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悪役令嬢の十五年戦争  ~転生先は戦前の日本?! このままじゃあ破滅フラグを回避しても駄目じゃない!!~  作者: 扶桑かつみ
物語本編

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428 「相沢事件(1)」

 1935年は8月の11日、18日が日曜日なので、鳳グループは工場が1週間停止する。これに合わせてグループ全体もお盆休みとなる。

 ハルトさんが鵠沼の別荘に来たのも、お盆休みに突入した土曜の午後のことだった。


 けど、お盆じゃない人もいる。お盆は13日から15日だからその前後1日程度が盆休みというところが多く、軍隊も同じだった。

 陸軍少佐のお兄様も14日から休みだから、13日の夕方には鳳の本邸に戻り、15日にお盆の法要と青山霊園にお墓詣りの予定をしていた。


 そして13日夕方、私はハルトさんに送ってもらって鳳の本邸へと帰った。

 鵠沼では、ハルトさんと合流したので色々と覚悟するべきかと思ったど、同世代達と遊び、普通に和気藹々としたファミリー的な数日を過ごしての帰宅だった。

 ただ、鳳の本邸の空気が少し緊張していた。けど私に緊急連絡がないのだから、一族や財閥の大事という可能性はない。


「お帰りなさいませ、玲子お嬢様」


「ただいま時田。何かあったの?」


「まずはお召替えなどを。夕食前に、離れの方にお連れするよう、御当主様より命じられて御座います」


「分かりました」


 本館の居間じゃない時点で、重要度は高い。けど逆に、鳳への影響は低いと見ていい。離れの居間なら、入れる人数も少ないから一度に全員に説明という事もない。

 その程度の情報は簡単なやり取りで手に入ったから、焦らずに身なりを相応に整えて離れへと向かう。


「お父様、玲子です」


「おう、入れ」


 そうして離れ付きの女中が開いた部屋の中には、お父様な祖父と時田が待っていた。

 平日の夕方前だけど、お盆だから大人達がいても不思議はないと思っていたけど、誰もいなかった。本邸まで送ってくれた形の虎三郎の一家も、横浜の屋敷に戻っているからここにはいない。私の秘書のマイさんも、今はお盆休み中だ。


 そして並べられた座布団の数から、もう数名来ると分かったので、上座に近い場所に案内されてしばらく待つ。

 すると龍一くん、玄太郎くんが入って来た。もう15歳だから聞く資格があるから。逆に1つ年下の虎士郎くんはいない。


「今はこれだけだ。時田、頼む」


「はい、御当主様」


 和室なので直立じゃないけど、それでも軽くそして優雅に一礼して、私達の方へと向く。


「本日午前9時45分頃、教育総監の真崎甚三郎大将が、教育総監部の総監室にて殺害されました」


 淡々と語れた事実に、一斉に「えっ?」という言葉が漏れる。私も例外じゃない。というか、私の声が一番大きかった筈だ。加えて、一瞬頭がクラクラしそうになった。

 けど、当主の前での説明中だから、安易に口を挟む事はできない。

 時田も、私達のショックが収まるのを数秒待って、言葉を再開する。


「陸軍内で、ある程度の箝口令が敷かれており、詳しい情報はまだ伝わって来ておりません。ですが真崎甚三郎大将は、即死状態で亡くなられたと考えられます。

 犯人は、相沢三郎陸軍歩兵中佐。所持していた軍刀により、殺害したと考えられております。またその際、室内にいた副官も重傷を負ったと見られております」


 そこで時田の言葉が止まったので、説明終了だ。思った以上に短いけど、当日でこれだけ分かっただけでも大したものだ。


「情報はお兄様から?」


 私の言葉に、龍一くんが一瞬反応する。そして時田の言葉に少し緊張する。陸軍内での事件だから、口では父上は無敵みたいな事を言っていても、やっぱり不安を感じるんだろう。


