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悪役令嬢の十五年戦争  ~転生先は戦前の日本?! このままじゃあ破滅フラグを回避しても駄目じゃない!!~  作者: 扶桑かつみ
物語本編

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361 「側近達との床屋談義」

 7月3日、犬養内閣が解散総選挙を発表した。選挙は来月頭の日曜日の5日。

 けど、私の前世と違って総選挙だ。総辞職の後で元老の西園寺公望と首相経験者による重臣会議で首相を決めたりはしない。日本の政党政治は、まだ十分に維持されていた。

 ただ、黄色信号がともりかけている。



「宇垣一成も70近いし、総理になりたいだろうなあ」


「お嬢は今度はキング・メーカーになりたいの?」


「キング・メーカー?」


「この場合、キング、王様ではなく、総理大臣の選出や退陣に裏で大きな影響力を持つ人や勢力の事だ」


 側近の中でも幹部候補の3人と、いつものようにやり取りしている。

 お芳ちゃんとみっちゃんは力と技で棲み分けているけど、輝男くんは護衛にするには惜しいくらいおつむも優秀だ。ゲームでも地頭は良かったけど教育はあまり受けてないので、私の周りの人の中では大きな違いだ。


 なお、学校帰りの集合を待つ少しの間、駐車場近くの待合場所での雑談中の一幕。来るのを待っているのは、私達の下級生に当たる虎士郎くんと瑤子ちゃん。私の側近候補達は、男子も含めて全員集合している。


 この待合場所は、学校拡大により車で通う生徒の為に作られた駐車場脇の小洒落た建物だ。さらに私達の居る場所は、一般生徒とは部屋が区切られている。

 隣の大きな部屋は駅の待合みたいで、大半は学生だけど私のように使用人を連れている場合もある。けど大人は学校からの許可制だから、怪しい人物はいない。私達学生10人以外は、今日のお付きのリズとマイさん、車の運転をする大人だけだ。

 だから気軽に、側近候補達に声をかける。


「政友会が割れなければ十分よ。それで、輝男くんは誰が次の総理だと思う?」


 「そうですね」いつも通り言葉少なげに私の言葉を受けて、少しだけ考える。


「好景気で、政権与党の政友会に有利です。次の政友会総裁が、総理になるのではないでしょうか?」


「じゃあ次の総裁は?」


「床次竹二郎か鈴木喜三郎です」


「どちらかに絞れない?」


 隣でお芳ちゃんが答えを言いたげだけど、目線で抑える。一方で、他の頭脳系の側近候補にも視線向けて、「みんなも考えてみて」と聞いてみる。

 私の側近になる以上、自身での考えで分析できるようになって欲しいからだ。イエスマンは、私を本当の悪役令嬢にするだけだ。


 最初に小さく挙手したのは、お芳ちゃんの下につく予定の銭司でず艶子。見た目は平凡そのものだけど、強度の乱視用のグルグルメガネを標準装備なのが一番の特徴な子だ。二次元になると、メガネで目が隠れるタイプのキャラだ。


「床次竹二郎だと思います」


「根拠は?」


「鈴木は貴族院議員から衆議院に転向したばかりですが、床次は20年近く衆議院議員をしています。西園寺公の受けも良いと考えます」


 「なるほどね」と答えたところで、もう一人の頭脳系女子の挙手。福稲くましろ英子を視線で指名する。この子は、エリートOLかアナウンサーでも似合いそうな頭良い系な美人女子になりそうな感じがする。


「床次は、国民からの人気がありません。鈴木は今の政府の方針の親英米より、勢いのあるドイツ贔屓に傾いています。私は、国民からの人気が高い宇垣一成を推します。宇垣なら選挙に勝てますから、議員にとって何よりも重要だと考えます」


