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083 2度目の復讐


 明け方、俺は目を覚ます。誰よりも早く、見えはしないがシャネルだってまだ寝ているだろう。


 そもそもどうして明け方だと分かったのか、それはただの勘なのだが。まあしかし俺の勘はよく当たる。


 地下室の扉を内側から開ける。


 外に出ると朝の冷えた空気を吸い込むことができた。新鮮な気分だ。


「うーむ、清々しい気分だぜ!」


 奥の方から物音がした。扉もない部屋だ。覗き込むとミナヅキのやつが布団の上であぐらをかいていた。


「うるせぞ」


 と、朝の挨拶にしてはずいぶんとぶっきらぼう。


 俺はそんなミナヅキに笑いかける。


「よう、おはよう」


「……お前、なんだその顔」


「顔?」


 いつもどおりだと思うが。


「いまから人でも殺しに行きそうな顔してるぞ」


 はて、それはいったいどんな顔だろうか? 俺としては微笑を浮かべた柔和な表情だと思うのだが。しかし言われてみれば目は笑えていない気がする。


「そう見えるか?」


 と、俺は聞く。


 そう見えるのだとしたら俺がよっぽど単純か、もしくはミナヅキがよっぽど鋭いかだ。


 どっちだろうね。


 なんにせよ正解だ。


「水口か?」


 ミナヅキは布団から起き上がり、テーブルの上にあったタバコを手に取る。手慣れた動作で火をつけると、じつに美味そうに煙を吸い込み、そしてまさに一息ついたという様子で吐き出した。


「知ってるのかよ」


「あいつがこのパリィであくどく稼いでるってのは知っていた。お前、まさか復讐でもするつもりか?」


「そのまさか」


「やめとけやめとけ、ウォーターゲート商会なんてほうっておいてもすぐに潰れる。そんなのパリィじゃあ洟垂れのガキでも知ってるぜ」


「だからだよ」


「だから?」


「だからこそ、俺はいまから行くんだ。俺が復讐する前に逃げられでもしたら困るからな」


 それはこの街からという意味だけではない。


 人生に絶望して、命、そのものから逃げる可能性だって十分にありえる。ま、あいつは図太そうだからそんなことはないだろうが。


「別にこれ以上は止めもせんが、そんなことをしてなんになるんだ? よく言うぞ、復讐なんて何もうまない」


 俺はその言葉を一笑に付す。


「だからこそ、本当にそうなのか確かめに行くんだよ」


 それだけ言うと俺は治療院を出た。


 目指すはウォーターゲート商会の本拠地である商館だ。


 もしかしたらこのパリィのどこかに水口の家があるのかもしれない。だがそんな場所には居ないだろう、なにせ大事なお金の代わりであるミラノちゃんがさらわれた後なのだから。


 きっと商館につめているに違いない。


 今か今かとミラノちゃんを見つけたという報告を待ちながら……。


 しかし俺はいまから敵地に乗り込むというのに、この軽装はなんだろうか。


 剣が一本。そして服装だってそこらへんへの散歩をしているように簡単なもの。


「我ながら呆れちまうぜ」


 ヤクザのカチコミだって拳銃の一つでも懐にのむものだろう?


 とはいえそんなものはないのである。


 歩くたびに俺の中でわくわくした気持ちが大きくなる。


 水口のやつ、よっぽど困ってるはずだ。きっと絶望しているはずだ。死にたいような気持ちになっているはずだ。


 ――そんなの全部、俺は味わったことがある。


 商館に到着すると、おや? 中から人が出てきた。てっきりミラノちゃんを探しに行く部隊かと思ったが……。


「逃げてるのか?」


 どうやら夜逃げのようだ。


 手になにやら荷物をもって、まるでボロい船から逃げるネズミのように駆け出していく。


 どうやら俺が思っていた以上にウォーターゲート商会はやばい状況らしい。次にくるのは借金取りだろうか? それとももう帰ってしまったあとだろうか。


 なんにせよ――。


「よし」


 自分に気合を入れるように一言。


 そして中へと入っていく。


 ウォーターゲート商会の中へは何度か入ったことがあった。しかし水口のいる場所などわからない。けっこう広い商館だ。


 こういう場所では一番偉い人間というのは最奥にいるものと相場が決まっている。RPGのボスだってダンジョンの最後にいるだろう?


 そう思って奥へと進んでいく。


 鼻歌交じり。


「ああ、ここっぽいな」


 見つける扉。いかにも偉い人間がいますよ、というような装飾のある扉。上にはプレートが貼られていて、俺は文字が読めないからなんと書いてあるのか分からない。でもたぶん「校長室」とかそんな感じのことが書いてあるんだ。


