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悪役令嬢の十五年戦争  ~転生先は戦前の日本?! このままじゃあ破滅フラグを回避しても駄目じゃない!!~  作者: 扶桑かつみ
物語本編

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452 「二・二六事件(2)」

 決起部隊の予期せぬ混乱は続いていた。しかも混乱は、さらに大きくなっていった。


 2月26日午前5時15分、東京各所の変電所が突然機能を停止。数カ所がほぼ一斉に停止したため、東京市内、特に宮城の南側から品川、渋谷辺りまでが停電に見舞われた。

 何故変電所が機能を停止したのか、何故停電したのかは、その後しばらくした各地からの一報により判明する。

 どの場所でも、トラックに恐らくガソリンを一杯に入れたドラム缶を満載して突入して、変電施設を火災により破壊したのだ。


 このテロを行ったのは、橘孝三郎率いる「農民決死隊」。勤労学校愛郷塾の塾生達を中心としていた。

 彼らは1932年に海軍将校らとのテロを起こし損ねるも、その後も活発な活動を継続。そして組織を拡大し、作戦を練り、今回の決起に参加していた。

 そして彼らは、特高が他で忙しくてマークが甘かったお陰もあり、時間ピッタリにテロを成功させた。

 だが、その几帳面さが仇となっていた。


 計画通りなら、停電した時点で最優先目標は達成されている予定だった。首相、侍従長、内大臣、内務大臣、前・大蔵大臣を殺害し、陸軍大臣官邸に到着し、警視庁を制圧している筈だった。


 だがどこも、決起部隊が予想すらしていなかった深夜の道路工事により行軍を邪魔され、目標地点に到着すらできていなかった。

 この時点で、道路工事に邪魔されずに目標地点に到着できているのは、高橋前大蔵大臣私邸を襲撃予定の近衛歩兵第3連隊中橋基明中尉達くらいだった。


 そして東京の中心部が停電したのだが、自家発電を持っている場所を除いて、夜明け前の暗い街が一斉に暗闇に包まれる。

 栗原中尉らがいた首相官邸直前の工事現場は、自家発電で明かりを灯していたので皮肉にも明るいままだった。


 それ以外だと、首相官邸の明かりも流石と言うべきか維持されている。他にも、非常電源に切り替わったのか、彼から見て北の方角の官庁街の一部も、一瞬の沈黙の後に明るくなる建物が見られた。


 とはいえ、この時代に自家発電を持つ建物など希なので、大半は暗闇の中となる。あと1時間もすれば日の出だし、もう30分ほど待てば朝焼けが始まるだろうが、それまでは暗闇が支配する時間だった。


 しかし栗原中尉には、遠くに見える車両のヘッドライトの明かりが動くのが見えた。しかも1台ではない。複数のものだった。耳を澄ませば、音も聞こえてきそうだった。

 そして後ろの小さな騒めき声から、彼の後ろにいる兵士達もその明かりを目にしているのが分かった。

 しかも変化は、前方だけではなかった。


 交差点に差し掛かったところで、鳳ホテルの接収と鳳一族の捕縛に向かわせた別働隊があったが、そちらの方から伝令と思われる兵士が駆け足してきている。

 時間から考えて、他は既にホテル内に入っている筈だが、報告には早すぎた。


 一方反対側の虎ノ門方面からは、交差点の方から大声が響いてきた気がした。そちらは村中孝次大尉が率いる歩兵第3連隊が、警視庁を目指して進んでいる筈だった。だが工事している男の言う通り、道中の工事現場で引っかかっているらしい。

