518 「ベルリン=ローマ枢軸」
11月3日の明治節、アメリカでは大統領選挙が始まった。
時差で約半日のタイムラグが出るし、開票には21世紀より随分とかかるから、結果が分かるのは日本時間で4日以降の事だ。
とはいえ、下馬評で民主党のフランクリン・ルーズベルトが再選するとみられていた。
共産主義関連で政権の全期間に渡って随分と叩かれたけど、景気を取り敢えず何とかした事は高く評価されていたからだ。
それに土壇場での日英米防共協定で、国内の反共産主義の世論にも乗ることができた。
当然、共和党候補のアルフレッド・ランドンは、選挙戦の時から勝ち目は薄いと見られていた。
しかも、そもそもこのランドン、対立候補のルーズベルトを尊敬しているとか発言しているし、同じ政策をするとかまで言っていた。
「選挙やる気あんのか?」と、聞きたくなるような候補だ。それでも立派な人らしく、私的にはこの時点でドイツに対する強い姿勢を見せている点は評価できた。
けど、それだけ。ルーズベルトの勝ちは、半ば決まったようなものだった。
だから選挙そのものに、あまり関心はなかった。
それよりも、その少し前に起きた欧州での出来事の方が、私的には重要だった。
いつもの朝食後、お父様な祖父との話になった。
ただし、込み入った話の可能性もあるから、場所は離れに移っている。
「この動きに、それほど意味があるのか?」
「イタリアがドイツ寄りになっただけでも重要よ。これで現内相でもある犬養元首相を無視できない日本政府は、ドイツを防共協定に入れるって話を受け入れなくなったでしょ」
「確かにそれはあるか」
「それにドイツ、イタリア共に、スペインで起きた内戦に反乱軍のフランコ将軍に軍事支援して軍隊まで派遣しているから、世界中も無視はしないわよ。それどころか、これからどんどん重視するようになるから」
「それがお前の夢にも出てきたからか」
「うん。夢の中だと、今月末に結ばれる防共協定が、ドイツと日本のものになるからね」
「そんな話を聞くと、なんとも妙に思えるな。まあいい、日を改めて一通り集めて話を合わせておくか」
「急がないから、みんなが暇な時で良いわよ」
「これ以上動きはないのか?」
「うん。それにドイツとイタリアの輪に日本が加わらないから、他にも夢と違ってくる可能性もあるしね」
「分かった。それじゃあ、今月25日の日米英の防共協定が締結された後にしよう」
「そっちはそれで良いけど、うちの新聞で派手に報道しておいて。ハースト様には、以前からそれとなく手紙で伝えてあるけど、電報でも強めに訴えておくから」
「扇動か? 好みじゃないんだがな」
昼行灯の顔のまま、少しねっとりとした視線。
確かにお父様な祖父は、謀略は好きなくせに扇動は必要最小限でしかしない。そこがこの人の、何かしらの線引きやけじめなんだろう。
「扇動じゃないわよ。重要な事だから、正しく世に広めるだけ。だから逆に、煽ったり偏向した事は報じさせないで」
「それで、その心は?」
「日英米防共協定と独伊枢軸の違いを明確にするのよ。日英米で防共協定を結んだ意味がブレないようにね。それに枢軸は、見方を変えれば世界中と対立する方向性。防共とは違うのよ」
「その考え方も少し偏ってないか? だがまあ、せっかくの防共協定が霞まないようにするのは、悪くはない」
そんな話の内容は、イタリアのドゥーチェ、ベニート・ムッソリーニ首相が出した声明に関してだ。
「ベルリン=ローマ枢軸」がその内容。
10月にイタリアのチャーノ外相がドイツを訪ねて、ヒトラーとの会談で何かしらの合意があったらしい。条約や協定が結ばれたという発表は無かったから、会って話したという以上じゃない筈だった。
秘密協定か秘密同盟なら、外相のドイツ訪問そのものが公表される筈もないからだ。
けど、イタリアの外相が帰国した25日に、ムッソリーニは「ベルリン=ローマ枢軸」が成立したのだと発表。
話した内容ではローマ=ベルリンの順番だけど、私の脳内変換はローマが前という事はない。
そして話した内容自体も、あまり意味は感じられない。
せいぜい「ベルリンとローマを軸に世界が回転する」というムッソリーニらしい景気付け程度のものだった。
