475 「主人公エントリー?」
「ようこそ、月見里姫乃さん。涼宮輝男さん」
「や、月見里姫乃と申します。ほっ、本日よりお世話になります!」
「涼宮輝男、改めて宜しくお願い申し上げます」
私の音頭取りで鳳の本邸の玄関ロビー、大階段とか2階吹き抜けとかのお約束の場所で、そこに集まった人たちが拍手して、男女1名ずつが言葉を返してお辞儀をする。
男子の方は冷静というか無感情に淡々としているのに、女子の方はテンパリまくりな感情炸裂で、好対照な反応が少し面白い。
それに女子の方の姫乃ちゃんは、わざわざゲームとよく似た状況を演出したのに、ゲーム開始の日時とほぼ同じタイミングなのに、反応を見る限り中の人がエントリーはしていないみたいだった。
けど、初対面の時からずっと、うまく化けの皮を被っているだけかもしれない。ただ、私の目にはそうは見えないので、転生したのは私一人なのだと楽観視していいのか悩むところだ。
もっとも、もし中の人がエントリーはしていたら、状況が違いすぎて腰を抜かすレベルだろう。
そんな私の少し不謹慎な考えをよそに、鳳の本邸は新たに人を迎え入れた。何せ今は3月末。旧年度が終わり、あと一週間ほどで新年度を迎える。
そして世の流れに従い、鳳の本邸も倣った形だ。
そして目の前の情景のような入ってくる人もいれば、事実上出て行く人もいる。
出て行くのは、玄太郎くんが一高の寄宿舎に入るから。ただしこちらは4月に入ってから。それに、日曜日には大抵は帰ってくる。
入ってくるのは、鳳大学予科に極めて優秀な成績で合格した男女1名ずつを書生として迎え入れるから。もっとも、男子の方は輝男くんだ。
輝男くんは、今までは使用人棟に部屋を持っていたけど、書生という事で本邸内に1室を与えられる。私の側近で本邸内に部屋を持っているのは、既に一人前扱いのお芳ちゃんだけだから、これで二人目になる。
そしてもう一人が、外からやって来た月見里姫乃ちゃんだ。そして私は、彼女に対して私なりに最大限の歓迎をしようと思った。
何をするのかと言えば、全員集合でのささやかな祝宴の開催だ。
勿論主賓は、期待の書生となる姫乃ちゃん。輝男くんも同列だけど、輝男くんはかれこれ10年も鳳に仕えているから、当人も私達も新鮮な気持ちというものに欠けている。
そして4月に入るまでの3月末は、龍一くんも戻ってきているので、大人達も顔見せくらいはできる3月29日の日曜日に迎え入れ、昼間のパーティーも催す事にした。
勿論だけど、私の婚約者であるハルトさんを呼ぶので、その流れで虎三郎一家も呼んだ。何しろ虎三郎は、ゲーム登場キャラだ。
紅龍先生とその一家を呼ぶ事も考えたけど、流石にそれは行き過ぎている。だから、今年で最後になるであろう私の誕生日会か、五月のパーティーで紹介するという程度に止める事にした。
何しろ紅龍先生も、ゲームでは家庭教師として登場する。私個人としては、会わせないわけにはいかなかった。
逆に虎三郎以外の虎三郎一家はゲーム未登場だけど、虎三郎を呼ぶには家族全員呼ぶ方が自然だった。
また、ゲーム登場キャラを可能な限り呼ぶという事で、お兄様も玄二叔父さんも、家族で顔見せしてもらう事になっている。お兄様は思い出枠だけど、家族で呼ばないと不自然だから呼ばざるを得ない。
ただ、既に本邸に来ていた人達と、手すきの使用人やメイドを並べ、歓迎の出迎えをしたのは失敗だったらしい。
(あー、姫乃ちゃんテンパリすぎ。大勢で出迎えたのは失敗だったかな。前世の私だったら、確かにテンパってるよねー)
「姫乃さん、まずはお部屋に案内させますね。休憩して着替えたら、居間にいらして下さい」
内心を表に出さないように注意しつつ、なるべく柔らかな表情と声を心がける。
「お、お気づかいありがとうございます、玲子様」
「いいえ、これからは同じ家で暮らすんですから、当然です。みっちゃん案内してあげて」
「はい、お嬢様! 月見里さんこちらへ」