 状況が同じなら、青山から赤坂方面に抜けて内大臣と侍従長を襲う者達も、どこかで躓いている可能性が高そうだった。


 さらに、隊列の後方からの報告では、1キロ程手前で大きな火の手が上がっていた。報告の予想では、三井財閥の今井邸だ。

 出発直後の連絡では、海軍の将校達は少人数でも大きな成果を挙げやすい財閥邸宅襲撃に目標を絞ったと、報告を受けていた。


 だからその結果だと考えられるが、襲撃はともかく燃やしてしまうのは彼らとしては悪手でしかない。

 栗原中尉は、この辺りも海軍の連中と詰めておくべきだったと後悔した。


 しかし今は、後悔している時間ではなかった。既に兵を動かした以上、万難を排して進まなければいけない。

 だから少人数ずつでも、先頭に精鋭を集めて目の前の道路脇を少人数で進ませようと思ったところで、鳳ホテルからの伝令が到着した。


「伝令。ホテル制圧隊は、ホテル内各所に突入せり。ただし従業員は非協力的。鳳一族の所在は不明の為、合鍵を接収後に各部屋を捜索予定。

 なお、ホテル突入に際し、鳳ビル前の歩道より陸橋へと上がりホテルへ到達せり。また、ホテル内を抜けることで、首相官邸の裏側に到達可能。以上」


「報告ご苦労。軍曹、地図」


 すかさず出された地図に、軍曹がそのまま懐中電灯の明かりをあてる。その照らされ地図を見た中尉は、指でなぞって新たなコースを再検討する。


「これならいけるな。隊を二つに分ける。1隊は、鳳御殿の陸橋とホテル内を経由して、首相官邸の北側を回って正面門から進行。首相官邸を順次包囲せよ。私と選抜した小隊は、このまま工事現場内を通り先に官邸内突入。近衛首相を襲撃する。かかれっ!」


 首相官邸に動きがある以上、一刻の猶予もなかった。そして彼らが鍛えた精鋭は、命令が下されるとすぐにも行動を開始する。

 そしてほぼ同じ頃、第3連隊の主力が強引に虎ノ門の工事現場を通過。警視庁へと急ぎつつあった。

 また、前後する時間、各所では混乱が広がっていた。


 ・

 ・

 ・


 少し時間を遡った午前5時前、既に決起部隊が通り過ぎた六本木の一角には、十数名の男達がトラック2台で押しかけていた。そして荷台に人を満載した方からは停車と共に人が降り、目的地を物陰から視認する。

 だが、状況を見て戸惑ってしまった。


「あれじゃあ、正面門を突破できません。あんなの、夕方までいませんでした」


「他に出入り口は?」


「裏門と地形の関係で地下になる、駐車場の出入り口があります」


「では裏門、駐車場の状況を確認を」


「駐車場は、使用時以外は頑丈そうな鉄のシャッターが降りています。すぐ側に勝手口もありましたが、これも鉄製の頑丈そうなやつです。恐らく爆薬や大砲でもない限り、中から開けるしかありません。自分は、車を強引にでも動かす方を推します」


「はしごで柵や壁を超えて入れば事足りるのでは? 用意してあるだろ」


「屋敷内は、使用人が多いという情報がある。恐らく一部は警備の者だ。この数では、相手を混乱させないと成功は難しい」


「ですが、時間がかかりそうです。一斗缶を携行していけば良いのでは?」


 進言する者の言う通り、ドラム缶だけでなく手持ちのガソリンを入れた一斗缶も彼らは幾つか所持していた。

 そして指揮官の決断も早かった。


「では、両面作戦だ。トラック班は、トラックで正面門の車を押し退けて侵入を図れ。他は、はしごを用いてそのまま中に侵入。一斗缶を忘れるな。かかれっ!」


「ハッ!」


 返事も動きもキビキビとはしているが、慣れているとは言い難い動きで行動を開始する。それもその筈、彼らは軍人であっても海軍将校で、陸軍ではなかった。しかも参加者の一部には、民間の者が加わっていた。


 本来の作戦自体も大雑把で、トラックで強引に屋敷外周の正面門を破壊して突破。中に突入すると、ちょっとした仕掛けのある別のトラックは、最後の段階で無人で突進。満載したガソリンと少量の爆薬で、火災が発生するという寸法だった。


 そして後から侵入する彼らは、音や火事に驚いて外に出てくる人間のうち、捕まえた者から目標の人物を聞き出すか、豪華な装束の者を捕らえる予定だった。当然、逃げたり抵抗すれば、殺害も辞さないつもりだった。


