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悪役令嬢の十五年戦争  ~転生先は戦前の日本?! このままじゃあ破滅フラグを回避しても駄目じゃない!!~  作者: 扶桑かつみ
物語本編

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437 「公害対策」

 話し合いだからお酒はなし。テーブルの上には、コーヒーとお菓子が置かれている。

 今日のお菓子は、ベルタさんお手製のハロングロットル。ラズベリーのジャムがのった、スウェーデンのクッキー。


 紅龍家を訪れる時は、大抵何か手作り菓子を用意してくれている。前も、スウェーデン人が大好きなシナモンロールだった。

 ハロングロットルは、口の中で解けるようなホロホロした食感が面白い。


 そして紅龍先生は、相変わらず甘いもの好きなので、二人して食後のデザート的に楽しむ。けど、このまま食べ続けたら、しばらく食事に気をつけないといけないかもしれない。


「さてと、そろそろ本題に入りましょうか」


 手をパンパンと軽くはたいて、手についたクッキーの粒を落とす。私の対面では、紅龍先生がコーヒーをクイっと空けてしまう。

 そして手で何かの合図をすると、部屋の隅に控えていたこの家のメイドが、紅龍先生に次のコーヒーを運ぶ。

 その新しいコーヒーの香りを楽しみつつ、紅龍先生が口火を切った。



「岐阜の神岡鉱山の鉱毒の原因だが、玲子の言った通りの結果が出たぞ」


「それは何より。カドミウム自体は?」


「そっちもだな。カドミウムがこれほど生物に有害とはな。それにしても、塵も積もれば山となるとは、まさにこの事だ」


 お題は公害。しかも、これもどちらかといえば将来のお話。何年も前から、紅龍先生に頼んでいた事だ。それを紅龍先生は、鳳大学の専門家や、北里研究所、理研、理化学研究所を通じて、専門家を使って、かなりの期間をかけて調べていてもらった事。

 中間報告や報告書は今までもあったけど、決定的という話になったので一度こうして直に話を聞きに来た。


「嫌な山ね」


「全くだな。しかし、現地での状況は、稲の育成が悪いという程度で、明確な人体への健康被害は報告されていない。あっても、報告されない程度という事だろう」


「住民調査はしたの?」


「現地の医者の報告は、集めて分析させた。もしかしたら、腎臓への軽い障害が見られるかもしれないが、まだ生死に関わるほどじゃない」


「そう。良かった。それで対策は?」


「原因が分かってしまえば、どうという事はない。鉱山の製錬に伴って出た廃水を、正しく処理してしまえば良いだけの事だ。何もせずに垂れ流すから鉱毒になるのは、過去にいくらでも例がある。微量のカドミウムが原因なら、100%とはいかないかもしれないが、人体に影響が出るほどにはならないだろう」


「うん。じゃあ、あとは名前だけ貸してちょうだい。三井の鉱山には、徹底的に対策してもらうから」


「それなんだがな、ご進講で鉱毒の話も陛下にしているので、西園寺公や牧野内大臣のお許しがあれば、場合によっては陛下の名を出せるぞ。まあ、出してしまうと、あの鉱山はタダでは済まんだろうがな」


(そういえば、発端はご進講のネタ提供だったっけ)


「それは鬼に金棒ね。けど紅龍先生の名前だけで十分よ。自分の名声の高さを、少しは自覚したら?」


「私は医学者であっても、公害、鉱毒の専門家ではない。しかも医学者であっても細菌が専門で、化学もするが鉱毒はさわり程度しか分からん」


「いいのよ、そんなのは。紅龍先生が健康に悪いって言ったら、日本中どころか世界中が認めるわよ」


「そういう風評的なものは好かんのだがな。だがこれは、紛れもなく健康被害に繋がる鉱毒だ。道化くらいは演じてみせよう」


「その時はお願いね」


 そう言って、私は満足してコーヒーを口にする。

 これで現在進行形の鉱毒問題、一番重要な話は済んだので、後は他の公害予備軍の経過とかを聞くだけだからだ。

 そして紅龍先生は、別の紙束をすぐにも机の上に置く。


「それが、次の中間報告だ」


「次、という事は、水銀のやつ?」


「ああそうだ。こちらはもう少しデータ収集に時間はかかるが、大当たりだよ。それにだ、事が起きてしまわないと、神岡鉱山以上に事前には掴み辛いのも分かった。流石は玲子だな」


