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775 冒険の結晶、永遠の指輪


 それからしばらくして。


 街はお祭りムード一色だった。


「ったく……パリィの人間はこういうの大好きか?」


「あらシンク、べつに人間は誰もがこういうの好きなんじゃなくって? 私はうるさいの嫌いだけども」


「俺も、人が多いのは苦手かも」


「うふふ、おっかしい。そんな二人のために、こんなお祭り騒ぎなんだから」


 そうなのだ。


 このお祭り、何を隠そう俺とシャネルの結婚を祝ったもの。


 先日新聞に載っていた偉い人たちの結婚というのは、まさかまさか! 俺たちのことだったのだ。


 結婚式はこの後、王宮で行われる。


 それにはいろいろな人が参加する。いままで俺たちに良くしてくれた人たちが国を超えてやってきてくれているのだ。


 みんな俺たちのために集まってくれたのだ。


 なんというか、自分がみんなに好かれているということが俺はよく分からない。


 シャネルは俺の人徳だと言うけれど、そんなわけないよな?


「まあ、みんな騒げればそれで良いのかもしれないけど」


「だな」


 街中ではあちこちで『おめでとう』の言葉が聞こえる。


 けれどみんな、誰に対しておめでとうと言っているのかは分かっていないようだ。あるいは歴史的な英雄である初代ガングーに対してかもしれない。


 少なくとも俺とシャネルの結婚がこうして国を挙げての行事になっているのは、シャネル・カブリオレという人間が初代ガングー・カブリオレの直系の子孫だからだ。


 英雄街道と呼ばれる古くからある道を通り、俺たちは家々が立ち並ぶ住宅街へ。


 そこには顔見知りの経営する治療院がある。


 こんなお祭りの日だし、さすがに治療院自体は休みかと思いきや、どうやら普通に営業しているらしかった。シャネルによると看板にはいらっしゃい的な文字が書かれているらしい。


 俺たちは中に入る。


 すると待合室でミナヅキがタバコを吸っていた。


「よお、おはよう」


「ん……来たか」


「調子どう?」


 俺の曖昧な質問にミナヅキは笑った。


「俺の調子っていうんなら、微妙だな。さっきから緊張しっぱなしだよ」


「ビアンテは?」


「そっちならばっちりさ。まったくよ、お前があんな大物を連れてくるなんて思いもしなかったぜ」


「ま、俺の人徳ですよ」


 冗談めかして言ってやる。


「違いねえ」


 でもそれは冗談ととられなかった。


 治療室から女の子が出てくる。水色の髪をした女の子。


 その子は俺たちをチラッと見た。


 シャネルが露骨に嫌そうな顔をする。女の子はそれを無視して、俺にうるんだような瞳を向けた。「こんにちは」と、あきらかに好意のこもった声。


「久しぶり」と、俺。


 その人はアンさんだ。コンクラーベのさいに世話になった人。


 左右の目の色が違うオッドアイが特徴。


「はい。すいません、込み入った話はまた後で」


「話なんてないわよ」と、シャネル。「私たち、もう結婚したんだからね」


「あら、ドレンスは恋と革命の国なんですよね?」


「貴女はヘスタリア人でしょうに」


 アンさんは微笑んだ。


 そしてこちらへの話は終わりと、ミナヅキを呼ぶ。


「先生、治療の準備が整いました」


「先生はよしてくれ、今日の俺はただの助手。というよりほとんど見学だ」


 治療室に入る。


 ベッドの上にビアンテが仰向けに寝ている。そのビアンテの目を覗き込む男は、エトワールさんだ。この世界の宗教家で一番偉い人。なにせ教皇なのだから。


 その人が俺たちというよりも、ビアンテとランティスのために一肌脱いでくれた。


「はい、これなら大丈夫ですよ」


 エトワールさんは断定する。


「本当ですか!」


 わきにいたランティスが嬉しさのあまり悲鳴のような声を出した。


「任せてください。私、ちょっとだけ治療系の魔法は得意なんですよ」


 これまたかなりの謙遜だ。


 俺の見立てではエトワールさんほど治療魔法が上手な人間はいない。


 エトワールさんは小さな杖を持っている。その先に光がともった。その光をビアンテの目に向けて、熱心に何かを確認する。


「あの……本当に教皇様なんですか?」


 ビアンテが不安そうに聞いた。


「ええ。そういった役職につかせてもらっています」


 目が見えないビアンテは、実際のところエトワールさんの顔が見えていない。


 だからことの重大さが分かっていないようだが、目が見えているランティスは緊張しているし、なんならミナヅキだって同じだった。


「こんな村娘のために……教皇様が?」


「そのようなことは関係ありませんよ、敬虔な教徒は全て平等に扱われるべきです」


 俺がビアンテの治療をエトワールさんに頼んだのは、つい先日のこと。


 俺たちの結婚式に出席してくれると言うので、ついでにとお願いしてみたのだ。二つ返事でオケーを出してくれたエトワールさんは、やっぱり聖職者なのだろう。困っている人には無条件で愛の手を差し伸べる。


 それで俺はすぐにランティスとビアンテに手紙を出した。パリィまで来られるだけのお金も同封した。そのお金は先ほど手を付けた形跡もなく、そっくりそのまま返されたのだが。


