378「お茶会(2)」
特に意味のある会話も交わしていないので、さらに頭の片隅でイケメン少年達と美少女を見比べつつ、紅茶を口にして攻略の方向性を思い出す。
(ゲーム初期の頃だと、どういう能力かを評価するのが玄太郎くん。頑張り屋さんなのを気にいるのが龍一くん。相性が合うのを重視するのが虎士郎くん。自分との育ちの差による感覚のズレを面白がって、興味を持つのが勝次郎くん。あと輝男くんは、ヒロインの自立する姿に今までにない価値観を見出す。確か、こんな感じよね)
そしてゲームプレイヤーは、姫乃ちゃんを攻略対象に特化したパラメーター上げ、好感度上げをしていって、イベントを消化していく。
ゲームは攻略対象ごとのマルチエンディングだけど、メインルートと呼ばれるのは悪役令嬢の婚約者である勝次郎くんルート。
勝次郎くんの愛を勝ち取り、悪役令嬢との婚約破棄を決意させ、婚姻決定のパーティーで追放する。そして鳳財閥は倒れるけど、鳳一族は首の皮一枚で存続。ついでに日本もなんとか救われる、というストーリーだ。
ただし他の攻略対象のエンドでも、悪役令嬢と勝次郎くんの婚約は大抵解消されてしまう。解消されない場合の大半も、大抵は追放される。追放されない場合は、ゲーム中に悪役令嬢が死ぬか殺されるかだ。
鳳家内にいるだけで悪というのは、浪費家だったりトラブルメーカーだから仕方ないかもしれないけど、日本にいたら日本が滅びるとか、我が身になると流石に酷すぎる設定だと感じさせられた。
一方で、この体の主の話から、気になる事がある。
姫乃ちゃんが不幸になったら、日本が私の前世の歴史より酷い結末を迎える可能性が見え隠れする事。
けど、紅龍先生の新薬のおかげで、暗殺されかけたルーズベルトはそれなりに元気にアメリカ大統領をしている。この大魔王がいる限り、無条件降伏と原爆のフラグは維持されている筈だ。
だから、もしかしたら、姫乃ちゃんは日本の命運と関係ないかもしれない。歴史を何度もループしているから、『偶然の一弾』のような条件があるのかもしれない。
それに体の主は、姫乃ちゃんがゲーム上と同じ『光の巫女』だと言った。そして私を自分の体に転生させた体の主という存在がいる以上、姫乃ちゃんの事は無視できない。
さらに放置すると、華族と財閥を敵視する思想をキメて攻撃してくるという。
諸々含めて屋敷に呼べば何か掴めるか、変化とか兆候があるかもと思ったけど、姫乃ちゃんは全く何もなし。嬉しそうに、可愛い顔を淡く紅潮させているだけだ。
逆に、攻略対象など他の誰かが姫乃ちゃんに何かを感じたりもしていない。
拍子抜けすらしそうな程だ。
「(なに難しい顔している?)」
色々考えていたら、少し顔に出ていたらしい。勝次郎くんが、小声で問いかけてきた。だからニコリと笑みを返す。
「ちょっと、小難しい事考えてただけ。なんでもないわ」
「如才なく話しつつ、他の事を真剣に考え込むとか、相変わらず器用というか奇妙というか」
呆れつつ勝次郎くんが評すると、私の隣の瑤子ちゃんがクスッと可愛く笑う。私の対面の輝男くんは、勝次郎くんが話しかけてきたタイミングではほんの少しだけ真剣な表情を向けてきていたけど、今は素に戻っている。
そして反対側の隣からも、姫乃ちゃんの視線を感じた。
「あの、玲子様何かお考えごとですか?」
「いいえ、大した事じゃないのよ。せっかく私が呼んだ男子達が、当たり障りないことしか話さないから、今日のお茶会はあまり成功じゃないのかな、と思っただけ」
「いえ、すごく楽しいです。それにこんな貴重な機会を与えてもらって、すごく嬉しいです!」
姫乃ちゃんの大きな声に、さらに隣の二人も激しく同意って感じだ。ちょっとオーバーリアクション気味なのは、ゲームの姫乃ちゃんを思い出させる。
対する男子の方は、玄太郎くんがちょっとバツ悪そうな表情を見せる。図星過ぎたらしい。
如才ないのは虎士郎くんがダントツなんだけど、この子の場合は相手を観察している段階のいつもの行動なので、「アハハ」と軽く笑って流されてしまう。
けどまあ、一番酷いのは龍一くん。前の姻戚を決める会議でもそうだったけど、余程飢えているのか食べる方に忙しい。ガタイがデカくなったから、エネルギーが全然足りてないとばかりの食いっぷりだ。
