484 「社長会での反応」
「どうだった、鳳社長会は?」
「もう、凄いとしか。それに玲子様もご立派です」
私がそう聞くと、姫乃ちゃんが少し興奮気味に返した。
「私は父の名代として最初の挨拶をして、あとはみんなと同じでご飯を食べただけよ」
「ですが、上座で皆さんの注目を集めていたら、私なんて食事が喉を通らないです」
最初の食事会が終わり、酒もタバコもダメな子供達は、ひとまとめに別の中くらいの宴会場に。そこは、お菓子がバイキング状態の、ある意味パラダイス。
普通では口にできないお菓子もあるので、主に私の側近達が群がっている。任務中の者も、この時間は休憩をもらっているから、全員集合していたりする。まあ、これくらいの役得は有ってもいいだろう。
庶民の姫乃ちゃんにも、鳳ホテルが誇るスイーツを堪能して欲しいところだけど、呼んだ側としては最低限のコミュニケーションは不可欠だ。
それに、ハルトさんとセットじゃない時間は今しかないから、二人で話せる機会も今だけだった。
(とはいえ、相変わらず普通の反応。財閥の社長会への出席なんてゲームにないから? 虐めた方が精神的に成長して、覚醒するとか? 確かに、ハングリーさが無いのよね。 ……まあ、いいか)
「私も最初に顔を出した時はそうだったわ。社会勉強だと思って、気楽に過ごす方が良いわよ」
「ご助言ありがとうございます。ですが、この次は自由に話が出来るように、立食形式だと聞いております。私のような者の居場所があるのでしょうか?」
「見ているだけでも、案外社会勉強になるわよ。同じ書生の輝男くんに一緒に行動してもらうから、妙な輩が声をかけてくる事もないでしょう。輝男くんは私の側近でもあるから、それが分からない者はこの社長会に出席してないし」
「あ、ありがとうございます」
「輝男くん、姫乃さんのエスコートお願いね」
「……お任せ下さい。お嬢様のお側は?」
「私はハルトさんとの挨拶回りだけだし、シズ一人で十分よ」
輝男くんの返事に少し間が空いたのは、私を心配してなのか、微妙なお年頃だからなのか、ちょっと気になるところだ。
けど輝男くんは、ゲームとは立ち位置が違ってしまっている。ゲームでは家に仕えていただけで、私に仕えていない。書生にもなっていない。それに今では、他の側近の女子達から、かなり熱い視線を注がれる対象になっている。
ただ、私に従順すぎる。私がこの人と付き合えって言ったら、いつも通りに頭を下げそうなくらいだ。
姫乃ちゃんとの間柄も、会話はするけど姫乃ちゃんから話す場合が殆どみたいで、親しいという感じは無い。
姫乃ちゃんにとっては、色々と難易度爆上がりな事だろう。
(難易度爆上がりは、輝男くんだけじゃないしなあ)
そして二人と歓談しつつ、今は仲良く新作スイーツ攻略中の鳳の子供達を盗み見る。
一番お菓子にガッついている龍一くんは、お兄様がご存命で家族も増えて、視野も心も広くなった。ゲームでのように、姫乃ちゃんが視野の狭さを指摘する必要はない。
玄太郎くんは、玄二叔父さんが鳳グループの中枢から外れて穏やかな人になったせいか、ゲーム初期のトゲトゲしさがない。姫乃ちゃんが、心を解きほぐしてあげる必要すらなさそうだ。
虎士郎くんは一番変化が少ないけど、玄太郎くん同様に家族内が穏やかになったせいか、小悪魔要素が減っている気がする。当然、姫乃ちゃんが入り込む余地も少ない。それにゲームでの虎士郎くんは、音楽学校には行ってはいない。
姫乃ちゃんと友達になる瑤子ちゃんは、こちらもゲームとの差は小さい。けどゲームだと、一族の財政事情を薄々知っているから大学には進まない。
それより今の瑤子ちゃんは、勝次郎くんの許嫁に近い状態だ。
そしてお相手の山崎家の勝次郎くんと私が結ばれる可能性は、今の所ゼロとなった。ゲームの最重要場面の再現は、もはや不可能と言っていい。
また、万が一勝次郎くんが姫乃ちゃんと結ばれても、鳳が破滅する事はない。
仮に日本が戦争で滅亡しても、一族の誰かが生き残っていれば、アメリカの王様達が恩返しで救い出すくらいはしてくれるだろう。
ぶっちゃけ、アメリカの王様達に恩を売ったのは、最悪の中の最悪の事態に備えての事だ。
そして主人公の前に立ちはだかる一人の悪役令嬢である私だけど、人間関係は万全とは言わないまでも、全ての面で良好な筈だ。
来年には、ゲームに登場もしなかったハルトさんとのゴールインまで予約済みだ。
そんな余裕もあるので、今のところ敵に利する行為、敵に塩を送る行為しかしていない。
私がお膳立てを整えていなければ、姫乃ちゃんは鳳の書生として屋敷に来る事もなかった筈だ。
一方で、私自身がゲームでのように姫乃ちゃんから攻撃される理由が薄い。お金持ち度合いが違い過ぎるから、贅沢だと責められるわけがない。
散財は、鳳グループもしくは鳳一族として法外な金額でしているけど、その件で文句言ってきたら徹底的に論破する自信がある。