 教皇に治療してもらえるとなれば、ビアンテの不安も少しはマシになるだろう。


「では治療を開始しますよ。申し訳ないのですがみなさん、少し席を外してください」


「はい」と、俺たちは答える。


 治療室に残るのは4人だけだ。


 俺とシャネル、そしてランティスは追い出された。


 待合室に座った俺たち。


「なんと言っていいのやら……あの、本当にありがとうございます」


「お礼なら俺じゃなくてエトワールさんにね。俺はべつに何もしてないんだから」


「そんなことないです!」


 俺は肩をすくめる。


 ただ人を紹介しただけだ。


 あと場所も。ミナヅキはやっぱり良い奴で、俺のお願いにぶーぶー文句を言いながらも聞いてくれた。治療費や場所代は一切取られなかった。


「僕、本当に嬉しいんです。ビアンテの目が治るって。どうかお礼をさせてください」


「浮いたお金でさ、結婚式でもあげな。もしお礼がしたいって言うんならそのときに招待してくれよ」


「はい!」


 もともとはスピアーが稼いだお金だ。それを治療のためではなく2人の新生活のために使えるというのなら、いろいろと余裕がうまれるだろう。


 少しは、スピアーに恩返しできただろうか。


 俺はそんなことを考えていた。


 治療はどれくらいかかるのだろうか?


 まだ出されて時間はたっていないが、それでも不安になってしまう。


「失敗したら、どうするの?」


 シャネルがいきなりとんでもないことを言い出す。


「しないさ」と俺はむきになって応えた。


「でも絶対なんてないじゃない。もしあの女の子の目が見えないままだとしても、貴方はあの女の子と一緒にいられるの?」


 シャネルの質問は、いわゆるところの愚問というやつで。


 ランティスは「大丈夫です」とすぐに言った。


「ふうん。だってさ、シンク」


「なにが言いたいんだよ?」


 なぜ俺に話をふる。


「べつに。ただ私も、こういうふうに言ってもらいたいわ」


「俺だってキミの目が見えなくなっても、キミを愛するさ」


「あら嬉しい」


 当たり前じゃないか。


 ほら、よく言うだろ。健やかなるときも病めるときも、愛しますって。


 俺が思うに、調子が良い時に相手を愛するのはとうぜんできるはずだ。問題なのは調子が悪い時。そういう場合にこそ真の愛が試されるのだろう。


 そういう意味ではランティスは十分合格点。


 俺は?


 とうぜん大丈夫だと思う。


 扉が開けられた。


 中からエトワールさんが出てくる。


「終わりましたよ」


 思ったよりも早かった。というか一瞬に思えた。


「ど、どうでしたか!」


「もちろん成功です。もう目は見えておられますよ」


 魔法ってやっぱりすげえな。


「ありがとうございます!」


 次に出てきたのはミナヅキだった。


「いやあ、さすがだ。舌を巻いたぜ」


「そりゃあ良かったな」


 どうでもいいけど舌を巻くってどういう表現なんだ? 舌を巻いたからなんだっていうんだろう?


「いやあ、良いものを見せてもらった。真似できるかは別だがな」


 うん、そういうことってよくあるよね。


 さて、次に出てくるのはビアンテだ。


 俺はなんとなく勘でそう思った。


 けれど、はたと考える。


 ビアンテはこれまで目が見えなかったのだろう?


 ランティスのことが分かるのだろうか。


 いまここに男は4人いる。エトワールさんとミナヅキはそれなりに年をとっているから候補から外れるだろうが、俺は?


 もしビアンテが俺のことをランティスと勘違いしたらどうしよう。


 かなり気まずい感じになってしまうんじゃないだろうか。


 いや、でもビアンテは昔からランティスのことを知ってるはずだし大丈夫だよな。あれ、ビアンテっていつから目が見えなかったんだっけ?


 やばい、不安になってきた。


 俺は勝手にドキドキしてしまう。


 頼むぞ、ビアンテ!


 中からビアンテが出てくる。


 そして俺たちを一人ひとり見る。自分の目が見えていることを確認するように。そして初めて見る光景を心底嬉しく思い、心のアルバムにしまいこむように。しっかりと見ているのだ。


 ビアンテの目が俺を見て止まった。


 俺に笑いかけてくる。


 まずい!


 俺はそう思った。


 本当に勘違いしているのではないだろうか!?


 でも、それは杞憂だった。


 ビアンテは俺にぺこりと頭を下げると、飛びつくようにしてランティスの胸に飛び込んだ。


「ランティス!」


「ビアンテ!」


「見えるわ、貴方のことが!」


「ああ、ああ!」


「私の思ってた通り、貴方って素敵な男の人に成長したわね!」


「ビアンテも綺麗だよ!」


 俺たちは周りで苦笑いしてしまう。


 まあ、見せつけてくれちゃって。


 この若い夫婦の指には、よく見れば指輪が光っていた。


 俺はその光を見て、これが俺たちの冒険の結晶なのだと思った。


 そして俺とシャネルの指にも。


 これまでの旅の果てにつけることができた指輪が。キラキラと。夜空に輝く月よりも綺麗に光り輝いている。


 きっとそれは、永遠に。


これで長かったお話も完結です。

これまで読んでくれた方には本当に感謝しています、ありがとうございました。

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