海軍は、今年に入ってから呉の大型ドックの改修工事、横須賀での大型ドックの新設を開始しております。大型船の建造に影響はありません」
「改修に新設ね。海軍は、随分と大きな船を作るつもりなの?」
「恐らくは。実質的な予算は昨年降りて、今年の1月から呉と横須賀では、大量の建設機械などを投入して突貫工事を開始しました」
そこで私は『大和』『武蔵』の名が浮かんだけど、海軍がだんまりで色々と動いていると多くの人が気づいた。
代表して、お父様な祖父が聞く。
「それで海軍は、どんな軍艦を作る? 条約はどれくらい破るんだ?」
最初から破ると言ってしまう辺りがこの人らしい。けど、それでも苦笑が漏れる。
「本年度の新造戦艦は、基準排水量3万5000トン、14インチ砲12門、最高速力27ノットと公表されております」
「英米で計画中の戦艦と同じだったね」
「左様です」
お兄様の合いの手に、貪狼司令が返す。
そう、日英米は数字の上では同じ性能の戦艦を仲良く2隻ずつ建造する。まさに軍縮条約の精神の発露ってやつだ。
一方で、ドイツ、フランス、イタリアは、既に15インチ砲8門から9門搭載する3万5000トン級の戦艦を、これも同じく仲良く2隻ずつ建造開始している。
ついでに言えば、イギリスはこの1月1日から新型戦艦2隻の建造を既に開始している。
「俺の知り合いから聞いた話だと、3万5000トンに求める性能を詰め込む事は技術的に不可能だそうだ。総研か播磨造船は何か知らないのか?」
「未確定情報であれば」
「それで構わない」
「ドイツ、イタリアの新戦艦は、性能、予算、資材の流れから推定して、4万トン近くに達するのではないかと見られております。フランスはまだ不明ですが、こちらも大きな差はないかと。
また、日英米が設計中の戦艦も、主砲口径こそ1インチ小さくなりますが砲門数は多いので、十分な性能を与えようと考えれば4万トン程度の排水量に達するのが自然。
一方では、設計努力や新技術により、無駄を極力除くことで排水量を減らせる、という話もございます」
「それが互いに分かっているから、誰もが何も言わずに建造するわけか」
「はい。それともう一つ。我が海軍の話が」
「どうせ14インチの設計だけして、実際は来年に16インチ砲に変更しますって話でしょう」
「……良くご存知で。どこでそれを?」
夢での話かと貪狼司令の目が語っていたけど、私はそこまでミリタリーマニアってやつじゃないから首を横に振る。
「当てずっぽう。けど、アメリカ海軍が、昔似たような事しているじゃない。それに我らが海軍も、巡洋艦の大砲を6・1インチから8インチに載せ替える計画があったでしょう。条約続行で今の所ダメになったけど。なら、同じ事を考えるだろうって」
「まさにその通りです。14インチ砲12門は半ば欺瞞で、実際は16インチ砲9門搭載の計画です。ただ、英米も同じ事を考えていると推測されます。日英米の新型戦艦は、どれも似通った性能と完成予想図ですので」
「誰が設計しても、他に作りようがないんだろうな。それで、新型はいつ完成する?」
お父様な祖父が、結構興味ありげに質問。
予算審議の話をすると、良く軍備に話が逸れるけど、お父様な祖父が軍人だったのも理由だ。
「1番艦の建造期間は、3年半程度。就役は1940年秋を予定。鳳が牽引した形で日本全体の造船能力と建造技術が向上したので、他国に先駆ける事が可能だそうです」
「先駆けるって、数ヶ月かせいぜい半年だろ。まあ、張り合うのが建造競争だけなら平和な話だがな」
「そうよねえ。けど、巡洋艦の値段って上がったわね。2つ前の計画の時は2500万くらいだったのに、今は3200万円もするのね」
話が性能とかに流れそうなので、多少でもお金の話に戻す。
「はい。しかも排水量が少なくて、その値段です」
「確かに二種類あるけど、8000トンと6700トンか。前のやつは、計画時は8600トンだったもんね。統一して量産効果で少しでも安くすれば良いのに」
「用途が違うんだろうね。龍也さんは知っていますか?」
「詳細までは。古い巡洋艦の代替で、それぞれ水雷戦隊と潜水戦隊の指揮用と聞いています」
(あー、確か『阿賀野型』姉妹と『大淀』さんだっけ? こんな時期に計画されてたのか)
「玲子は何か夢で見たのかい?」
「朧げなくらいですね。それよりも、遅れて作る方は何かご存知ですか?」
「エスカレーター条項を最大限利用するので、戦艦の方は違う型を作るらしい。より大型のやつを。航空母艦も上限一杯の大型艦を計画中と聞いている」
「どうせどっちも、条約排水量違反するんだろ。制限は、どれくらいだった?」
「戦艦が基準排水量4万5000トン。主砲は16インチ。航空母艦は基準排水量2万3000トン。陸軍内でも、海軍は1割程度は大きいやつを作るだろうと見ています」
(戦艦は実質『大和』さんと『武蔵』さんで、空母が『翔鶴』さんと『瑞鶴』さんかな?)
そんな事を思いつつ、私がメモ用紙に『大和』っぽいディフォルメ・イラストを書いていたら、やっぱりお父様な祖父が口を挟んできた。
けど、聞いた先は貪狼司令だった。
「計画は漏れてないのか。そういう機密保持の姿勢だけは海軍らしいな。それで、そいつらは1年遅れで完成なのか?」
「建造を急ぎ、遅くとも半年程度を見ています。その為、本年度の時点で資材収集など建造準備を始め、来年1月に竜骨を据えて建造開始の算段のようです」
「この4月でエスカレーター条項が採用されるか決まるとはいえ、今年は戦艦2隻でお茶を濁す意味があるのか?」
「半年でも1年でも、せめて最初だけでも横並びで条約に従うというのは、英米に対してはもちろん、世界に対して見せる意味があると考えられております」
全員がその言葉で一応軍艦の話は終わりかと思ったけど、善吉大叔父さんが小さく挙手した。
造船能力と建造技術が向上:
活発な造船が行われ、造船業そのものへの大きな投資が行われている。生産設備の大型化と近代化、合理化が進められ、かなりの大型施設がアメリカに匹敵する能力を持つ。
また、大型ドックでの溶接を大規模に用いたブロック工法など、先進的な技術が広く使われ始めている。
『阿賀野型』姉妹と『大淀』:
こんな時期に計画:
史実では1939年度開始の第四次海軍軍備充実計画。
また史実では、『大淀』の2番艦は計画のみで建造されず。
この世界は、お金もあるので2年早く計画された。
なお、史実の『大淀型』のお値段は、1939年計画で約3100万円。




