425 「夏の資源行脚(10)」
「次はこの辺りね」
「畏まりました」
「では、次はどっちに向かいますか?」
空の上で、淡々とそんなやり取りをする。乗っているのは、船に積んできた川西製の水上機。3人乗りで、パイロットと私、それに記録担当でエドワードが乗っている。
またすぐ近くには、同じくフロートを大小3つ付けた水上機が、並行して飛んでいる。そちらには、もっと専門的な記録係が乗り込んでいる。エドワードの役割も、自身も概略を記録するが、私が示した場所をもう片方の水上機の専門家に伝える事だ。
「この辺りはもう終わりだから、次は北の方に飛んでちょうだい。方角はこっち」
「了解しました、お嬢様。記録が終わり次第、向かいましょう」
パイロットと空の下を見つつやりとりをする。
「燃料は大丈夫? 多分、100キロじゃなくて、60マイルくらい先だけど」
「その程度の距離なら、全く問題御座いません。何でしたら、タウンスビルくらいまで飛びましょうか」
「船がそこで待っているなら、お願いしたいところね」
「ハハハッ、船がそんなに速く移動できたら、私達は失業してしまいますな」
「逆に飛行機はもっと発達するわよ」
「そう願いたいところです」
「お嬢様、向こうの記録が終わりました」
「という事よ、向かってちょうだい」
「了解しました!」
オーストラリア北部、半島にあるウェイパでその後2日間、簡易調査をしたあと、さらに2日後にオーストラリア大陸東海岸の北部にある小さな町、ロックハンプトンの沖合に到着。
ここに来たのは、その内陸部に石炭の大鉱床があるから。
前世の勉強で学んだ時の記憶ではシドニー近くの内陸部にもあるけど、オーストラリアからの輸入を考えると一度に沢山見つけても仕方ないし、シドニーの方は後で情報だけ渡して、地道に探してもらう予定にしている。
露天掘りの鉱床だから、探せばすぐに見つかる類のものだ。オーストラリアで、この時代に資源が殆ど見つかっていないのは、要するに今まで探していないから。もしくは、探したけど見つけるにはオーストラリア大陸が広すぎるから。
私のように決めうちでないと、例え莫大な資源が眠っていても見つけるのは難しいだろう。
勿論、欧州から見て世界の果てだし、オーストラリア自体が人口も少ないし、大量に資源を運んで加工するという生産体制が世界に殆ど見られないし、と理由は色々ある。
けど私が見つけなくても2、30年したら賑やかになるんだから、それに先に手をつけもバチは当たらないだろう。
鉄、ボーキサイト、石炭と見つけているけど、そしてオーストラリアの大地にはじっくり探し回れば他にも色々と資源が眠っている。他については、あまり私の前世の記憶にインプットされていないので、あとはそれっぽい事を伝えて、地道に探してもらえば良いだろう。
だから私の資源探しもこれでおしまいだ。
「この辺りよ。記録よろしく」
「畏まりました」
「ここを記録したら、これでおしまい。船に戻るわよ」
「もうよろしいので?」
「有り余るほど見つけたから、これ以上探しても仕方ないわ」
「……まだ、あるのですよね」
「一度に全部食べてしまわなくても、いいとは思わない? それに二人きりじゃないから、これ以上は内緒。ねえ、パイロットさん」
「ハハハッ、そう願えると助かります。それより、あちらの飛行機が指示を求めておるようです」
私が乗る飛行機に乗るだけあって、パイロットはしっかりした人だった。
エドワードも、パイロット以外他にいない状況で図に乗ってくる事もなかった。もっともエドワードの場合、鳳の人間になるんだったら、当人が知りたがっている以上の事を知る機会もあるだろう。
そうして1時間ほど飛行して、私達の船の待つ海辺へと帰ってくると、船の側には2機の白く大きな飛行艇がもう到着していた。
それを見つつの着水だったけど、飛行艇と違い迫力満点だ。正直、21世紀の絶叫マシンより迫力があるくらいで、驚きというより恐怖を取り繕うのに苦労した。二度とないであろう経験なのに、最後だけ楽しむどころじゃなかった。貴重な体験をしたと思うしかないだろう。
