431 「軽井沢での避暑」
相沢事件で大慌てしたお盆明け、人生二度目の軽井沢へやって来た。と言っても、一度目は前世の21世紀に、ちょっと遊びに行っただけ。
それでも車からの景色では、教会など21世紀だと古い建物と同じものを幾つか見ることができる。
そして鳳の別荘というより別邸は、昔から外国人の避暑地として開発された古い地域の少し外れにある。
1920年代後半に周囲を買い足したという山林丸ごとが敷地で、敷地内には質素な木造の旧館、ジョージ王朝風の新館があり、敷地内には自前のテニスコートまである。
西洋かぶれな鳳一族が有するだけあって、全体に気合が入っている。
虎三郎一家やスウェーデン人のベルタさんと結婚した紅龍先生がよく使うのも納得のヨーロピアンの雰囲気満点、まさにお貴族様の別邸だ。
そしてお盆休みの後半は、虎三郎一家とその関係者が軽井沢の鳳別邸を占領する。
虎三郎一家は、次男の竜さん以外。それに婿養子に入った涼太さん。サラさんと結婚を前提としたおつきあいモードの私の秘書でもあるエドワード。
そして私だ。婚約者に誘われたとあっては、断ることなどできよう筈もない。
他は、別邸内にはかなりの広さの使用人棟があるので、私のメイド達と側近達も呼んである。
主に私の警備目的と身の回りの世話もあるけど、虎三郎一家は出来る事は自分でする主義なので、他に行くあてのない人達にとっては半ば休暇措置でもあった。
そして今回、私と同世代の鳳の子供達がいない。
玄二叔父さん一家、龍也叔父様一家、そして勝次郎くんは山崎家で、それぞれお盆休み後半を過ごしている。お父様な祖父ですら、祖母と一緒に熱海だ。
ハルトさんに誘ってもらっていなかったら、私は一人寂しく鳳の本邸で過ごしていた事だろう。
「ハルト兄、玲子ちゃんに変な事しちゃダメだからね」
「本当にそうよ。玲子ちゃんは、まだ女学生なんだから」
「結婚するまでは、節度は守りなさい」
サラさん、マイさん、ジェニファーさんと、虎三郎一家の女子達に集中砲火を浴びたハルトさんは、最後に虎三郎に肩をポンポンと叩かれる。
私的には手を繋ぐ、ハグ、キスといったあたりも今更なので、気合十分な下着とかも用意してきたというのに、内心軽く拍子抜けする情景ではある。
しかも、涼太さんとエドワードも、そんな情景を和かな表情で見ていたりするから、私もその輪に入るより他ない。
とにかく、ゲームの悪役令嬢と違って、私の貞操は結婚初夜まで安泰らしい。
ただ、軽井沢での滞在中は、朝食と夕食以外はそれぞれのペアで別行動が基本だった。
そして到着その日は、到着時点で夕食前の時間帯だったから、夕食を食べて全員で食後も歓談して過ごして、お風呂を頂いたらそれぞれの時間って感じになる。
「律儀に僕の部屋に来なくても良かったのに」
部屋を訪れると、ハルトさんは意外そうな表情を見せたあと苦笑気味にそう言った。
けど、こっちにも女としてのメンツがある。
「みんなは、それぞれカップルで過ごしているんですから、寝るまではご一緒します」
「ありがとう。でも、この状況だと、男として我慢する保証はできないよ」
「構いませんよ。むしろこれで何もなければ、女としての自信を失ってしまいそうです」
「アハハハ、玲子さんは相変わらずだなあ」
そう言って大らかに笑われてしまった。
子供の背伸びと取られたんだろう。確かに、中身がアラフォー転生とはいえ、前世の私の男女の諸々に関しては全く誇れないので、全部ひっくるめても敵わない自信はある。
それに、体つきはそれなりになったとは言え、15歳はまだ子供だと私自身が思ってしまう。
なお、部屋には二人きり。金持ちの別荘なので大きな寝室で、寝室にはテーブルとソファーなど応接セットも置かれていて、私たちはそこで寛いでいる。
シズと側近達は、下がらせるか、お仕事で周囲を巡回中などしているから部屋にはいない。最低でも別室待機だ。
当然、色々察せられての状況で問題ない筈だ。だから私としては、簡単に引き下がるわけにもいかない。
「子供の背伸びに見えますか?」
