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悪役令嬢の十五年戦争  ~転生先は戦前の日本?! このままじゃあ破滅フラグを回避しても駄目じゃない!!~  作者: 扶桑かつみ
物語本編

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434 「新首相誕生」

「イヤイヤイヤ、これは流石にないでしょ。ねえ」


「だがもう決まった事だ。それに、お前の夢でも近いうちになるんじゃなかったか?」


 そう。あと2年ほどすれば、この人は私の前世の歴史上で一度目の総理大臣となる。けど、やっぱり早すぎる。しかも唐突感が半端ない。

 だからお父様な祖父に対して、私は全力否定をしたかった。


「そうだけど、他にいるでしょ、他に」


「いないから、指名されたんだろ。それに当のご本人も、昭和研究会なんてもんを作って首相になる準備もしているじゃないか」


「そうかもだけど、これはないでしょ。てっきり、宇垣さんがなるものとばかり」


「まあ夢にない事が起きたからって、慌てるな。だが慌てるついでに、一つ教えてやろう」


「なに? これ以上はないと思うけど?」


「俺も候補のそのまた候補くらいには入っていたらしい」


「へーっ。けど、宇垣さんが内閣作れば、大臣の目くらいあるんじゃない?」


「一言言う前に、驚けよ」


「可能性がなさすぎて驚きようがないわよ」


「そうかよ。それならもう一つ良いことを教えてやろう」


「今度は何?」


「近衛さんってのは、俺も驚いている」


 珍しく昼行灯じゃないお父様な祖父の顔がそこにあった。


 床次総理の急死の後、結局、重臣達が次の内閣総理大臣にと陛下に奏薦そうせんしたのは、私が全く予想していなかった人物、いや、誰もが数合わせと思っていた人物、半ばお付き合いで候補になった人物、そして消去法で選ばれた人物、近衛文麿だった。

 私的には、まさに『近衛文麿爆誕』だった。


 けど、誰にとっても、青天の霹靂だったんじゃないだろうか。私も、第一報を聞いた時には、驚いたり慌てたりするよりも先に、「エェ」ってなってしまった。

 なるだろ、普通。

 はっきり言って、呼んでもいない奴が突然やってきたような心境だ。


 しかも当事者も同じ気持ちだったらしい。

 当の近衛文麿は慌てて抗議に行ったらしいけど、西園寺公と並み居る元首相経験者達の圧に押されて諭されてしまった。

 しかも宇垣一成は、決定を快く受け入れた。当人としては、臨時でも総理をしたので気分が良かったのと、来るべき長期政権を狙っての偉い政治家達への得点稼ぎと行ったところだろうと、お父様な祖父が評していた。


 そして近衛文麿の国民人気は既に高いので、決定前に会議の話が意図的に漏れ伝わってくると民意も「まあ良いんじゃね」という雰囲気。こうなると、近衛文麿も断りきれなかった。

 かくして、誰もが予想していなかった近衛文麿内閣総理大臣と近衛内閣が誕生してしまった。

 1935年の秋に。


(でもまあ、近衛文麿が総理なら『二・二六事件』が起きても、暗殺対象にはならないかも。逆に、いっその事ズドンとやっちゃってくれた方が、後の日本の為かもしれないけど)




「それで総研は、総理以外の人事はどう予測したの?」


 日曜に床次さんが急死し、10日に新しい総理が誕生した平日の午後、私は鳳ビルの地下にいた。ついて来たのは、お芳ちゃん達側近の頭脳担当2名、それにシズとリズは休日かシフト外の時間なので、みっちゃん達同世代の護衛で押しかけている。

 しかも学校が終わってそのまま着替えずに来たので、まるで社会見学状態だ。

 そんな状態でも、貪狼司令は眉一つ動かさない。


(そういえばこの人、いつまで副所長なんだろ。いい加減昇進しないのかな?)


 貪狼司令は答える前に、いつものように自分で黒板に要点を書きつつ、副官となった涼太さん達部下に資料などを準備させている。

 一応アポを取ったとはいえ、仕事中に押しかけて何だか悪い気がしないでもない。


 それはともかく、黒板の一角に『宇垣閥』と書かれている。



 ・宇垣閥

南次郎  (陸士6期)

阿部信行 (陸士9期 (前)陸軍大臣)

杉山元  (陸士12期 参謀次長)  

小磯國昭 (陸士12期 第5師団長)

建川美次 (陸士12期 第10師団長)



「既に死んだ者を除外して、宇垣一成の有力な派閥の人物となると以上になります」


「南様は、この春の事件で退役されているわよね」


「はい。ほとぼりが冷めたら、鳳の相談役に就いていただく段取りで進んでおります」


(他は、建川って人以外、3人とも前世で見覚えのある人達ね。こんな所からも、宇垣一成がすごい人物だって分かるわけか)


