476 「オープニングイベント」
「それでは改めて、前途有望な若者達に乾杯!」
「乾杯!」
乾杯した場所は、鳳の本邸の庭に面した居間と、その前の芝生の庭。天気もちょうど良いので、半ば園遊会形式でのささやかな書生達への歓迎会が開催された。
もっとも、派手に着飾ったりはしない。全員が、ほぼ普段着。子供達は学生服でも良いかと思ったけど、陸士の予科生もいるので普段着となった。私も気楽な春の装いって感じだ。
ただし数年前から、21世紀伝来のナチュラルメイクをするようにしている。かなりの部分は、私が使用人達にシャネルの技だとでまかせで教えたものだ。
また、欲しい化粧品が足りなかったら、海外から取り寄せたり、場合によっては新たに開発すらしてもらった。
シャネルさんに手紙で教えたら、めっちゃ興味深げに書き連ねていたのが印象的だった。勿論、口裏も合わせてもらってある。
そうして一番に取り組んだのが、目元周りのメイク。
子供の頃から目を見開く癖を付けていたけど、年と共にゲームの悪役令嬢を思わせるつり目に磨きがかかり始めた。
だから、21世紀の日本の女子の技術を動員する事にした。
ただ、女学生がバレバレの化粧をするわけにもいかない。だから、ぱっと見でバレないナチュラルメイクで、目尻を下げるなど柔らかい表情に見えるようになっていた。
化粧を落としても、そんなに違和感は感じない程度だけど、するのとしないのとではやっぱり印象が大きく違う。
21世紀のメイクテク、マジで神。これだけでも、前世の記憶を持って転生した価値があると思えてしまう。
ただ元が良い、というか良すぎるから、ちょっとの化粧でも十分というのは、前世の自分と比較すると軽く泣けてくる。
それはともかく、姫乃ちゃんへの私の印象も初対面時から違っている筈、と思いたいところだ。
もっとも歓迎会では、私は最初に音頭を取っただけ。
音頭取りをしたのも、新たな奨学金制度と書生に迎え入れる話が私から出た事になっているから。
基本的に、姫乃ちゃんにはあまり関わらないようにしている。そしてなるべく、ハルトさんの側にいるようにした。
女学校を続ける私と、大学予科に上がった姫乃ちゃんとは、積極的に話しかけるべきではないという配慮も兼ねてだ。
そして、今後の屋敷内での人間関係の構築というパーティーの趣旨もあるから、他の人達から積極的に姫乃ちゃんにアプローチしてもらっている。
(悪役令嬢がオープニングイベントから主人公に絡み過ぎたら、興ざめよね)
そんな事を思っていると、ハルトさんが話しかけてきた。
「それにしても、みんなよく集まったよね」
「2月にあんな事がありましたからね。主賓の二人には少し悪い気がしますけど、お父様としてはちょっとした罪滅ぼしらしいです」
「確かに、パーティーは明るい気分でしたいね。そういう点では、今日は最高だ」
「はい。書生を迎え入れるだけじゃなくて、玄太郎くん達の新たな門出を祝う意味もありますからね」
「そうだね。でも玲子さんは、進学は本当に良かったのかい? 今からでも大学に行くなら僕は待つよ」
思いもしなかった真剣な声に顔を向けると、真剣な眼差しが私に向けられていた。
けれども私は、静かに首を横に振る。
「大学で自由気ままに勉強するというのも少し憧れますけど、肝心の大学で学びたい事が特にないんです。それでは、大学で学ぶ人、学問を志す人に失礼でしょう」
「遠慮しただけに聞こえるけど?」
「あー、確かに。けど、本当にちょっと憧れるだけで、行きたいとまでは思わないんです。それにマドンナの役目は、瑤子ちゃんがしてくれますし」
「そうか。それなら良いんだ。でも、ハーバードで好き勝手してきた身としては、少し肩身が狭いかもね」
そう言ってアメリカンな肩の竦め方をするから、こちらも笑いつつツッコミを入れる。
「またマイさん達に何か言われたんですか?」
「うん。こないだも羨ましがられて、せめて今の鳳大学ならって愚痴ってた」
「確かに数年前と比べると、鳳大学は隔世の感ありな発展ぶりですからね」
「うん。だから鳳学園の宣伝だけど、こうして書生を迎え入れたりして向学意欲や競争意識を煽るのは良いと思うよ」
「あの、煽るつもりはないんですけど」
別の意味で予想外な言葉なので、ちょっとジト目で返すと爽やかに苦笑された。攻略対象達には半歩劣るけど、イケメンの苦笑は一服の清涼剤だ。
「てっきりそうだと。じゃあ、純粋な学業支援なんだね。ごめんごめん」
「モウッ、私が何かすると、別の意図があるってみんな思うんでしょうね」
わざと少し怒って見せると、また苦笑する。ただその後、少しマジな表情になる。
「それだけ玲子さんが凄いからだよ。夢見を抜きにしてね。それに、ご当主や龍也さんも凄いけど、二月の事件では正直度肝を抜かれたよ。あの高みは、僕にはまだ無理だ」
「いずれ到達できますよ。ただ、腹黒さは程々にして欲しいですけれど」
「ハハハ、敵わないな」
なんだか、姫乃ちゃんそっちのけでイチャイチャしているけど、私はそれで構わないと思っている。周りも、注意深く見ると私とハルトさんを姫乃ちゃんから見えにくくしている。
鳳一族として見れば、ただの書生に過ぎないのに、鳳の長子とその婚約者にあまり接触させたくないんだろう。
実際の生活になっても、食事の場などで一言声をかける程度になる筈だ。
「書生の子が気になる?」
「え、ええ。今までも同じ学級でしたし、多少は親しくもしていたので」
「そうなんだ。じゃあ、側近候補の追加くらいに思っているのかな?」
「当人が望めばそれも考えますけど、良い成績を出してくれたら、それ以上は望みません」
「なに、色気のない話をしてんのよ」
二人の会話に突然の乱入者。振り返ると、サラさんが少し怒った感じの表情とリアクション。その横ではエドワードが小さくお辞儀をする。
そろそろ、私もしくは私達に姫乃ちゃんのお相手のお鉢が回ってきたらしいと察する。
「そんなつもりはないんだけどな」
「ありありでしょう。二人してそんな面白みのない話をしてるくらいなら、姫乃ちゃんと話して来なさいよ」
「はーい。姫乃さんと話してきまーす」
「そうしなさい。けど、かなり緊張しているみたいだから、気をつけてあげてね」
「りょーかい。とはいえ男子の僕より、玲子さんに任せたほうが良いかな?」
「二人でエスコートしてあげましょう」
そんな感じで姫乃ちゃんの元へと向かったけど、姫乃ちゃんの周りにはイケメン男子どもが群れていた。瑤子ちゃんもいるから女子一人じゃないけど、ほぼ逆ハーレム状態だ。
(と言うより、ゲーム場面の再現そのものだなあ。……悪役令嬢の登場も含めて。セリフなんだったかな?)
