404 「女学校4年目」
4月、女学校の4年生が始まった。21世紀というか戦後で言えばJKデビューだ。
けど女学校は、21世紀で言えば中高一貫。5年生まである。それ以上行くなら、5年生にはならずに4年で卒業して女子高等師範学校か、精々が専門学校扱いの女子学校(大学)に上がる。
それ以外となると、女子の進学の道は凄く険しい。
鳳の大学は、麟様が開明的というか夢で女子教育の重要性を明治の頃から強く言っていたのと、紅家の瑞穂大叔母さんがいたので、明治の中頃から大学に女子学生の入学を入れていた。
けどそれは、当時の考えからしたら奇人変人の所業だった。財閥としての財力と政治力がなければ、無理な事だった。
だから鳳大学は、三流以下、最底辺と小馬鹿どころか大馬鹿にされていた。財閥の巨大化と紅龍先生の大金星がなければ、存続すら危うかったのではないだろうか。
女子の生徒を受け入れるというので、男子からの人気は最低に近かった。だから、大学ではなく鳳財閥に入るための専門学校だと、世間で言われたりした。
そんな状態だから、女子の入学者も門戸が広いのに少ない状態が長らく続いた。
昭和初期ですら、虎三郎家のマイさん、サラさんが大学に進んだのも、女子教育の啓蒙活動の面があったほどだ。
そして財閥が大きくなった事と並んで、積極的な女子の高等教育の必要性の啓蒙活動を紅龍先生に頼んだおかげで、幾分マシになった。さすがは日本人、権威と人気には流されやすい。
それでも、昭和10年の本年度でも、鳳の大学は女学生用の寄宿舎も完備しているのに、女学生の数は受け入れ人数に対して少なかった。
学園が東京市の郊外にあるという地理的な問題もあるだろうけど、やっぱり理由は別のところにある。
私学の大学そのものが、帝大など公立に行けない落ちこぼれがいく場所、という世間の評価があるのも影響している筈だ。そして優秀な女子が世間の冷たい目を受けつつ大学に進学するのだから、少しでも良い学校と考えるのも自然な事だ。
けど、そもそも東京帝大に、女子は絶対に入れない。聴講生すら無理。21世紀からやってきた私から見れば、クソみたいな状態だ。
一方で、私が新しく始めさせた奨学金制度も、思ったほど上手くいっていない。また鳳の本邸の準備もあるので、特待生を鳳の本邸の書生とする事も出来ずにいた。
鳳の本邸に書生として外からやって来るのは、私の同級生、つまり姫乃ちゃんが最初になりそうだ。これも因果なのかもしれない。
「とは言え私は、女学校で上がりだからなあ」
「何か言った?」
「お芳ちゃん達は、大学進んでねーって」
「まあ、それも仕事みたいなもんだからね」
新学年が始まったばかりの午前中の休み時間、桜吹雪と化した散りゆく桜をぼーっと見つつ、少しアンニュイにお芳ちゃんに答える。
お芳ちゃんが隣の席なだけで、他の側近達は自分の席にいる。姫乃ちゃんも今年も同じ学級だけど、私からの席は離れている。
「それで、どこに行くの?」
「鳳に進むよ。この見た目だからね。変な目で見られにくいのは、周りも慣れてる鳳だけだし、警備も楽でしょ」
「ご配慮痛み入ります。まあ、家庭教師は好きなだけ付けるから。いっそ、紅龍先生に弟子入りした事にでもする?」
「それなら、大学の臨時講師って事にして、ゼミナールにしてよ。一人じゃあ勿体無い」
「ゼミか。けど、お芳ちゃんの学力に付いて行ける学生がいるの?」
「目の前に一人。それはともかく、私は色んな意見が聞きたいだけ。とは言え、私が大学行くのは3年先だから、今は家庭教師かな」
「今すぐ行っても良いのに」
「飛び級は、読書量が少ないって、馬鹿にされるって言うじゃない」
「教養主義的観点ってやつね。馬鹿馬鹿しい。けど、女子の場合それ以前だから、今更じゃない。アメリカじゃあ、15で大学に入る人もいるそうよ。セバスチャン達も、何年か飛び級してるし」
「私の場合、年齢詐称している上に一年飛び級はもうしているから、これ以上はいいよ。それに大学は、学位とかもらうために行くだけだし」
「それもそうか」
「うん、そう。でも飛び級なら、お嬢の方が入れば良いじゃない」
「女学校までで十分よ」
「えっ? 玲子様は進学されないのですか!」
少し大きな声だったせいで、少し離れていた人達にも聞こえてしまったらしい。
