463 「事件の舞台裏(1)」
「さて、事件も一区切りついたし、お父様達の悪巧みをみんなに種明かしてくれない?」
「そう急くな。最初から、事が済めば全部話すつもりだった。もちろん、外では絶対に話すなよ」
「龍也君がいないが、構わないのかい?」
「事前に全部知ってるよ。それにあいつは、今も悪巧みを遂行中だ。主に陸軍の方でだがな」
私と同じく、事前に悪巧みを知っている善吉大叔父さんの言葉に、お父様な祖父が悪い笑みで返す。
場所は、鳳の本邸内の一番大きな部屋。居間か応接間の一つに当たるけど、大抵は広間と呼ぶ。主に大勢で集まる時に使う部屋だ。
私としては、世界一周から戻ってすぐの一族会議を思い出す場でもある。
日時は26日の夜。世の中の多くは、東京中心でクーデター未遂事件が起きた事はラジオで知っている。
明日の朝刊で、事件の大きさを知る事になるのだろうけど、実質半日で事件が終息したので、今の所は大騒ぎというほどじゃない。
それに半日で世の中の反響が出る前に事件が済んだので、世の中に与える心理的影響は低い筈だ。
ただ、被害はシャレにならない。
私達としては、予想以上に出てしまっていた。
情報は可能な限り逐一報告で聞いていたけど、一喜一憂状態だった。
その辺は、事前に聞いてないところで、お父様な祖父達の何かしら作為があるのかと思えて仕方ないので、是非聞いておきたかった。
何しろ、三井財閥の元総帥団琢磨が、今井邸の襲撃を受けて殺害された。さらに三井のお屋敷では、他数名も殺害され死傷者も多数出ている。
一番の大誤算は、近衛首相の負傷。今のところ死んでないから最悪とは言わないけど、面会謝絶の状態で今後どうなるかは分からない。
それにしても、首相官邸が強襲を受けて半壊したのはともかく、運悪く逃げ出そうとした近衛首相が突進してきたトラックに衝突されて重傷とか、一体何が起きたのかと第一報を聞いた時には思わず頭を抱えてしまった。
それ以外は、今の所届いている情報を聞く限りは、ほぼ予定通り、もしくは想定内。本来なら、私的には、この二つも起きる筈なかった。何事も手のひらの上とはいかない、という事なのかもしれない。
また、私の知る限り前世の歴史と同じなのは、牧野伸顕元内大臣襲撃の顛末くらいだろう。この点は、逆になんだかホッとさせられた。
なお私達だけど、実は屋敷から一歩も動かなかった。
鳳ホテルで一族総出の宴会というのは、全くのダミー、欺瞞、大嘘。いや、ちょっとした芝居だった。
勿論、あそこでのパーティー自体は開催された。情報を意図的に漏洩したので、事前偵察くらいされると考えての事だ。
けど、一族だけのささやかな催しという事で部外者は立ち入らせなかったから、詳細を知る者は少ない。
逆にチョット調べると、パーティーしているのが「分かる」ようにしてあった。
そしてパーティー会場は、一族に変装した参加者をはじめ関係者全員が、鳳一族か鳳グループのそれなりに裏に関わる人たちか、内情を知る立場にいる人達。
一族は全員が偽装した者が参加しており、私や鳳の子供達の変装をしていた一部は私の側近達だった。玄太郎くんの側近も、玄太郎くんの身代わりをしていた。
そして一番背の高いみっちゃんが、私の役目を仰せつかって、たいそう恐縮していたのが私的にはポイント高い。
ただし全員が変装者であっても、事情は知らないが顔くらいは見知っている者に見られる事だった。
この為、セバスチャンとエドワードが実際にパーティーに参加して、あえてホテル従業員を中心に人目に付くように振舞っていた。
他には、シズが志願して私の身代わり、つまりみっちゃんの側にいた。そしてそのまま、鳳ビル内で武闘派の側近達と一緒に、八神のおっちゃん達と暴れていたそうだ。
それに、青年将校の顔を拝んでおきたかったので一度ホテルにも変装して顔を出したと、後で聞いた。
勿論シズは、私とお父様な祖父から、私の側を一時的に離れる許しは得ている。そうまでして鎮圧に参加したのは、「お嬢様が心血を注いでお作りになられたホテルを軍靴で踏みにじるなど、断じて許せません」と、事件後かなり経ってから聞く事ができた。
しかも輝男くんもシズと同じようにしたがったから、私の護衛をどちらがするかで揉めたりもしていた。
あまりの忠誠心の高さに、頭が下がるばかりだ。
また、鳳だけが持っている超高級車のデューセンバーグも、怪しまれない程度の数を動員して、鳳ビルの駐車場に止めてある。
何しろデュースは、鳳一族のトレードマークの一つだ。お父様な祖父としては、こういう時の為に日本では珍しい車を普段から乗り回すという意図もあるのだそうだ。
ただ、もし決起部隊が破壊したり傷つけていたら、請求書が凄い事になるだろう。
そして宴会自体は、鳳の本邸でもそれなりにしていた。ただしこれは、万が一ホテルでパーティーしてたんじゃあという話が出たとき、少しでもボロが出ないようにする為だ。
青年将校が何か言ったとしても、ホテルじゃなくて屋敷でパーティーしたんだと言い張れる。
そのせいで、半ば別行動だった海軍将校達の襲撃を受けた可能性も高いのだから、痛し痒しと言ったところだろう。