「私は悲劇を夢に見ただけよ。けど、もっと先の話だから、まだ大丈夫だとは思うけど」


「だろうな。だが日本窒素肥料は、1932年から熊本の水俣で触媒に水銀を使っている。現状では問題ないが、有機水銀が海中に大量放出されでもしたら、玲子の話通り一大事になるぞ」


「うん。事前に手を打てそうで良かった。これで、残るは一つね」


「喘息か。しかし、四日市には工場は作らんのだろう」


「まだね。水島の次は千葉。まあ、大気汚染が原因だから、工場のばい煙をあまり出さない仕掛けを作ってもらうしかないから、そっちは虎三郎に任せているわ」


「大気汚染か。工場の出す黒い煙は、見るからに不健康だからな。だが、大規模な石油化学コンビナートだけでいいのか? ばい煙なら、石炭の方が余程多いと思うが」


 その言葉で、21世紀でも石炭をアホほど使う大陸から流れてくるPMなんとかが問題になっていた事を思い出す。


「規模にもよるけど、確かに全部に対しての方が良いでしょうね。けど、効率が落ちたり、処理に余計なお金がかかるから、企業は絶対に嫌がるのよね」


「その時は、我が名を存分に使うが良いぞ」


「そうさせてもらうわ。まあ、うちが率先して処理を行って、技術を他に売りつけるから、紅龍先生の名前はあんまり使いたくないけどね」


「お前、大気汚染を商売にするのか?」


「なんでも商売にするのが商人よ。それに商売にしておけば、それを開発する人たちも出てくるかもしれないでしょ」


「……なるほどな。そういう可能性もあるのか。それよりだ、これで玲子の言った四大公害病とやらは、すべて事前に阻止できるのだな」


「少なくとも大惨事にはならない筈よ。国や企業も、問題化して被害者への莫大な補償金や医療費、それに悪印象を持たれる事を考えたら、渋々でも動くでしょうしね」


「そうあって欲しいな。まあ、そうなるように、論文と建白書を書くとしよう」


「そこは本当にお願いね。今や日本一、世界一の権威だから」


「持ち上げても何もでんぞ。それにだ、玲子に言われても罪悪感の方が先に来る。ノーベル賞関連以外でも、一体どれだけの未来の知恵、未来の人々の功績を横取りした事になるのかとな」


「横取りしたのは私よ。それに沢山の人が助かるんだから、万々歳じゃない。同じ状況なら、誰だってするわよ。逆に、しない方が問題よ」


「そう思うしかないな。それに玲子も、いの一番に新薬に手をつけていたな」


「それは紅龍先生が、目ざとく私に接触してきたからよ。こんなに上手くいくとは全然思ってなかったし」


「まあ、その辺りは、巡り合わせという奴だな。もしくは、因果や天命と言った人知を超えたものだ。気にしても仕方ない」


「天才医学者がそんな事言ってて良いの?」


「構うものか。玲子の夢など、未だに理解の「り」の字も出来んが、世の中そういうものがあっても良いだろ」


 そんな事を言う紅龍先生を、私は静かに見つめてしまう。


(まあ、私が転生して他人の体を借りてる事なんて、分からない事の典型よね)