 俺はゆっくりと扉を開ける。鍵は開いていた。


 水口は部屋の奥にこちらに背を向けて座っていた。


 テーブルの上にはちびたロウソクが置かれている。その光だけが部屋の中を照らしている。薄暗い、を通り越してもはや暗い場所だった。


「誰だ。誰だろうと退職金はだせないぞ」


 水口はこちらを振り返らずに言う。


「………………」


 俺はなにも答えない。


「それよりもここに残ってくれないか? 大丈夫だ、わたしの『商才』があれば立て直せる。絶対にウォーターゲート商会をもう一度パリィ一番の商会にしてみせる!」


 水口は他人を説得すると言うよりも、自分に暗示をかけるように言っている。かなり追い詰められているようだ。


「はあ……」


 俺はため息を付いた。


「誰だ?」


 水口はそこで初めて振り返る。


「そのウォーターゲート商会っていうの、センスねえよな。水口だからウォーターゲートか?」


 俺は思っていたことを口にする。


「お前――昨日の男! あの女はどうしたっ!」


 水口は怒りを込めて立ち上がったが、しかし俺が背中に担いだ剣を見て一歩下がった。


「覚えていてくれたのかい、光栄だな」


「あの女は売ればピストル金貨1000枚にでもなるような女だぞ! そのためにわたしが商品価値を釣り上げたんだ! 返せ! あの女を返せ!」


「それはできんな」


「くそが。誰か! 誰かいるか! 賊が入り込んでいるぞ!」


「おいおい、誰が助けにくるんだ? さっきもこの商会のやつが逃げていったぜ? いまだってそうだよ、あんたの命を守る気概があるやつなんて残ってないんだろ? みんな逃げちまったよ」


「お前は……なんだ? 誰なんだ、この疫病神が!」


 俺は怒りに奥歯を強く噛む。


「覚えて、いないのか?」


「お前など知らん! なぜわたしを狙う!」


 俺は剣を抜く。


「てっきり、知っていたからサーカスを……ローマをけしかけたのだと思ったがな」


 最初にローマが俺を狙っていたのは、きっと俺の存在に気がついた水口が先手をうったのだと思っていた。


「サーカス? まさかお前、勇者を殺したやつか!」


「ほう、それは知っているのか」


 なのに俺は知らない、と。さらに怒りがわく。他人に覚えられていないことがこんなにも腹立たしいとは。俺がミナヅキを忘れていたのとはわけが違う。俺のことを毎日のようにイジメていた男が、俺のことなど知らないと言い放ったのだ。


「勇者は――月元はドラゴンなんぞに殺される男じゃない! ということはその生き残ったやつが金のために月元を殺したに違いないんだ、不意打ちかなにかで!」


「前半は正解だが、後半は不正解だ」


 金のためになんでもやるのはお前のほうだろ?


「お前のせいでわたしは大損だ! 武具の値段は大暴落をおこした! どう責任をとる!」


 水口は怒りに我を忘れて、もう剣を恐れていないようだ。


 しかし俺に詰め寄ろうとはしない。それくらいの理性は残っているということか。


「それで、武器の暴落をおこした俺への腹いせにサーカスを雇ったのかよ」


「そのせいで金がさらになくなった!」


「ざまあみろだな」


 俺が剣を振り上げると、水口は恐れを思い出したのか子供のように頭をかかえてその場にしゃがみこんだ。醜い肉だるま、怯え方も醜い。


「お前は誰なんだ!」


 もう一度、水口は聞いてくる。


「わからないか、この顔が。お前たちに復讐をしたいがためにここまで来たこの俺の顔が!」


「復讐だと……」


 顔をあげた水口はなにかに気がついたようだ。驚愕に目を見開く。


「お前……まさか榎本……」


「やっと思い出してくれたかよ」


 ゆっくりと剣を振り下ろす。


「うぎゃああぁつ!」


 剣は水口の肩にズブズブと食い込んでいく。


 カツン、と骨にあたった感触。俺は体重をのせてその骨ごと切り裂く。


「思い出してくれて嬉しいよ」


 剣を抜き、今度は足に突き刺す。


「やめろ、やめてくれっ!」


「ああ、やめてやるよ。お前が死んだらな」


 もう一度、剣を足に突き刺す。それじゃあまだまだ満足しないので二度、三度と繰り返す。


「わたしがいったい何をした!」


「俺がいったいなにをした?」


 なぜ俺がイジメられなきゃいけなかった。


「昔のことじゃないか!」


「俺にとっては今だ」


 そのためにこの異世界にいるんだ。


「金ならいくらでもやるから!」


「金より愛が大切って聞いたことないか?」


 ま、こいつに俺に渡す金なんて残ってないだろうが。


 そのうちに水口は何も言わなくなった。叫び声すらも弱々しくなっている。


 俺はこの世界にあまねく神の愛情くらいに優しさを持って、水口に言う。


「最後に言い残したいことはないか?」


「――あ」


 水口がなにか言おうとする。


 その瞬間に、首を落とした。


「あ、すまん。手が滑った」


 なにか言っていたところで聞く気もなかったが。


 俺は汚れてしまった手をそこらへんのもので拭く。着ている洋服も返り血でべったりだ。あとでシャネルに洗ってもらわなくては。


「ふふふ」


 思わず笑ってしまう。


 復讐は蜜の味とはよく言ったものだ。


「これで2人目」


 あと3人。


 あと3回もこんなことができるんだ。


「はっはっは! ざまあみろ、クソ野郎! 豚みたいに太りやがってよ、キモいんだよ!」


 いったい人生で何度他人からキモいと言われただろうか。数えたことなんてないが、けれどこの1回の言葉で全部チャラにしてやれるほどに気持ちが良い。


 ふと机の上に手紙が置かれていることに気がついた。たぶん水口はこれを読んでいたのだろう。手にとってみる。


 だが、その時ロウソクの明かりが消えた。


 後で見ようと思って手紙を服にしまいこみ、俺はその場をあとにする。水口の死体が見つかるのはいつか。


 ま、俺へと足はつかないだろう。こんな異世界の警察じゃあね。


 商館を出る。


 空には明け方の薄く、青い月が浮かんでいる。


 その月はじっと俺だけを見ているのだった。




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