444 「事件の傾向と対策(2)」
「ここまで詳細に夢を見る事があるんだね」
善吉大叔父さんの第一声がそれだった。
確かに私が幼い頃に、記憶をフル回転して呼び起こした『二・二六事件』は、かなり深い。
何せ私は歴女だ。軍事全般に関しては、軍人に興味があってその人達と兵器はよほど深く関連しているか、ゲームで触れたもの以外は疎い。
そうした中で、前世の私のストライクゾーンな年齢層が中心となった『二・二六事件』は、かなり深く読んだり調べていた。ネットの海ばかりか、何冊かの書籍にも手を出したほどだ。
「日本の行く末が大きく変わる分岐点だから、何度も夢に見たのだと思います」
「それをまとめたのが、これというわけか」
「はい。他もそうですけど、夢を見た時に書いても、後でまた違った事を思い出すこともあります。それに、何度も同じ夢を違う面から見る時とか。この件は、特にそれが多かったので、そのまとめも2つめになりますね」
「玲子の苦心の作だな。じゃあ、それを見ながら少しおさらいしておこうか。俺も忘れたり朧げなところがある」
「それでは、私が代表して要約させて頂きます」
お父様な祖父の言葉を受けて、今度は時田が私の書いた紙面を手に取る。
進行役をしてくれるという事だ。
「玲子お嬢様、いえ夢見の巫女の示した内容では、昭和5年辺りからの陸軍での統制派と皇道派の思想の対立が遠因となります。
陸軍の大半は、総力戦体制の構築を目指す統制派を支持。しかし一方では、皇道派の青年将校達が先鋭化。政治腐敗、農村困窮の一番の原因は、元老や陛下に近い重臣の方々と考え、彼らを排し陛下の親政を実現すれば諸々の政治問題が解決すると考えるようになります。
この中で「昭和維新、尊皇斬奸」などの標語とも言える言葉が出て参ります」
「この点は、連中の考えは今も変わりなしだな」
時田が少し間を開けたので、お父様な祖父の小さなつぶやき声が聞こえた。
「そこに犬養毅総理の暗殺、軍部の台頭、政党政治の崩壊により政情が不安定化。政治家の一部は、急進的な青年将校を利用する事で、軍拡と総力戦体制の早期構築を目指すようになります。
そして荒木貞夫の事実上の失脚、真崎甚三郎の辞職、永田鉄山の暗殺、その他クーデター未遂が多発。これに対して政府、軍中央は、青年将校、いえ皇道派将校が多く所属する第一師団の満州派遣を決定。
彼らは、満州派遣前に決起を決定。2月26日に行動を起こします」
「改めて聞いても、碌でもない状況だな」
「では、次は俺が中心人物の現状を説明します。こちらが、その概要です」
続いてお兄様が、一枚の紙面を机の上に置く。そこには私が歴女時代に良く目にした人達の名前と、現在の配属先が書かれていた。
香田清貞(歩兵第1旅団副官)
安藤輝三(歩兵第3連隊第6中隊長)
栗原安秀(歩兵第1連隊附)
村中孝次(歩兵第3連隊第7中隊長)
磯部浅一(陸軍一等主計・歩兵第3連隊附)
中橋基明(近衛歩兵第3連隊附)
北一輝 (思想家)
野中四郎(満州・戦車第1師団)
西田税 (陸軍省)
「西田税は、玲子ちゃんの夢だと軍を辞めて思想家になっているんだね」
「はい。西田様は病気で軍を退いてからは、青年将校達やそれを支援する人々のまとめ役になります」
「だが西田は、道を踏み外す事なく任務に精励しているよ。もっとも、青年将校達の情報をもたらしてくれるのは、主に西田だけどな」
善吉大叔父さんに答えた私の言葉を継いだお兄様が、また少し悪い笑みを浮かべる。
お父様な祖父も楽しげだ。
「スパイさせているんだったか?」
「向こうは、西田を騙して、こちらをスパイしているつもりですけどね。西田は役者ですよ。玲子に教えられた情報を中心に、こちらで掴んだ情報で連中に食い込み、情報収集を図るとともに、彼らを分断している」
「分断までか。では、この名前が挙がった者達も、一枚岩じゃないのかい?」
「いえ、さすがに偏った所属の者達で結束は強いですね。ですが、下に書いた野中四郎は切り離しました」
