417 「夏の資源行脚(2)」
「……その話は初耳だ。良い事を聞いたと思って良いのか?」
少し真剣な声色で勝次郎くんに言葉を返された。
けど、言ったものは仕方ないと、内心気持ちで小さく深呼吸する。
「陸軍に睨まれないように気をつけてね。と言いたい所だけど、部外秘とかの意識すら無かったわ」
「玲子は軍事に深く足を踏み入れているのに、兵器に関しては本当に興味が薄いな」
「私、男子みたいに、兵器や大きな機械を見て興奮する性癖は持ち合わせてないの。気になるのは値段くらいね。兵器って高いし」
「玲子の目には、兵器も札束に映ってそうだな」
「それちょっと酷くない? ねえサラさん、瑤子ちゃん」
「私も兵器の事はさっぱり。お父様とお兄ちゃんがたまに話しているけど、フランス語より分からないし」
「アハハ、言えてる。私も兵器はあんまり興味ないかもねー。車は最近面白くなってきたけど」
二人の返答に、やっぱり私は間違っていない。女子に兵器オタクは少ないと、意を強くして見返してやる。
けど勝次郎くんは、私よりサラさんに興味を向けていた。
「車? やはりデューセンバーグですか?」
「うん。私のは、お姉ちゃんのお古のタイプJよ。ハルト兄とお姉ちゃんは、今はタイプSJに乗っているわ。ねえ、玲子ちゃん」
「タイプSJ! アレを買ったんですか。しかも2台も!」
「いや、5台。うち2台は防弾車にして、私とお父様が移動に使っているわよ」
「SJに替わっていたのか。それにしても、なぜあれを5台も買えるんだ。本気で羨ましい」
「さあ? ぶっちゃけ虎三郎の趣味? 製造元にも顔が利くみたいだし。それに投資と思えば、10万ドルなんて誤差の範囲じゃない」
「……玲子、お前の金銭感覚と尺度は、相変わらずおかしいぞ。10万トンの船を何隻も作るし、石油も鉄も掘るとなったら100万トン単位だし、製鉄も、製油も、トラックも、自動車も、この巨大な飛行艇も日本の規格からは外れている。それに大量の土木作業機械を投入して、日本中を作り変えつつある。お前の見ている景色は、本当に想像がつかない」
呆れるを通り越えて、途方に暮れられてしまった。しかも俺様キャラの勝次郎くんに。こっちも返答に窮してしまう。
救いを求めて周囲に視線を走らせると、特に気にしていないサラさん、既に諦観の境地に達している瑤子ちゃんがいた。
「え、エドワード、アメリカだと、それくらい普通よね?」
「どうでしょうか? 私をこちらに寄越した方々も、お嬢様の底の見えなさ加減には、首を傾げておいでだったのをよく覚えております。それにお嬢様は、アメリカの『投資王』。通称『フェニックス・エンプレス』と呼ばれておいでです。私も、短い間ですが間近で見た感想としては、私など到底到達できないお方だと感服致しております」
「えっ? いやいやいや、私と会った頃と態度と言っている事が全然違わなくない?」
味方がどこにもいないので、思わず前世の態度丸出しになってしまうけど、それを取り繕おうとすら考えが及ばない。
「はい。最初は話半分、誇張が多いと考えていました。ですが、考え違いである事を痛感させられました」
「玲子ちゃんって、やっぱり凄いのね。エドワードがこんなに殊勝なの見た事ないわ」
「サラさんも、エドワードに遠慮ないじゃないですか」
「そう? 私は親しくしているだけなんだけど。ねえ、エドワード」
「はい。これほどストレートに接してくれる方は、アメリカでも殆どいません」
「はいはい、惚気は二人きりの時にしてね。それより私って、アメリカの王様達からどう見られているの? その手の話は、あまり調べようがないのよね」
「私もあまり話せる事はありませんが、アメリカ・ダウ・インデックス株を約5%も保有されています。時価総額という曖昧な財産ではありますが、『投資王』の名はもはや不動と言えるでしょう。
しかもダウ・インデックスがどん底の時に買い支えを実施し、恐れを知らない無尽蔵の資金投入で一気に反転攻勢を可能とした一件は、もはや伝説とすら言えます。
