478 「最後の誕生日会」
1936年4月4日。私、鳳玲子の16回目の誕生日。
そしてこのまま順調に進めば来年結婚だから、これで子供っぽい行事とはオサラバだ。去年の誕生日会でも、ハルトさんとの噂が出ていただけで出席者は大幅減だった。
今年も、コネ作りで参加する人達こそいるけど、去年よりさらに減った。所詮、私の誕生日会も、下心満載な催しに過ぎなかったという事だ。
大財閥で華族の長子だから仕方ないけど、正直もうお腹いっぱい。それに本来の目的の、日本に誕生日会を広めるという目的は十分に果たしたという自負がある。
だから私の誕生日が店じまいで全然構わなかった。
「最後とはいえ、随分派手だな」
「最後だからこそよ。伯爵令嬢にして大財閥のご令嬢なんだから、これくらいしないと世の中に示しがつかないでしょう」
お父様な祖父の少しゲンナリした様子に、私が傲然と言い放つ。少し離れた場所では、シズ達と一緒にいるセバスチャンが満足そうに頷いている。
場所は、鳳ホテルの大宴会場。今回はこの会場を埋め尽くすほどの人は来ないから、その分派手さや趣向で凝ってみた。
「何の示しだよ。財閥攻撃の格好の攻撃目標だろ」
「もう財閥攻撃も流行らなくなってきたし、世の中好景気だから気にしないわよ。むしろ、肯定的に見てくれる人の方が多いと思うんだけどなあ」
「ここ数年で中流層が増えたってのは数字でも出てるが、普通の生活ってやつを掴んだばかりの奴らが、この派手さを肯定すると思えんのだが?」
「……い、いいのよ。私が派手にしないと、一体誰が派手にするのよ」
「まあ何でも良いがな。今年で最後だし、好きにしろ」
「ちゃんと顔は出してよね」
「はいはい」そう言って手をひらひらと振ってその場を後にして行った。
そんな私の今回の誕生日会は、形式としては21世紀の結婚披露宴に近い。対面の招待客は、丸テーブルでグループごとに。そして私の席も壇上が見えるように配置して、壇上では様々な出し物が出る。
最初は舞踏会形式の立食パーティーでダンスもしようかと思ったけど、そういうのは誕生日会とは少し違うと思い、こちらにした。
いつもと違うのは、最後だから違う方向性でしてみたかったから。ただそれだけ。
出席するのは、主に鳳一族もしくは鳳グループと関係の深い人。当然、子供同伴。と言っても、小学生以下、大学生もお断りしている。
そして去年から男子が激減したから、参加者はグループ社員の家族の方が多いくらいだ。
私の周りも、寄宿舎住まいが多いから、虎士郎くんと瑤子ちゃんくらい。お芳ちゃんら側近達が全員いるから、輝男くんもいる。あと、特別ゲストっぽく姫乃ちゃんがいる。
ただし、寄宿舎暮らしの龍一くん、弦太郎くん、それに勝次郎くんは、少し遅れて合流予定だ。
それ以外だと、全部出席するのは虎三郎一家とそのパートナー。エドワードもこっちに入る。そして、あくまで私の誕生日会だから、ハルトさんも虎三郎一家の一人として参加する。そして欧米系のイベントだからか、紅龍先生一家も誕生日会には必ず来てくれる。
もちろん、執事とメイドと使用人達は出席するけど員数外だ。ただし、時田とセバスチャンは例外だ。
そしてこれだけ参加してくれるのなら、私としては他が少なかろうが大満足だ。
「4歳の時に初めてお誕生日会をして来たけど、これで私は店じまいよ」
そうして誕生日会の諸々終えて、本当の身内の子供だけになったホテルのスイートで宣言した。
「あれって4歳の時だったのか」
「懐かしいと言いたいけど、朧げにしか覚えてないな」
最初の誕生日会の参加者である龍一くん、玄太郎くんが、あの頃とは全く違うイケメン男子な姿で感慨に耽る。かく言う私も16歳の姿だから、見劣りはしない。
というか、ゲームキャラそっくりとは言え、本当に見栄えするイケメンばかりだ。
