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772 結婚の準備、完了


 気合の掛け声とともに抜き放たれた刀には特大の魔力が込められている。


 その魔力を俺はほとんど制御することなくドラゴンに向かって放つ。


 どす黒い色をしたエネルギーの塊は、ドラゴンの胴体を貫く。


 そして。


 元からそこにあったドラゴンの体は一瞬で消滅した。


 後には何も、残らなかった。


「ランティス!」


 俺は叫びながらランティスに駆け寄る。


 ランティスは腰を抜かしたようで、その場にへたりこんでいた。


「シ、シンクさん……」


「大丈夫か?」


「え、ええ。平気です」


「立てるか?」


「あの……いや、無理みたいです」


 俺はランティスに手をかした。


 なんとか立ち上がったランティス。その手には銀色の花が持たれていた。


「ん、それは?」


 聞かなくても分かったが。


 俺たちが探していた金属の花だ。指輪の材料。


「あの、これ。ドラゴンの下にあったんです」


「まさか!」


 と俺は驚いた。


 いや、もしかしたらとは思ったんだけどね。


 なんというか、運が良いのやら悪いのやら。ドラゴンの下になんかなければもっと簡単にことは済んだものを。でも花が生えていない可能性だってあったのだ。やっぱり運がいいのでは?


 俺には判断がつかなかった。


「なんとか取ろうと思って」


「それであんな危ないことをしてたのか」


「ドラゴンも、あの二人組に気を取られてたみたいだから」


 たしかにな、と俺は笑う。


 その二人組はなんだか申し訳なさそうな顔をしながらこちらに近づいてきた。さきほどドラゴンにやられた方も自分でしっかり歩いていたので、案外たいしたことはなかったのだろう。


「お、おう。その、なんだ? ありがとうな?」


 よせよ、と俺は笑い飛ばす。


 男が照れてるところを見たって可愛くもなんともない。


「目の前で死なれちゃあ寝覚めが悪いからな」


「あんた、本当に強いんだな」


「コテンパンにのされたときに気づかなかったのか?」


 俺は笑うが、二人組はバツが悪そうだ。


「一つ聞くけど、あんたもしかしてエノモト・シンクか」


「ザッツライト、その通りだ」


 俺がそういうと、二人組は今すぐにでも土下座をしそうなくらい申し訳なさそうな顔をした。


「すまねえ、あんたがあのエノモト・シンクだなんて知らなかったんだ」


「どおりで強いわけだよ!」


「べつに俺が誰でもいいけどさ、お前たちもあんまり危険なことするなよ。普通、ドラゴンなんて人間が勝てる相手じゃないんだから」


 あれ、この言い方だとまるで俺が人間じゃないみたいか?


「肝に銘じておく」


「その、本当にありがとうございました」


「べつに良いって。こっちも目的のものは手に入ったし」


 ちゃんと二つ。


 それについでだったドラゴンの討伐もできた。


「いや、あんたは命の恩人だ。俺たちだけじゃあ絶対にドラゴンに負けてた」


 だろうね、という言葉は飲み込んだ。


 べつにそんなこと言う必要はないからだ。


 男たちはしきりにお礼をさせてくれという。


 けれど何も思いつかなかった。


 しょうがないので、


「なら村まで護衛でもしてもらおうかな」


 と、必要のないことを申し出る。


 すると男たちは笑顔になって「分かった!」と、仕事を任せられたことが嬉しいらしかった。


 けっきょく俺たちは4人して仲良く村まで帰った。


 帰りは普通の山道を通ったので、少しだけモンスターに出くわしたがそんなものは物の数ではなかった。


 村に帰るとすでに夜だった。


 けっこうな行程で、みんなへとへとになっていた。


「とりあえずギルドか? いや、ギルドには明日で良いか」


 疲れていた。


「なんか飲みたいね」と、ランティス。


「アルコールか?」


 と俺は聞いた。


 けれどランティスが下戸なのは知っていた。


 だというのに、


「そうだね、それが良い」


 ランティスはそう言ってくれた。


 俺はなんだか嬉しくなった。


「それなら俺たちが良い店を知ってますぜ!」


 と、2人の冒険者たちも言う。


 こいつらとは出会いは最悪だったものの、こうして丸一日一緒に歩いていればすっかり打ち解けることができた。


「じゃあその店に行こう!」


 ということで、4人で飲みに行くことに。


 と、思ったら連れてこられたのはギルドだった。


「けっきょく、ここの酒が一番なんだよ」と、ゴリラのような男が言う。


「観光地だろ、ここ? もっといい店があるんじゃないのか?」


「あー、ダメダメ。そこらへんの店はぼったくり価格だから」


 なるほど。その点ギルドなら値段のつけかたも安心だ。なにせ少しでもぼったくろうものなら、ならず者の冒険者たちが暴れ出すのだから。


 俺たちがギルドの扉を開けると、受け付けの小柄な男がまずこちらに気づいた。


 慌てたようにカウンターの奥から出てくる。


「おかえりなさいませ、エノモト・シンク様」


 その言葉でギルド内にいた冒険者たちがざわつきだす。


「エノモトだって?」


「それってあの……?」


「ドラゴン退治に魔王討伐の英雄?」


「どうしてこんな田舎の町に」


「決まってんだろ、ゴザンス山のドラゴンも討伐してくれるのさ」


 口々に俺のことを言う冒険者たち。


 俺ちゃんってけっこう有名人なのね、べつに有名になりたいわけじゃなかったけど。


「それで、どうでしたか!」


 戦果を聞かれる。


「倒したよ。1人も欠けることなく」


 誰も死ななかった。


 それは何よりも大切なことだった。


 前回のドラゴン退治はこうではなかったから……。


「おお、素晴らしい!」


「倒したって言ったのか、いま?」


「ドラゴンを、マジで?」


「すげえ、さすがS級の冒険者だぜ」


 いきなり冒険者たちがよってきて、握手を求められたりする。


 悪い気はしない。


 けれど俺はべつに、アルコールが飲みたいだけなんだ。


「とりあえず、食事と、ワインを」


 俺がそういうと、受け付けの小男は笑顔で「かしこまりました」と言った。


 冒険者たちに囲まれたまま席につく。


 人々が俺の話をねだった。


 口下手な俺ではあるが、ワインが入ればいつもより少しくらいは口が滑るようになる。


 大いに語り、そして大いに飲んだ。


 楽しかった。


 みんなが俺に感謝した。


 嬉しかった。


 でも、なんだか物足りない気がする。シャネルがいないからだ。嬉しいときには隣に好きな人がいてもらいたいものだ。


 結婚、と俺は心の中でその言葉をつぶやいてみた。


 どうして人は結婚なんてするんだろうな?


 その意味がずっと分からなかった。


 けれどこうしてシャネルと離れてみると、少しだけ理解できる気がした。


 愛する人と一緒にいれば。


 楽しい時はより楽しく。


 逆に悲しい時は、その悲しみを分け合って生きていけるのだ。


 しようとおもった、結婚を。


 そのための準備もできたのだった。


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