352 「新米執事の目的(1)」
4月から5月にかけて、鳳一族と鳳グループの行事は多い。
私の誕生日会、鳳社長会、そして5月の鳳一族のパーティー。既に今年は4月のイベントはクリアしたから、パーティーまで小休止。その間は、新学年が始まった女学生をエンジョイすれば良い。
幸い、世の中平穏だ。私が少し懸念していた『帝人事件』の影は微塵もなし。そろそろ犬養内閣を畳んで選挙しようという雰囲気が出来つつあるけど、真っ当な政党選挙の方向で進んでいる。
私の前世だと、確かこの夏には次の内閣に変わる。ただこの世界では、犬養毅はピンピンしているから、そもそも斎藤実の内閣じゃない。
閣僚も替わった人はいないから、犬養内閣のままの筈だ。そして海軍は政治的な距離を開けているから、この次の内閣に元海軍軍人がくる可能性はほぼゼロだ。
一方の陸軍は、一部が荒木貞夫を推しているけど、その推している連中は元陸軍の宇垣一成外相に政治的に抑え込まれている。
おかげで、人事を動かして宇垣閥と呼ばれる人たちを軍の人事から外したのに、陸軍内はともかく他では停滞を続けている。
それもこれも、閣議などで荒木陸相が宇垣外相に全く頭が上がらず、弁舌と頭の回転では歯も立たないから。宇垣外相が、陸相兼任しているんじゃないかと影で言われてしまうほどだ。
このせいで、最近荒木陸相の評価はダダ下がりらしい。
それに、そもそも西園寺公望以下日本の中枢を占める人達は政党政治を望んでいるから、荒木陸相も軍人やめて政治家に転向しないと、首相の目はゼロだ。それこそ大規模なクーデターでも起こすしかない。
けど荒木陸相を推している『一夕会』以外は、最近の政府の放漫財政の影響で政治に大きな文句はなく、陸軍出身を担ぎ出そうという風向きがない。
だから政友会、民政党など各政党の政治家の皆さんは、安心して選挙に向けて動いているという流れになっている。
翻って我が身だけど、面倒臭いことになりつつある。
三菱とアメリカの王様が私に手を伸ばし始めた対抗上、私は虎三郎の長男の晴虎さんとの偽装恋愛モードに突入しつつある。
(三菱の方は、次の鳳パーティーで仕込み始めて、勝次郎くんの誕生日パーティーで仕上げをすれば良いわよね。となると、やっぱりまずはイケメンパツキンの方から片付けるか)
仕事部屋の小休止でそんな事を思っていたら、扉のノック音。さっき車が屋敷に着いたので、その人だろう。そして誰が来るのかも、事前に連絡は来ていた。
「お嬢様、セバスチャン様とウィンザー様がお越しです」
「はい、どうぞ」
「失礼します」
「お呼びにより参上致しました」
セバスチャンが妙な言葉で入って来たけど、今回はイケメンパツキンなエドワードとセットだから呼んだだけ。
「ご苦労様。仕事は、もういいのよね」
「はい。本日の業務完了後にまかり越しました」
「お話があるとの事ですが?」
セバスチャンは、いつもの澄ましていても暑苦しい顔だけど、エドワードは少し訝しげだ。今までこんな事が無かったからだろう。
だからなるべく穏やかな顔を向ける。
「今、仕事も落ち着いているって聞いたから、一度ゆっくり話したいと思ってね。さあ、部屋を移動して、食事にしましょう」
「では、いただきます」
「いただきます」
エドワード以外が、私に唱和して手を合わせる。そして一歩遅れて、エドワードも同じようにする。セバスチャンはユダヤ的にいいのかと思った事があるけど、守るべきところを守れば良いらしい。だから今回の食事も、使う食材には気を使わせてある。
同席するのは、私とマイさん、それにエドワードとセバスチャンの4人。他は、今頃食堂で夕食中。お芳ちゃんや側近候補も、いつも通りそっちに行かせてある。
そしてこちらは、別室での部下との親睦を深める食事会という趣旨になる。
「そう、トリアの結婚式は来月なのね」
「はい。盛大に催すそうです」
「祝電はともかく、贈り物はそろそろ出さないとダメね」
「ヴィクトリアからは、お気遣いなくとの言伝を預かっておりますが?」
「そうはいかないでしょう」
半ば社交辞令で言ったのに、エドワードが引いてる。ちらりと見たセバスチャンは涼しい顔、マイさんは何だか悟った感じが滲み出ている気がする。
「エーット、ちゃんと空気読むわよ」
「空気?」
「弁えた、相応しい、過度にならない程度のお祝いをさせて頂くと言っているの。常識外れな事はしないわよ」
「内容は、私と舞様が確認致しましょう」
「そうですね、セバスチャンさん」
「……念のためよろしく。これで満足?」
少し納得いかないけど聞いてみたら、慌てて取り繕われた。
私は少し怒ってもいい気がする。
「あ、いえ、ヴィクトリアから色々とお話は聞いておりましたし、アメリカと日本での政財界の噂などを信じると、どうしても疑ってしまいました。誠に申し訳ありません」
「素直にそこまで話してくれたのなら、何も言いません。あっそうだ、もう一つ私に関して補足してもいい?」
「むしろ、お願い致します。お嬢様の事はヴィクトリアの情報が最も詳細で、他の話は胡散臭いか信頼性の低いものが多く、正直迷っていたところです」
「トリアの情報だけでも十分だと思うのだけれど?」
「一側面からの情報は、情報としての確度はどうしても低くなります」
「確かに。その意見には賛成。けど、直接の話はいいの? 私が嘘を並べるかもしれないわよ」
「嘘を言うと言う情報が手に入ります。それ以外も色々と」
「へーっ。エドワードって、実はインテリジェンスの専門家なの?」
「いいえ。今回の派遣に際して、少し勉強した程度です。自身でも、あまり当てにはしておりません」
「自己分析もしっかりしているのね。それなのに、なんで私に近づいてきたの?」
言葉の後半を、なるべくさりげなく、けど重みを込めて口にする。
「お嬢様とアメリカ経済界の中枢のパイプがあった方が良い。できるだけ太く信頼の置けるものが。それが双方の合意であったと記憶しておりますが、何かご不満な点でも?」
「うん。この際だから単刀直入に言うけど、私の伴侶は婿養子だけよ。あなた、何しに来たの?」
単刀直入過ぎたのか、エドワードがフォークを手にしたまま固まった。しかも、すぐに取り繕うのも忘れている。パイプ役としてはともかく、スパイとしてはトリアとどっこいどっこいらしい。
インテリジェンス:
この場合は、情報、諜報。




