423 「夏の資源行脚(8)」
「ここが目的地ですか。昨日と同じく、亜熱帯雨林しかありませんね」
「間違いない。大当たりよ、これは」
「噂は聞いておりますが、そこまで分かるのですね」
「うん。これは分かる。しかも下じゃなくて、すぐそこにある。そこら中にあるわ」
エドワードの問いに、指を指し示しつつ答える。
そうするとエドワードが小さく頷いた。私のある種神がかりに驚いたりはしない。
「では早速、上陸の為の小舟を用意させましょう」
「お願いね」
最初のボーキサイトの鉱山予定地を調べた後、何かあると思ってその少し南にある島にもチェックをした後、今回の旅の一番の目的地の沖合に到着した。
そこは半島の中程、少し凹んで湾のようになった場所に位置していて、さらにその中央に大きな河口部を持つ川が流れ込んでいる。
名をウェイパと言う。
そしてその景色を、船のプロムナードデッキから眺める。ちょうど視線の先には、海岸に向かう2隻の船が小さな航跡を引いていた。
「アレ? 玲子ちゃんは行かないの?」
「玲子ちゃんは、安全が確認されるまで待機よ、沙羅」
「なるほど、そりゃそうか。やっぱり原住民がいるの?」
「オーストラリア政府からの資料だと、アボリジニの保護区があるみたいね」
「保護区という名の隔離区画。アメリカのインディアンと一緒ね」
マイさん、サラさん姉妹の会話に、何となくツッコミを入れてしまう。
「アボリジニの保護区だったのは、誤算だったわ。補償と他の場所への移転をちゃんとして、立ち退いてもらったりしないと」
「その辺りはオーストラリア政府とリオ・ティント社が行うと、イギリスの代理人から聞いております」
私の言葉を聞いて仕事と判断したマイさんが、ビジネスモードで返す。もっとも近くに鳳の者以外の人が近づいてきたからでもあった。
だから、その人達にも聞こえるように言う。
「うちからも、後でプッシュしましょう。外聞もあるから穏便に解決して欲しい、あたりで」
「承知しました。それで、上陸に関する段取りはどうされますか?」
「取りあえず水先案内は済んだし、部屋に下がるわ。行きましょう」
「はい。沙羅も」
「え、あ、うん」
あえて近くの人達に聞こえるように言ってから、マイさんに目配せをしてその場から立ち去り、私の部屋になっている特別室へ向かう。
特別室は寝室と応接室が別になった広い空間だから、その気になれば10名くらいはくつろぐ事ができる。
そして控えているリズに、船に残っている仕事関係の人たちを集める。それにもう15歳だから、玄太郎くんも部屋に入れた。虎士郎くんと瑤子ちゃんも、この際だから誘ってはみたけど「仕事ならいい」と辞退された。
「今更隠し話か?」
勝次郎くんが、俺様モードでソファーにどっかりと腰を据えつつ私に視線だけ向ける。
態度に余裕があるってわけじゃないけど、プライベートな時の自信家モードでもない。何か良い事でもあったんだろう。
「まあ、この船に余計な人が乗っていないのは分かっているけど、一応ね」
「ご懸念があるのですか?」
「涼太さん、そこまで畏まらないでください。涼太さんも、もう鳳なんですから」
「はい。でも、なかなか慣れなくて」
「けど、あまり権威とか伝統とかって気にしないですよね」
「明け透けに言えばそうなんですが、だからこそ公的な場ではきちんとした態度や言葉遣いをと思っても、そう簡単にはいかなくて」
「そう言えばマイさんも、私の秘書になってしばらくは丁寧語で通してましたね」
「そうよね。なまじ親しい相手と仕事の上下関係になると、使い分けがなかなか自然に出来ないのよね」
「流石は夫婦、こう言うところは似た者同士ですか。じゃあ、好きにして下さい」
そんな会話で、私が人を集めた事であった微妙な緊張が少しほぐれた。それを確認してか、エドワードが青い目を私に据える。
「それで、何かご懸念でも?」
「ううん。どちらかと言えば、他の人達に色々考えてもらうのが目的かな」
「それは余裕なのか、それとも」
勝次郎くんの声が俺様モードのままだから、少し面白がっているのかもしれない。
ただ、私はそれに乗る気になれなかった。
「今更焦らないわよ。いや、ちょっと焦ってるかも」
「何故だ? 見つけたのだろう」
心底不思議そうだ。
「大きすぎる宝箱を見つけたから。本当に予想以上、こんなのあの時以来よ」
「あの時? それは北満州油田の時よりも?」
「うん。桁外れに大きいの」
マイさんの言葉に、私が小さく首を左右に振りつつ返す。
ただし、私にとってのあの時、ペルシャ湾の件は知らない人が多いから勘違いしたみたいだけど、比較対象が北満州油田でも少しは事態の深刻さが伝わったみたいだ。
