405 「昭和10年度鳳凰会(1)」
4月半ばの日曜日、本年度も巡ってきた鳳社長会の『鳳凰会』。鳳グループの現状を肌で感じる事の出来る、鳳グループのお祭りだ。
今年も金曜日から明日の月曜日にかけて、全体での食事会を挟んで、鳳グループ関連の様々な会議や催しが開催される。
この時期は鳳ホテルと鳳ビルの界隈辺りは、鳳の関係者で溢れかえる。しかも年々規模が拡大しているからそれでは足りず、虎ノ門方面から新橋辺りと、鳳の本邸界隈の関係の施設にまで人が流れている。
この事だけでも、鳳が大財閥になった事を実感させられる。
私にとっての今までとの違いは、一族代表として今年15歳になる玄太郎くんが参加する事。龍一くんも幼年学校だけど、日曜開催だから一族の者として顔だけは出す。
虎士郎くんは今年も演奏で顔を出すけど、まだ今年で14歳だから基本的にはゲスト扱い。中学生だけどもはや一流の音楽家で、斬新な作曲は私は嬉しい半面、いつもハラハラさせられる。
なにせ21世紀の音楽を教えたのは私だ。しかも、長年教えているとレパートリーも尽きてきたので、遂にロックやヘビメタまで覚えている限り教えてしまった。
けど流石は天才。この時代にない斬新さはあるけど、大きく逸脱する事もなく、自分の音楽として世に出してくれている。
もっとも最近は、電気を使う楽器が欲しいと言い出し、アメリカからシンセサイザーやエレキギターなどの楽器も買い付けた。まったく油断出来ない。気がする。
なお、大衆向けの曲は出してないので国民的知名度はないけど、セレブ、もといブルジョア界隈ではアイドル状態だ。攻略対象の中では、一番進む道が違っているのではないだろうか。
他の人達だと、アメリカからやってきた私の三番目の執事に当たるエドワードは、サラさんとの関係が噂されている。だから、私の秘書や執事という名のアメリカからの監視人ではなく、別の意味、アメリカ財閥や上流階級との閨閥形成の一環と見られるようになっている。
現在アメリカで留学中の竜さんとは、立場が逆ながら似たポジションだ。
そして私、マイさん、さらには勝次郎くんと瑤子ちゃんの件を合わせて、鳳一族が次世代の閨閥形成を本格化させたと捉えられている。
そうする必要があるほど鳳グループが巨大化したというのが、観測する側、外から見ている側の見方だ。
なお、鳳グループ全体は、好景気に乗った事業拡大は非常に上手くいっている。去年大きな人事の入れ替えがあったけど、特に問題も起きていない。むしろ実力者が上に就いたので、業績はさらに上方修正って感じだ。新たなトップの人達とは私も少し話してみたけど、流石はひとかどの人物達と感じさせられた。
そんな人たちが集う場だけど、今年も早めに大宴会場に入って自分の席へ陣取る。
ただ、その席自体の、特に上座が変化している。
基本的にはいつも通り、中央がグループ中核。向かって右側が旧鈴木商店、左側が私も座る鳳関係者。
ただし今年からは中央の机が二つあり、鈴木側の机は要するに『上がり』の人達の席。一応は第一線を退いた、時田と金子さんが座っている。
ただし時田は、フェニックス・ファンドの金庫番はそのまま。金子さんも相談役として、ほぼ第一線状態だ。
そして同じ机に、鳳伯爵家当主の鳳麒一郎が出席していた。社長会では初めての出席なので、大きな話題になっている。何しろ今までは、私が名代となっていたからだ。
なぜ今頃という観測に対しては、貴族院議員になり議員活動を本格化させたからだろうと見られている。
鳳ホールディングスの善吉大叔父さんのテーブルの方は、鳳重工の虎三郎と鳳石油の出光さん、それに去年鳳商事社長になった永井さんが座る。グループの将軍家と御三家のトップの席というわけだ。
けど今年からは、加えて日に日に生産量を拡大させる鳳製鉄の長崎さんが同席している。
鳳製鉄は32年創業の新参だけど、もはや規模と重要度が大きすぎて上座に置かざるを得ないからだ。そこで鳳製鉄は、『老中』枠と新たに位置付けられた。もしくは、他と合わせて『四天王』という枠で括る事もあるけど、私的には『四天王』と聞くと仏像より『最弱』とかのネットの海を彷徨った頃の記憶がどうしても過ってしまう。
なお私のテーブルは、今までは時田とセバスチャンだったけど、時田は別のテーブルへ。その代わりでもないけど、ハルトさんが座っている。
今回の私は、鳳一族の名代ではなくただの小娘になるわけだけど、ハルトさんの隣に座る事でその立ち位置は明らかだ。
一方、玄太郎くん、龍一くんは一族中枢の次世代だけど、鳳グループには関わらないので少し下の机にいる。