「それもそうかもね。それにしても紅龍先生、少し丸くなった? 昔なら解き明かしてやるとか言ってそうだけど」


「そうかもな。丸くなったとするなら、妻や子供達を得たお陰だろう。ベルタとの出会いも、本気で天の巡り合わせだと思ったほどだからな」


「ハイハイ、その惚気話しは何度も聞きました。けど、一目惚れとか、ちょーうらやましー」


「こればかりは運命や天命の類だ。誰にでもあるとは限らんだろ。だが晴虎君と玲子は、十分にその類だと思うんだがな。あれほどの男子は、日本にそうそういないぞ」


「そんなの、紅龍先生よりずっと知っているわよ。それに、一目惚れとかはないけど、十分に恋愛婚なくらいに逢ってるしね」


「そうか、それは何よりだ。それに私から見れば、十代の若い間に結婚するまで、そうした時間を過ごせる方が羨ましく思うがな」


 そう言いつつ、少しトオイメをする紅龍先生。紅龍先生のことだから、学生時代は勉強が恋人だったんだろう。

 それを見て少し吹いてしまう。


「お互い無い物ねだりね。さあ、小難しい話もこれでお終い。アンナちゃん達ともう少し遊んだら、帰るわね」


「明日も学校だろう。いっそ泊まって行ったらどうだ? 皆喜ぶ」


「……それもありか。シズ、連絡とかお願いできる」


「はい、お嬢様」


 それだけでシズが下がる。電話連絡などする為だ。

 そんなシズの後ろ姿を見つつ、紅龍先生が少し優しい表情になる。


「シズか。あれも玲子付きになって長いな。そろそろ、相手を見つけてやっても良いんじゃないか?」


「うん。みっちゃん達がもう16で十分お勤めは果たせるからって、言ってはいるんだけどね。私が嫁入りするまではって、言って聞かないのよ」


「忠臣だな。それなら玲子は、尚のこと早く結婚してやらんといかんな」


「分かってる。女学校卒業したら、即結婚するわよ。あ、そうだ、一つお願いしても良い?」


「構わんが、その流れだと結婚に関してか? 諸々への参列くらいなら当然するが」


「そっちは、それでよろしく。それよりその後、一人目か長男はともかく、二人目か三人目辺りで名付け親になってよ」


「良いのか?」


「良いから頼んでいるんでしょう。お父様にも許可はとったわ。玲華ちゃんに私の名前から一字を取ったんだから、それくらいしてよ」


「なるほどな。心得た。男女どちらも考えておこう」


 相変わらずというか、こういう時は妙に自信満々に請け負う紅龍先生を見つつ少し思う。


(まあ、一種の願掛けね。日本一の幸運を掴んだ男の人に将来の約束の一つもしておけば、私の未来も多少は明るくなりそうだし)


 そしてこれで私個人の用事は済んだので、少し居住まいを正す。


「じゃあお願いね。それと、もう一つお願いしても良い? ちょっと問題なんだけど」


「問題か。公害より厄介な事か?」


「厄介な事よ。だから、まずは話を聞いてから判断してちょうだい。何せ、まずは陛下の近臣の方々と、最終的には陛下にお願い頂く事になるから」


 そこまで言うと、紅龍先生が私を真剣に見つめて、そしてかなり大きめのため息をつく。


「余程の事なんだな。出来る限りはしよう。なに、私が西園寺様に叱られれば済む事だ」


 そう言ってカラカラと笑うけど、ほおが僅かに引きつるのを私は見逃さなかった。西園寺公望が怖いのは、今も同じらしい。

 けど、この布石は是非とも打っておきたいので、紅龍先生には骨を折ってもらう事になるだろう。


岐阜の神岡鉱山の鉱毒の原因:

イタイイタイ病 (イタイイタイびょう)。

日本最大の銅山、岐阜県の三井金属鉱業神岡事業所(神岡鉱山)による鉱山の製錬に伴う未処理廃水により、神通川下流域の富山県富山市を中心に発生した公害病。カドミウムが原因。



水銀のやつ?:

水俣病 (みなまたびょう)。

「公害の原点」ともいわれる。工場から排出されたメチル水銀化合物(有機水銀)により汚染された海産物を日常的に食べる事で体内に蓄積され、中毒性中枢神経系疾患が集団発生した公害病。

四大公害病のもう一つも新潟の第二水俣病で、原因は同じ。



四日市には:

四日市ぜんそく。工場ばい煙(大気汚染物質。主として硫黄酸化物)が主な原因。

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― 新着の感想 ―
[一言] 四日市ぜんそくの対策(というか亜硫酸ガス対策)となると脱硫装置でしょうか。 世界的に硫黄鉱山が割に合わなくなるあたりこれも痛し痒しではありますが
[気になる点] 公害ではないけれど、医療関係の問題だったら、注射器の使い回しと粉ミルクのあれこれの問題とかも今のうちに対処した方が良いのでは?
[気になる点] 昔近所に住まれていたお爺さんが足尾銅山の鉱毒で肝臓が硬化しカフェインを一切取れない状態と聞きましたそれでも90代までご存命でしたけど世界中でも銅山跡地は結果的には掘らないほうがコスト安…
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