その龍一くんが、食べていたものをコーヒーで流し込んで私を見る。
「玲子の配慮くらい分かっているぞ。女子の方々は成績優秀者の慰労という意図で呼んだが、俺達は将来の相手が決まるまで、女子とこうして親しく話す機会が少ないからだろ?」
「お兄ちゃん、そのままを言い過ぎ。私は優秀な上級生の方と色々お話できて、嬉しいわよ。今後も続けて欲しいと思ってる」
「ありがとう、瑤子ちゃん。じゃあ、男子はもう呼ばない方がいい?」
「それなんだがな」
龍一くんが意外に食い下がってきた。だから視線で続きを促す。
「俺達より、俺の学友もしくは玄太郎たちの学友と、こういった交流をする方が、お互いの為にも有意義なんじゃないか? 健全に会って話すだけなら、逢引だと後ろ指も指されないだろうし」
「龍一の言葉にも一理あるな。僕達は、その場その場を楽しく過ごせても、将来的な事となると話が全く別だからな」
「ボクは、今この時楽しく過ごせたら、それで十分だと思うけどなー」
「私としても虎士郎くんくらいに思っていたんだけど、飛び入りの輝男くんは?」
「私は、同僚以外の同年代の女子と話す事自体が小学校以来ですので、貴重な機会を与えて頂いたと考えています」
「だって、勝次郎くん」
トリを任せると、片眉を軽く上げて破顔してくれた。
「俺は理屈抜きに今日は楽しいぞ。ただ、俺達は将来を語る相手にはなれないからな。継続するなら、龍一の案に賛成だ」
少しだけ期待した破天荒な答えじゃなかったけど、予想範囲内の答え。だから私は、少しだけ残念な表情を浮かべて、今度は女子たちに顔を向ける。
「ごめんなさいね。私の良からぬ謀に付き合わせてしまって。けれど、龍一くんの件については、この屋敷に簡単に外の方を定期的に招くわけにはいかないの。出来るとするなら、学園のお茶室を借りるか、もしくは私の学友がたまに遊びに来るという体裁を取らないとね」
「確かにそうだな。無理な事を言った。皆さん、申し訳ない」
龍一くんが起立して深めに頭を下げる。動作がキビキビとしていて、ちょっと軍人っぽい。
「なるほど。鳳の家は開かれていると思ったが、やはり限度があるのだな」
「私がいる以上、本邸に他所の男子となると余計にね」
「確かに。それで、どう収める?」
「収めるも何もないけど。そうね……ねえ、皆さん、鳳が大学に進学したい方に新しい奨学金制度を作るのはご存知?」
女子たちに問うと、「はい」と全員から返事。それに頷き返しつつ言葉を続ける。
「まだ発表していませんが、大学に進学する特待生の男女一名ずつを、この本邸で書生として迎える予定です。勿論、私の近くにいる者達は含まれないので、来年度からとなると皆さんはかなり近い位置にいると思うのですが」
そこまで言ったところで、「そうか!」という声と共に姫乃ちゃんが立ち上がる。私に向けた目は、何だかキラキラしている。
「玲子様は、私達を奮起させる為、今日この席をご用意して下さったんですね! 私、家の事情で大学は諦めていたのですけれど、奨学金の噂を聞いて希望を持っていたところでした。その上、そんなお話まで。私、試験に必ず優秀な点数で合格して、大学に進みたいと思います!」
「あ、はい。頑張ってくださいね。鳳は皆さんに、大いに期待しています」
「ハイッ! お任せ下さい」
それに続いて二人も「私も!」「私も頑張ります!」と決意を新たにしたご様子。
姫乃ちゃんが私の両手を取った上から、他の二人の手も重なって来る。何やら、青春ものの1ページみたいだ。
攻略対象の男子達も、「そんな事だろうと思った」とか言って納得顔だ。
(アレ? 違う方向で効きすぎた? まあ、この屋敷で書生をしたいのか、再びイケメンどもに会いたいのかは分からないけど、一応計画通りってやつだから良しとしよう。うん)
「まあ、一件落着ってところか。じゃあ、仕切り直そうぜ。シズさん、追加頼める? あと、出来れば、学友に持って帰ってやる分も、そろそろ準備しておいてくれるか?」
「畏まりました、龍一様」
龍一くんに締められたけど、これで来年大学の予科に姫乃ちゃんを行かせる布石も打てた。一年早くやって来る事になるかもしれないけど、まあ今更だろう。