けど、お兄様は財閥には関わらないスタンスだから出席しないし、芸術振興などで活躍している玄二叔父さんも出席する事はない。
そして代わりではないけど、去年は私の後ろで控えていたエドワードがいる。これも何を意味しているのかは明白だ。そして似たような立ち位置の、マイさんの婚約者となった涼太さんも座っている。マイさんも、今回は私の後ろではなく、涼太さんの机で出席者として座る。
その近くには、紅龍先生を始めとする紅家の主要な人達が座る。さっき到着したばかりで、瑞穂大叔母さんの元気な声が、会場中に響いていた。
ともあれ、こういう一族重視な上に一族の数が増えたところが、他の財閥とは違う点だ。一族支配の財閥は多いけど、こうも血縁者が各要職に就いているのは珍しい。
なお、鳳グループが始めた社長会だけど、5年も経つと他の財閥でも定着し始めている。財閥改革にも便利だとの事で、かなり盛んにもなってきた。
ただし、鳳のように中枢の財閥会社を廃止した企業はなく、似ているのは新興財閥の日産コンツェルンくらいしかない。
ただし日産は、内部に大きな金融会社を持っていないから、鳳グループとはまた違っている。
けど社長会は、旧来の財閥より新興財閥で盛んだ。これは鳳と違って、機関銀行を持たず株式を公開して一般から資金を集めているから、財閥としての透明性を見せた方が有利だからだ。
そして銀行だけど、基本的に『6大銀行』もしくは『7大銀行』と呼ばれている。単純な預金高順だと、三和、住友、第一、安田、三井、三菱、そして鳳の順番だ。
ただし三和、第一は銀行であって財閥じゃない。安田も銀行、金融に特化した財閥だ。
そして鳳金融持株会社は、他の銀行とは違う。関連する金融関係の会社の株も持つ。さらに財閥の保有する株も管理する、事実上の財閥会社だ。
けど銀行として見ると、元々小さい銀行が短期間で膨れ上がったので、人材面では他に劣る。テコ入れ、天下りで補強しているけど追いついていない。ファンドがもたらす資金力の異常な高さが、依然として最大の武器だった。
けどそれは構わない。
莫大なあぶく銭で鳳は巨大化し、さらに大きく膨れ上がりつつある。私としてはそれで十分だ。
(けどなあ、21世紀前後のメガバンク時代までうちが生き残ってたら、どうなるんだろう。三井・住友には嫌われているから入れない。みずほは色んな意味で私が嫌。りそなは格下の野村が中心だから、今のままなら鳳が飲み込む側か。好悪を別にしても、三菱との合併しかないわよね。もっともこの先、財閥自体がどうなるか分からないか。それにうちは、半ばコングロマリットだしなあ)
「どうかしたのかい?」
「あ、いえ、毎年の鳳凰会に出ると、鳳グループが年々大きくなるのを実感させられるなあって」
「本当にそうだね。今や石油関連、製鉄、工作機械、トラック、重機、建設、造船、造機、精密機械、それに製薬、この点では他の財閥を圧倒するか上位に位置している。それに比べると、鳳ホールディングスはこのところ頭打ちだから、何か手はないかなとよく考えさせられるよ」
違った事を思いつつ何となく答えたけど、私などよりハルトさんの方が物事を良く見ている。高いところからの眺めと、現場からの眺めの違いなのかもしれないけど、今現在だと鳳一族内で現場トップ以外の目線を持っている人はハルトさんくらいだから、存在自体が貴重だ。
「うちの銀行業は、グループ全体に対しては系列会社の資産運用で補っているのが現状ですからね」
「うん。ファンドの存在が大き過ぎるほどにね。もっとも、ファンドが無ければ、鳳ホールディングスが今でも小さな銀行だったのは間違いないし、自己資本比率の異常な高さは大きな武器だ」
「そうですね。長所を伸ばす事を考える方が、理に適っていると思います」
「うん。僕も短所を無理して伸ばすより、長所で補う方が得意だな」
と、爽やかな笑顔で結ぶ。
ハルトさんと、こうして話す機会は日に日に増えているけど、人柄の良さがますます分かるようになった。マイさんなど虎三郎一家から話を聞いても、表裏はない。誰にも明かさない面があるなら話は別だけど、個人としても公人としても陽性の人だ。
唯一、一族の誰も知らないのはアメリカ留学時代だけど、お付きの人は一緒に行っていたし、お父様な祖父や時田らが交友関係などは調べてもいるだろう。
そして何より、次代の鳳を担う一翼となってくれるに違いない。
シンセサイザー:
1930年代に登場。1935年春までにあるかは、リサーチできず。
エレキギター:
1931年発明。32年には商業発売。




