445 「事件の傾向と対策(3)」
「海軍は、内心で不満溜めている奴も多いからな」
「それだけではありません。現在行われている軍縮会議から離脱する、最後の機会と捉えているようです」
お父様な祖父の声に、時田が補足する。
(このタイミングで海軍軍縮会議は、もう死亡フラグ並みよね)
バッドタイミング過ぎる状況の重なりに、参加者全員がマイナスな反応を示す。けど、凹んでばかりもいられない。
「それで時田、海軍の不穏分子は陸軍の青年将校と一緒に行動しているの?」
「いえ、連絡を取り合っているのみのようです。仲が良いとは考えられないというのが、現状での分析結果ですな」
「まあ海軍の連中とは、行動理由が違い過ぎるからな。だが、逆に面倒だな」
再びお父様な祖父が口を開くと、そのまま二人の会話を周りは聞く。
「はい。予測が付きにくくなります。それに、バラバラに動かれるのも厄介ですな。現に、監視が密にできておりません」
「全部まとめて一網打尽、快刀乱麻が理想だからな。で、海軍の連中の規模は?」
「4年前の事件の直接の関係者が5名。これが中心です。以前同調していた陸軍士官学校の本科生達は、一部が陸軍の青年将校の方に合流しております」
「5人だけか?」
「いえ、シンパまで含めると数十名。それに民間の協力者も、かなり加わっています。海軍軍縮への不満も年々積もっておりますし、組織を作る時間がありましたからな」
「連中、何かできそうなのか?」
「はい。放置していれば、ある程度の事は可能でしょうな」
「同時にされたら厄介だな」
「全くですな。我々も監視はしておりますし、憲兵隊や警察も注意していますが、陸軍の方にどうしても力が向いております」
「こっちの手駒、前倒しで増やせるだけ増やすか」
「それが宜しいかと」
時田が頭を下げた事で、二人の会話に一定の区切りはついたみたいだ。
そしてお父様な祖父が言うように、鳳は大陸、満州に実質的な傭兵を多数抱えているから、事件に対応する為に多数を東京に呼び寄せる準備をしている。
「もう、東京に入ってきているのよね」
「まだ一部だ。日本に居る大半も、まだ関東各所で待機だ。工事現場の増加に伴う警備員の増員、港での荷役、重機の操作員、理由は色々だがな。前日からは、関係各所と工事現場などに入り込む」
「事件前には、屋敷の周りの鳳ビルのあたりで工事を装うのよね」
「ああ。どこもかしこも、特に鳳関係はまだまだ工事だらけだからな。誰も疑わん。しかも鳳御殿の間にある外堀通りの下じゃあ、道を掘り返して地下鉄の工事中だ。それに合わせて、周辺も大規模な改修工事を実施予定。実際、地下道の付け替えがあるからな」
「25日夕方、立て看板による通知。22時より一部通行止めを開始。26日の深夜には各所を完全に封鎖し、さらに煌々と照明を灯した夜間工事の開始を予定しております。26日深夜から未明に行動開始するなら、当事者達が知る事は難しいでしょう」
「官邸の南西側からは近寄れない?」
「山王の辺りは、事実上の全面封鎖だ。それに鳳ビル、鳳ホテルの両方の正面玄関前は大型工事車両で塞ぐ。特に鳳ビルは入念にな。この本邸の正面と裏門も、ギリギリのところで大型車を止めるから、車両じゃあまず入ってこれんぞ」
「大砲か爆薬が必要そうね」
「車は鍵も外して油も抜いておくから、機関銃じゃあ残骸になるだけだからな。それに、六本木から官邸方向に伸びる道の交差点など、連中の進撃経路になりそうな所を何箇所か、似たように夜間工事で実質的に封鎖する。工事現場は実際に活動するから、それに紛れてこっちの手駒も伏せる」
「妨害というより嫌がらせの類ね。行軍中とかに、首謀者を狙撃した方が楽なんじゃないの?」
「お前、相変わらず怖い事言うよな。捕まえるって考えを最初から捨てるなよ」
「首謀者が数人残ればいいでしょ。軍人が勝手に動いた時点で、容赦の必要もないわよ」
「その論法で言えば、お上に隠れて大量の武器を所持している俺達も似たようなもんだぞ」
「お話の上での悪役は、何しても許されるのよ。まあ、悪に徹するなら、動く前にって、手もあるだろうけど」