「けれど、その野中は玲子ちゃんの夢だと歩兵第3連隊第7中隊長だが、今は村中という者が指揮をしているから、あまり状況は違わない事になるのかい?」
「詳細は不明です。ですが、約7、80名の似たような考えの者がいましたが、彼らと関係が深い者は半数程度にまで数を減らしています。
それに高級将校との繋がりは、玲子の夢と比べると希薄です。西田がいないせいか、北一輝との連絡もあまり頻繁でありません」
「まあ、その辺を含めて、玲子の夢で経緯を追ってみるか。玲子」
「はい。それじゃあ、夢と現実の違いも加えつつ説明します」
話しを振られたから、最初の言葉だけで一旦言葉を切る。そしてほんの少しだけ、どう切り出すかを考えてから、再び口を開いた。
「統制派は総力戦で大陸一撃論、皇道派は精神論で対ソ攻撃論です。けれども現状の大陸は、少なくとも日本が手を伸ばしている地域は、日本に従順な張作霖の中華民国政府が統治していて、日本に反抗的ではありません。
だから一夕会は割れず、統制派、皇道派共に生まれていません。中核となった永田様と小畑様も、交友関係を維持されています」
最後の言葉に、お兄様が強めに頷く。出世競争的には永田鉄山がリードしているけど、対立はしていない。
「皇道派の青年将校ですが、私の夢では日本経済、特に農村の困窮が酷く、それが彼らを急進的な方向に向かわせる大きな一因になりました。日本が困窮するのは、腐敗した政治家と一部財閥が悪いのだ、と。
現状でも農村の一部は困窮していますが、私が見た夢よりも随分と状況は緩和されています。ですから、貧富の格差の点で、先鋭化する将校は減っている可能性は高いと判断できます。まとまりがない理由の一つも、ここにあると考えられます」
(もしかしたら、兵隊大好きな安藤輝三が離脱するかもしれないしね)
「だが玲子、玲子の夢にあった武藤さんと青年将校の言い合いは、3年ほど前に起きているよ。それに北一輝の思想への一部将校の傾倒も」
「はい。今の日本と世界経済から考えて、困窮の全てを無くすのは、どうやっても無理です。彼らが、政治家と財閥の癒着などの政治腐敗を憎むのも、多少極端ですけど国民の声ですから」
「うちなんか、その最たる財閥だな。だが連中の中に『国体』って物騒な言葉は出てきてないんだろ」
「それも、西田さんがいないからでしょうね。北一輝の言葉は、小難しいですから」
私が少し冗談めかすと、大人達が儀礼的に小さく笑ったり、軽く肩を竦める。
最初にそれを止めたのは時田だった。
「しかし彼らは、玲子お嬢様の夢で起きた様々な事件を飛び越えて、突然今回の蜂起に動くでしょうか?」
「確かにクーデター未遂や計画は基本的に、昭和7年の海軍の一件くらいだ。しかも、こっちが拍子抜けする程お粗末な結末だったしな。そういえば、あいつらの一部も合流する可能性があるぞ」
初出しの情報だ。確かに五・一五事件のメンバーで塀の向こうにいるのは、大川周明と撃ち合った2名だけ。他は事件の際に捕まった2名の将校も、海軍は追い出されたけど、塀の外に出てきている。
確か五・一五事件に直接関わった将校は6人だから、4人動ける。いや、第一次上海事変が未発だから、もう1人いた。その人物、藤井斉は血盟団事件の黒幕に近かったので、その一件で海軍を事実上追い出され、その後は革命家として頑張っていた。
私の前世の歴史のポジション的には、西田税ほどでないにしても、士官学校事件で陸軍を追われた村中、磯部に当たるんだろう。
そして鳳の情報網は、この藤井が色々と日本を引っくり返す活動している一環として、陸軍青年将校とコンタクトをとっているのを掴んでいた。
(二・二六事件メンバーと五・一五事件メンバーの夢のコラボとか止めてよね。悪夢すぎよ)
五・一五事件:
直接関与したのは、海軍将校6名、陸軍士官学校の本科生が1ダースほど。あとは民間人が数名。藤井斉は、全体のリーダー。藤井斉は、事件前の第一次上海事変で戦死。
支援したのが西田税。けど、土壇場で仲違いして西田は拳銃で撃たれて死にかける。