「それで、宇垣さんの派閥と人事にどう関連してくるの? やっぱり、宇垣さんが総理にならなかったから、影響力確保で押し立てたい? それとも、宇垣さんが引いたから、ここは合わせて自重?」


「自重の方かと。それと最新情報ですが、内閣の混乱を大きくし過ぎないため、『相沢事件』で引責辞任が決まっていた阿部信行の陸相辞任を少し延期するようです」


「まあ、無難なところね。阿部信行は、とばっちりみたいなもんだし」


「確かに、運が無かったと言ったところですな」


(まあ、この時期に総理になる近衛さんも、運は無さそうだけどね)


 私が思っている間に挙手。グルグルメガネの頭脳担当、銭司でずだ。


「次の陸相は、これらの方以外という事になるのでしょうか?」


「そうだ。誰だと思う?」


「……誰かは分かりませんが、全ての面で中道的な人物になるのではないでしょうか」


「うん。それで正しい。お嬢様、陸軍大臣、陸軍次官、教育総監、教育総監本部長、この4つが入れ替えとなりますが、本部長は候補が絞りきれておりません」


「他の三名は?」


「陸軍大臣・川島義之、陸軍次官・古荘幹郎、教育総監・渡辺錠太郎あたりが最有力です」


(渡辺錠太郎が真崎の後任かあ。ある意味、因果は巡ってるなあ。けどまあ、前世の歴史と違ってイザコザはないから、二・二六事件でターゲットにはならないよね)


 私がまた思いを馳せていると、今度は年々エリートOLじみてくる福稲くましろが挙手する。


「阿部信行は、宇垣一成の影響の強い人物でした。陸相の後任に、永田鉄山らの影響が強い人物の可能性はないのでしょうか?」


「その線は総研でも議論になった。だが、陸軍の実務職の連中、一夕会は、宇垣一成とは現状では妥協しあっている。陸相には無難な人選をして、自分たちの意見は宇垣に直接通させるのではという結論だった。それが一番手っ取り早いからな」


 答えの最後に、少し悪い顔をする。私が相手だったら、もう一言悪態がおまけについていたかもしれない。

 ただ今日の私は、全員の聞き役になってしまっていたから、特に絡みもせずに黙ったまま聞く。そんな私に、お芳ちゃんが一瞬だけ視線を向けた後、小さく挙手する。


「陸軍の状況は分かりました。他の人事が動く可能性は? 近衛首相は他の大臣を入れ替えたりするでしょうか?」


「現状では、自分以外はそのままの線が濃厚だな。だが、そろそろ海軍にも、何か役回りを回す方が良いのではという意見もある」


「陸軍が悪目立ちしたくないからね」


「左様です。どこかの大臣に、既に海軍を退役した誰かを、という話が出ております」


 私がポツリと言ってしまったので、慇懃な言葉が返ってくる。そして海軍という単語で、二人の人物を思い浮かべる。


「斎藤実それとも岡田啓介?」


「流石はお嬢様。年齢的にも、岡田啓介が無難だろうと言う声が強いようです。斎藤実の声もありましたが、内大臣の牧野伸顕が病気がちですので、その後任にと当の牧野が推しています」


「どっちも英米派だし、右翼の急進派やドイツに擦り寄りたい連中の牽制にもなるものね」


「全くおっしゃる通りで」


「了解。まあ無難なところね。けど、何にせよ大臣に元軍人が増えるのね」


「お気に召しませんか?」


「下手な政治家より相応しい人ばかりとは思うけど、次の選挙では政治家に戻って欲しいわね」


「本当にそうね」


 貪狼司令じゃなくて、後ろに控えているマイさんの声。その声は、誰よりも憂いていた。

 首相が病死した事よりも、教育総監殺害の方が気を重くさせるという事を象徴するような声だった。


昭和研究会:

近衛文麿の私的ブレーントラスト(政策研究団体)。

共産主義者のスパイの尾崎秀実も属していた。

会自体が、社会主義的、旧体制打破な性格があった。



奏薦 (そうせん):

元老、大臣などが、次期内閣総理大臣の適任者や官吏の任官・昇格について、天皇に推薦を行なうこと。



暗殺対象にはならないかも:

近衛文麿は、二・二六事件を起こした青年将校を含め、皇道派に親近感を持っていたと言われる。

無定見でもあるから、この世界では上っ面は親英米派の可能性も十分ありうる。



渡辺錠太郎 (わたなべ じょうたろう):

二・二六事件で殺された一人。貧しい家の出ながら、教養の深い軍人だった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] やっぱ近衛じゃねーか(頭抱え)
[一言] 西園寺公の子か孫がコミンテル影響を受けていませんでしたっけ??
[一言] お祖父様、次の次くらいの候補にはなったのか……。なら鳩山由紀夫……じゃなくて近衛文麿にはさっさと事故か事件で退場して頂いて、継承順位を繰り上げないと。そしてお嬢が影の宰相に!
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