521 「1936年のクリスマス」
今年、1936年のクリスマスは、25日が大正天皇祭で休みなのは例年通りだけど、これが金曜日。
そして半ドンな土曜日から日曜へと続く。
製造業中心の鳳グループでは、工場自体が止まる会社はクリスマス・イブに仕事納めで、年始の三が日まで年末年始休暇としている。この時代の日本としては、有りえないくらいの長期休暇。
けど、移動が大変な時代だしうちの業績は天井知らずだから、機械のメンテとかを理由に休みにさせていた。
それはともかく、学生は多くが24日が終業式。大正天皇祭は関係ない。
そして鳳学園では、ほぼ私が始めたと言っていいクリスマスのイベントが、終業式と共に始まる。
一方で、鳳グループの本拠地と言える山王から虎ノ門、さらに新橋の駅前にかけては、12月に入ると鳳ホテルを終着点としたイルミネーションで飾り立て、イブに最高潮を迎える。
さらに数年前からは、鳳の本邸がある六本木の一角のうちが再開発した地区では、公園地区にクリスマス・マーケットを催し、これも12月に入ると平日は夕方から、土日は終日開催される。
「玲子ちゃんは、今年のクリスマスの予定は?」
「例年通り。あるいは去年と同じかな? 瑤子ちゃんは?」
いつものように、車の送迎で男子達との合流を待つ間、瑤子ちゃんとイチャイチャする。
「私もそうかなあ。あ、でも、姫乃さんは? パーティーに呼ぶの?」
「ううん。私、24日は昼間は学園で、夕方からはハルトさんと逢引予定だから」
「25日の夕食に呼べば? 今年も本邸で夕食会でしょ」
「実家がそこそこ遠いらしいのよ」
「そうなのね。かと言って24日の夕方から一人じゃあ、寂しいわよね」
「でしょ。うちの男子どもの誰かと仲が良ければ、また違ったんでしょうけどね。龍一くんは?」
「24日は学生仲間と大騒ぎ。男子は好き勝手出来ていいわよね」
「アハハ。虎士郎くんは、イブとクリスマスはコンサートで出ずっぱり。玄太郎くんがフリーだったかな? 知ってる?」
「高校の友達と遊ぶ筈。あ、一応私は、勝次郎さんと逢引予定よ」
「はいはい、うちの勝次郎を宜しくお願いします」
「アハハッ、なにそれ」
「私、虎三郎の家族に、挨拶みたいに言われるのよね」
「晴虎さん、すごくしっかりしているのにね」
「まあ、ハルトさんを弄ってるだけね。ハルトさんと一緒の時にしか言わないし」
「なるほどねえ。……それで実際のご関係のほどは?」
「良すぎるくらい。波風なしは、今のうちだけだろうけどね」
「今のうちだけ?」
「うん。やっぱり、ほら、結婚してしばらくしたら、お互い今まで見えてなかったところが見えてきたりとか、感情のすれ違いとか、色々起きるでしょう」
「なるほどね。でも、そういうのも飲み込むのが、女ってもんでしょう。って、玲子ちゃんの場合、晴虎さんが婿養子な上に玲子ちゃんは鳳の長子だから、そうもいかないか」
「どうなんだろう? 自分で言ってても、1年先の姿が想像つかないし」
「言えてる」
瑤子ちゃんでも、昭和な女の言葉が自然と出てくる。私のこういう時に出る21世紀的な価値観の発言は、欧米の人とよく接しているからだと見られている。けど、瑤子ちゃんや側近達以外に話した事もないから気にされた事もない。
そしてそんな会話を、クリスマスの予定を決める時に話していたけど、一応姫乃ちゃんを誘ってみると、25日の鳳の本邸での夕食会は出席したいとの熱烈なお返事。
この辺りは、ゲームでの姫乃ちゃんと同じく、ちょっと空気読まない感じな積極さが感じられる。
そしてイブの夕方まで学園で過ごし、夕方からはハルトさんに迎えられて軽くドライブをした後、鳳ホテルでディナーを満喫。
来年からはその後もあるだろうけど、軽くイチャイチャ過ごしておしまい。
翌25日は、朝から慈善事業の教会ミサなど予定がびっしり。昼には、虎三郎の屋敷でのささやかな家族だけのパーティーに出席。そして夕方、鳳の本邸でのクリスマス・パーティーとなる。
(そう言えば、前世というか21世紀は、イブにこそ大騒ぎだけど、当日の夜ってもう祭りの後って感じだったなあ。叩き売りのケーキ買ってやけ食いしたくらいかなあ)
周囲をぼーっと眺めつつ、ふとそんな事を思う。前世のクリスマスを騒いだのは精々20代までだったせいか、もう遠く彼方の出来事に思える。何しろ、転生してからも13年以上も経っている。
そして今の現実で私が眺めているのは、クリスマス最後の宴。着席しての夕食会が終わった後に庭に面する居間に移動して、庭の方でもくつろげるようにした自由時間。ほぼ、立食パーティー状態なので、みんな思い思いに過ごしている。
参加しているのは、鳳の本邸に住んでいる者、執事や側近など一族との関係が深い者になる。
既にクリスマスイベントを消化しきったのもあって、唯一のご近所さんと言える勝次郎くんとお父さんの小弥太様も出席している。
その視点で見ると、鳳と山崎家の親睦会と言えなくもない。
ただ、その例外が私の目の前にやって来た。