「どうでしたか、玲子様」
「どこも大当たり。ここからは、入念な地上での調査をしてもらうけど、苦労は報われるわよ」
出迎えてくれた秘書スタイルのマイさんに、ニッコリと満面の笑み。もっとも、その間もシズが私の体を入念にチェックしている。過保護すぎだろうと思うけど、滅多にない私がシズの目の届かない場所にいたのが余程気になったんだろう。
好きなようにさせるしかない。そしてマイさんも、気にせず会話を続ける。そして他にも、周りにいる人達も私達のやりとりを聞いている。
「それは何よりです。では予定通り、お嬢様の調査は終了で宜しいでしょうか?」
「ええ。調査はもっと時間がかかると思ったけど、三点測量の形で上陸を端折ったりしてすぐに見つかったから、予定より1週間も早くおしまいね」
「そうですね。明日帰国を開始すれば、8月5日には日本に戻れます。構いませんね」
予定以外の事をするな、という圧を少しばかり感じる言葉だ。
「これ以上宝探しはしないって決めているから、帰りましょう。あ、けど、時間が余ったわけだから、本格的に遊んでから帰る? シドニーくらいなら行けると思うけど」
「ご当主様からは、遊ぶのも含め海外での滞在は極力最小限にするようにと言付かっております。この件は、旅の最初にも申し上げましたよね」
言葉と顔の圧が、さらに少し強まった。
秘書モードの時のマイさんには、あまり逆らわない方が良いらしいけど、私にとってはあと2回しかない学生時代の夏休みだ。
「聞きました。ていうか、旅に出る前にお父様には直に言われています。けど、ちょっとくらい良いじゃない」
「資源調査以外では、船や中継地で楽しまれているじゃありませんか」
「……分かりました。まあ、シドニー行っても、それほど見所があるわけじゃないし今回は諦めます。その代わり日本に帰ったら、そのまま熱海か湘南あたりで過ごしましょう。どうせみんな、1週間スケジュール空けてあるでしょ」
「……シズさん、どう思います?」
私の体を調べるのにまだ時間はかかりそうだけど、聞かれたシズが姿勢を正す。
「そうですね。帰国後に、ご当主様に帰国のご報告をされた後でしたら、予定期間内はご自由にされても構わないかと。ただ、各地の別荘の使用状況も確認しないといけませんので、望む場所に行けるかの確約は出来かねます」
「だそうよ、玲子ちゃん」
「よしっ、決まりね。それじゃあ、炭鉱の件をさっさと片付けて帰国しましょう!」
私的には、仕事が片付いたも同然なのでテンション高めだったけど、流石にそうは簡単にはいかなかった。
もう夕方だったので、私がチェックしてきた地図の検証、そしてそれを踏まえての予備折衝は最低済ませないといけない。あと、ミスタ・スミスや船の人達とは、一応お別れの晩餐ってやつもした。
さらにオーストラリア政府からは、東海岸にまで来たのだからと、シドニーや首都のキャンベラは無理でも北部の中心都市ブリズベーンに来ないかとのお誘い。
どうやらオーストラリア政府は、炭鉱発見に相当強い関心があるらしい。あとで聞いたら、この頃のオーストラリアは地下の燃料資源が発見されておらず、今回は初めての発見になるらしかった。21世紀のオーストラリアの状況を多少でも知る身としては、かなり意外な状況だ。
けど、面倒臭いことは御免なので、なるべく急いで国に帰る必要があると断り、後のことは船に残る人達に任せて帰国の途につくことになった。
そしてその帰国の最初は、私が何度も言っていた通り、グレートバリアリーフを空から眺める絶景を堪能しての帰国となった。
前世でも一度見ていたけど、これを見られただけでもオーストラリアに来た甲斐があったと思わせてくれる絶景だった。
川西製の水上機:
九四式水上偵察機に似た水上機。
ただし史実では民間用は存在しないので、似ているが違う機体という想定。
九四式水上偵察機は、1935年5月に海軍に正式採用。