 目標は、鳳一族の主要な男達。写真などで顔は知っているが、深夜の混乱した状態なので、捕まえた者が素直に教えない限りは、手当たり次第でも構わないと考えていた。

 何しろ襲撃対象は、国民を搾取する財閥一族だ。彼らの考えからすれば、容赦する必要すらなかった。


 ただ彼らには、陸軍の青年将校達が入手した、ホテルで一族がパーティーをしてそのまま泊まっているという情報が回っていなかった。この為、屋敷内に主要な人物がいると考えて行動していた。


 そして先ずは、正面門前の車両を運転して動かせないか確認した男達は、移動の困難を実感させられた。

 当然、停車しているダンプカーやトラックは、外から見ただけでガラスを破って車内に入っても短時間での移動が無理と分かる。


 さらに、自分たちのトラックは1・5トンの標準的なもの。

 それに対して、屋敷の正面門を塞ぐように横向きで停車しているのは、最低でも4トンクラスのダンプカー。しかもその前後にも、4トン級のトラックが停車されている。

 トラックで押して移動させるにしても、かなりの時間が必要なのは明白だった。

 そして彼らは、この屋敷が最初から襲撃を警戒していたと悟らされる。


 それでもはしごの準備をして、トラックを退ける作業にかかろうとしたところで、屋敷の中が騒がしくなり始める。

 犬が吠える声だ。しかも1頭ではなく複数。彼らは知らなかったが、屋敷の警備犬が今夜は万全の体制で警備についていた。

 その犬達が、真っ先に異変を察知して警報装置の役割を果たしたわけだ。


 襲撃者達も、警備犬の存在は詳しくは知らないが、番犬くらいには考えた。そして不味いと思ったところで、屋敷の各所に常夜灯以外の明かりが次々に灯り始める。大きな懐中電灯か、ちょっとした探照灯の照射までも始まった。

 こうなっては、奇襲どころではない。


「チッ! 一旦あそこの角まで下がるぞ。30分もすれば変電所を襲撃して、ここいら一帯停電になる。それに、屋敷の連中が外を確認したければ、出てくるしかないだろう。あの忌々しいトラックを動かすかもしれない」


 その言葉に全員が頷き、すぐにも動きを再開する。

 そうして影に隠れること約30分。予定通り東京中心部は闇に包まれた、筈だった。


「何であの屋敷の明かりは落ちない。それに、この周りもだ」


「自家発電でしょう。病院など公共施設には一部で導入されつつあると聞きますが、屋敷にまでとは、やはり憎き財閥だけありますな」


「感心している場合か! 鳳の襲撃は中止だ。こうなったら、近くの三菱の屋敷の支援に向かうぞ」


 そう言って近くの鳥居坂の山崎邸に視線を向けるも、そこも明かりは落ちていなかった。それどころか、鳳の本邸と同じように常夜灯以外の明かりが煌々と灯されている。

 火の手も上がっていないし、大きな音も聞こえないから、襲撃がまだ決行されていないか、失敗したと見るべき状況だった。


 そして彼らは知らなかったが、周辺に幾つも存在する大きな建造物の上から、彼らを見る者達がいた。

 

橘孝三郎 (たちばな こうざぶろう):

農本主義思想家。農本ファシストであり、超国家主義者。

五・一五事件では、塾生7人を率いて東京の変電所を襲撃。

この世界では、五・一五事件が未発なので今回エントリー。



ガソリンを入れた一斗缶:

この時代、ジェリカンはない。1936年にドイツで発明され、1937年からドイツ軍に導入される。

第二次世界大戦中に連合軍も模倣して広まる。

ジェリカンはドイツ製が20リットルで、一斗缶は一斗(18リットル)入り。

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― 新着の感想 ―
[一言] 短機関銃も自動小銃も機関銃もたんまり用意して盛大にもてなしそう。
[良い点] 大きな建造物の上から、彼らを見る者達に期待 あと警備犬GJ [気になる点] 海軍側の襲撃者の連中が 篤志家である鳳財閥を 他財閥と同列視するという救い難いところ [一言] ・橘孝三郎が登場…
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