354 「パーティー前の打ち合わせ」
昭和9年5月13日、毎年恒例の鳳一族のパーティーが開催された。
以前は園遊会だったけど、昭和3年からは鳳ホテルでの開催となっているので、もう屋内開催も定番化している。それに雨天を気にしなくていいので、屋内開催は都合もいいし好評だ。
そして私にとってのパーティーだけど、今回はここ数年と違っている。だからパーティーの前に、関係者を集めて打ち合わせとなった。
「俺がいない間に、そんな話になってたんだな」
一通り説明を終えての第一声は、イガグリ頭な龍一くん。ゲーム上だといわゆるスポーツ刈りに近いけど、現実は容赦ない。
と言っても、この時代は学生はイガグリ頭が標準だ。高校や大学でボサボサの長髪だと、それは不良の証だ。普通の髪型でも短めが多い。玄太郎くん、勝次郎くんでも、ゲームの印象より短い。オシャレにも気を使う虎士郎くんが、他の男子より少し長めなくらい。
女子の方も、ボブカット、いわゆるオカッパヘアーが基本というか流行りだから、男子はそんなもんだろう。
けど鳳の女子は、お金持ちと私の啓蒙活動のおかげもあって、ロングヘアーが基本。
そして部屋には、そんな男女が集まっている。勝次郎くん以外は、鳳の未婚の男女達だ。
「両家の当主同士の話は済んでいるんだな」
「ああ、そうだ」
「ええ、そうよ」
続いて、今回初めて知った龍一くんとのお話タイムになったので、私と勝次郎くんの返答がハモる。
そしてそれに龍一くんが頷く。
「なら、問題ないだろ」
「お兄ちゃん、アッケラカンとしているのね」
龍一くんの態度が全然普通なのは私も気になっていたけど、そこは妹の瑤子ちゃんがツッコむ。
そうすると、淡々とした言葉が返ってきた。
「両家の当主同士が決めた事、しかも今のところは茶番だろ。俺が何を言える? それに俺は日曜日に顔を出せるかどうかで、何もできないし、してやれないからな」
「私が勝次郎さんのお嫁さんになってもいいの?」
「今回は、そう見せるだけだろ」
「……本当になったら?」
「正直、寂しい。でも、いずれ嫁ぐなら、勝次郎以上の男子はそう滅多にいないと思う」
その通りだけど、すでに達観の域に達してそうなので、ちょっと深めのジャブをと思ってしまう。
「私とハルトさんの件は?」
「偽装でご当主様の命とはいえ、ちょっと驚いてる。でもさ、俺達は年が同じか近いだけだろ。それに鳳一族の今の状況だと、晴虎さんが次の財閥総帥に近いし、偽装じゃないとしても良いご判断だと思う」
「龍一くんは、当主の座から遠のくわよ」
「それはそうだけど、このままいけば父上が次の当主だ。二代続くのは、一族内の事を考えるとあまり良くはないだろ」
「……模範解答すぎてつまんない」
「エーッ、それはないだろ。真面目に考えたのに」
最後に、ようやく龍一くんらしくなった。けどその姿は、子供の頃の龍一くんの面影であって、今の龍一くんがすると少し違和感がある。
だからじゃないけど、矛先を変えることにした。
「それで、龍一くんからお墨付きをもらった勝次郎くんは?」
「困惑しそうだよ」
苦笑交じりのお答え。龍一くんが意外に大人な言葉だったからかもしれないけど、私としては追撃したくなる。
「私はもういいの?」
少し挑戦的に見てあげると、そこは強い表情で見返された。それでこそ、勝次郎くんだ。ここで苦笑でも返されたら、ちょっと凹んでいたと思う。
「玲子の事は、最後まで諦めはしない。ただ、今回の件共々、色々と考えさせられはする」
「考えるのはいいが、少し本題から逸れてないか?」
そこに玄太郎くんの声。いい加減にしろって感じがする。隣では、虎士郎くんも似た感じの視線ビーム。
私も感情優先したのを少し改める。
「そうね。ごめんなさい、ハルトさん」
「いや、全然構わないよ。それよりみんな大人だね。この年までフラフラしていた身が、恥ずかしくなるよ」
「ハルト兄は、恋愛は優柔不断だもんね」
「というより、良い人すぎるのよ、晴虎兄さんは」
妹二人にダメ出しだ。アハハとごまかし笑いだけど、これはお兄ちゃんとしては立つ瀬がない。けど、暖かい雰囲気が漂ってくる関係なのが良くわかる。
「玲子は、まんざらでもなさそうだな。あっと、失礼しました晴虎さん」
