421 「夏の資源行脚(6)」
「いいかーっ! 野郎どもーっ! こちらが、有難くも貴様らにここの職場を用意して下さった、フェニックスの女帝様だーっ!!」
威勢のいい司会者の煽り言葉に、1000名はいるであろう労働者の皆様が、野太い声で「ウォーッ!」と歓声とも言えない雄叫びをあげる。
翌朝、事前に決めていたので、始業前の少し早い朝のうち、船から港の広場のような場所で職員や労働者達に一言挨拶する為に上陸したら、なんだか野外フェスみたいな状況が待っていた。
そして司会者の煽り言葉は続き、会場のボルテージは早朝とは思えないほどさらに盛り上がる。今にも「USA! USA!」とシュプレヒコールをあげそうな勢い。
何せここはオーストラリアだけど、労働者の多くはアメリカからの出稼ぎ。私が鉄鉱石採掘の為、アメリカの王様達から借りた人達だ。
「では、女帝様から貴様らに、ありがたーいお言葉を頂くとしよう。貴様ら、耳をかっぽじってよーく聞きやがれ!」
臨時の壇上には、私以外の女子もいた方が受けが良いだろうという主催者側のお願いもあって、紹介されるまでは私と瑤子ちゃん、サラさん、マイさんが舞台の横に控えていた。
そしてご指名を受けたので、私は舞台横からマイクが据えられた司会者のいるセンターへ歩み寄る。
さっきまでいかつい男達に罵声に近い声を浴びせていた司会者は、私に小声で「ミス・オートリ、お言葉を宜しくお願い致します」と丁寧な英語と恭しい仕草で場所を譲る。
それを受け、まずは会場となっている広場全体にゆっくりと視線を顔ごと巡らせていく。
「皆様、日々の労働、大変ご苦労様です。また、朝早くから私どもの為にわざわざお集まり頂き、ありがとうございます。
鳳グループは、皆様が鉄鉱石を採掘し運んで下さる事に、大変感謝致しております。ここに、深くお礼申し上げます。また今後とも、皆様のご助力を頂きたく、お願い申し上げます。
なお私どもは、すぐにも次の目的地に旅立たねばなりません。そしてそこでの調査が成功すれば、また皆様にご助力頂くことになるでしょう。
それらの労にほんの少しでも報いる為、アメリカより幾らかの物資を運ばせました。この荷物の分については、鳳の支払いとさせて頂きますので、ささやかですがお納めください」
そんな感じの事を、上流階級すぎない英語で一通り話してまた横へと戻る。
そうすると司会者が、またさっきの調子でマイクに向けて絶叫し始める。
「女帝様は控えめにおっしゃったが、だが流石は女帝様だ。まずはっ! お前らの働きをお認めになり、臨時ボーナスだっ! 更にっ! なんと船丸ごと1隻に、酒と肉っ! 酒がダメな奴の為に、甘い物まで用意して下さっているっ! ここと山で働く連中も含めて、しばらくは酒に困らない量だっ!」
そんな感じだから、再び「ウォーッ!」と歓声とも言えない雄叫びが周囲を埋め尽くす。
そしてそれが収まると、さらに司会者の一声。
「その上だ! それぞれ交代で1週間、特別休暇も下さるとのありがたーい、お申し出だっ!!」
その言葉で、もう耳が痛いほどの男どもの大歓声。
そして司会者はこう締めた。
「ただし、女だけは自分で見繕えとのお達しだ。野郎ども、仕送りも良いが、女の為に、そして女帝様の為に今日も働こうじゃねーかっ!!」
「なんだったのアレ?」
「アメリカ人って、あーゆーところあるよねー」
「あれは極端な方じゃないかしら?」
私の付き合いで立って、ちょっと手を振ったりお辞儀したくらいな瑤子ちゃんとサラさん、それにマイさんが、それぞれの一言コメントを添えていく。
場所は既に船の大食堂内。その一角で、女子だけで少し遅めの朝食を頂く。朝の集会には男子達も舞台袖などで見ていたけど、私達はその後もこの地の偉い人などの応対があったので、先に帰ってもらっていた。
そしてあの集会でのテンションだけど、労働者達には事前に私達オーナー側からのちょっとした贈り物があるから、場を盛り上げるようにというお達しが出ていた。
それにしても、朝は眠いに決まってるから、事前に聞いていてもあの盛り上がりに引いてしまうのも当然だろう。
ただし、こっちの眠気が吹き飛んだのは確かだ。
「エドワードさんやセバスチャンさんとは大違いですもんね」
「日本人と同じよ。人それぞれ」
「私らも、半分アメリカ人だしねー。それよりさ、今後の予定って、演説で言ってた資源探しよね」
「サラさん、演説じゃなくて激励です。まあ、それはともかく、3日ほどはクルージングを楽しんでください。ティモール海、アラフラ海を抜けたカーペンタリア湾が、一番の目的地です」
「なるほど、二番目は?」
「さらに東に進んで珊瑚海に出て、そのままグレートバリアリーフの北の終着あたりの山沿いになります」