「姫乃さん、緊張はほぐれましたか?」
「あっ、はい、玲子様」
(最初の声がけは「書生の身で、皆に少々馴れ馴れしいんではなくて?」で、姫乃ちゃんが謝った後も「名を呼ぶ後ろにお嬢様が抜けていてよ。身分をわきまえなさい!」って返すんだけどなあ。……ちょっと、やってみたい)
「玲子、屋敷の中だぞ、いつも通りにしろよ。ちょっと気持ち悪いぞ」
私が別の事を一瞬思ったスキに、龍一くんのあんまりなお言葉。予想通り、姫乃ちゃんが口をポカンと開けて目を丸くしている。
私の行動の今までの積み重ねの結果とはいえ、乙女ゲーム世界がぶち壊しだ。周りも笑ったり、苦笑したりで、無表情なのは輝男くんだけだ。乙女ゲームの再現は、もはや輝男くんにかかっているのかもしれない。
(まあ、これで多少は和やかになったのなら、普通ならオーケーなんだけどなあ)
そう少し思ったけど、別の意味での化けの皮は、そろそろ脱ぎ捨てる時なのだと考え直して、両手を腰に当てて龍一くんを半目で見据える。
「あのねえ、龍一くん。私が今まで女学校で積み上げてきたものを、たった一言で突き崩さないでよ」
「積み上げるって言っても、我儘三昧で君臨してきただけだろ。普段と同じじゃないか」
「上っ面くらい取繕わさせてよ。これでも嫁入り前の女子よ!」
「あー、そうか。御免なさい、晴虎さん」
わざわざハルトさんの方に向いて、深々と頭を下げやがっている。
「いやいや、今私と話してたわよね龍一くん。ちょっと、あっちで色々とお話ししましょうか?」
「それくらいにしておけ二人とも。月見里さんが、面食らっているじゃないか。悪いな月見里さん、普段はこんな感じだ。だから、この屋敷ではもっと気楽にしていて良いぞ。俺がそうだからな」
そう言って勝次郎くんが、姫乃ちゃんにウィンクまでサービスしている。実に勝次郎くんらしい。
「あ、はい、勝次郎様」
「様はいいと言っているだろう」
「勝次郎も、それくらいにしておけよ。でも僕も、必要以上に肩肘張る必要はないと思う。時と場合によりけりだけどな」
「ボクは、そう言うの疎いから、音楽の先生とかにもよく指摘されるんだよね。でも、そういうの意識すると、気持ちよく音楽ができないんだよねー」
そんな勝手な事ばかり言う男子に、瑶子ちゃんと二人が呆れる。ハルトさんは、そんな子供達を大人の余裕でニコニコと見るだけで突っ込んでくれない。
「男子って、公の場以外はだらけてばっかりですから、この人達の言う事なんて気にしないで下さいね」
「ほんと、そう。あ、でも輝男くんは、逆の意味で参考にしちゃダメよ。私、だらけている姿って見た事ないのよね」
「申し訳ありません、お嬢様」
「こんなツッコミで謝らない。それより姫乃ちゃん、大丈夫?」
私が砕け過ぎたのが悪いのか、姫乃ちゃんはボーゼンとしっぱなしだ。
「あっ、はいっ! で、でも、その、なんと言うか」
「ごめんなさいね。私って本当はこんななの。公の場で、一番自分を取り繕っているのって私なのよね。だからこれからも、普段はこの調子でいかせてもらうけど、この事は外では内緒。お願いね」
「は、ハァ。い、いえ、分かりました!」
「だから、もう少し肩の力抜いて。大学出るまで5年もあるのに、そんなだと胃に穴が空くわよ」
「そ、そうですね」
「うん。けど、急には難しいかもしれないから、少しずつでも慣れてね。そう言うわけだから、みんな、日曜日はこの屋敷に集まるように」
そんな気は無かったのに、結局仕切ってしまった。
まあ、テンパリまくりの姫乃ちゃん以外は好意的だから、いつも通りで構わなかったんだろう。
(けどなあ、龍一くんの天然で変化球を投げたけど、特に変化無し。やっぱり、誰かが「中の人」に入ったりはしてないのかな。とはいえ光の巫女の件もあるから、輝男くんにでもそれとなく注意してもらっとこう)
結局、その日の姫乃ちゃんへの評価も結局変わらず仕舞いだった。