「宇垣さんか。まあ、その線が濃いわよね。お芳ちゃん以外は?」


「私に聞かないの?」


「お芳ちゃんは最後。他には?」


 そこで再び、輝男くんの小さな挙手。他の護衛担当は、先の二人に意見を言われてみんな頭を悩ましているだけ。


「僕も床次竹二郎です」


「理由は?」


「政治的な色がないので、政友会の重鎮の大半の支持が得られやすいと考えます」


「色かあ。けどそれって、腰が定まらない事の裏返しだから、今まで床次さんが首相になれなかったところもあるわよ」


 「確かに」と言って考え込んでしまった。そしてそれ以上の意見も出ない。だからお芳ちゃんへと視線を向ける。

 そして一言。


「平沼騏一郎」


 「エッ?」お芳ちゃんの答えに何人かが驚いていた。少し離れた場所で様子を見ているマイさんだけが違っていた。


「そうきたか。じゃあ、やっぱり政友会は分裂?」


「なんだ。同じ答えか」


 ちょっと落胆しているお芳ちゃんだけど、言葉を続けた。


「選挙に勝つには、宇垣さんが一番。でも、総裁の座を明け渡さないとダメだから、元から政友会の床次さん、鈴木さん両名としては、次は外様ではなく自分達のどちらかって思うでしょ」


「うん。それで、どっちが政党を割る?」


「さっき話していたけど、床次さんは腰が定まらないから、可能性としては高いかな。鈴木さんはドイツ傾倒派だから、民政党と馬が合わないだろうしね」


「鈴木さんの場合、政友会の主流とも同じじゃない? 実際、ファッショというかイタリア嫌いの犬養首相からも嫌われていたし」


「まあ、それはそうかな。でも私は、割るのはどっちでもいいって思ってる」


「大事なのは、政友会が割れるかどうかってだけね。けど、なんで平沼さん? 民政党の総裁は、多分だけど今回の選挙で若槻さんから町田忠治に変わるでしょう。あの方、政治家としては正統派よ。それに首相経験者の重鎮達も含めて、平沼さんとは折が合わないでしょう」


「うん。でも、議員以外で総理になりたがっている一番が、平沼さん。双璧が宇垣さん。次点で近衛文麿かな。総理の器だと、本来は海軍出身の斎藤実か岡田啓介当たりだろうけど、海軍の目はどう見てもなし。陸軍は、宇垣さんが後押しすれば他の誰かも有り得るだろうけど、まずは当人でしょ」


「だから、政友会が宇垣様を前に立ててくるなら、嘘の疑獄を作り上げてでも法の番人平沼騏一郎が動くってわけね。けど、嘘を通してきたら民政党は平沼さんを受け入れないでしょう」


「でも、平沼さんが連れてきた政友会の一部と組んで、政権が取れる。総理は無理でも、大臣になりたいって人は民政党に大勢いるから、あくまで議会選挙で勝つなら折れる筈」


「政治家は業が深いものね。けど、西園寺公が平沼さんを嫌っているのは周知の事実。突っぱねられるんじゃない?」


「選挙の結果なら、西園寺公も駄目とは言い難い」


「……まっ、そうなるか」


「うん、そうなる」


 そこで沈黙が降りた。だからというわけじゃないけど、周りを見渡すと私とお芳ちゃんに視線が向けられている。

 軽いブレーンストーミングの積りが、お芳ちゃんと私だけの会話になっていたから、だと思う。


「ごめんなさいね。二人で勝手に話してばっかりで」


 一応取り繕ったら、みんなから首をフルフルされた。

 そうして、二人で話している間に近づいてきていたマイさんが苦笑する。


「みんな会話には入れなかったのよ。私も無理。でも、ひとつ聞いていい?」


「今の話で何か?」


「うん。玲子ちゃんは、宇垣一成様が総理候補になるって見ているのに、それじゃあ政友会が分裂するとも見ている」


「そうなりますね」


「うん。誰を応援する予定なの? いや、この場合ご当主様が誰を推されるかかしら?」


「鳳は宇垣さんが立つというなら、宇垣さんを推します。お父様の元上官で、義理もありますから」


「でも、分裂して欲しくないなら、降りてもらうしかなさそうだけど?」


「そうなんですよね。何か名案はありませんか?」


 何となく聞いてみたら苦笑が帰ってきた。


「玲子ちゃんとお芳ちゃんが分からないものを、私に分かるわけないでしょう。と言いたいところだけど、宇垣様には今回は選挙の表看板だけでどこかの大臣を用意、総理は次って事で手を打てない? 宇垣様はそこまでのお年じゃないし、頭の良い方だから、次が確定なら待って頂けるんじゃないかしら?」


