394 「襲撃」
遠くで何かが弾けるような音が連続して響いてきたのは、東の油田を見つけ終え、さらに南の方の油田の概略方向を見定めてから、しばらくしての事だった。
「銃声です」
「小銃の音。連続するのは軽機関銃でしょう」
シズに続いてリズも断言。周りの人のうち、護衛任務の人たちも俄かに動き始める。まだ、本職の護衛以外は武器も手にしていないので、危険は低いと考えていい。
そもそも、周囲に念のため哨戒してあるから、私達のいる場所は余程の事がない限りいきなり襲われるという可能性は殆どゼロだと聞いている。だから、車に隠れろ、頭を下げろとかも言われない。
けど私は、荒事の時はお荷物でしかないし、襲ってきた連中の目標である可能性を常に考えないといけない。
だからシズとリズ、それにマイさんと視線を一瞬交わすと、自分たちの車へと姿勢を低くしつつ向かい始める。
「これは姫、お早い判断で」
車まで戻ると、八神のおっちゃんが数名の部下を連れて半ば待っていた。
「逃げ足は早くなった気がするわね」
「良い事だ。だが、移動は少し待て。護衛の手配もあるし、まだ状況が見えない」
「迂闊に動かない方が良い?」
「退路に待ち伏せなどあったら目も当てられん。だが、落ち着いているな」
「そう? 襲われ慣れてきたのかも。なんだか、大陸に来るたびに事件が起きている気がするし」
「ハッ! それは、蜜に蟻どもが引き寄せられるようなもんだろうな。日本の連中は大陸は危険だと言うが、普通ここまで危険はない」
鼻で笑われてしまった。とにかく、八神のおっちゃんが軽口を叩いているから、今のところは安全と思って良いのだと少し安堵する。
そしてそんな軽口を叩いている間に、私以外の女子は車から武器を取り出している。マイさんは拳銃だけ、シズはさらに刀を手にする。
そしてリズは、トミーガンではなく小銃だ。そしてテキパキと他のパーツを組み合わせ、狙撃銃スタイルに変更させる。そしてそれを八神のおっちゃんが、面白げに見ている。
「どのくらいの距離まで狙える」
「この見晴らしなら、適切な射点を確保できるなら500ヤードは確実です。ただし、それ以上は期待しないで下さい」
「車で移動しながらは?」
「揺れ具合にもよりますが、必中はお約束できません。それなら機関銃か自動小銃が向いています」
「もっともだな。では移動するまで、適当なところで待機してくれるか。良いですな、姫」
「お任せで。私は車の中で待機しているわ」
「そう願えますかな。舞様は玲子様の車の運転をお願いします」
「分かりました」
八神のおっちゃん、相変わらず私にしか姫と従者ごっこをしない。マイさんの方が私よりお姫様然としていると思うけど、子供と大人の違いなのかもと私は思っている。
そうして3人で、四輪駆動車の中で待機している間も、遠くで銃撃の音が時折聞こえてきた。一度、何かの爆発音も聞こえたように思ったけど、シズの見立てではごく小さな大砲の砲弾か、軽迫撃砲らしい。
そして日本軍には、擲弾筒という小さな迫撃砲のような装備がある。同じ装備は、日本陸軍の装備の支給を受けている満州臨時政府軍も保有している。さらに言えば、ここの警備軍も保有しているけど、流石に今回の護衛は持っていない。つまり、この向こうで戦闘している誰かさんが使っていると言う事だ。
そんな話を聞きつつ待機していると、遠くから音が近づいて来る。それに対して、こちら側からは乾いた音が何発か響く。
何かが襲ってきていると考えるのが妥当。けど、銃撃するだけで、移動の指示はない。こちらからの銃撃音も、しばらくすると止み、そのすぐ後に車両が私達のところまで到達する。
「報告!」
遠くで野太い大声。聞き覚えがある声。ワンさんの息子さんだ。話しているのは満州語だけど、日常会話プラスアルファくらいには理解できるので、私が同乗者に通訳しつつ聞く。
「哨戒中に攻撃を受けた。数は最低でも小隊規模。遠くに車両は確認したが、大半は徒歩。馬はなし」
「損害は?」
聞き返すのはワンさん。この場の指揮官だから、指揮官への報告中という事だ。私達の車は近くに止めてあったので、そのやりとりが聞こえていた。
「3名負傷。急ぎ本部への移送を。こちらは10名程を倒した」
「戦果は聞いていない。で、連中の装備は?」
「小銃、軽機関銃、手榴弾、それに軽迫撃砲。多分だが擲弾筒だ」
「やはり擲弾筒か。で、相手は?」
「日本陸軍。ちゃんと階級章まで付けていた。捕虜も得てある」