「ウーン。失礼を承知で言うと、知り合った頃からなんだけど、玲子さんに子供っぽさはないと逆に思っていたんだ」
挑戦的に見返すと、少し困惑気味な苦笑付きでのお答え。お父様な祖父もそうだけど、たまに私を年齢以上に見てくれる人、つまりは転生前の私の影を見る人がいる。ハルトさんもその一人だったらしい。
けど、それはそれ。
「それじゃあ、魅力がありませんか?」
体の主の見てくれには自信があるけど、マイさん、サラさんがいる虎三郎一家の人だと、どうしてもこれは考えてしまう。
けど、ハルトさんは即答だった。
「凄く魅力的だよ。正直、好みだ」
直球ストレート。こっちの、内面の幼さを実感させられる。そしてさらに笑顔の攻撃。
「でもね、僕は玲子さんより一回り年上だから、年齢差には背徳感に近いものを感じるよ。ただなあ、今が初対面で年齢を聞かなかったら、この感情も無かったかも」
「つまり、年齢ですか。法律では15で結婚できますよ」
「年齢差は少しあるけど、僕としてはどちらかというと女学生というのが大きいね。……これは、いつか話そうと思っていた事なんだけどね」
「何か訳があるんですね」
真面目な話っぽいので少し居住まいを正すと、軽く苦笑を浮かべられた。
「そんなに大した事じゃないよ。でも、少し恥ずかしい話だから、二人きりの時に話そうと思っていた。出来れば、結婚する前に。だから家族にも、僕の若い頃の素行は話さないように頼んでいたんだ」
「据え膳に手を出さない理由でしょうか?」
「アハハ、自分から据え膳とか言うかなあ。でもまあ、そんな話。僕は学生時代にある女学生とお付き合いしたけど、結局は手酷く振られてね。で、それ以後は、恋愛には積極的になれないんだ。その傷心の旅も兼ねて、アメリカ留学したほどだよ。あの時は、留学できて本当に助かった」
(こんなところに、元ワガママお坊ちゃんがいたとはなあ。それはともかく、ちょっとした恋愛トラウマか。けど、華族&財閥&イケメン&高学歴を振るとか、どんだけの女子だ? まあ理由は、身分不相応とかだろうけど。ある意味、涼太さんくらい図太くないと、この時代逆にハードル高いよね)
「ハルトさんを振るなんて、凄い女性ですね」
やっぱり気になるので、少し挑戦的にそう返すとまた苦笑された。
「凄い、か。玲子さんらしい感想だね。でもね、僕、いや当時は俺か。俺が悪かったんだよ。金持ちでこの見た目、家柄も申し分なし。でも、まだ何者でもないのに、酷い勘違いしていたんだ」
「以前は俺だったんですね」
(めっちゃ意外だけど、俺の言い方に不自然さはないなあ。てことは、今が『仮面』? 本性は別? それとも単に過去がそうなだけ?)
「そう、俺。子供だから、意気がってたんだ。そしてその末に、大失敗をやらかしたってやつだね」
「その、女性の方は?」
「それきり。振られた時はムシャクシャしたから、何か仕返しというか、嫌がらせをしようかと思ったけど、もう側近がいたから彼に止められて、さらにトラから大目玉」
そう結んで、苦笑満面で軽くおどける。
「まあ、そんな情けない奴だけど、今は違うつもりだ」
続いて真面目な表情になり、きっぱりと言い切った。いつもの柔らかい語調でもない。
だからこちらも、真剣にハルトさんの目を見つめた。そして私が聞くべきことを口にする。
「それじゃあ、鳳の当主、財閥総帥を目指す為というのは?」
「野心はある。でないと、子供の頃から熱心に勉強したり、海外に留学したりしないって。まあ、留学がちょうど良かったのは確かだったけど」
すっかり言葉が砕けている。十代の彼はこんなだったんだと、ちょっと可愛く思えてくる。
そして「ただ」と続いたけど、すぐに今のハルトさんに戻っていた。
「ただ、干支で一回りの差がある玲子さんと婚約できるとは、正直考えていなかった」
「それは私もです」
そして二人して小さく笑い合う。うん、これだけなら完璧なカップル。
それに話すまでもないけど、軽いトラウマがあったとしても、女性がダメという事は無いだろう。今の彼は、フェイクやカムフラージュだとは考えにくい。