「そう出来れば、楽かもしれないね」
「出来れば、こうして顔を突き合わせる程の事でもないわね。それに、狂人の戯言になっちゃうわ」
お兄様の諭すような口調には、ため息しか漏れてこない。私達は力を持っているから、何でも出来ればこれほど楽な事はない。
けど、大陸のような無法地帯じゃない以上、相手に先に手を出させてそこを押さえる以外の手は取れない。
そして誰もが現実に戻ってくると、お父様な祖父が仕切りなおす。
「さて、下らん妄想は横に置いて、少しばかり現実を見るか。他の動きは?」
「夜間演習が行われるようになってから、警視庁が陸軍の東京警備司令部に対して取り締りを要請しております」
時田の言葉にお父様な祖父が、やっぱりといった表情。お兄様も似た感じだ。
「だが、なしのつぶてか。憲兵と警察は仲が悪いからな。それで警視庁は?」
「警戒態勢は強化しています。また、特別警備隊の武装強化が、ようやく最低限ですが揃いました」
「宇垣さんが強引に進めたお陰だな。だが、装備は機関短銃なんだろ?」
「はい。軽機関銃は、さすがに重武装すぎると否定されました。ですが、鳳が献納したトラックを装備しておりますし、人員も若干増強しています」
「本当なら、軽装甲車くらい装備してほしい所だがな」
前世の記憶から放水車ならと一瞬思ったけど、相手が軍隊なのを思い出す。
「軍の完全武装した兵士相手には、それでも不十分でしょう」
「だが、陸軍の横槍で、小銃の保有も否定されただろ。足を引っ張ってどうするんだ」
「足を引っ張るというより、縄張り争いみたいなものですからね。打算ではなく本能ですよ」
お兄様が少しウンザリげに言葉を続ける。
この話は以前も聞いていて、こっちもウンザリさせられたものだ。
「それに首相官邸の警備って、相変わらず少なすぎない? 合計しても10人くらいでしょ」
「すぐに増援が呼べる警視庁が近いってのあるが、うちが分厚すぎるんだよ」
お父様な祖父には、皮肉交じりな笑みとともに返されたけど、要人警護、重要施設警備と言えば21世紀のテロの時代の欧米諸国の警備状況を思い浮かべてしまう。
あの時代、海外旅行に行くと空港には普通に小銃構えた兵士が日常的に警備していた。
それを思うと、どうしても現状の日本の警備体制は甘すぎると思ってしまう。
「じゃあ、軍隊が政府重要施設を警備するのは? 青年将校は、警官相手ならともかく同士討ちの状況は避けたいんじゃない?」
「確かに、それによる警備の強化、事件の抑止には効果があるかもしれない。けどね、軍隊がより政府、内閣、それに総理大臣の指揮下にあるという政治的な形を法制度上でも作らないと、今の日本では政府の重要施設を軍隊に守らせるというのは難しいだろうね。近衛師団の宮城警護が、辛うじて許容範囲内だ」
「玲子の考えは先を行き過ぎだとよ」
お兄様の言葉に一言皮肉を入れたお父様な祖父に強めの視線を向けつつ、無理筋なのを自覚する。
「けど、相手は完全武装の正規軍だとしても、要人の脱出する時間すら稼げない警備ってどうなの?」
「まさか、完全武装の正規軍が押し寄せるとは、流石に誰も考えてないって事だな。俺達ですら、玲子の話を聞かなければ、そこまでしないだろうと考えてしまう」
「確かに」と私もそこでお手上げになる。
第二次世界大戦後、途上国では軍隊によるクーデターはよく見かけるし、ガチの軍部独裁政権なんてのもあった。
けど今は20世紀の前半。近代国家の理想や幻想も込みで、軍が自国政府を蹂躙して軍部独裁政権を作るなんて考えが薄い。
「まあ、出来ない事を考えても仕方ない。続けよう」
気を取り直したお父様な祖父が、一番建設的な言葉を口にした。
そう今は、何が起きる可能性があるのか、何ができるのかを話す場だ。
東京警備司令部:
東京の陸軍の司令部で、東京駐留の各師団より格の高い司令部組織で、警備上の指揮権を有する。
ただし小規模な司令部で、防衛より防災が役目。
特別警備隊:
警視庁の組織。のちの機動隊に当たる組織。
現在の海上自衛隊の組織とは全く関係ない。