何しろ北満州油田は、この時代は世界屈指の規模の大油田だ。推定埋蔵量や予測産油量のニュースで、世界中を騒がせている。
「お嬢様、詳細はお分かりでしょうか。また、私に話しても良いのでしょうか?」
「ここに色んな人を連れてきた時点で、エドワードが知っても問題ないわよ。それに、すぐに吉報が入るでしょうよ」
「では、予備折衝の際のカードが欲しいので、何か分かる事があればお教え頂けますか?」
涼太さんは、貪狼司令に鍛えられているだけあって、一番早くビジネスモードに入っていた。
「川を挟んで左右に大鉱床。地図を見つつ船の上からずっと見ていたんだけど、多分どっちも10キロ四方くらいに鉱床が広がってる。鉱床の広がりは、この船から見て菱形か楕円。規模は天文学的。多分、向こう100年は人類がボーキサイトに困らない量よ」
(何せ21世紀でも、地理の授業で出てくる場所だしね)
「えーっと玲子ちゃん、それはジョークなし?」
「はいサラさん。まあ多少誇張はありますけど、100年掘っても掘り続けられます。だからエドワード、涼太さん、マイさん」
「「はい」」
「利権を取れるだけ取ってきて。本格交渉は別なのは承知だけど、最低でも話し合いでは不利な所は見せないでね」
「オーダー承りました」
大真面目に、真剣に返されたので、そこでこちらは小さく微笑む。
「うん。けど、下手な言質さえ取られなければ大丈夫。それにアメリカの王様達にはエドワードから筒抜けだし、ミスタ・スミスもうちと歩調を合わせる姿勢を見せる為に派遣されている筈よ。イギリスの方も、チャーチル様にお手紙した上でリオ・ティント社がやって来た以上、足並みは乱さない筈。
ただし、今回のこっちは若輩ばかりで、バカンスついでな姿を見せてあからさまに隙だらけに見せているから、万が一舐めた口きいてきたら私に回してちょうだい」
「玲子様に話を回さないよう、全力を尽くします。それに玲子ちゃんが出てきたら、大騒動確実で後が大変だから」
私が挑戦的に啖呵を切ったのに、マイさんに笑顔付きでやんわり言われてしまった。
他の人たちも苦笑している。そして勝次郎くんが、肩をすくめた。その態度に加えて、口元に笑みすら見える。
「三菱はどうすればいい? 玲子は、この事態も予測していただろ」
「多少はね。正直ここまでの鉱山だとは思ってなかったけど。流石はオーストラリアね」
「何が流石なのかわからないが、それで三菱は道化にでもなればいいのか?」
「日本側が共同歩調でこの利権を手に入れにかかっているって事が、向こうに示せればいいかな。鳳だけだと、日本抜きで鳳とだけ楽しくパーティーするぜ、って持ちかけてくるから」
「最初に行った鉄鉱石の大鉱山みたいにか?」
「うん。あれもそうね」
「他にもあるのか?」
「ご想像にお任せ。乙女には秘密が多いのよ」
「乙女の秘密なら仕方ないな。それで、俺は好きにしても良いのか?」
「基本そうだけど、私と似て三菱側の見届け人で、決定権はないんでしょう?」
「付きの者も含めてな。本交渉は、本格調査の段階で三菱商事が入るのは聞いているだろ」
「うん。今回、勝次郎くんだけなのは、三菱から鳳以外の財閥への言い訳みたいなものだってのもね」
「ああ。今回の俺は日本向けの道化だ。任せておけ」
妙に自信満々な勝次郎くんに、私も笑みを向けた。
だから少し聞いてみたくもなる。
「ここに着いてから、どうしたの? 妙にご機嫌よね」
「知りたいか?」
「男子の秘密なら遠慮しておく」
「男子に秘密などあるか。要は、俺がまた賭けに勝ったという事だ。主に家に対してな」
その言葉で多少の合点はいった。相変わらず日本の経済界は、なんだか良くわからない、得体の知れない「鳳の巫女」をハブりたいんだろう。
この点、理由は分からずともドンピシャリと金を掘り当てる私を信頼する英米の人達の方が、正直で付き合いやすい。
そして勝次郎くんも、私の行動と言葉を信じてくれるというのは、例え損得勘定があるにしてもやっぱり嬉しいものだ。
だから私は彼に笑みを向ける。
「当選おめでとう。今回も大当たりよ」
「ああ、玲子は俺の勝利の女神様だよ」
少し南にある島:
グルートアイランド島。かなりの規模のマンガンの鉱脈がある。
リオ・ティント社:
イギリスの鉱業・資源分野の多国籍企業グループ。ロスチャイルド系の資源メジャー。日本風に言えば、資源特化の総合商社。
史実では、豪州の鉄鉱石とボーキサイトの利権を独占しているので、この世界ではかなり割りを食う形になる。