(あと、可能性としてはゲイの可能性だけど、二次元のボーイズは良いけどリアルでゲイは一族的には問題よねえ。まあ、それは無さそうだけど。それに、DT感もないしなあ)
「ん? 何か?」
「あ、いえ、自分で言って何ですけど、据え膳と言いましたが、今晩はお話しする以上は避けた方がいいかな、と」
そんな私の言葉に、ハルトさんも頷いて破顔する。
「それが良いと思うよ。このままキスやハグしたら、我慢できなくなりそうだ」
「キスやハグは構いませんが、荒ぶられた時は叫んでシズ達を呼びますね」
「い、いや、それは勘弁して欲しい。玲子さんの側近達からは、たまに凄い視線を感じるんだ。こ、今夜は話だけしよう」
随分と慌てるけど、従者の視線を気にするのは、虎三郎一家は近くに側近や使用人をあまり置かない影響もありそうだ。だからそこで、前から気になっていた事を口にする。
「じゃあ、お話だけ。ところでハルトさんの側近は、どんな方ですか?」
「側近じゃなくて友人かな。今は一緒に働いて、僕の部下をしている」
「お一人だけ?」
「うん。留学まではね。そのあと、アメリカ留学中にハーバードで友人になった奴も、物好きな事に側近に名乗り出た。だから2人。アメリカの奴は、日本とアメリカを行き来してばっかりだね。二人とも、結婚までに一度は顔合わせするよ」
「はい。よろしくお願いします。どんな方かは、それまでの楽しみにしていますね」
「うん。ただ僕には、側近が少ないのは確かだ。その点は、総帥や当主を目指す上ではネックだね」
ちょっと気になっただけだけど、何だか仕事の話になっている。けど、私がする話としては相応しいのだろう。
「そうなんですね。けど、龍也叔父様も、軍に進まれたのもあって側近はお持ちではありませんから、優秀で信頼できる秘書を抱えればよろしいのでは? 鳳の一族に仕える者か、グループ内に候補は何名もおりますし」
「うん。その辺りになるだろうね。今も探しているところだよ。その点、玲子さんは抜かりなしだね」
「殆どは、お父様と時田が用意してくれた人達ですけれどね。けど、大切で頼りになる人たちです。結婚したら、間接的になるでしょうけど、ハルトさんにも仕えてくれると思います。秘書の側近も沢山いますから」
「皇至道さんは凄く優秀らしいね。あ、秘書といえば、舞はどうするんだい?」
「聞いてないんですか。マイさんは、子供を産む間だけ職を離れるけど、出来る限り仕事は続けたいって」
「舞らしいな。子供を育てるのは、乳母にさせるのかな?」
「乳母とまでは言いませんけど、高価値労働をする女性は、育児をする使用人やお手伝いを雇って仕事を維持する方が効率も良いですし、これからの時代には必要な生活様式の一つになると思うんです」
「二人でそんな事を話しているわけだね。僕も、古い価値観に捉われていたらダメだな。玲子さんには、色々教えて欲しい」
「女学生の浅知恵になりますよ」
冗談めかして言葉を返すと、真剣な表情と声が返って来た。
「10年近くも鳳を支えて来た経験者の言葉に耳を貸さないわけにはいかないよ。だから、僕に色々教えて欲しい。そして、鳳を、いや君を支えるに足るだけの男にはなるつもりだ」
「は、はい。こちらこそ」
そう言って頭を下げたけど、下げないと酒を飲んでもいないのに赤面した表情を見られるところだった。顔の温度が急上昇しているのを自覚する。
もっとも、その後の話も色気のない事この上なかった。
そしてこれ以後二人で会う時は、色恋とは無縁の話ばかりをするようになっていく。
そして私の知る事、体験した事を伝え、すぐに活かせるのは大人でないとダメだと痛感もさせられた。同年代の攻略対象の男子達では、仲良くは出来ても短期間でそれ以上は出来ない。
そして、体の主とのゲームで時間も限られている私にとって、自身の破滅を回避したと思える現状で、一族と財閥の将来を早期に何とか出来るのは年長でないとダメなのだ。
なおこの翌朝、二人して欠伸をしてリビングに行ったので、サラさんとかに追及されるも、真実を明かして呆れ返られてしまった。
法律では15で結婚:
戦前は、法律上今より1歳若い年齢で結婚できた。
男子も同様に、17歳で結婚できた。




