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096 性は張、名は作良、あざなは天白


「おい、あんた!」


 と、先程まで傷をおっていた男が行商人に言う。


「なにあるか?」


「馬、借りるぞ!」


「そ、そんなのダメある!」


「ううせ、ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ!」


 男はそういうやいなや馬に乗り込んだ。


「おい、まさか逃げるつもりかよ!」


 俺は男に文句を言う。


 助けてやったのに、この人でなし!


 だが男はそんな俺にたいして獰猛に笑った。


「逃げるだと? この俺様を誰だと思ってやがる。東満省にその人ありと言われる大馬賊、張作良チャンヅォリャン様だぞ!」


「張作良!」と、行商の男が叫んだ。「アイヤー!」


 どうやら有名人のようだ。


 つまりはなにか? 向かってくる馬賊はこの男の命を狙っているわけか。


 なんて面倒な、厄介事に首を突っ込んでしまったようだ。


 チャンは馬に乗り込んだとたんにまた腹から血を流し始めた。傷はきちんと治ってなどいないのだ。


 それでも男は笑っている。不気味な男だ、しかし頼もしくもある。


 男は「はあっ!」と叫ぶと馬賊に向かっていく。


「おいおい、さすがに多勢に無勢だろ。しゃあない、シャネル。加勢するぞ!」


 シャネルはつまらなさそうにあくびをしている。勝手にどうぞ、という感じだ。


「危なかったら助けるわ」


 やる気がないのか、それとも俺の力を信じているのか。


 なんにせよシャネルは手伝う気はないようだ。


 しょうがない、と俺は走り出す。


 眼前を疾走する張の乗る馬はどうやら戦闘を嫌がっているのか、あまり早くはない。その馬に対して張は叫んでいる。


「もっと早く行きやがれ!」


 しかし馬は言うことを聞かない。とうとう止まってしまう。そして向かってくる馬賊の群れから逃げだそうと方向を変えようとしている。


 俺は張に追いついた。


「やる気ねえみたいだな!」


「くそが、おいあんた! まさかそのまま戦うつもりか。あんたも魔法が使えんのか」


「いいや、これだけさ」


 俺は剣を抜く。


「バカか、馬賊相手に馬なしでかなうもんかよ」


「戦いたくない馬に乗ってるのだって同じようなもんだろ」


「嫌でも戦わせてやるよ!」


 張が馬の腹を蹴る。たまらず馬は走り出したが、それは明後日の方向だった。


「クソが!」張は馬から飛び降りる。「なんて馬だ、この俺様の言うことを聞かない馬は初めてだ!」


 馬は馬車の方へと戻ってしまった。まるで泣きわめくように鳴いている。


「お前も下がってりゃあ良いんじゃねえのか」


 どう見ても戦える様子ではない。いまも腹から血が出ているのだ。


「てめえ1人でやれんのかよ」


「当然さ」


 俺は目を凝らす。


 馬賊の群れは200メートルほど先か。いや、もう150メートル。……100メートル。


 かなりの速さで近づいてくる。


 俺は剣を腰だめに構えた。


「なにするつもりだ」


「魔法は使えないけどよ――」これならできる。魔力を剣に込めて、「隠者一閃ー――グローリィ・スラッシュ!」


 横薙ぎに振るわれた剣からビームが出る。


 それは横一列に並びこちらに向かっていた馬賊の群れの半数以上を消し飛ばした。


「よっしゃ!」


 罪悪感などない。


 そんなものを持っていればこちらが殺されるのだ。


 張は目を丸くしている。


「魔法じゃねえかよ」


「武術だ」


 いや、知らねえけど。でも『武芸百般EX』のスキルのおかげで使えてるんだから武術だよな、たぶん。


 さて、残りの敵は――。


「え?」


 なんでだ? 馬賊どもはまだこちらに向かってきている。仲間が死んでいるというのにまったく止まる様子はない。


 大地には地響きのような馬の足音が聞こえている。


「もう一発いけるか?」と、張。


「あ、いや。いまので打ち止め」


 できるかもしれないが、そんなことすれば魔力がなくなってぶっ倒れるだろう。


「じゃあここからはこっちだな」


 そういうと張はふところからモーゼル銃を取り出した。トリガーの先がフグのように膨れた特徴的な拳銃だ。もっともモーゼルというのはメーカーの名前なのでこの異世界では他の呼び方かもしれないが。


 しかしそんなものがこの異世界にあるというのがそもそも驚いた。


「拳銃?」


「おうよ」


 張はモーゼルを振り上げた。


 まさかそんな小さな拳銃一つで馬賊と渡り合うつもりか。いや、俺だって人のことは言えない。まったくおかしな2人組だ。


「俺が前に出るから、お前は後ろから援護してくれよ」


「援護? この俺様がそんなことするもんか」


「そうかい。じゃあどっちも前衛だ!」


 馬賊たちはもう目と鼻の先。その表情までも見ることができた。どいつもこいつも悪そうな顔ばかりだ。どうやら張を狙っているらしい。


 一番のりの男は「うぉおおお!」と、やけくそ気味に叫んでいる。


 俺は向かってくる馬を避けながら、その馬の足を切った。馬は倒れ、慣性の乗った体はそのまま地面に放り出された。


「馬鹿野郎! 馬を斬ってどうする!」


 張はモーゼルを打ちながら叫ぶ。


「どういうことだ!」


「人を殺れ、それで馬を奪うんだよ」


「人を殺れって言われてもこっちは剣だぞ! 届くかよ!」


 だが張は神業のような正確さで本当に馬に乗った馬賊だけを撃ち抜いた。そして先程の行商の馬とは大違いの屈強そうな馬を奪い取る。


「こうやるんだよ!」


 馬上からどや顔で言われる。


「むっ!」


 俺は対抗心から近づいてくる馬賊に向かって剣を投げる。馬賊は俺を狙ってモーゼルを撃っていたが、俺の投げた剣のほうが早い。剣は敵の喉元に深々と突き刺さり血が吹き出た。