「……やはりそうか」
少し溜めがあったけど、聞きたくはない結果を聞いたってところだろう。私も同感だ。だから話を一緒に聞こうと車から出る。
「武曲さん、経緯を聞かせてくれる」
「ん? ああ、お姫様か。先に撃ってきたのは向こうだ。しかも突然な。こっちが警戒を始めたら撃ってきた。気づくのが遅かったら危なかった」
「問答無用か。けど、こっちの服装や何をしているのかは、日本陸軍も知っているわよね。そもそも、なんで満州北部に日本陸軍、と言うか関東軍がいるの?」
「それは、捕まえた奴に聞いてくれ。下士官を捕まえてある。まあ、追いかけてきた将校は、姫の使用人が倒したみたいだがな」
「エッ?」
思わず絶句しつつ、リズのいた方を見るが彼女の姿は見えない。もともと周りから見えにくいように配置に付いていたけど、完全にいなくなっていた。移動したんだろう。
だから諦めて、ワンさんの息子の武曲さんに向き直る。
「一応誤認や誤射の可能性があるから、こっちからは声を出して、所属と戦闘の意思のない事も一度は伝えた。だが連中、俺達を半包囲して撃ってきた。擲弾筒まで撃ってくるし、こっちが車じゃなければ全滅していたところだ」
「そう。けど、そんな状況で3人の負傷程度で済んで良かった。凄いのね」
「そうでもない。薄いとは言え、装甲板を付けたトラックを使っていたおかげだ。それにこっちの銃は、全員自動小銃か機関銃だからな。一斉射で怯んだ隙に逃げた。で、逃げるときに、連中の包囲の輪の一番外をかすめて、すれ違いざまに一人捕まえた」
そう言って、腕をマッスルポーズする。この腕に捕まえられたら、逃れようがないだろう。
「良い判断だ、武曲。それに追ってきた奴らも、捕まえたようだぞ」
「尋問は後。まずは安全な場所まで移動しましょう」
「良いご判断です。全員移動準備!」
素早く移動して、一気に安全地帯へと向かう。
そのルートは、ちょうど旧東清鉄道と並行していて、移動しながら地面に何かがあるのを感じつつの移動となった。だから、可能な限り気がついた場所は記録させておいた。
そうしてまずは、帝国石油の敷地と認められたエリアにまで移動する。距離はおおよそ60キロメートル。舗装道路なら1時間の距離だけど、道がないのと、慎重に移動したので2時間近くかかった。
けど、襲ってきた連中、と言うか関東軍の追撃は無かった。先行させていた者達が待ち伏せに遭う事も無かった。
なんだか、色々と中途半端な襲撃という感じがする。そして素人の私が感じているのだから、プロの人達はもっと疑問に考えている事だろう。
そしてそれを多少でも知る者は、既に捕らえてある。ワンさんの息子さんが捕らえた下士官もそうだし、リズが狙撃した人たちもそうだった。
「アレ? 殺してないのね」
リズが移動中の車列に合流し、安全地帯でトラックの積荷を確認すると、カーキ色の人達が数名呻いていた。全員、足に何かしらの布が巻かれたり、縛ってあったりする。
「はい。狙うだけの余裕もありましたし、まずは車のタイヤを狙い、車から逃げ出した将校の足を狙いました。足以外の傷を負っている者は、私以外が射撃したものです」
「グッジョブ、リズ!」
「あ、はい。ありがとうございます?」
ちょっと古い21世紀な言葉で褒めたけど、アメリカンなリズが頭にクエスチョンマークを浮かべてしまう褒め方だった。
それはともかく、積荷となっている日本軍将校だけど、1人は動かない。と言うか、少し見たくない姿になっていた。
「一人は射殺したのね」
「いえ、足を撃ちました。そのあと逃げようとしましたが、追い詰めた時点で自殺しました」
リズがそう断言したように、確かにその死体も足が赤く染まっている。その上でこめかみを撃ち抜いていた。
立派な最後と言えるんだろうけど、私が思ったのは「面倒な事になるだろうな」という事だった。
1ヤード=0.9144メートル
擲弾筒:
八九式重擲弾筒 (はちきゅうしきじゅうてきだんとう)
陸軍の小隊用軽迫撃砲・擲弾発射器。小銃擲弾 (ライフルグレネード)と迫撃砲の中間的なコンセプトの兵器。
正式化されたのは1932年。1935年の春先だと、最新兵器の部類になる。
ニー・モーター(膝撃ち迫撃砲)と呼ばれるが、膝撃ちしてはいけない。
全員自動小銃か機関銃だからな:
自動小銃は、ロシア帝国が開発したフェドロフM1916。突撃銃もしくは自動小銃。機関銃のような射撃ができる。