「ボク達はその次の年からなんだよねー」
「仕方ないわ。あの頃は、鳳の本邸に行けるのは、5歳になってからだったもの」
二人に続くのは、1歳年下の虎士郎くんと瑤子ちゃん。そして最後に、勝次郎くんと輝男くんが続く。
「玲子はそんな子供の頃から、誕生日会をしていたんだな。俺が誕生日会の話を聞いたのが、確か小学校に入った年の鳳の園遊会が初対面だから、2回出そびれたわけか」
「私が玲子様に拾われたのも、6歳の5月でした」
「普通の誕生日会は、勝次郎くんも参加した7歳の時からよ。それまでは試行錯誤だったから」
「小学校に入る前から試行錯誤していると言う時点で、玲子の異能さ加減をいやが上でも感じるな」
勝次郎くんが呆れ気味にみんなの気持ちを代弁しているから、周りも苦笑したりしている。
そうした中で、一人呆気に取られている美少女がいた。
「ごめんなさいね、姫乃ちゃん。内輪ネタで」
「い、いえ、お誕生日会が鳳グループから日本に広まったって話は聞いた事がありましたが、玲子様が始められたんですね」
「西洋の習慣の話を聞いてね。日本はお正月はみんな一斉にだけど、味気ないでしょう」
少しドヤ顔を決めてみると、みんな笑った。
そして口々に誕生日会の感想が出てくる。私としては当たり前の事を広めたかっただけだけど、日本ではエポックメイキングだったのは間違いなかったからだ。
「日本人でそう思ったのは、多分玲子だけだ」
「だよねー。でもボクらは、玲子ちゃんがするのを見ていたから、最初から誕生日会をするのが当たり前って思っていたけど」
「そうよね。小学校に入って友達に話したら、すごく不思議がられたもの」
「学習院でも同じだったよな」
「一族内で聞いても、虎三郎様の家でされていただけだったな」
そんな言葉に、私は言葉と一緒に肩をすくめておく。
「虎三郎はアメリカ暮らし長かったし、何よりジェニファーさんがいるからね。けどあの頃は、そんなの知らなかったし」
「あの頃の虎三郎様の一家とは、最低限の付き合いって感じだったもんねー」
「新年と園遊会くらいだったよな。年も離れてたから、挨拶するくらいでまともに話さなかったし」
「小さな子供相手じゃあ、俺もそうするだろうな。それに紅家の人達とも似た感じだから、外野の俺は気にした事なかった」
「ごめんなさいね、姫乃さん。輝男くんも。ホラまた内輪話してる。今日は玲子ちゃんの誕生日よ」
「私は全く構いません」
「わ、私も、お構いなく。けれど、今も虎三郎様のご子息の方はいらっしゃいませんが、それも何か理由が?」
「今は、私の同世代同士の方が良いだろうってだけね。実際、この駄弁り具合だし。それに私は、この後でハルトさんに誕生日を祝ってもらうから、姫乃さんが気を使わなくても大丈夫よ」
言葉の最後にウィンクも付けてみると、聞きたかったことが聞けたであろう姫乃ちゃんが、顔を真っ赤にする。
うん、やっぱり姫乃ちゃんは可愛い。
「玲子もそういう年なんだなあ」
けど、見惚れる暇もなく、なんだかしみじみと言われて現実に戻る。
「いやいや、龍一くん同い年でしょ」
「俺の誕生日は3ヶ月先だから、今は年下だな。それに陸士予科は女人禁制。逢引する相手もいないぞ」
「それは一高も似たようなものだな。たった数日で、思い知らされたよ」
「まだ学校は始まってもいないのにか? 玄太郎は軟弱だな」
「勝次郎はいいよねー。瑤子ちゃんがいるから」
「そう言う虎士郎は、東京音楽学校って男女共学なんだろ」
「うん。入学者数は女子の方が多いってさ。肩身が狭いよねー」
「虎士郎が萎縮するとも思えんがな。輝男は、玲子の側近たちと仲が良いんだって?」
「? 任務で話す事はあるし一緒にもいますが、個人的に仲が良いという事とは別だと思います」
それぞれ近況報告な感じになったけど、大きく何かが変わるという事はなさそうだ。