「おーっ、大人な意見だ」


 パチパチパチと、思わず手を叩いてしまった。

 そうするとまた苦笑された。


「茶化さない。それにね、宇垣様はいっそ一度議員をして政友会自体に貢献したら、他の方も文句は言いにくくなるし、西園寺様も議員という事でお認めされやすいでしょう。その上で総裁にでもなれば、文句の言いようもない。

 それと、宇垣様が正当な手段で回り道をされるなら、平沼様も極端に強引な事はされないんじゃあ? それでも不安なら、平沼様に次の次くらいの密約を交わしても良いかもしれないけれど」


「……マイさん」


「ハイ?」


「やっぱり鳳一族ですね。策士というより、ちょっと腹黒です」


「なっ! ちょっと、待って。あくまで今の話の流れから、思いついた事を言ってみただけよ。他意はないから。本当に!」


 うん。拒絶するのも、ちょっと怒るのも、弁解気味なのも、全部可愛い。可愛い系の美人は得だと、本当に思ってしまいそうになる。


「うん、言い過ぎました。御免なさい。けど私は、そこまで思いつきませんでした」


 そう言ってお芳ちゃんを見ると、苦笑いされた。思いついてはいたらしい。こっちの方が策士だった。

 そして自分が、まだまだ青二才だと思い知らされる。だからと言って、所詮中身はアラフォーのモブ、凡人だと凹んですらいられない。


「今の話、一度お父様達に言ってみます。話し合ってみるものですね。ありがとうございます」


「どういたしまして。でも、総裁を床次様か鈴木様かの場合はどうするの?」


「それは鳳が口を出すのは難しいですね。けど、党で一番の重鎮の原敬様が後見しているのは床次さんだし、前回も急きょ犬養さんを立てて床次さんを待たせた形だから、床次さんだと思います。お芳ちゃんは?」


「うん。可能性としては、鈴木さんより高いだろうね。それに鈴木さんは、平沼さんの次とでも言えば文句は言えないでしょ。それでもダメなら、親英米路線じゃないからダメと言えば良いんじゃない?」


「けどなあ、ドイツ万歳な論調は、陸軍の一部と国粋主義者や全体主義な人たちの受けがいいから、その可能性もあるのよねえ」


「仮に鈴木さんが政友会を割っても、親英米路線、協調路線の民政党主流派と相入れないから、分裂しても合流は無理なのは分かっているだろうし、そこまでご自身の損得勘定の出来ない人でもない筈でしょ」


「けど、鈴木さんが総裁になったら、今度こそと思っている床次さんが党を割るかも」


「玲子ちゃん、まずは相談、でしょ。ここで話していても仕方ないわ。それに話はここまでよ」


 マイさんの視線の先には、虎士郎くんと瑤子ちゃんがちょうど別方向から、こっちに近づいてくるのが見えていた。

 確かに、床屋談義はここまでらしい。


鈴木喜三郎:

政友会の有力政治家の一人。鳩山一郎は義弟に当たる。

また司法官僚出身で、平沼騏一郎が兄貴分。

司法官僚出身なのに選挙干渉をしたり、内務省の人事をいじくりまわしたり、さらに親英米に否定的だったりと、西園寺公望から嫌われる要素満載。



町田忠治:

立憲民政党の政治家。

平時の人と言われ、時代が平時でなくなったので、総理候補のまま終わった人。

戦後再起を図るが、GHQの公職追放でジ・エンド。

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