 馬賊がどうっと馬から落ちた。


 俺は剣を抜き、勝手に走っていこうとする馬の手綱を掴んだ。そしてひょいと乗り込む。


 ――馬の背中ってけっこう高い。


 うまく動いてくれるかは分からなかった。けれど自信はあった。そもそも馬だって武芸の一種だ。つまり『武芸百般EX』のスキルを持つ俺に乗りこなせないわけがない。


 実際、馬はまるで俺の意思を理解してくれるように走り出した。


「行くぞ!」


「おうよ!」


 張と並んで馬賊の群れにこっちからも突っ込んでいく。


 張は二丁目のモーゼルを取り出し、馬上で起用に使いだした。俺は剣しかないから接近して相手を斬りつけるしかない。


 馬賊にもモーゼルを持つものと剣を持つものがいて、俺はできるだけモーゼルには近づかないようにする。それを張も察しているのか、あちらは重点的にモーゼルを持つ敵を狙っている。


 それでも弾はこちらにも飛んでくる。俺はその弾を動体視力で避けるか、あるいは勘を頼りに剣ではじく。


「うらっ!」


 敵から剣を奪い、それを投げる。


「だらっ!」


 張の持つ2丁拳銃が火を噴く。


 俺はいっぱいいっぱいだが張のやつは笑っていた。


 俺は目を見張る。張は、強い。それもかなり。さきほど本人も馬賊だと言っていた。だが敵の馬賊とはそもそも役者が違うのだ。


 まるで鬼神のごとき戦い方。腹から血を流そうとも全くひるまない。そんな張の姿を飛び交う弾すらも恐れて避けているようだ。


 やがて動いている馬賊はいなくなった。


 俺と張だけがこの大地に馬と共に立っていた。


「すげえな、あんた」


 と、張が馬に乗ったまま言ってくる。


「そっちこそ」


 俺は悪いと思いつつも『女神の寵愛~視覚~』を発動させる。この男がどのようなスキルを持っているのかどうしても気になった。


『魔弾』

『騎乗B+』

『英雄』


 張のスキルは3つフルにあった。


 何よりも目をひいたのは『英雄』というスキル。どのようなスキルかは知らない、しかし字面からそのスキルが凄まじいものであるということは理解できた。


「いつつ……腹の傷が開いたな」


「たぶんシャネルじゃもう治せないよ」


「シャネルっていうのか、あの女。それで、あんたは?」


 そう言えばまだ名乗っていなかった。


「榎本シンクだ」


「榎本シンク? 妙な名前だな、ルオの人間かと思ったらちげえのか」


「ジャポネから来たんだ」


「なんだ、海向こうから来たのか。ふうん、噂には聞いてたが俺たちルオの人間と少しだけ似てるな、しかしジャポネの人間はちびばっかりだって聞いたけどな」


「ま、とりわけ身長は高いほうなんだ」


 あっちじゃあ平均くらいだったんだけどね。


 でも張は俺と同じくらいに身長があるように見える。ついでに馬に乗っていたらなんだか貫禄があってなおさらデカく見えた。


「俺様の名前は張作良だ。覚えておいて損はねえぜ」


「得もないけどな」


「言ったな、こいつ」


 張はからからと笑った。だがそうすると腹が痛いのか、顔をしかめた。


 俺たちは並んで馬車まで戻る。


「アイヤー! さすがは噂になだかい張作良ね! あんな数の馬賊を倒しちまったヨ!」


「おう、オヤジ。町に行ったらいまのこと、せいぜい派手に脚色して話してくれよな」


「わかったヨ!」


 俺は馬から降りる。


「シンク」


 そうするとシャネルが駆け寄ってきた。


「シンク、大丈夫?」


「ああ、怪我はないよ」


 弾もあたらなかった。『5銭の力+』も発動しなかった。


「そう、なら良かったわ」


 行商の男は張にリンゴやら果物を渡している。どうやら食べてほしいということらしい。


「ああ、すまねえな」


 張はリンゴをほおばり、馬を進めた。どこに行くというのだろうか?


「榎本、名前は覚えておくぞ!」


「おう」


 と、俺は手を挙げる。


「俺の名前も覚えておけよ、姓はチャン、名は作良ヅォリャン、あざなは天白ティンバイだ!」


「ティンバイだな!」


 嫌いじゃない男だ、獣のような男ではあるが、同時に清々しさもある。


「あばよ」


 張は馬に勢いをつけた。


 血が大地にしたたっている。だがそんなことは気にしていないようだ。


 大地を血で濡らしながら張は去っていく。その姿はどこか孤独に見えたのだった。



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