406 「昭和10年度鳳凰会(2)」
「それでは、昭和10年度鳳凰会を開催します!」
お決まりの司会の言葉で、鳳の社長会が始まる。そして万雷の拍手、拍手、拍手。
しかし最初は、みんなでご飯。これが決まりだ。なにせ『同じ釜の飯を食う』が一番の目的とされている。
お酒も、羽目を外し過ぎない程度なら問題ない。けど、この後も会議や会合などがある人が殆どだから、飲み過ぎる人は滅多にいない。
ただし今年は、最初の掛け声の前にお父様な祖父が、一言を頼まれた。
「それでは開催の言葉の前に、鳳伯爵家当主、鳳麒一郎様よりお言葉を頂きたく存じます!」
「紹介に預かりました鳳麒一郎です。皆様ご存知の通り、私は家の当主であって、商売の事は他の者に一切を任せております。本日は、この場がどういうものなのか一度くらい覗いてみたいと、我儘を言って同席させて頂きました。そういうわけで、私はただの見物人ですので、皆様はいつも通り私などいないものとして、鳳凰会をお楽しみ下さい」
「……えっ? 終わり? あ、いえ、失礼しました。鳳伯爵家当主、鳳麒一郎様よりのお言葉でした」
いつも通りの昼行灯で、手短になんだか適当に言っただけの開幕となったので、司会だけでなく会場の全員が拍子抜けとなった。
だから開始の言葉も、例年と違ってどこか締まらないものとなってしまった。
けど鳳凰会自体は、今年も熱気に包まれている。
お酒は控えるものなのに、ついつい進んでしまうって感じの人もチラホラみかける。
それもその筈、鳳の業績は『もはや幾何級数的』とすら言える程に向上した。
石油関連、製鉄、トラック、重機、造船、建設に不動産、そしてそれらに引っ張られる大半の産業。大きく業績を伸ばしていない業種はないほど。
新規事業、新会社もさらに増えている。
新規としては、電気関連が他より一歩遅れながらも伸びている。と言っても、私が個人的に欲しい家電じゃない。家電も作っているけど、主力は企業というか自前の製品向け。
自社で使う電気製品を作る会社を大きくしていった形で、トラック、重機の発電機や照明あたりをスタートラインとして、船の発電機から各種発電所の発電プラントという大きなものまで、色々と作り業績を大きく伸ばしている。
そして今の日本は、何を作っても売れる時代になっていた。
何しろ1934年度の日本の経済成長率は、名目ながらプラス18%だと鳳総合研究所は弾き出していた。4年半連続すれば、GDPが二倍になってしまう数字だ。
そして昨年度は大凶作で18%なのだから、本年度は20%超えも十分ありうると言われていた。そして早くも春のこの段階で、もしかしたら有り得るかもという雰囲気が濃厚にあった。
もっとも、今の私の関心はそこじゃない。
「今年も席順が変わったのね」
会場を眺めつつなんとなく呟いたら、私の左右に座るセバスチャンとハルトさんの両方が『その通りだ』と頷く。
「そうですな。御三家に加えて鳳製鉄が上座に来ただけでなく、鳳不動産、鳳建設、播磨造船も業績が大きく伸びました」
「松田に改名した旧東洋工業、新工場が稼働し始めた小松製作所も、成長著しいね。ただ、鈴木系の会社も好調だけど、規模拡大では重工業重視になっている鳳グループ全体としては、規模拡大で置いていかれているところがある。この辺りは、今後の課題だろうね」
「まったくです。とはいえ鈴木系は、フーシン炭田を開発する鉱業系の会社以外は、食品産業が中心です」
「帝人も主力は木綿ではなくレーヨンだし、拡大は難しいところがあるね」
「ホント、そうですね。しかも鳳重工は、今年には乗用車の生産開始があるし、製鉄は年末には君津の開業、それに鳳石油は水島製油所がもう直ぐ稼働と、大きな事業拡大が目白押しなのに」
「まあ、神戸製鋼は結局鈴木寄りですから、そこまで悪い状態ではないでしょう。それに昨年の人事異動に象徴されますように、鈴木上がりの方々が旧鳳財閥系の企業の社長になる事例も見られます」