メイド姿のみっちゃんに案内されて、私達の前から消えて行く。私達もそれを見送ると、居間などに引き上げる。
「玲子ちゃん、ちょっと緊張させすぎたんじゃない?」
「うん。失敗だったかも。けど、みんなで出迎えるって案に、誰も反対しなかったじゃない」
「それでも、大人は最小限にしたんだがな」
私発案の、みんなでお出迎え作戦は失敗だった。けど、お父様な祖父の、ある程度予測していたっぽい発言は、ちょっとズルく感じる。
「まあ、出迎えが寂しいより良いんじゃないかな?」
「虎士郎、それは極端だろ。だが、ご当主様と玲子、他は同世代の僕達くらいでよかったかもと、今になって思うけどな」
「幼年学校だと、最初の数日は凄く優しくしてくれて、本番になった途端厳しくなるんだよな。そんな話を聞いて来たのかもしれないぞ」
「一高とは少し違うな。龍一はどうした?」
何やら一人、うちの子じゃない奴がいた。私が呼んだんだけど、関係ないのによく来たものだと呼んでおいて思ってしまう。
そして周りも気にしてない。いっそ、うちの子になったら良いんじゃないかと、たまに思ってしまう。
「父上から話を聞いていると、初日に他に聞かれないよう先輩方にお伝えした。そうしたら、すっごい笑顔で他の奴には言うなよと、釘を刺された」
「アハハっ、先輩達楽しそうだな。お前もしたのか?」
「伝統だからな。ただ2年後に、もう一回あるから少し面倒だな」
「2回もする意味あるのか?」
「陸士には、幼年学校以外から入ってくる奴らもいる」
「その辺は、帝大と同じか」
「どうだろうな。幼年学校にしろ陸士にしろ全額国費で学べるから、目の色が違う奴が多いぞ。それに俺みたいな恵まれた境遇の奴は、厳しい目で見てくる」
「軍の将校は、境遇から左翼傾向の強い人も多いものね。それより脱線しすぎ。今日は姫乃ちゃんと輝男くんの日よ」
「あれ、玲子ちゃん。もう月見里さんと随分親しいの?」
「あー、ちゃん付けは流石にしてないかな。けど、2年からずっと同じ学級だったのよ」
「そういえば、進学学級だったらずっと同じよね。他の学級と違って顔ぶれが殆ど変わらないから、面白みに欠けるわよね」
「それは言えている。まあ、来年度は、私はずいぶん違うでしょうけどね」
「そっかー。玲子ちゃんは5年まで行くもんねー」
そう返す瑤子ちゃんは、来年度は鳳大学予科を受ける予定だ。マイさん、鳳大学最終学年のサラさんの跡を継いで大学のマドンナとなり、さらに次の世代へと繋ぐためにも、大学に上がる。
大学には行かずに、そのまま1937年中に結婚予定の私としては、少し申し訳なく思う。
なお、鳳の蒼家の次の世代は、来年から小学校に入り始める。紅家からも女学校に1人いる。また、今はベルタさんの娘さんのアンナちゃんが、横浜にあるサンモール・インターナショナル・スクール通いで、3年後には女学校に進学してくる。
アンナちゃんは、大学までインターナショナル・スクール通いの手もあるけど、紅龍先生の授業を受けたいと、ちょー可愛く語っていた。
と言うのも、紅龍先生は鳳大学の終身名誉教授で、週一程度で特別授業を行っていた。もちろん、大学の人気取りのため。ただし、あくまで研究医で海外出張もあるから、1年の半分程度しか授業はない。
それでも大人気で、他校からの聴講生でいつも黒山の人だかり状態だ。私が覗きたいと言っても、警備上絶対に近寄らせてもらえない程だそうだ。
そんな親族とは別に、姫乃ちゃんを書生として迎え入れたわけだけど、私以外は書生の一人としか認識していない。
今も無駄話している男子達も、可愛い姫乃ちゃんを誰も女子としては気にしてない。
(けどまあ、これで姫乃ちゃんはアカに染まらないで済むわよね。あとは、無害なままだったら鳳に迎え入れる道もあるだろうけど、ゲームと同じだったら前途多難だろうなあ)
それがその日の午前中の、私の寸評だった。
サンモール・インターナショナル・スクール:
カトリック系ではないインターナショナル・スクール。古い伝統を誇っている。1872(明治5)年創設。