さらに1930年から33年にかけては、今までの儲けの大半を本当にアメリカでの買い物で使い尽くし、アメリカ経済を救いました」
「『投資王』はともかく、鳳が使った金額なんて、アメリカ経済全体から見たら微々たるものでしょう。それに、私が儲けたお金は、私がいなくても誰かが儲けて誰かが使ったお金でしかないわよ」
「かもしれません。ですが、お嬢様の『10億ドルの買い物』に救われた者は数多存在します。また、例え株で大勝ちしたとしても、多くの者は自分の金庫か銀行の金庫にしまい込む者が大半でしょう。ですがお嬢様は、市場でドルの雨を降らせるがごとく使われました。感謝を込めて『買い物王』と呼んだ者も大勢いるほどです」
「それは世間の声よね。王様達は?」
「アメリカの『投資王』、日本の『重工業王』、そして世界の『資源王』です」
「『資源王』は大げさでしょう。満州で油田を掘り当てた以外だと、マウントホエールバックの鉱山くらいよ。テキサスの油田もすぐに売ったし」
(それにアラブの油田は、みんなの秘密だしね)
内心そんな小さな安心をしたところで、さらに青い目が私に突き刺さってきた。
「はい。ですが、全て莫大な量の資源です。それに今回、さらに発見されるのでしょう。王達も非常に注目しております。私、それに山崎様を同行させるのも、相当の自信、そして覚悟がお有りだと愚考する次第なのですが?」
「エドワード、悪い顔してる。まっ、仕方ないんだろうけど。それで玲子ちゃん、今回は何を探すの?」
「私、あえて聞かなかったけど、実は興味はあるのよね。勝次郎くんほどじゃないけど」
(サラさんや瑤子ちゃんでも興味あるのか)
4人の視線が集中する中で、軽く溜息をつく。
「一応言っとくけど、隠すようなものはないわよ。掃いて捨てるくらいのボーキサイトと石炭。他も、もしかしたら何か見つかるかもしれないけど」
「そんなに! 他とは?!」
勝次郎くんがめっちゃ食いついてきた。
それに滅多に見ない表情なので、ちょっと苦笑してしまう。
「がっつかない。確かレアメタルが何種類かよ。もっとも、うち一つは今見つけても仕方ないものもあるけど」
「今? 将来に必要という事ですか?」
「私的には将来ね。けど、湯水のごとくお金を突っ込めば、今でもアメリカなら利用できるようになると思うけどね」
「アメリカ以外は無理なのですか?」
「呆れるほどのお金と技術と知識、この3つがないと意味がないから」
(この時点で何かを当てたのは、お芳ちゃんだけだったけど、万能の天才と御曹司はどうかな?)
言ってからしばらくこちらが見返したけど、回答に至る人はいなかった。
「降参です。教えていただけるものですか?」
「いやエドワードさん、玲子がこう言うという事は、自身で回答に至らない以上、今は知らない方が良いものだろう」
「……確かに。そうなのですね」
「まあ、悪用する人はここにはいないと思うけど、知らない方が良い事もあると思うわ。と言ってもね、私がそれを見つけたところで、何をどうすれば利用できるのか、詳しくは知らないのよ」
「では、それは探さないのですか?」
「積極的にはね。それに2週間だと、他も探しきれないだろうし」
「あの南の大陸にどれだけの資源が?」
「そうね、今後100年はお世話になるくらいあると思うわよ。でなければ、王様達の紐が付いているエドワードを随員させないわよ。現地にも来ているんでしょう。英米からの担当者が」
「は、はい。ご指示通りに。……それで、そのこの話は、」
「話しても良いわよ。その代わり、見つけたら採掘権は押さえさせてもらうけど。着くまでに、好きな方を選んで」
「うわっ、玲子ちゃん悪どい」
ストレートにサラさんに合格点をいただけた。瑤子ちゃんも首を何度も縦に振っている。
そして最後に勝次郎くんが呟いた。
「確かに女帝だ。今の俺では、歯が立たないな」