「そうだね。僕も鳳グループ全体として見るべきで、もう鳳、鈴木で考える時代は過ぎたと思うよ。むしろ問題は、国際汽船だろう」
「言えておりますな。それに国際汽船ですが、分離して鳳商船に戻すべきと言う声は、グループ内にもかなり御座います」
「そんな報告もあったわね。けど、大きな船が少し増えただけで、数も船員もそこまで増えてないじゃない」
「はい。ですが商船会社は、積載量もしくは総トン数でその規模を計る事が多く、今後3年以内に見ると鳳の発注で建造する船舶を含めると、バランスがさらに歪になっていくのは明らかです」
商船会社とは、鳳が鈴木を飲み込んだ時に付いてきた、国際汽船。そこにタンカーばかりの鳳商船を合流させ、さらに少し株を増やして、鳳グループとしては当初の時点で株の3分の1を有した。
それ以外の主な株主は、筆頭が川崎財閥、以前は二番が鈴木、そして三番が浅野財閥になる。ただし、鳳保有の船舶が大きく増えたので、鳳はさらに増資している。それでも1934年度内は、ギリギリ川崎が一番になるように調整していた。
ただし元々の国際汽船は、第一次世界大戦直後に造船各社が作り過ぎた船を寄せ集めた会社だった。だから、日本郵船、大阪商船に次ぐ規模とは言え、鳳が合流するまで厳しい経営が続いた。内容も充実しているとは言い難かった。
鳳が鈴木を飲み込んで合流と増資をしなければ、かなりヤバかったと言う情報も上がっている。
川崎造船の鳳への態度が、それを如実に現していた。
また合流後も、鳳が運んで欲しい石油を積めるタンカーはなし。こちらの皮算用が崩れて、慌てて播磨造船と川崎財閥でこの時期の普通の大型船を作ったほど。
その後も、国際汽船が持つ採算で有利な一番活発な航路は、タンカーが行き交う北樺太、遼河航路。そして32年夏からの豪州北西部への航路。だから一部の船は、つなぎで使うタンカーか鉱石バラ積船に改装させた。
30年から33年にかけては、日米間の鳳のお買い物でも船が足りない程運ばせたのも、国際汽船の既存船舶にとっては慈雨となった。
だからこそ、こんな言葉が出てしまう。
「国際汽船は、鳳が離脱してやっていけるの? 別れた挙句に日本郵船や大阪商船に飲み込まれたとかじゃあ、笑い話にもならないんだけど?」
「今は好景気ですので、運ぶ荷物には事欠きません。31年からは新規の船舶の増強も続いています」
セバスチャンがナプキンで軽く口を拭いてから、情報を諳んじる。一連の仕草が、意外に堂に入っている。
「けど『鳳規格』の大型船は、持ってないわよね」
「川崎の新型ドックが年内に完成するので、そこで建造する計画です」
「あれ? そこはうちの次世代船を作らなかった?」
「その次は自社向けを作るそうです。鳳ではない、国際汽船としてのフラッグが欲しいそうで」
「あー、一番の大株主としてのメンツがあるか。作るのはどっち? 鉱石、石油?」
「鉱石運搬船です」
「そっちなら、日本製鐵向けでもやっていけなくはないから?」
「鳳の荷を運ぶ予定ではあります」
「是非そうして欲しいわね。まあどうせ、日本製鐵だと岸壁の再整備から始めないとダメだろうけど」
「その件だけど、今の鳳の持つ船は他に回す予定はないんだよね」
「はい、ハルトさん。鳳専用の岸壁も、旧来のものは大幅に浚渫させた程です。他も使いたいなら、鳳の岸壁を使うか自前を作り直す他ないですね」
「それを聞いて安心した。何しろ、数は少ないとはいえ、大きいから目立つだろう。あれを使いたい、できれば欲しいという話も聞くからね」
ハルトさんはホールディングスの重役で、今後の一族中枢とみられているから、色んな所から話を聞くと言うのは十分以上にあり得る話だ。
これはしばらく船の話になるだろうと、記憶を呼び起こすことにした。