また11月1日には、ミラノでの演説で「ローマとベルリンとの垂直線は障壁ではなくて枢軸である」と言った。
まあ、聞いた直後の感想としては、枢軸って言葉が気に入ったんだろうという、厨二病じみた微笑ましさすら感じてしまう程度のものでしかない。
お父様な祖父の関心が低いのも、普通の反応だ。
そして11月の末、11月25日に『日米英防共協定』の正式調印をした後の週末の午後、鳳総研の応接間に集まった。
司会進行は、貪狼司令に任せてある。
「先日の25日、『日米英防共協定』が正式調印されました。これにより日英米の関係は一層強固なものとなります。防共協定自体の国際政治上の実体的効果は殆どありませんが、日英米が国際上で何かをしたという点が重要と考えます」
ここで一息入れて、軽くいつもの黒板をチョークで示す。そしてそのまま、別の文字を丸で囲む。
「また一方で、今月1日にイタリアのムッソリーニ首相は、「ベルリンとローマを軸に世界が回転する」と如何にもあの御仁らしい派手な言葉を放っております。そして現在拡大傾向にあるスペインの内戦において、ドイツ、イタリアは共にフランコ将軍への軍事支援を拡大中です」
カッカッと文字を書き足し、シャーっと線を引っ張り視覚的に状況説明を追加していく。
「さらに別の面では、昨年より共産主義陣営が人民戦線を広げ、フランスでは内閣が成立し、スペインでは政権を取るも内乱となり、他でも活動を活発化しております。
また今月8日には、スペイン内戦に国際義勇軍がマドリードに姿を見せました。そしてマドリードでは頑強に抵抗し、フランコ将軍はアナーキストの攻撃も受けた事もあってマドリードを落とせず、内乱は長期化の様相を見せております」
ここでまた言葉を切り、部屋を軽く見渡す。
もう書いている事が無くなったからだろう。これが学校の授業なら、生徒が必死に黒板の内容を写しているところかもしれない。
「そして、防共協定を結んだ日英米が共産主義や人民戦線に対抗したのに、共産主義は連中の考えに従うと、連中は全体主義の独伊を敵視した形になります。さらにその全体主義の独伊、というよりイタリアは何を考えているのか今ひとつ分からない言葉で対立軸を自分から示してしまいました。そして仲良く、勝てば独裁者になるであろうフランコ将軍に肩入れしております。
以上が、11月に起きた事件による、簡単な状況になるかと存じます」
説明が終わると、部屋の全員がそれぞれの表情や仕草を見せる。大抵は、妙な事になってきたな、という感じがする。
そして私がぼんやりと考え事をしている間に、みんながそれぞれの意見、コメント、考えを言い合っている。
私としては、私の前世と違い日本が英米側にいて、しかもルーズベルト政権のお声がけで防共協定を結んだというのが、現実感を感じられなかった。
けど、この防共協定、こうして全体をまとめて説明されると意味があると感じられた。
半ば結果論だろうけど、日本の立ち位置を示す事につながった。私にとっては、念願の自由主義陣営の立ち位置だ。
もっとも私としては、自由主義陣営でも何でもよかった。アメリカが敵じゃなければ、日本の破滅はほぼあり得ない。しかも私の前世の歴史の中の日本よりも、かなり産業を大きくする事が出来たし、戦争ギリギリまでさらに大きくするつもりだ。
普通なら、この11月の諸々の事件によって、勝ったも同然と言ったところだ。
けど、慢心したら即死フラグが待っていると考えないといけない。これだけ状況が良くなっても、不安要素はある。
だから私が言えることは、一つしかない。
「しまっていこう」だ。
大統領選挙:
史実の1936年のアメリカ大統領選挙は、選挙人票の98・59%とアメリカ歴代記録となるルーズベルトの圧勝。
本編では触れていないが、この世界ではそこまで圧勝は出来ない。
何しろ、アメリカは反共世論が強いので、積極財政政策はともかくニューディール政策自体に不満が強い。
それにルーズベルト政権の中が共産主義者だらけだった事もかなり晒されているので、相当影響している。
とはいえ、この時期の共和党はヘタレ過ぎる。
共産主義や人民戦線:
だいたい同じもの。人民戦線には、共産主義者とまではいかない左派も含まれる。