そして私とも話すようになった姫乃ちゃんが、大きな声に驚いた表情で私を見る。
今の気持ち的に正直面倒くさいと思ったけど、少し姿勢を正して小さく笑みも浮かべておく。
「ええ、そうよ。私は鳳の長子ですから」
「ご自身の学業よりもお家の繁栄の為なんですね。ご立派です。ですけれど、少し残念です」
「そうね。大学に進まれる方とは、この1年間しかご一緒出来ませんからね。けれど皆さんは、私の分も学業に励んで下さい。鳳もそれを望んでおります」
「「は、ハイッ!」」
ちょっとお嬢様っぽく模範解答しておくと、姫乃ちゃん以外もピシリとお返事。今や急速に名門となりつつある女学校だけに、みんなお行儀が良くて助かる。
私的には、ゲームの姫乃ちゃんを知っているだけに少し物足りなさもあるけど、面倒くさい行動パターンじゃあないのが助かるのも事実だ。
(鳳の男子達にも普通の反応だったし、私と対立するでもなし、鳳に別に恨みはないだろうし、かと言って華族や財閥を敵視するリベラル志向もないように見えるし、可愛い以外は普通の子よね。まあ、頭も良いのか)
「あの、何か?」
「姫乃さんは成績もますます優秀ですから、期待しています」
「あ、有難うございます。ですけれど、玲子様や皇至道さんにはまだまだ及びません」
「ですけれど、私は女学校より上には参りません。その分も、姫乃さんや皆さんに頑張って頂き、女性の学力を世に知らしめ、少しでも女性の社会的な門戸を広げられるようにして頂けるものと期待しています」
「は、ハイッ! 流石は玲子様です。私なんて目の前の勉強で精一杯なのに、常に先を見据えて広い視野をお持ちなんて、改めて尊敬致します」
「私も!」
と、そこからは私への賞賛が始まる。
(いや、そんな賞賛いらないから、化けの皮があるなら見せてよ)
この半年ほど思っている不満を内心の極一部で思いつつも、「そんな事ありませんよ」と謙遜する。
女学校に上がって3年の途中までは超然としているように見せていたけど、学級の女子との交流を少し広げると、漫画などで見たお嬢様学校のよくある展開だ。
こんなものを自分が体験するとは考えもしてなかったけど、有名税とでも思って受け入れるしかない。
けれども、学校すらも私の逃げ場、何も考えないでいられる場所でなくなってしまったのは残念だ。
「お疲れ様」
「ありがと。けどまあ、これもお役目ってやつね」
「どーしたの玲子ちゃん?」
車で帰る為の駐車場脇の待合所で、瑤子ちゃんと側近達で、男子達を待つ。虎士郎くん、輝男くんと他の側近2名。男女別学で男子校の方が距離があるので、どうしても待つことになる。
けど私にとって待合所は、学校でのもはや最後の逃げ場かもしれない。
「『流石です玲子様!』って言われる事が増えたんです」
「あー、なんだそんな事か。適当に流しておけば良いのよ」
瑤子ちゃんが、お芳ちゃんの学芸会レベルの演技を見て、小さく笑いながらアドバイス。私よりずっと慣れた感じだけど、瑤子ちゃんの場合は私と違って小学校から陽キャで過ごしてきているから、1歳年下なのに場数が違う。
「適当に流してはいるけど、迂闊な事は話せないなあって思い知らされるわね」
「分かる。それってあるわよね。腰巾着や太鼓持ちってどこにでもいるから」
「私の場合、側近達を連れているから、それを否定するわけにもいかないしね」
「それもそうだねー。あ、私も来年からは側近を何人か抱えろって、ご当主様に言われているのよね」
「そっか、15からだもんね」
「うん。お兄ちゃんみたいに幼年学校ならまた別だけど、そのお兄ちゃんですら今年には家で何人か抱えるって聞いたわよ」
「玄太郎くんもね。鳳が大きくなったから、そう言うのは諦めてちょうだい」
「玲子ちゃんに比べたら、大した事ないわよ。あ、でも、虎士郎くんはどうするんだろうね。音楽学校だし、お兄ちゃんみたいに家でだけってなるのかな?」
「さあ、当人に聞いてみたら」
その視線の先には、ほぼゲームの姿となった虎士郎くんが近づいてくる所だった。
ゼミナール:
ゼミ。主に大学の授業方式の一つ。討論や発表を主体とする学習方法。
日本では明治末頃に、帝大で最初に導入された。
ちなみにゼミナールはドイツ語。英語だとセミナー。