「構わないよ。でも、話には聞いていたけど、勝次郎くん達は仲がいいんだね」
「そう言って頂けると、嬉しく思います。俺は小さな頃からの付き合いがある者は、一族以外だとあまりいませんから」
「大きな家に生まれると、そうかもしれないね。けどみんなは、これからだ。一中なんだろ?」
「はい。学友は増えました。学習院の小学校と比べると、張り合いもあります」
「だと思う。僕も一中なんだよ」
「そうなんですね。失礼しました、先輩」
「ハルト兄は、帝大本科に行かずにアメリカに遊びに行ったけどねー」
「父さんも行ったし、今はリョウだって行ってるじゃないか」
「男は良いわよねー。私も行きたかったなー」
また姉妹に弄られている。どうやら、そういうポジションらしい。そんな情景を見ていると、私が入る隙間があるのかと、埒もない事を思いそうになる。
そうすると、小声でささやかれた。虎士郎くんだ。
「(良い雰囲気だよね。玲子ちゃんも、このまま決めちゃっても良いとボクは思うよ。ボク達とだと、これから面倒もあるかもだし、早い方が良いと思うから)」
「(ありがと)」
短くお礼を言って、二人で微笑み合う。
虎士郎くんは、一歩引いて見ているところがあるから、こういう機微には敏感だ。それに横を見ると、瑤子ちゃんも分かっていますとばかりに、目が合ったら頷かれた。
他は、別の話で盛り上がっていて、気づいてなさそうだ。こういう一瞬の隙を逃さないのも、虎士郎くんらしい。
そして何より、早い方が良いという核心を突いていた。ただ、私は親、祖父にして父である麒一郎の決めた相手で構わないけど、虎三郎一家のハルトさんはそうはいかない。
それに付いて少し触れようかと思ったところで、瑤子ちゃんに先を越された。
「ねえ勝次郎さん、山崎家の方の対策って一年で決着付きそうなんですか?」
「一年もかからないと思う。正直なところ、晴虎さんと玲子の噂、瑤子さんと俺の噂を流せば、妙な事を考えている連中の機先を制せる」
「私の方は、エドワードさんだっけ? その人と何度か会ってダメでも噂だけ流せば良いんでしょ。それ以上の小細工って、いらないんじゃない?」
勝次郎くんの言葉を継ぐように、サラさんがあっけらかんと言い切る。
「エーット、サラさん的にエドワードは有り?」
「どうだろ。正直分かんないわね。まだ、遠目で見ただけだし。何度か会って話して、それからね」
「向こうは、相当前のめり状態だから……」
「分かってるって。変に期待させるような事はしないから」
そう言って、笑顔でサムズアップ。
やはり陽キャは違う。
「う、うん。じゃあ、今日私から紹介って事で」
「了解。まっかせて」
「任せてじゃないでしょう。自分の将来なのに」
「本当だぞ。それで、僕達は?」
マイさんの言葉に、ハルトさんも同意している。そしてそのまま私に振られたので、一瞬だけ考える。
「最初から一緒にいましょう。みんなと談笑しているけど、よく見ると二人の間が親密、みたいな感じで」
「私達も似た感じでいいですか、勝次郎さん?」
「ああ、構わない。というか、ほぼいつも通りだろ」
「絡む相手が少し違うがな。俺たちはどうしよう?」
「ボクは演奏があるから、兄さんは龍一さんと楽しんでおいてよ」
「いや、なんで僕だけ男が相手なんだよ」
「でも、一人でポツンとしていると、色んな人が寄ってくるよ」
「まあ、そうなんだが」
そう不満げな玄太郎くんに、龍一くんが肩を組みにかかり、そしてウンウン分かってますという表情。
「諦めろ玄太郎。今回はそういう役回りだ。それとも玄太郎は、ここにいる女子より、言い寄ってくる女子の方が良いのか?」
「そう言う龍一はどうなんだ?」
「将校は親の紹介か見合いが殆どだし、気にしてないよ。父上と母上も、かろうじて見合い婚だからな」
「うちも似たようなもんだ。鳳は親が決めるにしても、見合いはさせてくれるだけマシだって、父上も言ってた」
「だろ。俺は、今回のみんなの話は、本気で進めても良いと思っているくらいだからな」
そう言い切った龍一くんを、玄太郎くんがまじまじと見つめる。
「龍一、変わったな」
「そうか? 離れて過ごしているから、そう思うだけだろ。みんなも見た目含めて変わったぞ」
そう言って昔と変わらない笑顔な龍一くんだけど、確かに変わったと私も思った。