「左様にございます。ご使者の方が、幸子様に荷物と一緒に届けて下さいました」


「よく通れたわね。というか、お兄様や永田さんが届けさせたのか」


「そんなところだろうが、永田からしたらお礼みたいなもんだろ。それで、玲子はどう思う?」


 お父様な祖父がニヤリと笑みを浮かべた後、私に少し強めの視線を向けて来る。

 そして少し考えるけど、情報が足りない。


「相沢中佐の言葉とかは?」


「『真崎大将に天誅を加えた』とだけ伝わっております」


 時田の追加情報に、さらに思考を重ねる。そしてそんな私を、龍一くんと玄太郎くんが横目で視線を向けている。

 けど、私は首を横に振った。


「情報が少なすぎ。もう少し情報が出てこないと何も言えない。それで、永田さんとお兄様はご無事で間違いないのね」


「はい、陸軍省は何も起きておりません」


「それなら、お帰りになるのを待ちましょう」


「そうだな。龍也からは、事情に詳しい奴を連れて戻ると伝言もあった。それじゃあ、飯にするか」


「食事前に聞く話じゃあ無いわね」


「気遣って先に話したのに、それは無いだろ。これで飯も喉を通るだろ」


「教育総監が殺されたのに?」


「龍也が走り回るだけだ。鳳には、直接関係ない」


 それで取り敢えずの話も終わり、私達3人はゾロゾロと離れの廊下を歩く。と言ってもすぐに終わり、また呼ばれるまでは本館、旧館、別館のそれぞれの家に一旦戻って食事をとる事になる。

 だから離れを出たすぐの庭先で、少し話し込む。

 最初に話し始めたのは龍一くんだ。


「……なあ玲子、永田さんが危ないかもしれないって話だったよな」


「私の見た夢ではね。だからお兄様には色々骨を折ってもらって、夏の間は日本刀は肌身離さず持ってもらって、永田さんの周りにも注意してもらっていたの。お兄様の後輩や慕っている人達にもね。永田さん自身にも注意してもらっていたし、ご自身も他の人に身を固めさせていた筈」


「つまり、永田少将の守りが固いから、犯人は教育総監を襲ったのか?」


 玄太郎くんが、少し的外れな感想。

 だから私は首を横に振る。けど答えたのは、龍一くんだった。


「永田閣下は、父上も加わっている高度国防国家を目指す動きの中心人物だ。真崎教育総監は、そうした合理性よりも精神論を重視される方だった」


「つまり、真逆の立ち位置の人物が殺害されたのか。それで玲子は何も答えられなかったんだな」


「ご明察。本当に訳が分からないわ。相沢中佐も尊皇の志高く、精神論に傾いている方の人の筈なのに」


「近親憎悪?」


「理由は分からないが、裏切り者と思ったんじゃないか?」


「私も龍一くんに賛成。まだ、あくまで今のところの可能性の話だけど」


「……それで、この後どうなる?」


「龍一くん、どうぞ」


「え、ああ、そうだな、妥当なところとしては、陸軍上層部は、引責辞任と綱紀粛正で首脳部の入れ替えだな。何しろ陸軍三長官の一人、しかも陸軍大将が白昼殺害された訳だからな」


「それで済むか? 政府は?」


「陸軍内の事件だ。陸軍大臣が変われば済む筈だ。むしろ、陸軍の政治力が落ちるだろうな」


「他には? 被害者と犯人と同じ考えの人も少なくなかったんだろ」


「精神論者同士の私闘と考えると、似たような考えの人達の粛清が行われるかもしれないな。同じような考えを持つ者は危険だ、みたいな論法で」


「陸軍内の大勢は高度国防国家が大半で、急進的、精神論的、過度な尊皇は忌避されているから、これを機会にって考えは有り得そうね」


「……なるほど、詳しい話を聞いてみないと分からない事が分かった」


 玄太郎くんの吹っ切れたような言葉に、私と龍一くんも頷くよりなかった。



 そして夕食を終えて、その日の遅く。

 本館の一番広い居間に全員集合のお呼びがかかった。


相沢事件 (あいざわじけん)

1935年(昭和10年)8月12日に、皇道派青年将校に共感する相沢三郎陸軍歩兵中佐が、統制派のリーダー格の永田鉄山少将を、陸軍省において白昼斬殺した事件。

二・二六事件に至る重要フラグの一つ。



真崎甚三郎 (まさき じんざぶろう):

皇道派の頭目の一人。二・二六事件で失脚。

あまり高い評価がされる人物ではない。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >事情に詳しい奴 西田かな? [一言] 大川周明に続き、 また、急進派内での内ゲバか・・ とはいえ、これで226のフラグはへし折れたかな?
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