けど、抜かりがないのがお父様な祖父、鳳麒一郎だ。
パーティーが早めにお開きになると、まずはできる限り仮眠をとる。そして深夜3時くらいに起きて、万が一の事態に備えるべく移動。
その先は、使用人用の新しい棟の地下。ずいぶん長い間工事をしていたけど、それもその筈。
使用人棟の地下は、一部は地下から地上へと出る新たな駐車場と、従来からある地下室に繋がっている。けど、その本丸はお兄様達の住む新館の下にまで広がる、巨大な重防空壕だ。
丈夫な鉄骨と分厚いコンクリート、軍人がベトンと何故かドイツ語で表現するもので構成されている。
ここの地下には、最大で50人が2週間、不自由なく過ごせるだけのものが備えられている。各種倉庫、水槽、浄水装置、自家発電装置、食料など衣食住の諸々、たいていの物はある。通気口には毒ガス対策が施されるなど、軍事施設真っ青というか軍事施設以上らしい。
頑丈さも軍事施設以上で、最重要区画は地下に到達するまでに2階分くらいの階段を降りないといけないほど、鉄筋コンクリートが敷き詰められている。
だから地下のトンネルを掘ったのではなく、深い穴を開けて地下から頑丈極まりない鉄筋コンクリートの建物を入れ込んだ状態となっている。
作っている時に、土の運び出しや資材搬入で地下工事が悟られないように相当神経を使ったと、工事を見つつお父様な祖父が話してくれたものだ。
しかも屋敷内から地下への入り口は、分厚い鋼鉄の扉を地下に入る時と、地下室に入る時の2回通らないといけない。この扉は、余程の爆破でないと破壊できない。
そして中は地下2階あり、地下1階が居住空間で、2階はそれ以外の諸々がある。
また、横に伸びる通路もあり、近くにある鳳所有の建物の地下に通じている。同じような仕掛けは鳳ビルの地下にもあり、あのビルの地下で頑張っていた貪狼司令達が得た情報を、逐一知る事ができた。
実際に使うのは初めてだけど、完成した後に一度案内を受けて入ったことがあった。
それでも「本当に使う日が来ることになるとわね」と呆れ、用心しすぎだろと二重に呆れた。
けれどもお父様な祖父は、この地下要塞ですら不満気味だった。
当初案の一つには、東京湾の上に船を浮かべてそこに退避してしまうという案があった。実際、何かあった時の為に、東京の鳳用の桟橋には小型カーフェリーが停泊していた。以前私達が、瀬戸内海旅行で使ったやつだ。
なんでもお父様な祖父的には、上海の兄弟達の親分、黄先生を見習ってはどうかと考えていたらしい。
いくら屋敷の守りを固めようと、頑丈すぎるくらいの地下室を用意しようと、完全武装の1個中隊に襲撃されたら一巻の終わりと考えていたのだそうだ。
それというのも、私が今回の事件の前世の場合、1つの邸宅を100名程度が襲撃したと教えていたからだ。
けど同時に、財閥は襲撃対象外だったとも伝えていたから、少しばかり過剰反応だと私は思っていた。
けど、実際に襲撃は受けた。
襲ってきた側の事情、委細は後日知ったけど、お父様な祖父は策を弄しすぎたわけだ。
もっとも、屋敷の外壁にすら取り付かれる事もなく、いつも屋敷の庭を警備する忠実なワンコ達と、警備の照明、それに外で配置に付いていた八神のおっちゃん達の活躍で、呆気なく退散していた。
リズが撃退で活躍したと聞いたけど、スナイパーの出番はほとんど無かったんじゃないかとすら思えてしまう。
けど、まだお仕事で外に出ているから、この屋敷にはいない。
そして私達だけど、篭っていた穴ぐらからは、10時のお茶の時間までには顔を出していた。朝食こそ地下でとったけど、昼食は本邸内で優雅な昼食と洒落込めた。
けど、鳳ビルとその周辺が大変なので、大人達は開店休業。情報収集にだけ力を入れた。私や他の子供達は、万が一を考えて今日一日は巣篭もりを決め込んだ。
穴ぐらから出てきた時点でほぼ安心と考えられたわけだけど、慢心してはいけない。変電所を襲った襲撃犯が逃げているという情報もあったし、伏兵が皆無とも言い切れない。
そうして戒厳令、決起部隊の解散を経て、実際に原隊に帰ったという報告を受けて、こうして屋敷の中でバラバラに過ごしていた人達が集まった。
集まったのは、一族からは私とお父様な祖父、それに虎三郎、善吉大叔父様、それに大人は話を聞くという事で、ハルトさん、マイさん、涼太さんも同席している。玄太郎くんは、残念ながらエントリーさせてもらえなかった。
一族以外は、時田、芳賀、それにセバスチャンとエドワードも戻ってきていたので参加した。それと私は、お芳ちゃんを部屋の隅に同席させている。
お兄様は昨日から完徹で軍務なので、パーティーにすら参加していない。
その代わりというわけじゃないけど、セバスチャンとエドワード以外に現場を知っている者として、八神のおっちゃんが参加していた。八神のおっちゃんがこういう場に参加するのは、私が知る限り初めてだ。
「さて、何から話したものかな。まあ、順に話すか。どうせ今夜も長い」
そんなお父様な祖父の言葉で、『種明かし』が始まった。