「あの、玲子様!」
「どうしたの姫乃さん?」
「あ、改めて、本日はこんな豪華な宴会に招いて頂き、本当に有難うございました!」
「書生として頑張っているんだから当たり前よ。気にしないでね」
「は、はい!」
私がシングルなように、姫乃ちゃんもシングルが多い。同じ書生枠が私の側近の輝男くんというのも、もしかしたら原因かもしれない。
一族の子供達や私の側近達も気にはかけているけど、どうしてもこういう場では浮きがちだ。
(早く、誰かに手を出すか、誰かが手を出せば、こんな状態ともオサラバなのになあ)
「? どうかされましたか?」
「いえ、ドレスが似合っているなあって思って」
うん。手持ちのドレスとアクセサリーは私が貸して、姫乃ちゃんの体に合わせさせたけど、流石はゲーム主人公。めっちゃ可愛い。
ただ、うちの男子どもは美形慣れし過ぎているから、半ば社交で褒めていただけだった。
そして私が本心から褒めても、返ってくる言葉も大体決まっている。
「いえ、玲子様には到底及びません。今日も、本当にお綺麗です」
「有難う。けど、本当に姫乃さんも綺麗よ。うちの男子どもは、見る目がないのね」
そうやってオーバーアクションで男子どもの方に体ごと視線を向けると、数名と目が合った。
そうして軽く顎をクイッとやると、声を掛け合ってか一塊りでやって来る。
「何の用だ玲子?」
「女子をエスコートもせずに、男子同士で群れるのはどういう了見? 少しは勝次郎くんを見習いなさいよ。紳士失格」
龍一くんの脳筋&朴念仁な一言にたまらず言うと、4人が苦笑したり頭を下げる。頭を下げるのは、丁度一緒にいた輝男くんだ。
そして「呼んだか?」と、勝次郎くんと瑤子ちゃんも一緒に近づいてくる。ちょっと声が大きかったらしい。
かくして、意図せずに着飾った同世代の男女が集まった。丁度、ゲーム『黄昏の一族』のパーティー画面のようだ。
「勝次郎くんも言ってあげて、この野暮な男子どもに」
「なんだお前ら、また玲子を怒らせたのか? 今度は何をした?」
「何もしてない」
「そうだ」
「そうだね、何もしなかったから、玲子ちゃん怒っちゃったんだ。反省。ごめんなさいね、姫乃さん」
「申し訳ありません、月見里さん」
玄太郎くん、龍一くんはまだ分かってなかった。輝男くんも、単に謝っているだけにしか見えない。
ただ、勝次郎くんは、私にも呆れているらしい。
「玲子よ、学友の事を気にしてやるのは大いに結構だが、お前もさっきまで一人だっただろ。婚約者がいるにしても、その辺の親族と一緒に居るもんだろ。
お前らも、その点で配慮が足りないぞ。お前らは仲が良いから、その辺が逆に疎いところあるよな」
そんな横では、瑤子ちゃんがクスクスと笑っている。「こいつ、最初から気付いていやがったな」って奴だ。私も、どこかゲーム感覚で見ていたせいで、自身の配慮のなさに苦笑しかない。
「だってさ、皆の衆。お互い叱られたから、これ以上はなしね。とはいえ、割り振っても男女差は埋められないわね」
「では私は、同僚の誰かと。失礼致します」
私が姫乃ちゃんの相手を誰にするかと考えた途端に、輝男くんが違う意味で空気読み過ぎた。
鳳の御曹司達に手柄を譲ったわけだ。そしてもう一人。
「ボクは、もう何曲か弾いてくるよ。お兄ちゃんか龍一さん、あとよろしくねー」
「だってさお二人さん。どっちが選ぶの。男子が決めて」
「あの、私は別に……」
「いいのよ。それに居てちょうだいね。私一人だと、この二人はじゃんけんで決めかねないから」
「そんな事言われているぞ玄太郎」
「意外に乗り気だな。じゃあ龍一に譲るよ」
「そういう言い方はどうなんだ? 俺がどっちを選んでも角が立つだろ」
「確かにそうか。悪かった。とはいえ、男女どちらかが選ぶ側でも、これは角が立たないか、玲子?」
「あーはいはい、私が悪うございました。私が悪者になればいいんでしょう。玄太郎くん、私がしばらく経営についてみっちり話してあげるから、付き合いなさい」
「良かったー。玄太郎、お前の犠牲は無駄にしない。さあ、月見里さん、あっちに美味しそうなお菓子があったから、一緒に食べよう」
「龍一、何気に酷いよな。僕はそこまで玲子を無下にしないから、安心しろ。だが、手加減は要求したい」
「お願いじゃなくて要求の時点でどうかと思うけど、あっちで話しましょう。あ、それとみんな、後でまた動画と写真撮りましょうね」
そうして一旦集まった美男美女は、屋敷の各所に散り散りになる。そして少しすると集まってまた軽く話し、を繰り返した。
その都度姫乃ちゃんのエスコート役を変えたけど、これで多少はフラグ成立に役だったと思いたいところだ。
(なんだか、悪役令嬢である私が攻略の手助けするのも変な話よねえ。けど、状況が進んでくれないと、姫乃ちゃんが巫女に覚醒するのか、私に牙を剥いてくるのか、無害なままのか、その辺が分からないのよねえ。アカに染まらないだけでも有難いけど。……何にせよ、このまま波風立たないのが一番ね)