「上陸するんだ」
「いえ、水上機で上空まで行って、場所を確認するだけです。上陸する可能性があるのは、本命の方ですね」
「じゃあ最後に飛行艇? それとも積んできた飛行機使うの?」
「積んでいる方を使います。道中の調査も、時間節約の為に水上機を使うと思います」
「その水上機は、玲子ちゃんと専門家が乗るだけよ。私達は留守番」
「お姉ちゃんも行かないの?」
「空から探す時は2機1組出すけど、それぞれ3人乗り。玲子ちゃん以外は専門家で定員一杯よ」
「りょーかい。それにしても、私達本当に遊びに来ただけね」
「道中、私の遊び相手になって下さい」
「それなら任せて」
「満州の出張は、車中とホテルで少しくつろぐくらいだったものね」
そんな風にマイさんが話をまとめたところで、ガヤガヤと声がして大勢が食堂に入ってくる。男子勢だ。
「玲子、食事はもう終わったみたいだな」
「ちょっと良いかな? 部屋割り決めようよ」
「どこでも、ってわけにもいかないか」
私が同意したら、玄太郎くんは用意よく船内略図を持っていた。
この船は、そこそこ大きな貨客船。船の上の部分、この時代だと真っ白に塗られた場所が客船としての区画になる。
また、貨客船だけど貨物船としての要素が大きく、貨客船としては収容できる乗客数は少ない。けど、別にどこかの航路に定期的に就航させる船じゃないから、これで十分だ。
船体上部は船の運航に関わる船橋あたりは3層あるけど、他は2層構造。そして今回は客室の後ろに臨時に水上機を収容する倉庫が設けられているので、船体上部が大きく見える。
そして船体上部の真ん中あたりに煙突があるけど、普通の船に比べるとかなり細くて小さい。これは煤煙の少ないディーゼル機関を搭載しているからで、船体内もあまり空間をとっていない。
ボイラーを動力とする普通の船だと、船体上部の中心部一帯は煙突と吸気口が占めるけど、この船は半分以下だ。おかげで、船体上部の中心に広い空間が確保されている。
それがこの大食堂というわけだ。詰めれば、一度に100人ほどが食事できる空間がある。通常はゆとりを持って食事が取れるように、調度品にも気を使って50人くらいが交代で食事を取る。
そして乗員乗客だけど、乗員は80名ほど。乗客は1等と2等、合わせて150名ほどが乗り込める。そして今回の総数は120名ほどで、うち3割ほどが飛行艇組で、残り70名は先発組が乗船している。先発組の中には、ミスタ・スミス達も含まれている。
「1等は16室、32名、2等は60室、120名。うち約半分の部屋は埋まっているから、残りを割り振る。どう分ける?」
見取り図を持ってきた玄太郎くんが、地図をテーブルに置いてそのまま仕切る。そして話し始めると、一族の人達以外も大食堂に集まり始めて、それぞれ話の聞ける場所に陣取っていく。
「1等は8室ね。マイさん夫婦以外は、男女別で2人ずつ分かれたら良いんじゃない? あ、サラさんもエドワードと一緒ですよね?」
「ご配慮痛み入ります」
この場にいないエドワードっぽく、サラさんが優雅に一礼を決める。あとは男女別で問題ないだろう。
「けどそうなると、勝次郎くんだけ1人ね」
「言っておくが」
「はいはい、瑤子ちゃんはまだあげないから。私のものよ。じゃあ、勝次郎くんだけ1人ね。あと、まだ余ってるから、割り振って下さい。残りは全員下の階の2等室ということで」
「そんなところだねー。でも、見取り図があると分かりやすいね。それに、もう一通り見て回って来たけど、色んな部屋があるんだね。この部屋もグランドピアノがあるし」
「上は食堂、社交室、中は娯楽室、喫煙室、読書室、喫茶室。下には大浴場とサウナもあったな。玲子が用意させたのか?」
虎士郎くんは普通に楽しげだけど、玄太郎くんは冷静に仕切ろうとしているのに、楽しいオーラがそこはかとなく出ているのが微笑ましい。
けどまあ、客船って乗ってすぐは探検してみたくなるし、どこかワクワクするという気持ちは分かる。
「ううん、客船なら標準的なものよ。けど、この規模の船なら、もう少し大きい船に欧州から日本に戻る時に乗ったわね。あ、やっぱり、特別室もあるのね」
「ああ、その部屋は玲子が使うようにって、あのスミスって人から言伝預かってるぞ」
「だって、瑤子ちゃん」
「えっ? 私も一緒でいいの?」
「私を一人にしないで。それに、こういう部屋は大抵2人用だし」
「やった! 役得ね。それじゃあ、私たちも一通り船の中見て回ろうか。誰か案内して」
「瑤子、そこは勝次郎に頼むものだろう」
「あ、アハハ、ごめんなさいね勝次郎さん」
「なんのこれしき。では、ご婦人方、参りましょうか」
かくして旅の第二ラウンド、船での豪州半周の旅が始まった。