懸念があるとするなら、『闇の巫女』と『光の巫女』の件だ。
とはいえ、私が日本にいたら日本が不幸な運命になるのが定まっているのなら、何も出来ることはない。
本当にそうなら、どこかに移住するしかないだろう。
けど、私がいたら日本が滅びるなどと言う与太話を、一体誰が信じるのだろうか。現状では、私以外にいないだろう。
その私ですら、私の体の主が不幸の積み重なりで闇落ちしたからじゃないかと思っている。確証はないけど、ゲームでの裏ルートの存在がそれを示唆している。そこでの悪役令嬢は追放されない。
そして今の私は、裏ルートの一種を進んでいる可能性を考えていた。
一方で、私の先代に当たる麟様が残した『黄昏の一族』と言うある種の読み物に、『闇の巫女』と『光の巫女』が出てくる。
そして、『闇の巫女』が一族に大きな災をもたらすので、『光の巫女』がそれを見つけて一族の若い者たちと『闇の巫女』を倒すという。
ただこの話を、一族の誰も信じていない。何かの揶揄だと考えて調べ尽くしたけど、埃ひとつ出てこなかったらしい。
唯一の類似事項が、2代目の『夢見の巫女』である私。けど私は、一族と財閥に利益と繁栄をもたらしている。不幸も災いも、全くもたらしていない筈だ。1939年9月までに限れば、勝ち逃げ確定の道しか見えていない。
お父様な祖父の事だから、密かに私を監視している可能性はあるけど、私自身に災いをもたらす自覚がない。
私がしている事は、前世の知識を使って、私自身の破滅を避けるべく良好な人間関係の構築に心がける事。一族と財閥の破滅を避ける事。
あとついでに、無理ゲー承知で最悪エンドを避けるべく、日本の国力を引き上げ、歴史を捻じ曲げているだけだ。
贅沢も浪費も、身の丈以下でしかしていない。ていうか、もう少し庶民的な生活がしたいくらいだ。
唯一、私が自身に不利益になるかもしれない行動が、姫乃ちゃんを書生に迎え入れた事くらいだろう。
これにしても、姫乃ちゃんとの悪い関係を作らずに済む措置だ。何せ、体の主曰く、放っておくとリベラルな行動で、財閥と華族をディスって来る。
あとは、姫乃ちゃんが波風立たないように恋愛してくれたら、こっちは手を出す気は無い。
もっとも、波風立つような事をやらかしたら、私が気付くより早く、お父様な祖父、時田、セバスチャンが裏で動いて、私が朝起きたら姫乃ちゃんがいなくなっていた、なんて可能性の方が高そうだ。
(その可能性があったのか。姫乃ちゃんには、機会を見てそれとなく伝えておいてあげよう。主に私の寝覚めが悪いし)
「あの、私の顔に何か?」
「ううん。少し緊張がほぐれてきたみたいだと思って。話しができて良かった」
「お、お気遣いいただき、ありがとうございます!」
「いいのよ。書生として屋敷に呼んだのは私みたいなものだし、この社長会もそうだからね」
「そうだぞ、玲子はいつも他人を巻き込むんだ」
「クリームをほっぺに付けた男子に言われたくなーい」
「俺は父上の代わりに居るようなものだから、言ってるんだよ。なあ二人とも」
「そうだな。僕も、今は父さんの代わりだな。虎士郎みたいに、他人に見せるものないし」
「それじゃあボクが、ピアノ弾きに来ているだけみたいじゃない。今年からは違うんだからねー」
「そうだったな、悪い悪い。でも、それなら、もう少し周りを見て勉強しておけよ」
「はーい。善処しまーす。でもボクは、次も演奏に加わるから、その暇はないかもねー。じゃあ、音合わせがあるから、お先にー」
ポンポンと話すと、笑顔で天使が去っていった。
「虎士郎くんは、いつもあんな感じよ。話したければ、音楽ネタでも仕入れてくると良いわよ。玲子ちゃんのせいで、かなり手強いけど」
「え? 私のせい? いやまあ、私のせいかもだけど、音楽も色々あるじゃない」
「その色々も吹き込んだのは、かなりが玲子ちゃんだと思うわよ。私ですら影響受けたし」
「あの、玲子さんも音楽をされるのですか?」
「ん? 習い事以上はしないわよ。虎士郎くんには、小さい頃に海外の歌とかジャズを教えた事があるのよ」
「そ、そうなんですね」
瑤子ちゃんとの話を、なるべく自然にサラリと流す。瑤子ちゃんも、そうそうと頷いているけど、瑤子ちゃんにしてはちょっと失敗な気がする。
(けどまあ、姫乃ちゃんが私の夢の話に関わったり加わったりする可能性はまず無いか。それじゃあ、姫乃ちゃんは『光の巫女』としての秘密を暴くのかなあ? 実は未来の転生者の魂が体を乗っ取っていますって? ……我が事ながら、リアリティないなあ)
姫乃ちゃん自身は、まだ誰かを攻略するそぶりも見せないから、結局私が姫乃ちゃんに思うのは、そんな事だった。
そしてその後の立食パーティーだけど、何事もなく終わった。ハルトさんとの仲睦まじさを十分にアピールできたし、私としては言うことなしだろう。




